「マッキーのつれづれ日記」

進学教室の主宰が、豊富な経験を基に、教育や受験必勝法を伝授。また、時事問題・趣味の山登り・美術鑑賞などについて綴る。

マッキーの現代陶芸入門講座(14)…荒川 豊蔵のぐい呑み

2008年05月30日 | 陶芸
今日の作品は、荒川豊蔵の志野のぐい呑みです。

荒川豊蔵の作品は、落ち着きのある、また奇をてらわず、風格を感じさせる作風です。

彼は、桃山時代に興隆した美濃焼を再興し、志野・黄瀬戸・瀬戸黒の技術を現代に蘇らせた陶芸史上に大きな足跡を残した巨匠です。多くの陶芸家にその影響を与え、自らも様々な著名な窯場を訪問し作陶しています。



荒川豊蔵の志野酒盃


このぐい呑みは、1987年に黒田陶苑で購入したもので、二重箱に納められています。

志野焼としては、志野釉の掛具合が薄く、その分陶器表面の変化が特徴的で、梅花皮(かいらぎ)風の景色が見られます。器の中に、『斗出庵』(荒川豊蔵の号)の『斗』という文字が刻まれています。

彼が、上手くできた作品に、『斗』の文字を刻んだとも言われているけれど? 
まてよ、どうして焼ける前に作品の出来の善し悪しが分かったのだろう?
斗出庵の号は、文化勲章受賞後の1972年頃より用いているので、このぐい呑みは、晩年の円熟期に作った作品と言うことになります。

豊蔵のぐい呑みは、かなりの数を見ていますが、この作品は彼のぐい呑の中でも最もできの良い作品の一つではないかと思います。

大ぶりで、ゆったりしたフォルム、器の表面に薄くかかった釉薬の変化。お酒をこの器に入れて手に持ったら、さぞ美味く感じられるであろうぐい呑みです。



器の中の『斗』の文字


荒川豊蔵は。1894年岐阜県土岐郡多治見町(現・多治見市)に生まれました。

宮永東山の京都・東山窯の工場長を務めたのち、昭和2年『北大路魯山人の北鎌倉・星岡窯』の窯場主任として作陶を続けます。

その後、桃山時代に焼かれた志野茶碗に興味を抱き、岐阜県可児市久々利大萱の牟田洞古窯跡で『志野茶碗銘玉川』と同じ志野筍絵陶片を発見します。

1930年のこの発見は、それまでは瀬戸で焼かれていたと思われていた志野や瀬戸黒などが、実は美濃の産であったことを実証しました。

1933年郷里に戻り、陶片を発見した大萱に穴窯を築き、桃山時代の美濃焼再興に情熱を傾けます。

1946年多治見・虎渓山永保寺所有の山を借り、『水月窯』を築きます。
(水月窯は、長男武夫に譲られ、主に食器類を焼いて現在に至っています。)



水月窯 紅白梅湯呑(1986年)


1955年「志野焼」「瀬戸黒」の2つにおいて、で重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。

1971年文化勲章受賞(同日に文化功労者として顕彰)

1985年8月11日死去(享年91)



豊蔵の箱書き


荒川豊蔵の生涯で、私は三つの点に注目しています。

【一つ目は、北大路魯山人との出会い】

日本の現代陶芸、もっと言うと現代の文化に多大な影響を与えた、北大路魯山人の下で作陶したことが、どのように荒川豊蔵の生涯に影響を与えたのか。美に対する比類なき感性を持った天才・魯山人が収集した古今東西の名品を、豊蔵はきっと目にしたに違いありません。

一介の陶工にすぎなかった豊蔵は、そうした経験の中で、美に対する感性が養われていったと考えられます。あの気むずかし屋の魯山人の下で働く大変さはあったことでしょうが、その後の豊蔵の才能を開花させる契機になったことは、間違いないことでしょう。

魯山人が鎌倉に造った星岡窯において、豊蔵が制作した器は、プロデュースした魯山人の手で、「ロの字」が付けられ、現在魯山人の作品として、流通しているのでしょうか。

私は、北大路魯山人の作品集図録に掲載されている、共箱の草文鼠志野の大きな皿を所持していました。多分その作品も、荒川豊蔵が主に手がけ、白く抜けた草の文様を魯山人がちょいと描いたと考えられます。魯山人に鼠志野の大皿を作成する技術はなかったと思います。

それにしても、豊蔵が独立した後も、孤高の天才・魯山人との交流が続いた事実は、いかに豊蔵が人間的に包容力があったかを、示していると思います。

ところで、人気マンガ「美味しんぼ」の山岡士郎の父・海原雄山のモデルは、北大路魯山人とされています。


      
豊蔵の書画「志野水指の図」額装・シールの号は斗出庵(1986年・日本橋三越)


【二つ目は、陶片発掘の経緯】

豊蔵の生きた時代、全国の古窯が発掘され、その陶片を元に、桃山期を中心とする陶器制作技術の復興ともいうべき、大きな流れがあったように思います。

日本の現代陶芸は、かつて人類が到達したことのないような、ハイレベルな様々な技術が百花繚乱し、空前絶後の陶芸文化を生み出しています。

私たちを楽しませてくれる、こうした状況は、陶片発掘と言う、地道な先達の努力の上に成立していると考えて良いでしょう。

陶芸の一つの頂点と思われる桃山期の様々な技術は、時と共に廃れてしまっていました。そうした技術を、時空を越えて現代に蘇らせ、現代陶芸を飛躍的に発展させた原動力が、川喜多半泥子、北大路魯山人、荒川豊蔵、中里太郎衛門 (十二代)、金重陶陽、西岡小十などの、陶片から過去の技術を学ぼうとした人たちでした。

昭和5年、魯山人が星岡窯の作品展を名古屋松坂屋で開いた時、その滞在先近くの古美術店に、桃山陶器『志野筍絵茶碗 銘 玉川』があることを知り、北大路魯山人と荒川豊蔵の2人は、その秘蔵の作品を見せてもらいます。

豊蔵は、その時に、その茶碗の高台のハマコロ(茶碗をサヤに入れて焼くとき、サヤと茶碗の高台が焼きついてしまわないように間にはさむ土の輪の跡)の色に注目し、それが瀬戸で焼かれたものではなく、美濃で焼かれたのではないかと直感しました。

その後、豊蔵は、美濃の大萱で、ゆずはだで緋色の小さな筍が一本描いてある、志野焼きの陶片を発見します。美濃でのこの桃山陶器の陶片発掘は、『桃山の陶器は瀬戸で焼かれた』というそれまでの定説を覆す重要な発見となりました。

       
唐九郎の書「東西」額装・号は「一ム」(1986年・黒田陶苑)


【三つ目は、同時代に生きた加藤唐九郎との関係】

豊蔵と同年代に、桃山陶器の再現に努力した天才的陶芸家・加藤唐九郎が、瀬戸で活躍しています。

私が子供の頃、焼き物作家の名前として、一般の人でも加藤唐九郎の名前は、別格の存在として知られていました。

どういった経緯で、私自身小学生の頃からその名前を知っていたのかは、分かりませんが、偉大な芸術家として、記憶されていました。

唐九郎は、1952年織部焼の技術で人間国宝に指定されます。しかし、あの有名な『永仁の壺事件』により、その指定が後に取り消されるといった、不名誉な処遇を彼は受けることになります。

この唐九郎と豊蔵は、お互いをどのように見ていたのか、興味の湧くところです。

私が子供の頃から知っているほど話題性があり、マスコミ受けする唐九郎に対して、私も陶芸に興味を持ってからその名を知った豊蔵は、どちらかというとマイペースで黙々と桃山陶器の復元に努力を傾けた人だったのでしょう。

地理的にも近く、同じ方向の作陶を手掛けているこの2人が、親密な交際をしても良い筈なのに、余りそうした交流の話は聞きません。この事実は、逆に言えば、いかにお互いが、相手の作陶成果を気にしていたのかを、物語っているように思えてなりません。

この時代を代表する巨匠、豊蔵と唐九郎。歴史のフィルターを通って、後世に残っていくのは、どちらの作家の作品でしょうか。


       
唐九郎の書「無」軸装・箱書き(1986年・黒田陶苑)


【補足】

陶芸家で、文化勲章を受章している作家は、板谷波山・富本憲吉・濱田庄司・荒川豊蔵・楠部彌一・浅蔵五十吉・青木龍山です。

人間国宝→文化勲章の流れで、受賞しているのは、富本憲吉・濱田庄司・荒川豊蔵の3人で、帝展・日展→芸術院会員(帝国美術院会員)→文化勲章の流れは、板谷波山・楠部彌一・浅蔵五十吉・青木龍山の4人です。陶芸分野で、日展を圧倒している日本工芸会系の人間国宝の文勲が少ないのが気にかかります。またもっと問題なのは、団体に属さない陶芸家は、どちらのコースにも進めないのが実情だということです。

国が芸術家に与える評価の基準は、悪しき因習を引きずるのではなく、または団体の圧力に影響するものであってはなりません。様々な思惑が渦巻く小さな器の中で、決められた流れに合わせて、芸術家を評価するのではなく、だれもが違和感を覚えることのないような、真に客観的な芸術的評価をしてもらいたいと、私は常々思っています。皆さんはどうお考えでしょうか。




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2 コメント

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すばらしい。 (長瀬)
2008-09-07 10:49:34
荒川さんの美術館の近くに住む教員です。
社会科の授業をします。
すばらしい、ブログ、参考になりました。
返信する
Unknown (マッキー)
2008-09-08 10:25:47
お褒めの言葉、ありがとうございます。

ブログとしては、長文で、生真面目な内容ですが、
読んでいただいた方に何か心に残る、
またはちょっとでも役に立つブログを、
心がけています。
返信する

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