我がNPOが本年2月に設立5周年を迎え、今月15日に発刊された基幹事業としての定期刊行物『TOS・TAG』(Vol.8)に、その活動の大雑把なダイジェストを写真中心で記している。極めて不完全ながら、それでも、いわば5年間の記録である。
実は、これに先立つ本年2月には、かれこれ3年前に入会したもう1つの似たようなシルバーの集い(Mの会)が同じく満5周年を迎え、しかしこちらは本格的な記念誌を刊行した。因みに発刊に際しては、我々NPOのメンバーが編集協力に当たったのだったが、ほぼ、プロのスタッフによる編集だっただけに、立派なものが出来上がったと自画自賛したものだった。
ついでながら、けれどこれの出来栄えについては、その完成のイメージを、例えば中学や高校の文集的なものとして捉えていた同会の一部の面々にとって、それとは“余りにもかけ離れた”冊子の出現に面食らい、かつ、自分の文章を寄せた代償に何がしかの費用負担をしなければならないということで、一時は騒然となったものの、しかし最終的には「いい形での記録を残すことができた」と、大方の納得は得られたものと思っている。
はたまた、このブログでも度々書いているNPOの山歩き会においても、関西100名山の完全踏破を宣言しているリーダーが、然るべき山の数をクリアした段階での記録集の発刊を表明している。曰く。「それぞれの参加メンバーが得意とする記録の方法による原稿、例えばエッセイや俳句、あるいは写真などを軸にした編集構成としたい。よって山登りを2度楽しみたい。」
肝心の、冒頭に記したNPOの今回の5周年記事は、正直、中途半端な形で終わってしまっているが、いずれ、仮に10週年の折などには、もっと立派なちゃんとしたものを、といった声が湧き起こってくるのかもしれない。
何はともあれ、何がしかの組織があって、それが会社であれ、自治体や機関・団体であれ、さらには大学・高校であれ、一定の歴史を重ねると、その節目、節目には決まってその活動の歴史(=記念誌)を編纂しようとするのは、職業柄、当たり前のことと思ってきた。
が、今回のNPOやMの会、山歩きの会といった場合、それら”組織”の発行する記念誌、記録史とはまた違った意味合いがあるように思われてならない。
その最大の差は、こちらは、あくまでも個人の自由な志向性に依拠したもの、つまり、個人が、誰に束縛され、指示され、ましてや自分を殺すのでもなく、自らの意志によって自らを昇華させる―かの自費出版という形に限りなく近いものなのであって、方や、ある意味、“組織”の記念誌がそうした個人の顔を隠してでも自身の功利性を語ろうとするものであるからして、この点にこそ両者の本質的な違いがあると思うのだ。
やや脇道に逸れるが、一般通説的に、古来、歴史・正史というのは、実は時々の権力者の歩んだ軌跡の記述に他ならないと言われてきた。即ち、文字にせよ、絵にせよ、それを記録として留める道具を持っている、さらにはそれを恣意的に操れる層にのみ、その検証は許されたのあり、その蓄積が教科書に載る歴史だったのだ、と。蓋し、常に時代の権力者は正当だったし、極端な話、その前では、そんな手法を持たない無名な庶民や社会の姿などは登場する余地はなかった。ここで、その残滓が言わば“組織の記念誌”の実相とも言えなくはない。
話はかなり波乱含みだが、要するに言いたいことは、自費出版をしてまでも個人の記録を残そうとするその意味性である。言うならばここには、そのようにして出来あがったかつての正史・歴史観では考えられなかった無名の個人の歴史的出現、即ち、偏った歴史観にアノニマスAやBやらが雄弁に語って風穴を開け、ひとまずその時の歴史の全体像解明に参加すべくその名を刻み込む、そうしたコペルニクス的転回をもたらす芽がある。
1つに、今のインターネットは、だから、制約なしで個人の自由な発信を保証し、結果そんな転回の実現を加速させる確率性大という面において、何よりも格好のメディアであるとは言えるのだろう。それがいわゆる情報革命とされてきた所以を、この文脈において私もまた可としたい。
今回の言説はしかし、ここまでくると、言ってしまえば単純に自費出版のススメ、ということにでもなっていくのだろうか。そのイメージ的に、死後、書き残した断片が、それが作品的なものであれ日記風なものであれ、確かにこの世に生を刻したことを証すと共に、在りし日のその無名の書き手を彷彿とさせ、うまくいけば、残された者の中に永遠に生き続け、糧となる。
繰り返すことになるが、よってそういうものであってもまた”歴史に名を刻んだ”ということにはならないか。正史に伍し、敢然と割って入ったということにはならないか。たとえその作物が良質なものであれ、見る(読む)に耐えないものであれ(無論良質であるに越したことはないが)、である。
この間、私を通過した記録の経験をこんなものとして考えてみた。すると、その試みは、それを著す人間にとって、存外、優れて創造的でタフな行為のようにも思えたし、そして近々私は、今度は小説を、自費出版する。
(シャープ)ブンゴウ
実は、これに先立つ本年2月には、かれこれ3年前に入会したもう1つの似たようなシルバーの集い(Mの会)が同じく満5周年を迎え、しかしこちらは本格的な記念誌を刊行した。因みに発刊に際しては、我々NPOのメンバーが編集協力に当たったのだったが、ほぼ、プロのスタッフによる編集だっただけに、立派なものが出来上がったと自画自賛したものだった。
ついでながら、けれどこれの出来栄えについては、その完成のイメージを、例えば中学や高校の文集的なものとして捉えていた同会の一部の面々にとって、それとは“余りにもかけ離れた”冊子の出現に面食らい、かつ、自分の文章を寄せた代償に何がしかの費用負担をしなければならないということで、一時は騒然となったものの、しかし最終的には「いい形での記録を残すことができた」と、大方の納得は得られたものと思っている。
はたまた、このブログでも度々書いているNPOの山歩き会においても、関西100名山の完全踏破を宣言しているリーダーが、然るべき山の数をクリアした段階での記録集の発刊を表明している。曰く。「それぞれの参加メンバーが得意とする記録の方法による原稿、例えばエッセイや俳句、あるいは写真などを軸にした編集構成としたい。よって山登りを2度楽しみたい。」
肝心の、冒頭に記したNPOの今回の5周年記事は、正直、中途半端な形で終わってしまっているが、いずれ、仮に10週年の折などには、もっと立派なちゃんとしたものを、といった声が湧き起こってくるのかもしれない。
何はともあれ、何がしかの組織があって、それが会社であれ、自治体や機関・団体であれ、さらには大学・高校であれ、一定の歴史を重ねると、その節目、節目には決まってその活動の歴史(=記念誌)を編纂しようとするのは、職業柄、当たり前のことと思ってきた。
が、今回のNPOやMの会、山歩きの会といった場合、それら”組織”の発行する記念誌、記録史とはまた違った意味合いがあるように思われてならない。
その最大の差は、こちらは、あくまでも個人の自由な志向性に依拠したもの、つまり、個人が、誰に束縛され、指示され、ましてや自分を殺すのでもなく、自らの意志によって自らを昇華させる―かの自費出版という形に限りなく近いものなのであって、方や、ある意味、“組織”の記念誌がそうした個人の顔を隠してでも自身の功利性を語ろうとするものであるからして、この点にこそ両者の本質的な違いがあると思うのだ。
やや脇道に逸れるが、一般通説的に、古来、歴史・正史というのは、実は時々の権力者の歩んだ軌跡の記述に他ならないと言われてきた。即ち、文字にせよ、絵にせよ、それを記録として留める道具を持っている、さらにはそれを恣意的に操れる層にのみ、その検証は許されたのあり、その蓄積が教科書に載る歴史だったのだ、と。蓋し、常に時代の権力者は正当だったし、極端な話、その前では、そんな手法を持たない無名な庶民や社会の姿などは登場する余地はなかった。ここで、その残滓が言わば“組織の記念誌”の実相とも言えなくはない。
話はかなり波乱含みだが、要するに言いたいことは、自費出版をしてまでも個人の記録を残そうとするその意味性である。言うならばここには、そのようにして出来あがったかつての正史・歴史観では考えられなかった無名の個人の歴史的出現、即ち、偏った歴史観にアノニマスAやBやらが雄弁に語って風穴を開け、ひとまずその時の歴史の全体像解明に参加すべくその名を刻み込む、そうしたコペルニクス的転回をもたらす芽がある。
1つに、今のインターネットは、だから、制約なしで個人の自由な発信を保証し、結果そんな転回の実現を加速させる確率性大という面において、何よりも格好のメディアであるとは言えるのだろう。それがいわゆる情報革命とされてきた所以を、この文脈において私もまた可としたい。
今回の言説はしかし、ここまでくると、言ってしまえば単純に自費出版のススメ、ということにでもなっていくのだろうか。そのイメージ的に、死後、書き残した断片が、それが作品的なものであれ日記風なものであれ、確かにこの世に生を刻したことを証すと共に、在りし日のその無名の書き手を彷彿とさせ、うまくいけば、残された者の中に永遠に生き続け、糧となる。
繰り返すことになるが、よってそういうものであってもまた”歴史に名を刻んだ”ということにはならないか。正史に伍し、敢然と割って入ったということにはならないか。たとえその作物が良質なものであれ、見る(読む)に耐えないものであれ(無論良質であるに越したことはないが)、である。
この間、私を通過した記録の経験をこんなものとして考えてみた。すると、その試みは、それを著す人間にとって、存外、優れて創造的でタフな行為のようにも思えたし、そして近々私は、今度は小説を、自費出版する。
(シャープ)ブンゴウ
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