「マッキーのつれづれ日記」

進学教室の主宰が、豊富な経験を基に、教育や受験必勝法を伝授。また、時事問題・趣味の山登り・美術鑑賞などについて綴る。

マッキーの教育:この夏、小学2年生と観た『ファインディング・ドリー』・『ルドルフとイッパイアッテナ』・『ペット』・『BFG』

2016年09月25日 | 教育

 

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 この夏に、我が家の小学2年生と観た映画の概要と、私の感想・評価をまとめてみました。無論のこと、同じ映画でも観る方によって評価は違ったものになるはずです。私の評価の観点は、まず自身がその映画を楽しめたかどうか。それから、子ども向けのそれらの映画が、子どもたちの心に届き、面白いだけではなく、いろいろなことを考えさせる契機になったかどうかということです。いつまでも心に残って、内面から子どもたちを暖める映画を良しとしました。

『ファインディング・ドリー』



 『ファインディング・ニモ』の続編として制作された『ファインディング・ドリー』は、家族とは何なのかを教えてくれるアニメーション映画です。ファイティングではなく、ファインディングですから、間違いのないように。見つけるとか探しだすというストーリーから取ったのでしょう。

 前作は、人間に捕われたニモを救出する過程での、家族の絆と友情がテーマでしたが、今回の映画も、ニモとマーリンと共に両親を探す旅の中で、家族愛と友情が主題となっています。

 ミズダコのハンク、ジンベエザメのデスティニー、シロイルカのベイリーなど様々な海の生き物が登場して、ドリーを手助けします。そうした心温まる映画に仕上がっていて、家族で見に出かける映画と言えるでしょう。


『ルドルフとイッパイアッテナ』



 『ルドルフとイッパイアッテナ』は、斉藤洋の児童文学作品をアニメーション映画化下作品です。飼い猫だったルドルフが主人公で、間違って乗ったトラックによって、見知らぬ東京の下町・江戸川区まで来てしまいます。そこで、野良猫のイッパイアッテナと出会い、野良猫として生きていく知恵を学びます。

 イッパイアッテナは、元の飼い主から日本語の読み書きを習っていて、それをルドルフにも教えます。イッパイアッテナの協力を得て、かつて住んでいた場所が岐阜市であることを突き止めます。そして、岐阜市へ帰る方法を考えて、一匹で帰宅する冒険の旅に出ます。

 苦難の末にたどり着いた自宅には、自分とそっくりの黒猫が飼われていて、自分の居場所が無くなってしまったことを悟ります。自分が戻ったことを飼い主に告げずに、ルドルフは再び大都会東京に戻る決意をします。

 飼い猫が、飼い主によって如何に翻弄されるかを考えさせます。また、野良猫は野良なりの知恵を働かせて、しぶとく生き抜いていることにも思いを馳せるでしょう。猫の視点で、自分を取り巻く人間と他の動物を描写したアニメ映画で、子どもたちに観てほしい映画に出来上がっていました。


『ペット』



 「ミニオンズ」のイルミネーション・エンターテインメントと、ユニバーサル・スタジオの共作長編アニメーション映画です。先に紹介した『ルドルフとイッパイアッテナ』と同様に、人間に飼われたペットたちが引き起こす騒動を描いています。

 「人間が仕事や学校に出かけている間、動物たちはいったい何をしてその一日を過ごしているのか?」・・・そんな疑問に応えるべく、私たち人間の知らないペットたちの生態と、人間から見捨てられた動物たちの葛藤が見ものです。

 『ペット』は、海外では大変ヒットしたそうですが、同様のテーマで描いた日本の映画『ルドルフとイッパイアッテナ』の方が心に残る作品でした。


『BFG』:
ビッグ・フレンドリー・ジャイアント



 『チャーリーとチョコレート工場』などで知られるイギリス児童文学界の巨匠・ロアルド・ダールの「オ・ヤサシ巨人BFG」を原作に、スティーヴン・スピルバーグ監督がディズニー映画として制作したファンタジー・アドベンチャーです。最新のCGを駆使して、夢のような世界を映像化した、とても素晴らしい出来栄えの映画でした。

 ロンドンの児童養護施設で暮らしていたソフィーを、巨人BFGが「巨人の国」に連れ去る所からこの物語は展開します。「なんで私を選んだの…?」という好奇心旺盛な少女ソフィーの問いに、「キミがひとりぼっちだからさ」とBFGが答えます。

 やがてBFGが、心優しい巨人であることをソフィーは知ります。BFGの仕事場には、ドリーム・ジャー(瓶)に詰められた夢の数々が輝いています。BFGはソヒーを、夢が浮遊する幻想的な世界へ連れて行きます。BFGは夢の配達人として、夢を自在に調合して、人間の子どもに夢を届けていたのです。大きな耳で、至る所の子どもの声を聴きながら。

 善と悪、表層の姿と内面の心、勇気と行動力、家族の大切さなどがテーマとなっています。今回の映画作品の中では、一回りスケールでも面白さでも
勝った映画でした。家族で一緒に観ることをお勧めします。

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マッキーの教育:リオのパラリンピックを観て思ったこと

2016年09月22日 | 教育

 

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 オリンピックだけではなく、リオのパラリンピックは、多くの人たちに様々な影響を与えて閉幕しました。いろいろな障がいを抱えた人たちが、その障がいを乗り越えて、全力で競技する姿に、私は感銘を受けました。NHKのパラリンピックに対する積極的な取り組みは、評価できます。公的な放送機関の役割を果たしたと言えるでしょう。

 ただ、障がい者の姿を見て、その姿に違和感を覚えた方もいるはずです。特に子どもたちは、そうした姿を見慣れていないために、異質な印象を受けたはずです。障がいのある人の割合を考えれば、私たちはもっと身近に障がい者を目にし、触れ合う社会であるはずなのに、そうではない現実があります。

 私たちの社会が、弱者に対する配慮が行き届いていたなら、障がい者の人たちは、今以上に積極的に外出して社会と関わり、健常者とともに活動できるはずです。そうすれば、障がいを抱えた人たちと、子どもの頃から頻繁に触れ合うことができ、弱者に対する認識が高まると考えられます。現状を前進させるために、例えば小中学生が障がい者施設を定期的に訪問し活動することを、学習の一環としてプログラムする積極的な取り組みなどが考えらえます。

 私の母は、市役所に長年勤めていましたが、私が小学生の頃、重症心身障害者施設に一時期勤務しました。それまで、脳性小児麻痺の人たちの、独特の動きや話し方に、私はとても違和感を持っていました。けれども、母からそうした障がいを抱える人たちの話を聞いているうちに、だんだんと偏見が無くなりました。そうした経験から、障がい者を身近に感じることが、障がい者を理解するうえで重要だということを知りました。



 パラリンピックは、その成績だけが目的ではありませんが、日本における障がい者を考慮したスポーツ施設や受け入れる社会の枠組みが、世界的なレベルでは低いことが、リオのパラリンピックのメダル獲得数で明らかになったと思います。

 金→銀→銅の獲得数で見れば、世界64位。メダルの総数で見ても、16位となっています。特に、ヨーロッパ諸国と比較すると、日本の低さが歴然とします。障がい者が、障がいのハンディを乗り越えて社会で活躍し、生きがいを見出せる社会が、今後ますます重要となるでしょう。

 弱肉強食の自然の世界では、身体的及び精神的に不具合を抱えた個体は、生き延びていくことが困難な場合が多いと思われます。ただし、重度の先天的障がいのある野生チンパンジーの赤ちゃんを、 母親や姉が家族ぐるみで育てていた様子を観察したと昨年発表があり、私は驚きました。社会的な生活を営む高等生物は、そうした障がいのある個体を見捨てないということでしょう。

 弱者の切り捨て全てを自己責任にしてしまう社会、ホリエモンに代表される拝金主義、ネットで飛び交う言葉のデッドポール、精神的にも道徳的にも日本が、廃頽した政治と社会になってはいないでしょうか。社会的弱者に追い込まれた人たちに、私たち日本人は伝統的に気配りをする社会環境があったはずです。自分だけ良ければ他はどうでもよいという考えを捨て、現在の社会のあり方を省みる必要が私たちにはあります。

 パラリンピックは、多くの人たちに、障がい者に対する社会や自分自身のあり方について考えさせた一大イベントでした。

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マッキーの随想:夏の終わり

2016年09月19日 | 時事随想

 

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夜来の台風にひとりはぐれた白い雲が
気のとおくなるほど澄みに澄んだ
かぐわしい大気の空をながれてゆく
太陽の燃えかがやく野の景観に
それがおおきく落とす静かなかげは
……さよなら……さようなら……
……さよなら……さようなら……
いちいちそううなずく眼差しのように
一筋ひかる街道をよこぎり
あざやかな暗緑の水田の面を移り
ちいさく動く行人をおい越して
しずかにしずかに村落の屋根屋根や
樹上にかげり
……さよなら……さようなら……
……さよなら……さようなら……
ずっとこの会釈をつづけなから
やがて優しくわが視野から遠ざかる

(伊東静雄 反響・「夏の終り」)


 けたたましいほどの蝉の鳴き声が、急に静かになりました。
日が暮れると、草陰の虫の音が此処彼処から聞こえてくる季節がやってきました。9月も中旬になると、過行く夏を惜しむように、空に浮かぶ雲もサヨナラの会釈をしているように感じます。多少暑い日があっても、夏の太陽の輝きはありません。今年の秋分の日は9月22日です。太陽は、北半球から赤道を越え、南半球にその位置を変えようとしています。

 この時期になると、私は上に載せた伊東静雄の詩・「夏の終り」を思い出します。夏の残り香を含みながら、それでも爽やかな秋の到来を感じさせる詩です。教室にあったこの詩集を机の上に置いておくと、生徒たちがそれを見て反応しました。

「先生、とても古い本だね。」

 本の後ろをめくると、昭和46年に刷られた本でした。私が大学生の時に買った本です。もしかしたら初めて買った詩集だったかもしれません。紙が酸化して黄色くなってしまい、確かに年代物の本になってしまいました。

 けれども、この詩を読み返せば、その当時の感動が蘇ってきます。つい先日のように・・・・・。

 時間の歯車は、否応なく回り続け、声を出して朗読した真新しい詩集は、いつしかセピア色の古書になっていました。けれども、若い頃に読んで感動した本は、今読み返しても、色褪せることなく心の琴線に触れる魂の震えを感じます。

 同様に、二十代当時に夜行日帰りでチャレンジしていた頃の山登りの写真を見ると、同様の感慨深い記憶が蘇ります。「夜行日帰り」という言葉は、すでに死語となって久しくなりました。こうした山登りは、土曜日に仕事を終えたその足で、新宿のアルプス広場に並び、夜行列車に乗って、翌朝から山に登り、その日のうちにとんぼ返りする山登りのことです。

 写真に写っている自分と、現在の私自身を比較したくない現実。無論、心の中ではその当時と遜色ない自分が存在します。けれども、山歩きをしていて、以前では考えられない転び方をした時など、過ぎ去った時間の長さを突き付けられることがあります。

夜来の台風にひとりはぐれた白い雲が
気のとおくなるほど澄みに澄んだ
かぐわしい大気の空をながれてゆく

 私もこの白い雲のように、美しい自然と人々の中を、爽やかに悠然と、そして泰然自若の心境で過ごしていきたいと願っています。

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マッキーの『四季を楽しむ』: 高尾山系山歩きで発見した奇妙な生き物

2016年09月16日 | 四季の植物と風景



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 見慣れない動物に対して、人間は本能的に危険性を疑う動作を行います。すなわち、毛嫌いするのです。特別に訓練された人たちを除けば、身を守るために、そうした反応をするはずです。

 かつて、ツチノコブームと言うか騒動がありました。未確認であるが故に、様々な憶測を呼び、また空想の世界を広げました。特定外来生物の毒グモ『セアカゴケグモ』や、千葉県館山や三浦半島周辺の磯でも発見されている猛毒の『ヒョウモンダコ』など、最近の話題となった生物です。多様な物流の増大と、激変する自然環境により、その地域では見慣れない動物の出現は、今後増えていくものと予想されます。

 前回のブログで綴ったように、私のホームグラウンドと呼んでも良いほど、頻繁に歩くルートが、高尾山系です。その私が、今回の山歩きで、今までに遭遇したことのない、とても珍しい動物を発見しました。

 下の一つ目の画像は、杉林の中に木洩れ日が差し込んで、綺麗な風景を作り出してる情景です。杉林の木洩れ日は、幻想的なほど美しいと感じる時があります。二つ目は、登山口を出て帰りのバス停までの道の脇に咲いていたセンニンソウの花です。

 さて、皆さん、奇異な動物を見る心の準備はできましたか?では、私が遭遇した動物の画像をご覧ください。






 「なあんだ、ミミズじゃないか!」 ・・・しっかりとこの画像をご覧ください。周囲の木の葉は、おそらくコナラかミズナラの葉です。その大きさと比較してください。

 私は、この動物を見た瞬間、その大きさから、ヘビだと勘違いしました。けれども、爬虫類の特徴を一切持っていません。まず、目と口が見当たらなかったので、ヘビの種類ではないことが分かりました。こんな環形動物を、今まで見たことがない!不気味な生き物だな!・・・これが、最初の感想でした。

 体長は少なくとも40~50cmはありました。手を横において、比較できるように撮れば良かったのですが、あまりの驚きで、考える余裕はありませんでした。体は、横にホースのように細かくくびれていて、割と素早い動きをしていました。出会った場所は岩場でしたが、当然土の中に住んでいる環形動物だと考えられます。

 突然変異なのか、未確認の新品種なのか、あるいは環境の変化により従来住んでいたエリアが広がって高尾山系に住むようになったのか、または飼育していた動物が、過失あるいは故意に放たれたのか・・・歩きながら、その4つの可能性を考えました。

 帰宅後にネットで調べました。それでも、的確に該当する動物は見当たりません。皆さん、知っている方がいらっしゃったら、教えてください。

 小学2年生が図書館から借りて来た図鑑に、偶然によく似た生物が載っていました。その生物は、オーストラリアに住んでいる、ジャイアント・ジップスランド・ミミズです。全体の特徴はとても良く似ていますが、このミミズの体長は90cmにもなるそうで、それから比べれば、今回の環形動物は少し小さめということになります。







 さて、その日は景信山登山口から小仏バス停までの間にある寺院を参詣しました。数え切れないほどその寺の前を通っていますが、今回が初めての参詣でした。訪ねてみようと思い立った理由は、バズの発車時間までだいぶ合間があり、時刻もまだ早かったからです。

 そのお寺は、小仏山寶珠寺と呼ばれているようでした。山門の左手に関東地方でも有数の巨木・カゴノキが植えられています。寺の建物自体はさほどではありませんが、このカゴノキは一見の価値はあるでしょう。

カゴノキ(鹿子の木)・・・クスノキ科の常緑高木。暖地に生える。樹皮が薄く円くはげ落ちて鹿の子模様になるのでこの名がある。雌雄異株。葉は広倒披針形で革質。夏,葉腋に黄色の小花を密につけ,翌春,球形の赤熟する液果を結ぶ。







 生き物、特に環形動物に関心のある方で、今回私が出会った生物について知識がある方は、是非コメントを頂ければと思います。では、どうぞよろしく!

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マッキーの山登り:台風一過の晴天の休みに高尾山系山歩き

2016年09月13日 | 日帰りの山登り



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 日本列島の南の海域で、極めて不自然な針路をとった台風10号は、東北・北海道に大きな爪痕を残して去っていきました。ただ、関東地方は台風の直撃を受けずに、予想されたほどの被害はありませんでした。夏の講習も終了した8月末日の31日、私の山歩きのホームグラウンド・高尾山系へ出かけました。台風一過の晴天で、台風の余韻のように一日中風が吹いていましたので、真夏の気温の割に快適な山歩きができました。

 行程は、高尾山口駅から歩き始め、比較的気温の低い琵琶滝コースを経由し、高尾山・城山・景信山と歩き、小仏バス停までのコースです。夏の暑い時期ですので、ゆったりとしたお散歩コースを歩くことにしました。今日は、そんな山歩きで出あった植物の画像を中心に綴ります。

 31日は平日ですので、ラッシュアワーの前に電車に乗るために6時過ぎに家を出ました。台風で都会の澱んだ空気が吹き飛ばされ、とても透明度の増した秋を思わせる空気が心地よい朝でした。7時49分高尾山口駅に到着し歩きはじめました。

 琵琶滝まで右手に続く沢の水かさが増して、勢いよく流れていました。また、途中にあるいつもは枯れている清水も、水が豊富に流れていました。夏の終わり、秋を感じさせる草花を、コンデジで画像に収めながら、ゆったりと歩きました。早朝から一眼レフを持って、熱心に写真の撮影をしている高齢者をたくさん見かけました。





 琵琶滝(上)の水量も比べようもないほど普段よりも増していました。琵琶滝でよく見かける滝修行ですが、この状況でやったら、さぞかし痛いだろうと思いました。

 今回山を歩いていて、最も多く見かけた花の一つが、下の画像のタマアジサイです。アジサイ科アジサイ属の落葉低木で、花が咲く時期が他のアジサイと異なり、7月から9月と遅く、蕾が画像のように球状であることから、その名がつけられました。





 他によく見かけた花は、下の画像の順に、ホトトギス・ツルニンジン・ヤブランなどです。都内の公園では、ユリ科ホトトギス属の多年草であるタイワンホトトギスの花をよく見かけます。

 キキョウ科の花であるツリガネニンジンという植物がありますが、ツルニンジンは蔓植物ですので明らかに識別できます。また、同じ仲間のツルギキョウという植物もあります。







 下の画像の花は、シモバシラサラシナショウマです。いずれもちょっと元気の無い状態です。シモバシラは、花を愛でるというよりは、真冬の氷の花を鑑賞する方が多いと思います。シモバシラが吸い上げた水分が、枯れた茎から出てくると、周囲の寒気で冷やされ、氷の花弁となります。初冬の早朝に見られる現象です。





 登山路脇のススキが、早くも穂を出して倒れ込んでいました。ススキの穂を見ると、やはり秋が近づいたことを悟ります。ススキは秋の七草の一つです。その下の画像は、クサギ・アザミの花です。

 アザミは、高尾山系でこれから大変良く見られる植物です。日本には、150種を越えるアザミが生育していると言われています。アザミは、秋の野山を代表する花と言えるでしょう。







 城山の茶店は平日でしたので、休日ほどの賑わいはありませんでした。微かに富士山が雲間に見られました。早速、この茶店の名物のなめこ汁を注文し、少し早い昼食をとりました。



 城山から小仏峠まで下り、再び登り返せば景信山です。普通ですと、私は景信山を過ぎて明王峠まで行き、そこから相模湖駅に下るルートで歩きます。今回は、ちょっとお気軽に景信山から小仏バス停まで下るルートをとりました。





 上の画像は、景信山山頂からの展望です。下に相模湖が見え、その先の雲の中に本来なら富士山を望むことができます。晩夏の景観をたっぷりと楽しんだ後、小仏バス停に向けて下りました。下山路には、早くも秋の七草萩の花が咲き始めていました。台風の名残のように、秋風を感じる涼風が吹き続けていましたので、ゆったりとした今回の山歩きは、運動不足の私に爽快な一日となりました。

 ところで、小仏峠から景信山への登山路で、今までに見たことのない動物に遭遇しました。次回のブログで紹介しますので、それがなんという動物なのか、知っている方は教えていただければと思います。




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