「マッキーのつれづれ日記」

進学教室の主宰が、豊富な経験を基に、教育や受験必勝法を伝授。また、時事問題・趣味の山登り・美術鑑賞などについて綴る。

マッキーの『四季を楽しむ』:7月上旬の公園

2015年07月31日 | 四季の植物と風景



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 様々な花が咲いていた5月・6月に比べ、蒸し暑い梅雨時の7月上旬、草木の開花はちょっと一服感があります。少し遅めのアジサイクチナシの花が、まだ公園に咲いていました。クチナシの花には、下の画像のように八重咲もあります。






 この時期に、公園などでは、キキョウの花をよく見かけます。塾では小5で学習する秋の七草の一つです。けれども、キキョウは6月から8月にかけて夏に開花します。綺麗な青紫色ですが、その下の画像のように白いキキョウも稀に咲いています。清楚で気品のある花です。






 夏の花と言われれば、多くの方が連想するのはヒマワリでしょう。まさに夏の太陽のように、力強く咲いています。そんなヒマワリを詠んだ短歌を、私は好きです。

  向日葵は金の油を身に浴びてゆらりと高し日の小ささよ (前田夕暮)



 下の画像は、サンゴシトウの花です。アメリカデイゴに似ていますが、それもそのはずで、オーストラリアのシドニー植物園で、アメリカデイゴ と 北アメリカ原産のヘルバケアを交配して作られた園芸種だそうです。

 デイゴというと、沖縄を連想する方が多いと思います。デイゴは、沖縄の県花となっています。デイゴは、マメ科の落葉高木で、インドから太平洋諸島の海岸近くに分布し、沖縄は北限地だそうです。



 この時期から秋まで、長々と公園などで咲いている花と言えば、サルビアの花でしょう。サルビアは、シソ科の植物で、ブラジルが原産地です。最近は、下の画像のように真っ赤なサルビアの他、ブルーサルビアと呼ばれる品種もよく見かけるようになりました。



 下の画像は、アガパンサスの花です。公園でよく見かけるアガパンサスは、ヒガンバナ科のアガパンサス属の植物ですので、全体の形状から、ヒガンバナを連想する方は多いでしょう。



 上で紹介した花はすべて虫媒花ですので、梅雨時の蒸し暑い空を忙しく飛び回る昆虫を活用して、子孫を残す植物たちです。

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マッキーの教育:幼い時の経験

2015年07月28日 | 教育



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 自分の経験から考えても、子どもの頃の経験が、意識的にも無意識的にも、その後の人生に影響を与えることは確かです。子どもの頃の体験が、大人になった自分に少なからず作用することを考える時、思い出すのはシュリーマンについてです。

 シュリーマンは、知っての通りトロイア遺跡を発掘した人物として有名です。最近では、発掘手法や自伝を含めて、ちょっと評価が下がっているようですが。

 古代への情熱—シュリーマン自伝 (新潮文庫)では、幼い頃に見聞きしたホメロスの『イーリアス』に登場する伝説の都市トロイアが、神話の世界ではなく実在すると考え、大人になってその遺跡を発掘する感動的な話が綴られています。

 その内容が仮に尾ひれが付いて誇張されているとしても、この本から読み取れる、幼い頃の体験が人生に大きな影響を与えるという普遍性を、否定することはできません。

 東京宝塚劇場で行われた月組公演『1789 −バスティーユの恋人たち−』(〜7月26日まで)に、教室の教え子の101期生が東京デビューしたことは、以前のブログで綴りました。この舞台を、私は2度観劇しました。今回その生徒のお母様にS席のチケットを入手いただき、私は7月20日に3度目の観劇に出かける予定でした。

 ところが、今年小学校に上がった子が、宝塚歌劇を見てみたいと私に熱望しました。今までのチケットは、2階A席でしたが、今回は1階S席です。はたして、小学1年生が長時間の歌劇を集中して観劇できるか不安でした。

 「ちゃんと行儀良く観るから!」と言う言葉を信用して、当日になって私の代わりに、この子が宝塚歌劇を観ることになりました。チケットは1枚で、お隣は101期生のお母様。突然に、ご面倒をおかけすることになってしまいました。

 ただ、この子は、興味の向く対象ですと、かなり長時間でも集中することができる性格です。歌劇という形式であることと、この子が経験したことのない大音響の舞台ですので、そこが少し心配でした。



 舞台が終わって出てきたその子を見れば、とても満足した顔をしていました。生徒のお母様の話でも、ちゃんと観ることができたとのこと。ロナンとオランプ、それにマリー・アントワネットと、
変装してロナンを牢獄から救い出したオランプの父がとても良かったと、興奮気味に話してくれました。子どもにとって、キャストより役柄に意味があるようですが、ロナンは龍真咲さん・マリー・アントワネットは愛希れいかさん・オランプは早乙女わかばさんでした。

 「私はロナンのファンになったのよ!」・・・すなわち、龍真咲さんのファンということでしょうか。

 生徒のお母様の話では、お子様がこの子と同じ年頃に、初めて宝塚歌劇を観に連れて行ったそうです。まさか、その子が大きくなって宝塚の舞台に立とうとは、その頃は夢にも思わなかったことでしょう。そんなことを思い出しながら、お母様はこの子をお世話してくださったそうです。



 費用と手間をかけて喜びそうな観光地へ、子どもを連れていく必要はありません。かつて、子どもを連れて遠出した帰り、多少時間があったので自宅近くの公園で遊んで帰りました。帰宅後に、お出かけの感想を子どもに聞くと、近くの公園で遊んだことが、今日一日で一番楽しかったという感想でした。がっかりしましたが、子どもにはそのようなことが、多々あります。大人の満足度ではなく、子どもの尺度で考える必要があります。

 「かわいい子には旅をさせよ」という格言があるように、子どもをあまり過保護にせず、ちょっぴり年上扱いする冒険も必要です。

(注)画像は、生徒のお母様が撮って、メールに添付して送ってもらいました。この子が頭に付けている白い髪飾りは、映画「バケモノの子」に出てきたチコで、最近本人は気に入っています。知らない人が見れば、何を付けているのといった感じ。

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マッキーの日日是好日・・・ある休日の黄昏時

2015年07月24日 | その他



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 梅雨が明けると、夏本番。公園のセミが、待ってましたというように鳴き始めました。夏の太陽のエネルギーをタップリと浴びた黄昏時の熱気は、ビールの最高の肴と言えるでしょう。

 冷蔵庫を開けると、春に採ったわらびを使った二種類の一本漬けがまだ入っていました。それに、数の子のわさび漬け・アサリと昆布の佃煮の小皿を、ちょっと上等な塗盆にのせて、冷やした備前焼のビアマグに冷たいビールを注げば、準備完了。

 今年もあっという間に7月も終わり。振り返れば、時を駆けていた頃もあったし、時に追われている頃もあったように思います。最近は、時が自分自身を超えてどんどん先に行ってしまうような感覚がします。

 その日の出来事が、そして時間さえも、夏の黄昏時の空気の中に溶け込んでいくようです。海辺では、海風が陸風に、そして山里では、谷風が山風に変わる一時、周囲の空気はその動きを止めます。夏の黄昏時に、時間さえその刻みを忘れてしまうような感覚を受けるのは、案外気象条件の凪のせいなのかもしれません。

 朝5時過ぎに起床し、夜12時過ぎに就寝。起きている間の多くの時間は、教室の夏の講習会に費やされます。燃える夏に、燃えるような講習が続きます。


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マッキーの随想:新国立競技場の建設計画に異議あり

2015年07月15日 | 時事随想



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 「2020年東京五輪・パラリンピックのメーン会場となる新国立競技場の整備費が膨らんだことに批判が集まる中、事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)は7日、東京都内で有識者会議を開き、総工費2520億円となる整備計画案を了承。JSCは特徴的な2本の巨大アーチのデザインを維持した難工事に伴い、基本設計時より整備費が765億円増えたことを明らかにした。完成後50年間の大規模改修費が1000億円以上になる試算も判明し、JSCの見通しの甘さが浮き彫りとなった。」・・・産経新聞より抜粋

 さまざまな問題を抱えた新国立競技場の建設が、国民の多数の意志に反してスタートしました。今日は、その問題点を考えてみたいと思います。

 そもそも事業主体である日本スポーツ振興センター(JSC)とは、いかなる組織なのでしょう。この組織の予算をチェックしてみれば、おおよそどういった組織か判断できます。

 情報公開されている平成27年度予算の収入が、183,917百万円となっています。収入の内訳は、国からの各種交付金の他、スポーツ振興投票事業収入が109,676百万円となっています。

 格好良く「投票事業」などど呼んでいますが、スポーツ振興くじ(toto)などを取り仕切っている組織です。簡単に言えば、公的な賭博の胴元として、その収益を独占している独立行政法人です。厳しい言い方をしているようですが、それが現実でしょう。

 以前このブログで取り上げた、審議会,協議会,調査会, 専門委員会などの名称がつけられた機関は、行政機関に付属的に設置され、行政庁からの諮問に応じて意見を答申する権限を持ちます。ただし、行政が指名したメンバーが行政の言いなりとなる人材なら、これらの機関は、お墨付きを得る茶番劇を演じているだけです。

 今回行われた有識者会議は、JSCの河野一郎理事長の私的諮問機関です。しかし、そこには関係団体の幹部らがそろっており、実質的には最終的な意思決定機関となっているようです。今回のように安易に事を進めて、将来巨額な負担を国民が強いられる事態が生じたら、決定の役割を果たした有識者会議のメンバーに、損害賠償を請求しても良いほど、怠慢な意思決定でした。

 文部科学省が管轄し、天下り先でもある日本スポーツ振興センター(JSC)は、賭博の胴元として巨額資金が動く、利権の巣窟となっているようです。元首相経験者などの政治家を中心に、影響力を行使して、巨額資金の差配に関与する動きが気になります。

 各種調査で国民の多くが納得していないことが判明している、総工費が巨額に膨れ上がった新国立競技場の着工が、なぜ簡単に了承されたのか疑問です。この箱物の公共事業に関わった人たちは、もらうべきものを、すでにもらってしまっているが故に、今さら方針を変更できないのかと、勘ぐりたくなる所業です。

 管官房長官は、「大会招致のプレゼンで世界に発信したデザインを安易に変更する事は国際的な信用を失墜しかねない。」と述べました。これは、とても問題ある発言です。国民は安易に反対しているのではなく、熟慮して変更すべきだと主張しているのです。このことさえ理解していないこの発言は、多くの国民をないがしろにした発言です。金満体質のオリンピックを本来の姿に戻し、省エネで費用のかからないオリンピックの実施を目指すことが、逆に日本の信用を勝ち取る道であることを、全く理解していません。

 また安部首相は、「計画を見直した場合は、19年のラグビー・ワールドカップに間に合わなくなり、20年五輪にも間に合わない可能性が高いとの報告を受けている」と述べて、実施設計通りに進める考えを示しました。

 たった一つや二つのイベントに、これだけの巨額な器が必要なのか・・・それは否です。この二つのイベントの後、この施設が半世紀に渡り国民に有効に利用され、収益と維持管理の支出に帳尻が合うことが重要です。これ以上、負の遺産を子孫に残すべきではありません。

 このような二人の発言を勘案すると、信じられないほど次元の低い判断をしていることが分かります。日本政府の債務残高が天文学的な額に膨れ上がり、世界的に見ても危険な状況にあるにも関わらず、一つの箱物建設に巨額な費用がかかることが判明した後も、ズルズルと計画を続けることが、逆に日本の信用を失墜させる要因となるでしょう。

 日本を代表する建築家・槇文彦を中心とするグループが、繰り返し問題点を指摘し、対応策を提案しています。けれども、何故かまともに聞く耳を持たない日本スポーツ振興センターの河野一郎理事長及びその取り巻きは、いったい何を考えているのでしょう。

 学生時代、槇文彦の代表作である代官山集合住宅を見に行ったことがありました。また、文化学院が主催した黒川紀章・菊竹清訓・槇文彦・磯崎新など、売れっ子建築家の講演を聴きに出かけたこともありました。その中で健在な二名・槇文彦・磯崎新が、この建築物に対し問題点を指摘しています。

 今回の新国立競技場のコンペにおいて、審査委員長を務めた建築家・安藤忠雄は、これだけ規模の大きい建築物の評価には、不向きな人材だったように思います。今回の最終的な決定が出る有識者会議には、何故か出席していません。

 民意を顧みず、極めて問題ある事業を独断専行しようとした責任者を更迭し、新国立競技場建設を、白紙に戻すことは、今でも可能ですし大切なことです。原発再稼働問題も、巨額新国立競技場建設も、安全保障関連法案さえも、民意を無視して強行する安倍政権は、極めて危険な道を歩んでいるように感じます。こんな時こそ、国民は冷静に状況を判断して、民意を反映させるよう行動すべきでしょう。


(追記)
 
このブログを綴っている時に、新国立競技場について、計画の見直しの検討に入ったというニュースがありました。これだけ強い逆風の中で、政府も民意を無視できない状況となったからです。しかし、これから利権絡みの者たちの妨害による紆余曲折が予想され、主権者である国民は、しっかりと動向を見守っていく必要があるでしょう。

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マッキーの教育:繰り返される「いじめが原因の自殺」

2015年07月11日 | 教育



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 岩手県の中学2年の男子生徒が、ホームから線路に飛び降り、列車にはねられて自殺するという、痛ましい事件がありました。いじめを原因とする子どもたちの自殺が、繰り返されることにやるせなさと憤りを覚えました。

 今回の「いじめ自殺事件」では、担任と自殺した男子生徒との「生活記録ノート」という名称の連絡ノートが存在して、子どもが死に至る心理的な変遷を知ることができます。教科指導の他に、子どもたちの学校生活全般を把握するために、個別のノートをチェックする労力は大変なものだと思います。現役で複数のブログを頻繁にアップしている教師もいますが、学級担任になり生徒一人ひとりを情熱を持って指導するなら、そんな余裕はないでしょう。

 この生徒の担任は、いじめがあることを知り、いじめをしているグループに注意を与えていたようです。けれども、連絡ノートからうかがえる被害少年のSOSの緊迫性は伝わらず、結果的に的確な対応を取ることができませんでした。

 学校の最終的管理責任者である校長は、緊急の保護者会で、「これまでいじめがあったという認識はない」と述べ、「私の認識のなかでは、まだ自殺なのか事故なのかという結論が出ていないのかなという認識はあります。校内で、私のところで生徒が書いたノートを共有している事実はありませんでした」と、他人ごとのような語り口で話したそうです。

 特に教育関連の責任者は、他の業界とは異なる強い隠蔽体質を持っていることは確かです。こうした体質が、毎度のことですが世間の浅薄な感情に、火に油を注ぐ結果となることを、いい加減知ることが大切でしょう。教育者として、子どもたちを指導する立場と、実生活上の自分自身との乖離が大きいことが、一つの原因と私は考えています。責任者となっても、常に表面上を繕う体質から抜け出せないのではないでしょうか。

 今回の事例では、中学1年生の頃からいじめと認識できる行為があったことを、学校側は確認しています。しかし、こうしたことを、
いじめとして町教委に報告していなかったようです。町教委は10日の記者会見で「いじめの認知がゼロであることが、(いじめ防止の)成果という意識が教委や学校にあった」としています。

 この事は、学級運営でも言えることで、いじめが起きれば学級での子どもたちの指導に問題ありと、烙印を押されることを気にして、報告が上がってこないという問題があるように思います。

 マスコミやネット上では、「尾木ママ」に代表されるように、担任教師を感情的な言葉で攻撃しています。しかし、感情的な批判だけでは、いつまでたってもこうした事件は減ることはありません。以前から私が主張しているように、個々の教師の力量を高めることには限界があり、個々の教師の力量を組織的にバックアップする体制が重要です。

 問題を感じた時は、一人で抱え込まないで、責任者や同僚に指示やアドバイスを受けるマニュアルや体制作りが必要です。一人で処理しようとする教師の職人気質を排除し、組織的に取り組む規律や雰囲気作りに、責任者の役割はとても重要です。興味ある方は、「大津いじめ自殺事件」を中心にいじめ問題を綴った以下のブログを御覧ください。


マッキーの教育論:いじめ問題について考える(1)

マッキーの教育論:いじめ問題について考える(2)

マッキーの教育論:いじめ問題について考える(3)

マッキーの教育論:いじめ問題について考える(4)

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