「マッキーのつれづれ日記」

進学教室の主宰が、豊富な経験を基に、教育や受験必勝法を伝授。また、時事問題・趣味の山登り・美術鑑賞などについて綴る。

マッキーの山登り:湯河原駅~城願寺~城山~しとどの岩屋~湯河原梅林~鍛冶屋バス停

2017年03月21日 | 日帰りの山登り


 
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 3月20日(春分の日)、山菜師匠山縣さんと山歩きに出かけました。行き先は、相模湾と湯河原を見下ろす低山の城山。その他、源頼朝所縁の史跡を辿りました。昨年もこのエリアを歩きましたが、山登りと言うよりは、家族連れで長閑な春を楽しむハイキングコースです。

 湯河原駅から15分ほど歩いた場所に、城願寺というお寺があります。約800年の昔、源頼朝を庇護した勇士豪族土肥次郎実平の菩提寺であり、境内に樹齢800年の天然記念物びゃくしんの巨木が生えています。頼朝が石橋山合戦に出陣するにあたって、後世のために植えたものであると言われています。

【ビャクシン】
 ヒノキ科の植物で、宮城県から沖縄までの海岸沿いに分布する常緑針葉樹。樹高は、ハイネズの様な低潅木からイブキの様な高木まで様々である。匍匐性の品種も見られる。滋賀県の伊吹山にちなんだ別名「イブキ」が有名だが、伊吹山のものは自生ではなく、植栽されたものとする説もある。 建長寺・円覚寺などの鎌倉の寺社に、推定750年ほどの古木が存在する。





 民家の間を抜ける舗装道路を道なりに歩き続けます。山頂近くになると、舗装道路に沿うように登山路がありますので、そちらを歩きます。途中、開けた場所からは、真鶴半島や相模湾を見渡すことができます。天気が良ければ、とても開放的な気分になれるでしょう。





 駅から1時間半程で、土肥城址の碑文が建っている城山山頂に到着しました。周囲は開けて気持ちの良い山頂です。相模湾、伊豆半島、初島、大島までもが一望できる眺望は、気分を晴れやかにすることでしょう。

 少し早めの昼食をとっている間に、幾組かの家族連れも到着しました。バスを使って反対側から登ってくると、突然相模湾が広がる眺望を目の当たりにするので、その景色に感動しているようでした。湯河原駅側に下って、「温泉に入って、ラーメンを食べたい。」と、家族連れの一人がしゃべっていました。家族でそんな休日を過ごすのも良いでしょう。





 頂上の脇に、硯石という岩があります。それは、源頼朝が力試しに石を力一杯踵で蹴ったところその石に踵の跡が付き、 その跡が硯石に似ていることから硯石と言われています。 1930年頃まで夏の日照り続きの時、お年寄りがその硯石を水で洗い雨乞をしていたとも言伝えられています。硯石の伝説は、若干眉唾物ですが、この地域では、英雄源頼朝をサポートしたという意識がとても強く、その痕跡を残したいと考えたために、頼朝関連の史跡が数多く残っているのでしょう。

 昼食後、この硯石の脇からしとどの窟への登山路を下り始めました。登山路のほどんどは、石畳となっていて、整備されています。しとどの窟のバス停まで下り、そこでヘアピンカーブして下の道を行くと、隧道があります。そこを抜けると、しとどの窟への入口があります。

 しとどの窟とは、治承4年8月23日、源頼朝が石橋山に旗揚げ、翌24日に交戦の末、大庭景親の軍勢に敗れ再興の機をうかがうため隠潜したがん窟。吾妻鏡にいう山中の岩屋、源平盛衰記に出てくる「しとどの窟」で、付近には、地蔵信仰の霊地で弘法大師石仏群など数多くの石仏地蔵があります。

 



 入口から、画像のように石灯籠や地蔵が設置されている急な下りをしばらく行くと、「しとどの窟」に到着します。単なる頼朝が隠れた岩窟と言うよりは、この場で再起した頼朝にあやかろうというのか、庶民の信仰の場といった雰囲気が漂っている、パワースポットでした。武家初の政権を鎌倉で打ち立てた頼朝に関係する場所が、鎌倉幕府成立後に庶民が崇める場所となっていったのでしょう。





 しとどの窟からちょっと戻った場所に、湯河原梅林への分岐があります。そこから私たちは梅林へ向けて下りの登山路を歩きました。この登山路は、一方が崖の狭い下りの登山路の場所もありますので、子連れのハイカーは注意が必要です。湯河原梅林の周辺は、幕山公園として整備されています。昨年は、ここから幕山に登り、南郷山を経由して歩きました。

マッキーの山登り:湯河原~鍛冶屋バス停~幕山登山口~幕山~南郷山~鍛冶屋バス停





 梅林は、満開を過ぎてまばらに梅が咲いていました。幕山に登った登山者や、この周辺を散策した家族など、それぞれに春を楽しんでいるようでした。実は、私たちにはもう一つこのコースを歩いた目的がありました。それは、自宅前に無人の売店を設けて、地元で採れた柑橘類を破格の値段で売っています。それをお土産に買って帰ることでした。ほぼ一袋100円。帰りのリュックは、ミカンで満杯。重くなった荷物を背負って、鍛冶屋(五郎神社)のバス停まで歩きました。

 このエリアの山は、南方に相模湾を見渡せ、春にはとても長閑な山歩きができます。東京からですと、交通機関にちょっと時間がかかりますが、家族連れのハイキングには、とても良いエリアです。そして、この時期には、無人の売店で柑橘類を買う楽しみもプラスアルファできます。







【標準的な歩程】

湯河原駅~0.15~城願寺~1.00~城山山頂~0.40~しとどの窟~0.40~湯河原梅林~0.30~鍛冶屋バス停


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マッキーのお出かけ:宝塚月組公演「Grand Hotel、カルーセル輪舞曲」を観劇

2017年03月13日 | お散歩・お出かけ・遊び


 
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 珠城りょうがトップスターとなり、新生月組がスタートしました。このブログで、繰り返し綴っている通り、小3から高校2年まで教室に通っていた生徒が、宝塚音楽学校を経て月組で頑張っています。東京宝塚劇場での公演は、欠かさずに観劇しています。3月12日(日)、小学2年生の娘と宝塚を観に出かけました。

【演目の解説】

ザ・ミュージカル 『グランドホテル』

 1928年のベルリンを舞台に、高級ホテルを訪れた人々が一日半のうちに繰り広げる様々な人生模様を描いたミュージカル『グランドホテル』。1989年トミー・チューン氏演出・振付によりブロードウェイで幕を開けたこの作品は、圧倒的な評価を得てトニー賞を5部門で受賞、その後ロンドンやベルリンでも上演されました。宝塚歌劇では1993年、涼風真世を中心とした月組がトミー・チューン氏を演出・振付に迎え、宝塚バージョンとして上演し、大好評を博しました。長年の功績を称えられ、2015年の第69回トニー賞において特別功労賞を受賞したトミー・チューン氏を特別監修に迎え、2017年の幕開け、月組トップスター・珠城りょうの宝塚大劇場お披露目公演として、『グランドホテル』が宝塚歌劇の舞台に蘇ります。

モン・パリ誕生90周年レヴューロマン 『カルーセル輪舞曲(ロンド)』

 日本初のレヴュー『モン・パリ』誕生から90周年を記念して、優美な華やかさの中に迫力あるダンス場面を織り交ぜて繰り広げるレヴューロマン。地球全体を軸にして回る回転木馬(カルーセル)に命が宿り、まるで輪舞曲(ロンド)を踊るように世界中どこまでも果てしなく駆け出して行く様をイメージ。日本を出発しパリに着くまでを描いた『モン・パリ』に対し、パリから出発して宝塚を目指す世界巡りの形式で、バラエティ豊かな数々の場面をお届け致します。珠城りょうを中心とした、フレッシュでパワフルな新生月組の魅力満載のレヴュー作品です。







 1928年、ベルリンにあるグランドホテル。世界に名だたる高級ホテルには、それぞれの人生を背負った人々が今日も回転扉を通ってやってくる……。人々がやってきては去っていくホテル。それぞれの人生が交錯する……。

 今回の演目が、世の中の大きな変革時の出来事やその時の人々の生き様が主題ではなく、日常の人々の人生を考えさせるテーマでしたので、小学2年生にはちょっと難しい演目かなと思っていました。人生の光と影、出会いと別れ、様々な人生の交錯が化学反応のように思わぬ変化を見せる日常。一人ひとりが、それぞれ異なる課題を抱えて、さまざまな人生を送っていることが、ホテルという定点
であぶり出されてきます。

 そして、この歌劇を見ている観客は、登場人物の人生を通して、自らの人生を考察してしまう、奥の深い演劇となっています。この諸行無常の世界に私たちは生きているのだと、感じた人は多いでしょう。この生徒が私の教室に在籍しなければ、私が劇場でこうして宝塚を観ることもなかったはずなのですから。



 新人は、舞台のどの場所にいるのか、なかなか見つけるのが大変です。上の画像のように、丁寧な手書きの解説を送ってくれますので、とても参考になります。オペラグラス(双眼鏡)で、新人のタカラジェンヌを探すのも嫌なことではありません。ただ何時か、正面中央でスポットライトを浴びる存在になって欲しいと願っています。

 今回の演劇を観て、まず新生月組のチームワークの良さを感じました。一人ひとりが新たな歴史を作り上げようという意気込みさえ感じました。表と裏の顔を持つフェリックス・フォン・ガイゲルン男爵を演じた珠城りょうは、トップスターとして無難にその力量を示していました。引退興行を繰り返す年増のバレリーナのエリザヴェッタ・グルーシンスカヤ愛希れいかが演じ、歌も踊りもさすがに上手でした。死にかけの病気の中年男のオットー・グリンゲライン美弥るりか演じましたが、とても心に染みる演技でした。女優を夢見る若いタイピストのフラムシェン早乙女わかばが演じました。とても可憐な女性を、素敵に演じていました。

 そう、もう一人印象的な配役がいました。第1次世界大戦で負傷して厭世的な気分のお医者様・夏美よう演じるオッテルンシュラークホテルの片隅でずっと通り過ぎる人を眺めて、達観したような台詞で観衆に語り掛ける人物です。

 ひょんなことで、フェリックス・フォン・ガイゲルン男爵と、バレリーナのエリザヴェッタ・グルーシンスカヤは、愛し合うことになります。その恋の炎は、行き詰まった二人の人生を変えるエネルギーにもなるはずでした。けれども、その新しい船出は、一発の銃声によって不可能となってしまいます。

 また、人生の大半を帳簿とにらめっこの時間に費やしてきたオットー・グリンゲラインは、人生の黄昏時に、人生の違った側面を知ります。
若いタイピストのフラムシェンと、パリに向けて二人は出発することになります。無常を感じさせるそれらの人々の人生が、今日もまたホテルの回転扉を通って歩みを進めます。

 「行く川のながれは絶えずして」の方丈記、「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」の平家物語などを、私に連想させます。この無常観を、多くの日本人は強く持っているので、この「グランドホテル」は、私たちに強い印象を与える戯曲だと思います。

 ただ、セットは簡略で、盆もせりも動かずに、照明は比較的暗めの舞台でした。この舞台の使い方が独特で、「グランドホテル形式」と言われているようです。セットがほとんどなくて動かないけれども、場面が変わって見えるという、画期的な方式なのだそうです。豪華な衣装とセットと照明が特徴ともいえる宝塚の舞台の中で、グランドホテルは特別な存在と言えるでしょう。

 劇中の登場人物の役割を咀嚼し、それを演技と歌で表現するタカラジェンヌの能力の高さに、いつもながら感動しました。才能と日ごろの修練の賜物なのでしょう。





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マッキーの山登り:飯能駅~天覧山~多峰主山~永田大杉バス停

2017年03月06日 | 日帰りの山登り

  

 
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 奥武蔵の山々の入口にある飯能駅から歩ける山として、今日の山々があります。子連れの家族を多く見かけた山歩きでした。3月5日(日)、小学2年生の娘とこれらの山を歩きました。

 3月に入って、春めいてきた低山を歩く、お気軽山歩きでした。ただ、花粉症の私は、下山後にくしゃみと鼻水に悩まされましたが。

 飯能駅から30分ほど歩くと能仁寺という寺があります。梅や桜が咲いた境内を散策した後、その寺の脇から続く天覧山への道を進みました。舗装道路の終点に天覧山中段という場所があり、ベンチやトイレが設置されています。



 天覧山中段から、本格的な登山路となります。直ぐに分岐がありますが、左手を選びます。山の斜面に十六羅漢像が点在しています。そこを過ぎると、ちょっとした岩場があり、登りきれば天覧山山頂(てんらんさん・197m)です。

この十六羅漢像は、徳川五代将軍綱吉の病気平癒のお礼に、生母桂昌院が十六羅漢の石仏を奉納したそうで、その後この山は羅漢山と呼ばれるようになったそうです。







 低山ですが、飯能の市街だけではなく、条件が良ければ関東平野を一望できるということです。明治天皇がこの山に立ち寄り、山からの景色に感動されたことが、現在の山名の由来となったということです。





 天覧山から、急な下りの先に、湿地帯があります。そこを過ぎると、見返り坂の登りが続きます。登りきると、平坦な雑木林の中の登山路となります。分岐を左手に採り、涸れることなく水が湧き出しているという雨乞池に立ち寄りました。直径20mほどの雨乞い池では、かつては雨乞いが行われていたそうです。そこから、階段を登りきると多峰主山(とうのすやま・271m)の山頂に到着します。天覧山と同様に、低山ですが展望がすばらしい山頂です。

 途中の「見返り坂」は、源義経の母・常盤御前が、あまりの景色の良さに振り返りながら登ったといわれています。常盤が丘と呼ばれる丘には、常盤御前の墓と伝えられる、宝篋印塔が存在しています。 見返り坂の付近では、牧野富太郎博士により新種のササが発見され、当地の名前をとって「ハンノウザサ(飯能笹)」と名付けられました。1941年に自生地は埼玉県指定天然記念物になり、現在も保護されています。







 家族やカップルで、常連らしい人たちが多いように感じました。春の陽だまりハイクには最適な低山です。気持の良い陽だまりと、爽やかな展望を味わいながら、昼食を楽しんでいる人たちが多くいました。山名の案内板の下に、温度計が設置されていましたが、およそ15度を指していました。



 多峰主山からの下りの途中に、御嶽八幡神社があります。また、ひょうきんな木製の人形が設置されている場所もあります。山頂から40分ほどで、バス停に着きます。そこから少し先に、四里餅(しりもち)という名の銘菓が売られている和菓子屋があります。そこまで行って四里餅を買って、飯能駅まで行くバスに乗りました。

【四里餅とは】
今を遡る百余年、この名栗川を西川材が筏に組まれて盛んに切り出される頃、四里の急流を竿一本であやつることは大変むずかしく、特にあづま峡に入ると岩数も多く、筏師の難所といわれました。
丁度その頃、あづま峡付近の小さな茶店で餅を売る親爺があり、筏乗りはいつもこの餅を食べ(しりもち)もつかず、いかなる難所も一気に乗り切ったという話が伝わっており、古来より西川名物の一つに数えられるようになったということです。食べてみれば、いわば大福餅ですね。山歩きをした後は、とても美味しく味わえます。

 バスの車内も、電車の外壁にも、アニメを主題とする画像が貼られていました。お土産の四里餅を家でよく見ると、練餡と粒餡では、餅の上に付けられた四里という印の向きが異なることが分かりました。私たちは、お土産以外に買った四里餅を、バス停で食べました。日頃は餡が好きではない娘も、美味しそうに食べていました。







【標準的な歩程】

飯能駅~0.30~能仁寺~0.20~天覧山~0.50~多峰主山~0.40~永田大杉バス停

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マッキーの『四季を楽しむ』:近隣の公園の桜

2017年03月01日 | 四季の植物と風景

  

 
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 寒暖の差が大きい時候です。晴れて南の風が吹けば、すっかり春の雰囲気です。住んでいる近隣の公園には、早咲きの桜が満開となりました。ソメイヨシノに先駆けて、様々な種類の桜が咲きます。

 下の画像の一番上は、河津桜です。ソメイヨシノよりもピンクが強い桜ですが、早春の青空に映えて、心躍る雰囲気を醸し出しています。この木には、人間だけではなく、どこからやってくるのか、メジロがたくさん蜜を求めて右往左往しています。

 その下の桜は、寒緋桜です。新潟では見かけない桜ですので、東京に出てきて初めて出会ったときには、桜だとは思いませんでした。釣り鐘状の花が特徴で、そんな独特の形態と色をしている桜です。この早咲きの特性と、下向きに花が咲く特質が、他のサクラと交配した時に影響を与え、各地で優秀な園芸品種が出来ています。特に有名な品種は、このサクラとオオシマザクラの自然雑種で先ほど説明した河津桜が、近年人気の桜となりました。河津桜がピンクが強いのは、寒緋桜のDNAの影響でしょう。

 その下の画像の桜は、カンザキオオシマと呼ばれる品種の桜です。毎年、普通の大島桜よりもだいぶ早く白い花を咲かせます。この花が散るころ、雪が降っているように見えるだろうと、小学2年生の娘は感想を言いました。まさに花吹雪です。それほど真っ白の桜です。

新宿御苑に咲く花を最近紹介しました。興味ある方はご覧ください。

マッキーの『四季を楽しむ』:早春の新宿御苑







 公園の菜の花も黄色い花を付けていました。その花の近くで、老夫婦がお弁当を広げていました。戸外で昼食を食べる楽しみを味わえる季節がやってきました。気温の温もりは、人の心の中まで温かくするようです。



 花の香りで春の到来を告げる植物として、ジンチョウゲを挙げることができます。沈丁花という名前は、香木の沈香のような良い匂いがあり、丁子(ちょうじ)のような花をつける木、という意味でつけられたそうです。真っ白い色の花を付ける沈丁花の株がありましたが、枯れてしまって今年は咲いていませんでした。



今日からは、3月です。百花繚乱の春は間近です。

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マッキーの男の料理・その75:「めかぶ」を買ってきて

2017年02月22日 | 料理

  

 
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 この時期、スーパーの店頭にも並んでいる食材として「めかぶ」があります。ずっと昔の話になりますが、釜石出身の教師が私の教室にいて、水産業をしている実家から送られてきたという「めかぶ」を、彼からもらいました。そのめかぶを、熱湯で湯がくと、褐色のめかぶの色が、鮮やかなグリーンに変わります。この変化には、手品のような不思議な驚きを感じました。

 めかぶの季節になると、そんなことを思い出します。ただ、彼の高校生の姪が、東日本大震災の津波の犠牲になったということも、後で聞きました。海は、豊穣な幸を私たちに提供してくれるだけではなく、時には冷酷な側面があるのだと痛感しました。



 自宅に帰る途中で寄ったスーパーで、売っていためかぶを見つけて、小学2年生の娘にその変化を見せたくて2日連続で買ってしまいました。熱湯に入れる時に、鍋の中が見えるように台の上に娘を乗っけて、めかぶを投入。下の画像のように瞬時に手品を見るようにその色が変わりました。娘もその変化に驚いていました。



 また、娘はコブやワカメが大好きな子で、湯がいためかぶを刻んで、ポン酢をかけて食べさせました。「美味しい」と言いながら、食べていました。適度な歯触りとぬめりが、食欲を増進します。



 コンブやワカメは、海藻の「褐藻」と呼ばれる仲間に属しています。海の中で生きている状態では、褐色をしているために付けられた名前です。コンブの褐色の元となっている色素は、「フコキサンチン」という赤っぽい色の色素と、「クロロフィル」という青緑色の色素、いわゆる葉緑素です。

 こうした色素を持っているため、赤っぽい色と緑色っぽい色が混ざった褐色をしています。しかし、赤っぽい色素の「フコキサンチン」はタンパク質と結合しているため、加熱すると変質し、赤い色を失ってしまいます。すると、元からある「クロロフィル」の緑色が強く出て、全体の色が緑色に変わる、というわけです。

 このフコキサンチンという成分は、調べてみると人間にとって、脂肪組織における脂肪の燃焼を助けるたり、抗腫瘍・抗細胞増殖作用を促すことが知られていて、その他には、抗血管新生活性を促すことが明らかとなっているそうです。

 めかぶだけではなく、早春に出回る茎ワカメも、食材として面白いと思います。以上の成分など、美味しいだけではなく、体にも良い成分を含みます。どうぞお試しください。

マッキーの男の料理・その70:旬の食材「茎わかめ」の佃煮2014

マッキーの男の料理・その50:茎わかめの佃煮・2012

マッキーの男の料理・その41:茎ワカメの佃煮2品

マッキーの男の料理・その37:ワカメを使った佃煮3品

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