玉村豊男は、ある年、金沢市で開催された「コンブのシンポジウム」にパネラーとして出席した。
コンブの生態とその食文化に果たした役割・・・・これが基調講演のテーマだった。大学でコンブの研究をしている専門家が話した。
ディスカッションは滞りなく終わった。最後に、聴衆の質問に応じることになった。
司会者に促されて、二人が手をあげた。
最初の人の質問は、こうだ。「コンブとワカメとは、どう違うのですか」
質問を受けた先生、しばらくのあいだ黙って、じっと考えこんだ。聴衆が待ちくたびれた頃、意を決したように発言した。
「店でコンブといって売っているものはコンブ、ワカメといって売っているものはワカメです!」
会場はドッと湧いたが、すぐに静けさを取り戻した。聴衆は納得したようだった。
専門的にみれば、コンブとワカメの生物学的な境目はかなり微妙なものらしい。この微妙さを詳しく説明しても、時間がかかるばかりで、一般の聴衆には理解しがたい。だから、店がコンブ、ワカメといって売っているものをコンブでありワカメであると理解すればよい。それが、この先生の結論だったのだ。
二番目に手をあげた人が、質問に立った。「沖縄の人は、なぜそんなにコンブを食べるのですか」
北海道のコンブは、北前船によって日本海の港に運ばれた。そこから、陸路関西を経由し、富山の薬売りなどの手を介して沖縄まで持ちこまれた。コンブの消費量は、今でも沖縄が日本一である。こんな話がシンポジウムで話題になった。
これに関する質問なのだが、先生、またもや考えこんだ。最初の質問のときよりも長い間、沈思黙考するのであった。
沖縄では豚肉をよく食べる。コンブは、栄養のバランスを取るために必要だった。・・・・などという通りいっぺんの回答をするつもりは、ちっともないらしい気配であった。
聴衆は、前の質問の際、先生の真摯とも滑稽ともいえる、誠実な学者らしい回答を聞いていた。だから、固唾を呑んでじっと待っていた。
すると、先生、やおら昂然と顔を上げて、
「それは、沖縄の人は、コンブが・・・・好きだからです!」
一瞬、聴衆は静まりかえった。
ついで、万雷の拍手が湧き起こった。
「そうなのだ。その通りだ。そうとしか、いいようがないのである」と玉村は、聴衆と共に拍手する。
辛い辛いトウガラシだって、同じことだ。
「韓国ではあんなにたくさん食べるのに、日本では最近までほとんど食べなかった。
タイではあんなに辛い料理を平気で食べるのに、ベトナムでは調味料に加えるくらいしか使わない。
スペインでは食べることは食べるが、すぐ向かいの北アフリカ諸国のように、辛いペーストをふんだんに使うことはない・・・・。
どの瞬間に、いかなるモチベーションによって、最初のバリアを越えたのか。
その国がトウガラシ愛好国になるのかどうかの境目は誰にもわからないのだから、考えれば考えるほど、好きだから、としかいいようがないのである」
【参考】玉村豊男「トウガラシはなぜ辛いのか」(『世界の野菜を旅する』、講談社現代新書、2010、所収)
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コンブの生態とその食文化に果たした役割・・・・これが基調講演のテーマだった。大学でコンブの研究をしている専門家が話した。
ディスカッションは滞りなく終わった。最後に、聴衆の質問に応じることになった。
司会者に促されて、二人が手をあげた。
最初の人の質問は、こうだ。「コンブとワカメとは、どう違うのですか」
質問を受けた先生、しばらくのあいだ黙って、じっと考えこんだ。聴衆が待ちくたびれた頃、意を決したように発言した。
「店でコンブといって売っているものはコンブ、ワカメといって売っているものはワカメです!」
会場はドッと湧いたが、すぐに静けさを取り戻した。聴衆は納得したようだった。
専門的にみれば、コンブとワカメの生物学的な境目はかなり微妙なものらしい。この微妙さを詳しく説明しても、時間がかかるばかりで、一般の聴衆には理解しがたい。だから、店がコンブ、ワカメといって売っているものをコンブでありワカメであると理解すればよい。それが、この先生の結論だったのだ。
二番目に手をあげた人が、質問に立った。「沖縄の人は、なぜそんなにコンブを食べるのですか」
北海道のコンブは、北前船によって日本海の港に運ばれた。そこから、陸路関西を経由し、富山の薬売りなどの手を介して沖縄まで持ちこまれた。コンブの消費量は、今でも沖縄が日本一である。こんな話がシンポジウムで話題になった。
これに関する質問なのだが、先生、またもや考えこんだ。最初の質問のときよりも長い間、沈思黙考するのであった。
沖縄では豚肉をよく食べる。コンブは、栄養のバランスを取るために必要だった。・・・・などという通りいっぺんの回答をするつもりは、ちっともないらしい気配であった。
聴衆は、前の質問の際、先生の真摯とも滑稽ともいえる、誠実な学者らしい回答を聞いていた。だから、固唾を呑んでじっと待っていた。
すると、先生、やおら昂然と顔を上げて、
「それは、沖縄の人は、コンブが・・・・好きだからです!」
一瞬、聴衆は静まりかえった。
ついで、万雷の拍手が湧き起こった。
「そうなのだ。その通りだ。そうとしか、いいようがないのである」と玉村は、聴衆と共に拍手する。
辛い辛いトウガラシだって、同じことだ。
「韓国ではあんなにたくさん食べるのに、日本では最近までほとんど食べなかった。
タイではあんなに辛い料理を平気で食べるのに、ベトナムでは調味料に加えるくらいしか使わない。
スペインでは食べることは食べるが、すぐ向かいの北アフリカ諸国のように、辛いペーストをふんだんに使うことはない・・・・。
どの瞬間に、いかなるモチベーションによって、最初のバリアを越えたのか。
その国がトウガラシ愛好国になるのかどうかの境目は誰にもわからないのだから、考えれば考えるほど、好きだから、としかいいようがないのである」
【参考】玉村豊男「トウガラシはなぜ辛いのか」(『世界の野菜を旅する』、講談社現代新書、2010、所収)
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