「マッキーのつれづれ日記」

進学教室の主宰が、豊富な経験を基に、教育や受験必勝法を伝授。また、時事問題・趣味の山登り・美術鑑賞などについて綴る。

マッキーのお出かけ:心に刻む夏・・・伊豆下田爪木崎シュノーケリング

2014年08月30日 | お散歩・お出かけ・遊び



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 8月の出来事を語ろうとすると、それが過ぎた夏の思い出になってしまっていることに気づきます。今日は恒例の磯遊びを綴ります。

 今年も、私とwifeと6歳児の我が家3人は、
師匠Y氏とその仲間と、伊豆下田の爪木崎海岸で、磯遊びとシュノーケリングを楽しみました。葛西臨海公園や船橋海浜公園の海しか知らなかった6歳児は、昨年この恒例行事に参加し、「本当の海」を知りました。「今年も、本当の海へ行く?」と6歳児に問えば、「絶対に行く!」と応えました。

 8月23日、6歳児は5時起きして、出かける準備をしました。東の空は、朝焼け。天候は下り坂のようでした。伊豆急下田駅手前から、小雨が降り出してしまいました。伊豆急下田駅に着くと、ガリガリ君のアイスを、6歳児はガリッ!



 駅前バス停からバスに乗り、爪木崎へ向かいました。雨脚はだんだんと強くなっているようでした。いつもの爪木崎の茶店で、ちょっと雨宿り。6歳児がお腹が空いたと言うので、早めの昼食で磯ラーメンを注文。ラーメンの上にサザエが1個入っていました。「味噌ラーメンよりも、醤油ラーメンが良いの!」「味噌ラーメンじゃなくて、磯ラーメン!」・・・ラーメン好きの6歳児は、注文が多いのです。

 今年は、総勢6人の参加でしたが、私の家族を除く3人は、一泊して翌日も泳ぐ予定でした。昼食を食べてしばらくすると、激しく降っていた雨は小雨に変わりました。「小雨程度なら泳げるね!」と言うことで、荷物の大半は茶店に置き、水着に着替えて丘の上の茶店から海岸へ降りていきました。

 そうこうするうちに雨は止み、曇天ですが、それ以上天候が悪くならない程度に回復してきました。ちょっとここで、雨に濡れた海浜に咲く花を少し紹介しておきましょう。ただ、その花を見て、爪木崎にやって来たと実感できるハマユウの花は、時期のせいか元気がありませんでした。


(こんな場所にも咲いているのかと驚かされるセンニンソウの花)
センニンソウ(仙人草)はキンポウゲ科センニンソウ属の多年草。日当りの良い山野に多く見られる。つる植物であり、長く茎を伸ばし、節ごとに葉を対生する。花は8〜9月に咲く。茎の先端付近の葉腋から三出状の散房花序を出し、多数の白い花をつける。4枚の花弁に見えるのは萼片で、本当の花弁はない。果実には白い毛があり、これを仙人のヒゲに見立てたことからこの名が付いた。なお、有毒なので、注意を要する。


(ハマユウとならび、夏の爪木崎海岸を代表する花とも言える、ハマカンゾウの花)
ハマカンゾウは関東地方以西の本州・四国・九州に分布する常緑性の多年草。海岸の崖地・急傾斜地などに生育する。ノカンゾウによく似ているが、葉が厚くて光沢があり、常緑である点で異なる。花は7月頃から咲き始め、早朝に開く1日花。

 いつもは、7月下旬か8月上旬に爪木崎へやって来るのですが、今年はだいぶ遅い8月下旬。水温は思ったよりも低く、最初の潜りには、ちょっと思い切りが必要。水温が低くとも、水中にはチョウチョウウオなどの熱帯魚が泳いでいます。小さな魚が群れて泳いでもいます。久しぶりの水中遊泳を楽しみました。

 6歳児は、初めて水中メガネをつけて、澄んだ水中を観察していました。昨年は、大きなナマコを見つけ、両手で抱えて、「かわいい!」と反応して、私たちを驚かせました。今年は、昨年よりも少し沖合の浅瀬で、様々な海の生き物と遊んでいました。

 しばらく遊んだ後、海岸に戻り、茶店から道具を持ってきて、師匠Y氏が採ってきたサザエを壺焼きにしてみんなで食べました。新鮮なサザエを肝と一緒に食べれば、ちょっと苦みを含んだ磯の風味が口の中に広がります。

 帰りの時間となっても、6歳児は磯に出て、画像のようにヤドカリやカニと戯れていました。不思議がいっぱいの磯は、この子にとって非日常の期待感と高揚感があるようです。

 海岸のフナムシを見つけて、かわいいと言いながら捕まえた6歳児。先日も、スーパーでゴキブリを見つけて、追いかけて捕まえようとしました。それを見て、私は「汚いから、触らないで!」と、つい言ってしまって、後から反省。それでも、「ゴキブリはかわいいのに、どうして汚いところに住んでいるの?」と質問する6歳児。ぐっとこらえて、ゴキブリも触らせるべきだったのだろうか?

 動植物を全く毛嫌いしない6歳児にとって、磯は
様々な生き物と触れ合えるパラダイスなのでしょう。






 海岸からちょっと遠回りして歩くと、爪木崎灯台へ行くことができます。海の道しるべとして航路標識の役割を果たす白い灯台は、岬の先端に建っています。私が幼少のころに流行った、灯台守を主人公にした映画「喜びも悲しみも幾歳月」の歌詞を、灯台を見ると思い出します。けれども、今は日本の全ての灯台が無人化されています。






 爪木崎灯台付近には、浜辺に咲く花以外に、丘に連なる岬が海にせり出していることで、山に咲く花も多く見られます。


(この系統の花を見ると、シャジンの仲間を連想しますが、この花はツリガネニンジンだと思われます。)
ツリガネニンジン(釣鐘人参)はキキョウ科ツリガネニンジン属の多年草。花期は8-10月で、淡紫色の下を向いた鐘形の花を咲かせ、数段に分かれて葉と同じように茎に輪生する枝の先に少数ずつをつける。花冠は長さ15-20mmで先端はやや広がり、裂片は反り返る。萼片は糸状で鋸歯があり、花柱が花冠から突出する。


(ヤブランに似ていますが、ツルボの花だと思われます。)
ツルボは、北海道から南西諸島、朝鮮半島、中国、ウスリー地方などに分布する多年生草本。海岸の崖地に生育するほか、土手や田の畦などに普通にみられる。地下には2から3センチの卵球形の鱗茎が有り、食べられる。秋の初め頃から高さ30センチ程の花茎を出し、総状花序をつける。花は密につき、淡紅紫色で花被片は6個、雄蕊も6個。

 帰りには、せっかく伊豆半島の温泉エリアまで来たので、下田駅の次の蓮台寺駅で下車し、木造大浴場「千人風呂」のある金谷旅館に立ち寄りました。温泉が大好きな6歳児は、本物の温泉に浸かり、ご満悦でした。

 私は年1回のシュノーケリングを楽しみ、6歳児は綺麗な海水に住む様々な生き物と遊び、古めかしい木造の温泉に浸かり、楽しい夏の思い出心に刻むことができた日帰りの旅でした。




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マッキーの随想:スズムシ

2014年08月26日 | 時事随想



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 お盆が過ぎると、昼間は残暑が厳しくとも、朝夕の空気に、どこか秋の気配を感じます。産経新聞社OBを中心とする山登りグループ「山酒会」の実質的リーダーT氏から、今年もスズムシをいただきました。気配りが必要なグループの世話役は、スズムシの世話も大変上手です。毎年卵からスズムシを孵し、それを私はいただいて楽しんでいます。



 スズムシは、バッタ目コオロギ科の昆虫ですが、その飼育の歴史は古く、平安時代から貴族の間で、籠に入れ楽しまれてきました。江戸時代には、虫売りの手で人工飼育が始まり、盛んに販売されていました。



 上手に卵を越冬させると、5月下旬から6月上旬くらいに卵から孵ります。個体によって異なりますが、6回から7回脱皮して、7月の下旬に幼虫から成虫となります。バッタと総称される昆虫は、幼虫から蛹を経ることなく成虫となりますので、不完全変態の昆虫です。

 暑い盛りの8月に入ると、スズムシは早くも鳴き始めます。鳴き声が鈴を振るようだというので鈴虫と名付けられましたが、かつてはこれを松林をわたる風と聞いてマツムシと呼ばれました。逆に現在のマツムシのチンチロリンを、鈴の音と聞いていたようです。

 (上の画像の上左の1匹・下の画像の左の1匹)の羽は幅が広く、脈が発達していて、太い脈の一部はヤスリのようになっています。羽を垂直に立てて左右に細かく震わせ、ヤスリを擦り合わせて音を出します。また(上の画像の下の2匹)は、腹部尾端に長い針状の産卵管を持つので、雌雄の区別は簡単です。

 スズムシは夜行性ですので、不思議な雰囲気を醸し出す夏の黄昏時、きれいな音で鳴きだし、暑さにバテ気味の人々の心を癒します。



 スズムシの飼育は簡単で、キュウリ・ナス・キャベツの他に、鰹節や金魚の餌など動物性タンパク質の餌を与えると共食いを防ぐことができます。羽は2枚と思われがちですが、羽化直後の成虫個体には、羽は4枚あります。その後、後脚で後翅を自ら脱落させ2枚となります。ですから、羽化間もない個体は、飛ぶこともあるそうです。

 ちょっと昆虫の形態について触れておきましょう。塾では小5で学習します。成虫の体は、頭部・胸部・腹部の3つに分かれています。節足動物の体は、体節と呼ばれる節(ふし)の繰り返し構造でできています。胸部に足が6本あり、多くの昆虫は2対の羽をもちます。空を飛んだ最初の動物は、昆虫だとされています。また大部分の昆虫は、頭部に1対の複眼と少数の単眼を持っています。

 昆虫は、硬い外骨格をもった節足動物の中でも、特に陸上で進化したグループであり、昆虫綱全体で80万種以上が知られていてます。現在知られている生物種に限れば、半分以上は昆虫であると言われています。



 セミの鳴き声が少なくなると、それに反比例して、草むらの虫の音が増し、秋の訪れを実感させます。スズムシの飼育は、子どもにとって身近で昆虫を観察できるばかりか、家族全員が虫の音を鑑賞するという、伝統的な雅を楽しむことができます。

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マッキーのお出かけ:近隣の公園散歩andプール

2014年08月21日 | お散歩・お出かけ・遊び



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 天候の不順と、猛暑が織りなす今年の夏。初めて、6歳児をプールに連れて行きました。行き先は、昭和記念公園内のレインボープール。今年に入って、だいぶ遅くスイミングスクールに通い始めた6歳児でしたが、楽しく通っているようです。その成果か、水を怖がらずに遊んでいました。



 幼児にとってスイミングスクールは、単に泳ぐことが出来るようになるだけではなく、水に対する護身術の指導を受ける場としてとても重要だと思います。顔を水面に出すと、「ぱー」とプレスする動作など、スイミングのコーチに教わった通りの様々な仕草をします。



 ちょっと早めにプールを切り上げ、西立川駅に設置されていたダイナソー親子の前で「はい、ポーズ!」



 西立川駅から少し奥多摩方面に下った河辺(かべ)駅前の温泉に浸かるために電車に乗りました。

 6歳児は、とても温泉が好きで、お風呂にも「旅の宿」という温泉タイプの入浴剤を入れて楽しんでいます。ただ、そんなに遠くに行かなくとも、その温泉の素で、十分に温泉に行ったつもりになっているので安上がり。



 温泉に入った後、ちょっぴり年が離れた6歳児の姉と合流して、ファミリーレストランでちょっと一杯。あまりファミリーレストランを含む外食はしないのですが、自宅では食べない料理を、少しずつ6歳児は食べていました。




 今度は休日の夕方、気温も下がってきたので、散歩に出かけた時の画像を紹介します。夏の黄昏時は、全ての物の影が長く伸び、昼時の熱気が闇に溶け込んでいく不思議な時間です。



 夏の盛りが過ぎ、その過ぎ行く夏を慌てて追いかけるように、夕暮れ時にセミが気忙しく鳴いていました。ミンミンゼミを、手で取りましたが、直ぐに放してやりました。

 セミは、数年間、真っ暗な地中で幼虫の姿で過ごし、死ぬ一週間前に、地上に這いだし、交尾して死にます。ですから、一週間ほど地上に姿を見せる成虫が、本当のセミの在り方ではなく、地中にいる幼虫であるモズ(新潟地方の呼び名)の姿が、セミ本来の姿と言うことになります。






《 向日葵は 金の油を身にあびて ゆらりと高し日のちひささよ 前田 夕暮 》

 夏の暑い陽射しの中に咲くヒマワリを見ると思い出す短歌が、前田夕暮の上の作品です。「金の油を身にあびて」とは、すごい形容ですが、真夏のヒマワリの姿を的確に言い当てた言葉だと思います。

 最近は、品種改良された草丈のとても短いヒマワリが周囲に見られます。けれども、太陽に向かって、必要以上に伸びきったヒマワリも存在感があって、本来のヒマワリらしさが印象的です。






【ガウラ】
 北アメリカのテキサス、ルイジアナ原産の草花で、毎年花を咲かせる多年草です。長く伸ばした茎の先端に少しピンク色がかった白花を春から秋の長期間絶え間なく次々と咲かせます。花の大きさは1.5cm、細長い花茎が風に揺れ小さな蝶が舞っているように見え、その花のかたちから、「ハクチョウソウ(白蝶草)」の別名があります。ヤマモモソウ(山桃草)という別名は淡いピンク色の花を咲かせるところから名付けられました。



【ルドベキア】
 北アメリカ原産の草花で、日本にやってきたのは明治時代の中頃、その頃は主に切り花として利用されていました。真夏の炎天下でも花を咲かせる気丈な植物で、切り花はもとより鉢花や夏花壇、品種によっては地面を覆うグラウンドカバーにも利用されます。一株でもよく枝分かれして鮮やかな黄花を満面に咲かせる様子は遠目でもよく目立ち、ヒマワリとはまた違った良さがあります。



【パンパスグラス (西洋ススキ)】
 イネ科の多年草、原産地は南米の草原(パンパス) 。サイクルモノレール、ミニカーランドの斜面に伸びるパンパスグラスは須磨浦山上の新しい観賞植物です。

 夏の花に交じり、秋の予感を感じる草花も増えてきました。騒々しい蝉の声の他に、下草の影から虫の声もだいぶ聞き取れるようになった今日この頃です。




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マッキーの山登り:心に刻む夏・・・会津駒ケ岳

2014年08月15日 | 日帰りの山登り



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 今年は、夜行3泊4日で北アルプスを縦走する夏山計画を立てていました。けれども、多忙のためにトレーニングを全く行なえなかったこともあり、ちょっとレベルを下げて会津駒ヶ岳と燧ヶ岳を夜行1泊2日でやることに。この2つの山をどう結んで歩くのか、様々な計画を立てましたが、台風11号の接近による天候の悪化で、結局夜行日帰りで会津駒ヶ岳に登ることにしました。

 お盆帰省の足を引っぱる結果となった台風11号の日本上陸でした。8月8日(金)に浅草を23時55分に出る東武の夜行電車は、予め切符を購入しておく必要があります。もしも、切符を購入していなければ、天候が悪化する山登りは中止したことでしょう。ですから、ちょっぴり気の重い出発となりました。

 数回利用したことのある「尾瀬夜行23:55」でしたが、浅草を出た列車内は、驚くほど閑散としたものでした。途中の停車駅で少しずつ乗客は増えましたが、台風の影響なのか、夜行バスを利用し夜行電車を利用しなくなったのか、ガランとした車内は最後まで変わりませんでした。



 尾瀬夜行23:55は、会津高原尾瀬口駅からバスで沼山峠まで行き、尾瀬沼に入るには都合の良い公共交通です。今回は、檜枝岐にある駒ケ岳登山口で途中下車し、そこから登り始めます。定刻よりも少し遅い5時30分前に、駒ケ岳登山口バス停で降り、国道を渡って登山路へと向かう舗装された車道を歩き始めました。






 心配した雨は降っていませんでした。降雨で濡れた車道を30分ほど歩くと、本格的な登山道入り口の階段にたどり着きます。途中、竜門ノ滝の分岐があります。かつてグループで尾瀬に行った帰りに、この滝を見たことがありました。登山路入口の階段を登ると、しばらく樹林の中の急坂が続きます。高度が上がると勾配が緩やかになり、低木に囲まれた場所も多くなってきます。



 登山路の中間地点にある水場(水場は登山路からしばらく急下降した場所にある)には、ベンチも設置されていて、休憩して簡単な朝食をとりました。登山路は、木枠で階段状に整備され、また湿地には木道が設置されています。やがて低木の中を進む登山路は木道となり、池塘が散在する場所を通り、駒ノ小屋に向かって道は続いています。



 振り返れば、怪しい雲行きの先に、日光白根山男体山方面の山々が望まれました。また東の空には、天候が悪くなければ登る予定であった特徴的な双耳峰を持つ燧ヶ岳もはっきりと見えました。尾瀬沼方面からは繰り返し登っている燧ヶ岳も、御池方面からは初めてだったのですが。






 やがて、なだらかな草原の先に、駒の小屋が見えてきます。木道は、点在する池塘などの湿地を避ける登山路というよりも、周辺の環境保護の意味合いが大きいと思われます。



 駒の小屋前には、テーブルとベンチが設置されています。ちょっと大きめの池塘の先に駒ケ岳がなだらかな姿を見せていました。本来は、駒ケ岳の先の中門岳も往復すべきですが、天候の悪化が予想される今回は、駒ケ岳を往復するだけと決断しました。



 駒の小屋から20分ほど歩くと、会津駒ヶ岳山頂にたどり着きます。山頂は狭く、低木で囲まれているので、眺望は利きません。中門岳に向かう道を少し降りてみると、展望が開け清々しい風景が広がっています。しかし、残念ながら今回は長居はせずに下山を開始。登ってくるときに、下山者が大きな音をたてて転んだ木道を、ちょっと慎重に駒の小屋まで下りました。



 駒ヶ岳から下ってきて、10時過ぎに駒の小屋を通過し、そのまま下山を続けました。小屋の下周辺は、高層湿原に池塘が散在し、独特の長閑な景観を作り出しています。天候が気になりましたが、周囲の草花をカメラに収めながら下りました。以下に池塘周辺に咲く花を幾つか紹介しましょう。

(植物解説は
ウィキペディア等を参照しました。)



《池塘》
池塘、地塘、池溏(ちとう)は、湿原の泥炭層にできる池沼である。高層湿原が形成される過程において、堆積した泥炭層の隙間が水で涵養された部分ができる。これが池塘であり、周囲とは隔絶された環境であるため、独特の生物相ができる。



《ワタスゲ》
ワタスゲ(綿菅)は、カヤツリグサ科ワタスゲ属の多年草。別名でスズメノケヤリ(雀の毛槍)という。高さ30〜50cm。花期は5〜6月。白い綿毛を付ける果期は6〜8月。花が終わると直径2〜3cm程の名前の由来ともなっている白い綿毛を付ける。この綿毛は種子の集まりである。



《チングルマ》
チングルマ(珍車、稚児車)とはバラ科ダイコンソウ属の落葉小低木の高山植物である。花後、花柱は伸びて放射状に広がる。和名のチングルマは、この実の形が子供の風車(かざぐるま)に見えたことから稚児車(ちごくるま)から転じて付けられた。
 上の画像は、花が終わりチングルマの実の姿です。雨に濡れ、風に吹かれる実の姿も、風情があります。




《ハクサンコザクラ》
ハクサンコザクラ(白山小桜)は、サクラソウ科サクラソウ属の多年草。高山植物。日本海側の高山帯(白山から飯豊山にかけて)に分布し、雪渓周辺や湿地帯などの湿った場所に群生する。 高さは15cmほど。葉は3〜8cmで9〜25個の鋸歯縁。花はピンクの5弁花だがハート型に深く切れ込んでいるので10弁花のように見える。花期は6〜8月。名前は白山で最初に知られたことに由来する。同様に、ハクサンが付く名前の花が多数ある。ハクサンフウロ、ハクサンチドリ、ハクサンシャクナゲ、ハクサンイチゲなどがその一例。



《ミヤマリンドウ》
ミヤマリンドウ(深山竜胆)は、リンドウ科リンドウ属の多年草の高山植物。茎の基部が長く這い、茎先が立ち上がり、高さは5〜10cmになる。茎はやや赤紫色を帯びる。葉は茎に対生し、葉の形は小型の卵状長楕円形で、長さは5〜10mm、やや厚め。花期は7〜9月で、茎の上部に長さ15〜22mmの青紫色の花を4個ほど付ける。花冠は5つに裂けており裂片の間に小さく副片がある。



《イワイチョウ》
イワイチョウ(岩銀杏)はミツガシワ科の多年草。別名、ミズイチョウ(水銀杏)。本種のみでイワイチョウ属を形成する(1属1種)。花茎の高さは20〜40cm。葉は根生し、厚い腎臓形で葉柄があり、縁は鋸歯状になる。秋になると黄葉する。花期は6月から8月で、花茎の先に5裂する白色の花を数個咲かせる。南千島と日本の北海道、本州の中部以北に分布し、多雪地の亜高山から高山にかけての湿原などに自生する。




 下山途中、僅かに青空が覗き、夏山を歩く幸せと喜びが体に満ちてきました。けれども、天候は明らかに下り坂。下山途中30分ほど、軽い雨になりましたが、雨具を着込むほどの雨ではありませんでした。台風が近づいている状況の山登りとしては、ラッキーと言って良いでしょう。



 登山路の中間地点の水場と書かれている場所からちょっと急降下した場所に、極めて冷たい清水が湧き出しています。喉を潤すだけでなく、お土産用にペットボトルに清水を満たしました。稜線から急降下し再び登り返す労力を考えても、この清水は口にした方が得です。(帰ってから、この清水で入れたお茶の美味しかったこと。深山の清水は、とても良い土産となります。)

 正午頃、駒ヶ岳登山口バス停にたどり着きました。無論のこと、ここまで来れば温泉に入って帰路につくのは当然。公営の駒の湯は近くてお湯の質も良いのですが、以前数回入った時に休憩スペースが無かったと思い、反対側にしばらく歩くアルザ尾瀬の郷ヘ向かいました。ここは、2階に大きな休憩スペースがあり、入浴後ごろ寝が出来ます。

 会津高原尾瀬口までバスで戻り、駅前の青空市でミニトマト3袋・ピーマン1袋・シシトウ1袋を各100円で買い乗車しました。鬼怒川温泉で特急きぬ136号に乗り換え、浅草に7時15分に到着しました。

 例年の小屋泊の夏山と異なり、夜行日帰りのちょっと気忙しい山登りでしたが、危惧していた台風による悪天候は回避でき、二十代から続けてきた今年の私の夏山は無事終了しました。

 以下で山で出会った花を再び幾つか紹介しましょう。今回は、雨模様でしたので一眼レフは持参せず、ニコンのコンパクトデジカメで撮った画像です。



《ゴゼンタチバナ》
ゴゼンタチバナ(御前橘)は、ミズキ科ミズキ属ゴゼンタチバナ亜属の多年草である。花は4枚の白い総苞に囲まれハナミズキやヤマボウシに似ている。秋にハナミズキに似た核果が直径 5–6 mm の赤い果実をつける。



《キンコウカ》
キンコウカ(金光花、金黄花 )は、キンコウカ属の多年草。花期は7月〜8月で、花茎の上に花被片6枚の星型の黄色い花を総状につけ、下方から開花していく。



《カラマツソウ》
カラマツソウ(落葉松草、唐松草) はキンポウゲ科カラマツソウ属の宿根草。北海道から本州の山地〜高山帯の草地に自生する高山植物。日本固有種である。花がカラマツの葉の付き方に似ているのでこの名前が付いた。花期は6〜8月、根本から高く伸び上がる花茎を出し、その先に複散房花序の形で直径1cmほどの白色の花を多数つける。花弁はなく、白い花は雄しべの集まりである。



《ハクサンフウロ》
ハクサンフウロ(白山風露)はフウロソウ科フウロソウ属の多年草。高山植物の一つ。花期は7〜8月。花色はピンク色だが、花によって濃淡に差がある。花弁は5枚。



《クモマニガナ》
クモマニガナ(雲間苦菜)は、ニガナの高山型の変種。タカネニガナとよく似ているが、クモマニガナは茎が太く、花弁が11枚であることで区別できる。



《ジョウシュウオニアザミ》
ジョウシュウオニアザミの分布域は狭く、群馬県、新潟県の県境、およびそれに接する福島県、長野県の山域に分布している。
基準産地は群馬県至仏山。
今まで私が見たアザミの中で、最も大きな花を付けたアザミでした。



《ソバナ》
ソバナ(岨菜 )はキキョウ科ツリガネニンジン属の多年草。
花茎の高さは50cmから100cmになり、葉は茎に互生し、茎の下部につく葉には長い葉柄がある。葉柄のつく葉の形は広卵形で、花がつく茎の上部は広披針形になり、いずれも縁は鋸歯状になる。花期は8月から9月頃で、青紫色の円錐状に近い鐘形の花を咲かせる。大きい株になると枝を数段に互生させ、多数の花をつける。花のがく片は披針状で全縁。雌しべは花から突出しない。



【会津駒ヶ岳】
 会津駒ヶ岳(あいづこまがだけ)は、福島県南会津郡檜枝岐村にある標高2,133mの山である。日本百名山の一つ。一等三角点「岩駒ケ岳」(標高2,132.4m)設置。残雪期に駒の形に見える雪形の現れることが「駒ヶ岳」という山名の由来とされる。古くから信仰の対象の山であり、檜枝岐村、南会津町伊南地域には駒嶽神社がある。

【全国の駒ヶ岳数】
 国土地理院の地形図に”駒ヶ岳”と明記されている山(18座)を仮称”Native Koma”と呼び、この18座全山登頂者を”駒ヶ岳グランプリ”として表彰しているそうです。その駒ケ岳ファンクラブでは、全国に駒ケ岳が24座と紹介しています。



【標準的歩程】
駒ケ岳登山口〜0.30〜登山路入口〜1.30〜水場上〜1.30〜会津駒の小屋〜0.20〜会津駒ヶ岳〜0.15〜駒の小屋〜1.10〜水場上〜1.10〜登山路入口〜0.20〜駒ケ岳登山口〜0.15〜アルザ尾瀬の郷(計7時間)

【尾瀬夜行23:55】
(8日~9日往路)
浅草23:55〜3:18会津高原尾瀬口駅・バス4:20〜5:20駒ケ岳登山口
(9日復路)
アルザ尾瀬の郷14:55〜16:05会津高原尾瀬口駅〜17:13鬼怒川温泉駅・特急乗り換え17:15〜19:15浅草

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マッキーの随想:花火

2014年08月07日 | 時事随想



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 夏の夕暮れ時に川面を渡ってくる風は、日中の猛暑をいっとき忘れさせてくれます。花火大会は、いろんな意味で夏の楽しみであり、風物詩といって差し支えありません。また若い女性にとっては、浴衣などのファッションも楽しむ機会の一つともなっています。

 8月5日、江東花火大会を見に行きました。江戸川花火大会隅田川の花火大会見物は、その混雑に辟易としてしまうのは、私だけではないでしょう。江東花火大会は、それらに比べれば規模はさほどではありませんが、雑踏を気にすることなく花火を楽しめる、都内花火大会の穴場スポットと言えるでしょう。

 夏祭りの夜店をそぞろ歩く楽しみと同様に、花火大会は、夜の屋外で過ごすことによって得られる納涼の快適さや楽しみがあります。けれども、夏の夜の花火大会の魅力は、それだけではありません。



 日本人の花火好きは、世界的にも際立っているように思います。湿潤な気候風土で、夏は特に高湿度に嫌気が差す日本では、夏の蒸し暑さを堪え忍ぶ術を色々と考えてきました。家の構造や打ち水による気化熱を利用した住まい方などの他に、屋外で楽しむ夏の花火もその一つだったことでしょう。規模の大きい打ち上げ花火だけではなく、家庭でする線香花火にも、捨て難い妙味があります。

 花火の様々な美しい色は、高校化学で習った炎色反応の賜です。「リアカー無きK村     馬力で勝とうと努力するもくれない」・・・
Li→赤 Na→黄 K→紫 Ba→黄緑 Ca→橙赤 Cu→青緑 Sr→紅

 しかし、心地良い花火の爆発音と、その色彩の美しさだけが、私たちを惹きつけるのではありません。夏祭りの後に感じるのと同様な侘びしさを伴った静寂と、花火の残像を残す夜空の漆黒が、私たちに特別な感情を誘発します。

 私たち日本人が、散りゆく桜の花に哀愁を感じるように、大きく花開いた後に闇夜に消えていく花火が、同様の感情を喚起させるようです。



(花火の掛け声・玉屋(たまや)と鍵屋(かぎや)について)
 江戸時代の享保18年(1733年)に、両国の大川(現在の隅田川)で川開き花火大会が開かれました。大江戸博物館には、その当時の両国橋界隈の花火大会のにぎわいが、ジオラマ展示されています。これが隅田川花火大会の由来ですが、そこで活躍した花火師の屋号が「鍵屋」でした。文化5年(1808年)鍵屋の番頭が暖簾分けし、玉屋市兵衛を名乗って開業し、川の上流を「玉屋」、下流を「鍵屋」が担当し、二大花火師の競演となりました

 これを応援するための掛け声が「たまや〜」「かぎや〜」だったのですが、天保14年(1843年)に、玉屋の失火により大火事となりました。その結果、玉屋は江戸払いの罰
を受け追放されました。結局、人気を集めた玉屋は、一代限りでその屋号は絶えました。


 花火の掛け声は、「たまや〜」が「かぎや〜」を圧倒しているように思えますが、一代で花火のように消えた「玉屋」の哀れさが、民衆の心に残っているのでしょう。




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