語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【言葉】手のなかの空/奈良原一高 1954-2004

2010年08月14日 | エッセイ
 第1章人間の土地 「無国籍地」
 あまりにも古い話にさかのぼるが、僕がもの心ついたのは、第二次世界大戦の敗戦を境としてであった。満州事変の年に生まれ、戦時下の空気しか知らず、その中で育ち、まだほんの子どもにすぎなかった僕にとって、戦争は「日常」の代名詞であった。爆撃が激しくなっても、それは生活の冒険とスリルの増加を感じさせたにすぎず、日本が勝つか、負けるかについて一度も考えたことがなかった。勝つとさえも思ってみたことがなかった。敗戦が報道されて一番驚いたのは、そのような自分に対してであった。気がついた時、生と死の「日常」を壮麗にモールしたB29の飛行機雲は空になく、ただ青い、真空の空だけがあった。何もない空という生まれてはじめての経験が、そこに平和を見るよりは真空と不毛を味わわせた。それは視線を受け止めるべき手ごたえのない無目的な空であった。戦争に無意識に参加しなかった僕はいわゆる日本人ですらなかった。不毛の空を仰いでそのように目覚めて以来、日本は僕にとってただ自分を生かしておく、場としての土地感しかわかない。
 砲兵工廠や軍需工場跡の廃墟を被写体とした最初のカメラ・メッセージを、僕は何の不思議もなく「無国籍地」(ロッコール誌1957年2、4月号)と名づけた。<不毛>それ自体が生きてゆく手がかりとなりはじめた。

 ※初出:奈良原一高「若い写真家の発言・2 ある道への発端」(「アサヒ・カメラ」1960年11月号)
 
【出典】奈良原一高『手のなかの空 -奈良原一高 1954-2004-』(島根県立美術館、2010)

<島根県立美術館>
 ■特別展
   奈良原一高 1954-2004

 ■会期
  2010年7月30日(金)-9月13日(月)

 ■サイト
  企画展「手のなかの空/奈良原一高 1954-2004」

 ■観覧料
  当日:一般 1,000円

 ■展覧会の構成
  SECTION Ⅰ. 人間の土地 1956
   このシリーズは、長崎沖の軍艦島と熔岩に埋もれた桜島・黒神村が素材である。
   「外界から隔絶された極限状況の中で人間が生きることの実存的な意味を問いかけた」
  SECTION Ⅱ 王国 1958
   「心理的な極限状況といえる修道僧と女囚の世界へと分け入り」云々。
  SECTION Ⅲ ヨーロッパ・静止した時間 1967
  SECTION Ⅳ. スペイン・偉大なる午後 1969
  SECTION Ⅴ ジャパネスク 1970
  SECTION Ⅵ 消滅した時間 1975
  SECTION Ⅶ ヴェネツィア 1980’S
  SECTION Ⅷ 空/天/円
   「人間の生命力を、巨視的な視野で捉え、極めて独創的で詩情豊かな映像を生み出し」云々。

 ■奈良原一高 プロフィール
 1931年、福岡県大牟田市に生まれる。本姓は楢原。
 1950年、松江高校卒業。
 1954年、中央大学法学部を卒業。同年、早稲田大学大学院芸術専攻(美術史)修士課程に入学。
 1955年、池田満寿夫、靉嘔らが結成したグループ「実在者」に参加。
 1956年、初個展「人間の土地」。
 1958年、個展「王国」で日本写真批評家協会新人賞受賞。
 1962年、東松照明・細江英公・川田喜久治・佐藤明・丹野章らとセルフ・エージェンシー「VIVO」を結成。
 その後4年間、ヨーロッパ滞在。
 写真集『ヨーロッパ・静止した時間』(1967)で日本写真批評家協会作家賞、芸術選奨文部大臣賞、毎日芸術賞受賞。
 写真集『ヴェネツィアの夜』(1986)で日本写真協会年度賞受賞。
 1996年、紫綬褒章受章。

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