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働き方が変わる、学び方が変わる、暮らしが変わる。
 「Hoshino Parsons Project」のブログ

風景から人の姿が消え、生きものが消えた社会 〜いのちのにぎわいを取り戻すために〜

2017年04月29日 | 自然・生命の再生産

数年前になりますが、叔父が毎朝、叔母とふたりで犬の散歩をしていた頃、
しみじみと朝の風景が急速に変わってきたことをつぶやいていました。

近所付き合いが、昔と比べると疎遠にはなったけれども、それでも朝の犬の散歩の時だけは、
畑に出ている人や同じ犬の散歩の人たちと頻繁に出会い挨拶を交わすことができていました。

ところが、最近はその散歩で出会う人さえもめっきり少なくなってしまったと嘆いていました。

 

 

東京で暮らす人には想像つかないかもしれませんが、

今、地方レベルでは都会、田舎を問わず、

まちを歩いている人がいない、

外で人に出会わない、

遊んでいる子どもの姿を見ない

などと言われる、人と人との距離がとても遠い地域社会になってしまいました。

 

 

 いつもこのようなことが話題になると、

「市民の生活様式の変化」

「郊外の大型店の進出」

などが理由として語られますが、

これらは「結果」であって決して真の「原因」ではありません。(村上敦)

 

 

 日本に限らず先進国共通の人口減少社会に移行しだした現代、私たちは自分の産業や地域の繁栄を再び取り戻すといっただけの発想では、太刀打ちできない現実に直面しています。


 日本には都市計画など、現実の利害当事者を前にするとおよそ成立しえないかの環境にありますが、起きた現実への対処法ではない議論を今こそしっかりと起こさなければなりません。

 

村上敦『ドイツのコンパクトシティはなぜ成功するのか』学芸出版

 

 かつての社会では、人々が肩を寄せ合って生きていたからこそ、また、貧しかったからこそ、お互いが助け合うことで生きていました。

 

 それに対する「近代」社会の成立とは、村社会や路地裏コミュニティの外側の見ず知らずの人間であっても、いつでもどこでも公平な取引や人間関係が結べる社会になったことなのだともいいます。

 そこには、「公平」「平等」などの言葉と一対で、個人の「主権」が認められた社会です。

  ところが、それまでの社会の前提としてあった地域の「共同体」が崩壊し始めると、個人の主権だけが暴走しはじめ、モンスターペアレントに代表されるような自分の「権利」ばかりを主張する人びとが溢れてきてしまいました。

 さらに、共同体が崩壊すればするほど、排他的なナショナリズムこそわれわれの共同体精神であるかの傾向も世界的な流れとして強まってきています。

 

 人口減少社会になったにもかかわらず、このままでは今後も人と人との間は隙間だらけのままなのです。 

 関連ページ「異常な人口爆発の時代が終わり、適正サイズに向かっていく日本」
 http://blog.goo.ne.jp/hosinoue/e/0312ca2d3c3186168253684cd8c6a1da 

 

 

 

 つまり、この世の栄華というのは、お金で贖う栄華じゃなくて、天の与えたもうた恵みであって、そういう世界をついこの間まで全生活にわたって持っていたんだという、言葉にすればですね。

                                石牟礼道子『花をたてまつる』葦書房


 石牟礼道子は「にぎわい」とはそもそも、山や森や川や海に生き物たちが、鳥や魚や動物や昆虫たち、草花が賑わっている時、人間たちも賑わっているのだという考えです。

 いのち同士の賑わいと、都市の賑わいは違うのだ、と。

 

 私の暮らしている土地も、都会に比べれば、とても豊かな自然に恵まれた土地に見えるでしょうが、ここでもつぶさにみれば、一昔前には当たり前のいようにいたメダカやゲンゴロウ、サワガニやテントウムシ、さらにはモンシロチョウやアゲハチョウまで、すっかり見なくなってしまいました。

 関連ページ「脱落したページは気付かれない」
 http://blog.goo.ne.jp/hosinoue/e/49446e0d80060843c35886ab4056d138

 

 この「いのちの賑わい」の欠落したままで行われる都市計画や人口減少対策とは、いったいどのようなものなのでしょうか。

 もちろん切迫した現状を解決するための施策はいくつも打つ必要がありますが、最終的に私たちが目指している世界像そのものを見誤ってはなりません。

 

 いづれこのテーマの各論を書いてみたいと思いますが、まずその柱となるのが、

 「家」です。

 この「家」とは、まず第一に建築学的な意味での「家」のことです。

 これは、村上敦『ドイツのコンパクトシティはなぜ成功するのか』(学芸出版)で語られているようなことが中心になります。

 第二には、「家」=「家族」の側面から問題が二つに分かれるのですが、その一つは「生産」の基礎単位としての「家」=「家族」の問題

 もうひとつが、生命の基礎単位としての「家」=「家族」の問題です。

 そして第三が、家で営まれる「食」のあり方です。栄養面と食べ方双方で「にぎわい」のある「食」ということです。

 第四が、これら全ての前提となる「自然界」のにぎわいのことです。

 これらどれもが「生命の再生産」という前提を考えれば「三世代」を基礎に置かないと語れない世界なのですが、なんとかまとめられるようにチャレンジしたいと考えています。

  確かに、文学でもなければ表現しがたいようなこのテーマに、自分には到底太刀打ちできないかもしれませんが、これを避けて私の仕事は前に進むことはできません。

 

 まだまだ、手に負えない課題を前に途方にくれる私のつぶやきごとに過ぎませんが。

 

 

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夜は生命(いのち)のゆりかご。

2017年04月20日 | 自然・生命の再生産

地球にとって夜は、長い歴史の間、暗いことがあたりまえの世界でした。

よく「光」あってこその「影」とも言われますが、宇宙の実態をみれば、太陽のような恒星の光は数多ある星の中のほんの一点の小さな星の輝きにすぎず、むしろ宇宙では漆黒の闇こそが基本の世界です。

青い空のもと適温で過ごせる昼の環境などというのは、大宇宙のなかでは極めて特異な姿なのです。 

 

 

 

現代の子供たちに、果たして想像ができるでしょうか。

 

私たちが小さかったころ、ひとりでトイレに行くこと、

それはとても怖いことでした。

トイレが屋外にあったり、またそこに行くまでは暗い廊下を通らなければならなかったり、

そしてようやくトイレに着いても、スイッチを入れるのは10ワットくらいの裸電球で、その明かりはとても暗いものです。

さらに、かがんだ足元を覗きこむと、またさらに底の見えない暗い闇が深く広がっているのです。

 

いつでも、どこでもスイッチを入れれば、真昼の明るさが保証されている現代の子どもたちが、この世界を想像することができるでしょうか。

 

もちろん、こうした闇から解放され、いつでもどこでも不安なく、

ひとりでトイレに行くことの怖さから、不要なオネショをすることもなく、

誰もが暮れせるようになったのは、決して悪いことではありません。

 

思い起こせば、

まだ蛍光灯の明かりが普及する前、囲炉裏を囲んで家族が語らう時代、

おばあちゃんが、悲しい、怖い、言葉を発すれば、

それを聞いている子供達は、まったく同じ悲しく怖い気持ちにおそわれました。

ほのかな明かりを語れば、そのままそれを聞く子供の胸には、ほのかな明かりが灯りました。

 

 

 

   他人はおそろし、闇夜はこわい

     親と月夜はいつも好い

 

 

 


ところが、人類が火を獲得し、文明が進歩し始めてから次第に、昼と夜の対等性は忘れ去られ、昼の太陽こそが社会を支配するかの世界観が普及してきました。

この日本でもかつては、太陽も月も分け隔てることなくあまねく照らす(聖徳太子)八百万の神と陰陽一体の世界観が基調にありましたが、強力な国家の統一がおしはかられるようになると、太陽(アマテラス)が中心になり出し、神や人に序列をつける世界観の国のごとく日本は変貌しはじめました。

そしてそこに科学技術の進歩も加わり、囲炉裏や行灯の明かりから裸電球を経てやがて蛍光灯の照明の時代に至ると、光と影がおりなす日常の夜は忘れ去られ、ただひたすら昼間と同じ明るさを夜にも求める社会になってしまいました。

現代では、昼の労働時間を限りなく夜まで延長できることが、自由の拡大につながるものとばかり考えられています。

このことは、昼と同じ明るさがいつでも自由に得られる蛍光灯の普及とともに劇的に加速したとも言えます。

また本来、夜は決して、昼間の労働の疲れを癒すための時間ではありません。

夜は、昼とは異なる暗さがあってこそ、ただ休息のためだけではない大切な「生命をはぐくむ」時間となるものです。

さらに昼があっての夜ではなく、昼と夜はそれぞれが不可欠で一対の大事な役割をもつものなのです。

あらゆる生命誕生の神秘を見れば、このことは歴然とした事実なのですが、文明に溺れた人間はついこのことを忘れてしまいます。

 

1日の半分を占める夜の時間帯の中から

テレビやネットを見ている時間から、ほんの1時間だけでも、

昼の「消費型」時間を延長する使い方をやめることができたなら、

夜は必ずその本来の姿を私たちに見せてくれます。


そしてそこには、決して「消費型」の暮らしではない

人間本来の「創造型」の時間があらわれることに気づきます。


つまり、月をみたり、

ふとつの明かりを囲んで語りあったり、

ゆっくりと語らいながら食事をしたり、

お酒を飲んだり、

歌ったり、

愛しあったり、

読書をしたり、

ものを作ったり、

書いたり。

 

乾正雄『夜は暗くてはいけないか』朝日選書


また、ひたすら「消費」する時間ではなく「創造」を意識した時間を取り戻しはじめると、不思議とあらゆる空間を真昼のように明るくする必用はないのだということに気づきはじめます。


 

多くの闇を照らすのは、仄かな明かりで十分なのです。

それは必ずしも長時間労働削減のためでなく、省エネのためでもありません。


たしかに街の明かりや道路の照明は、暗闇の危険を想起する空間から恒常的な安心の空間へかえてくれます。

しかし、ひたすら明るく輝かせる商業看板ほど、多くの照明は、ただ目立たせること以上にその明るさは必要とされません。

多くのまちの明かりは、実用上の光度よりもより「華やか」であることでその存在意義を持っているにすぎません。

確かに、文明の生まれた時や戦争の焼け野原から復興するときに、まちに煌々と明かりが灯されることは、なによりの幸せや繁栄・安心の支えになりました。

明るいことこそが、豊かさの証明であったことは否めません。

しかし、あまりにもその方向にばかり一直線に進み過ぎたのです。



太陽のような強い光は、強い影を生み

そこには、箇条書きのような明解な定型文が生まれます。

 

他方、月明かりのような仄かな明かりは、

言葉では語り尽くせないものを前提とした

詩的な表現を不可欠なものとします。

 

どちらが大事ということではなく、

あまりにも太陽型の光に現代社会が偏りすぎているのです。

 

谷崎潤一郎『陰翳礼讃』角川ソフィア文庫


まるで文明の証のような煌煌と照らす光が、生命の輝きと創造の文化を滅ぼしているのです。

「ともしび」という言葉は、もう死語になってしまったのかもしれません。
http://blog.goo.ne.jp/hosinoue/e/d7a30080dcd5af295dc4e5b3c41e49ee 

「ほのかな明かり」は、長い文明の歴史の中でも

「蛍光灯」の出現とともにほとんど無くなってしまいました。

 


 「生産」と「消費」を中心とした活動ではなく、

「生命(いのち)の再生産」を前提とした自然と人間社会の営みを考えれば、

しっかりとした夜の暗さのある1日の半分の時間帯が、

私たちにとってかけがえのない時間であることには誰もが気づけることと思います。

 

 

ただちにこうした文明観を普及させることは難しいかもしれませんが、

先の東京オリンピックの頃からこの半世紀ほどの間に急速に失われたものを、

これからの半世紀ほどの時間をかけてでも取り戻していくことは、

決して難しいことではありません。

技術的にもそれが困難でないことは、別の機会に詳述させていただきますが、

わたしたちは、この月夜野の地からそのようなことを時間をかけて、

ひとつひとつ積み重ねていきたいと考えています。

 

 

 

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脱落したページは気づかれない

2017年03月31日 | 自然・生命の再生産

今や世界中がSNSなどで、自分や相手がどこにいるかを意識することなく簡単につながってしまう時代です。

そのためか、相手との間での自然や季節のギャップを否応なしに感じさせられることも少なくありません。

 

私のいる群馬で言えば、早くも2月には渋川市の方から福寿草の開花が伝えられ、月夜野歳時記の3月の写真で福寿草を使ったことに無理があったかと一時は心配しましたが、今年の月夜野では3月末になっても福寿草はまだ真っ盛りです。

また3月末ともなれば桜の開花が伝えられる時期ですが、これも月夜野ではようやく梅が咲き始めたところ。

今年に限らず、梅と桜は北へ行くほど、ほぼ同時期に咲きます。 
 

 

しかし、こうした地域による季節のギャップ以上に深刻に感じられるのが、一見、同じような自然風景を見ていながら、そこにある自然そのものに都会と田舎では、たいへんな次元の差があり、同じ言葉を交わしていながらも、また同じ写真や映像を見ていながらも、そこには大きな感覚のギャップがあることを屢々感じてしまうことです。

 そんなことを言っても、実際には久しぶりに群馬の山奥から東京に行って、都会にある公園や庭園などを歩いたときは、都会生活をしていながらも東京のど真ん中にこれほど豊かな自然があるのかと驚かされたりもします。

まして明治神宮や皇居の森のホンモノ度は、群馬の自然と比べても決して遜色どころか、その完成度の高さには驚かされるほどです。

  

 

 

それにもかかわらず多くの人びとには、都会から群馬の山々を見れば、そこには羨む自然が溢れているように見えます。

また、その同じ群馬の中でも、高崎、前橋の都会に比べたら、渋川市や沼田市へ入った途端により山々が近づき、より豊かな自然に近づいたことを感じます。

さらにそこからこの月夜野の地へ来れば、いっそう山々がせまり、都会では味わえない田園風景を目にすることができます。

それでも、そこで目にしている風景は、まだ「里」の風景です。

ここからさらに藤原や片品などの方面へ向かえば、圧倒する自然を目にすることになります。
 

 都会の公園であろうが、里の風景であろうが、山深い森林であろうが、普段私たちが目にする自然は、どれも私たちの心を圧倒する豊かさを持った崇高な世界であると感じるのは事実です。
 

ところが、そのどのレベルの美しく豊かな自然の中にも、大事な欠落したものがあることを一体どれだけの人が感じることがあるでしょうか。

目に見えているものの中に欠落したものは、見ることができません。

なかなか気づくことはありません。

 

それは何も絶滅したニホンオオカミやニホンカワウソなどのことを言っているわけではありません。

 

 

ほんの30〜40年前の日本の風景の中に、当たり前のようにあったもの。

一体どれだけたくさんのものが、この目の前の風景の中から消えていることでしょうか。

それは先の東京オリンピックの頃まで、日本中どこにもあった風景や自然のことです。

 

私の記憶にかすかに残る昭和30年代。

昭和40年代もなんとかその範囲に入れることができるでしょうか。

 

学校の行き帰りに田んぼの畦道を通れば、その脇の堰や小川でゲンゴロウ、タガメやイモリ、メダカなど至るところで見ることができました。

畑の横を通れば、モンシロチョウ、アゲハチョウ、てんとう虫などは、たくさん見ることができました。 

おそらく、それら以外に名も知らない昆虫や微生物を含めたら、一体どれだけの生き物たちが姿を消していることでしょうか。

運良く、絶滅危惧種に指定され保護の対象になった生き物などは限られています。

それらの消えた存在の多くは気づかれることないまま、公園や観光地の周辺で私たちは、何とか「豊かな」自然を取り戻す活動を精一杯行ってきました。

この月夜野に限らず、各地で行なわれている「ホタルの里」づくりなども、貴重なホタルの生息域を取り戻すことに計り知れない意義はあるものの、その周辺の田畑の自然環境の中にいたその他の昆虫たちを含めた生態系を取り戻すような活動ができている地域はとても限られています。

 

ここで安易に自然農法の復活だけを呼びかけてしまうと、「人権問題」とまで言われる現実の農作業現場の切実な問題を圧殺することになりかねません。

かといって減農薬技術も進んだいま、人体に影響のない範囲だからといって、虫の食べない、寄り付かない農産物を人間が食べることは俄かには同意しがたいものがあります。

 

大切なのは、いまの農薬の安全基準や環境基準値をクリアしているかどうかではなく、そこに本来の健全な生命の連鎖が維持されているかどうかということです。

生命の連鎖に必要なものが、欠けることなく揃っているかどうかということです。

産業としての農業との折り合いを考えれば、それは確かにどこでもすぐに出来るようなことではないかもしれません。

しかし、健全な生命をひとたび想定することが出来さえすれば、それが昆虫の保護であるのか人間の保護であるのか、さらには経済活動の保護であるのかを問わずに、共通の課題として解決のためのプログラムが日程に上がってくるものと思います。

 

 

1856年3月23日

ぼくは「自然」と昵懇(じっこん)になりたいーーその気分や習慣を知るために。

原始の自然がぼくにはいちばん興味がある。

ぼくはたとえば春のすべての現象を、ここにこそ完璧な詩があると考え、限りない努力を尽くして知ろうとする。

そのあげく口惜しいことに、ぼくが所有し読み終えたのは落丁本でしかなく、ぼくの祖先たちが初めのほうのページやもっとも荘重なくだりをいくつも破りとり、台なしにした箇所も多かったことを悟る。

神にも比すべき超人がぼくより先に現われて、星のなかでも極上のものを、いくつか抜き取ったなどと思いたくはない。

ぼくが知りたいのは、欠けることのない天空と欠けることのない大地。 

 

文−ヘンリー・ディヴィッド・ソロー  選及び写真−エリオット・ポーター
『野生にこそ世界の救い』
山と渓谷社 1982年 定価4,900円+税 絶版
 

 

目の前にある大自然の風景パノラマのひとつひとつにちゃんと通し番号やページがふってあれば、どのページが欠けているのかは、容易に気づくことができます。

ページのふられていない本に欠けたページがあることに気づける条件は、そこに書かれた文章の文法の正しさではありません。

どんな大事な文章が欠けていても、全く違和感なく読めてしまうことは決して珍しいことではありません。

欠けているかどうかわからない普通の文章は、よほど注意深く見つめ読んでいる人でなければ気づかないものです。

もしも、欠けていない文章と比較することができれば、それはいとも簡単に発見することができるものですが、 まだそれを見たこともない場合には、その文脈のなかに流れている生命力の美しさをよほど注意深く観察しなければ、気づくことはありません。

 

でもここに至ってようやく、私たちは「美しさ」という主観領域の何たるかという実像にも少しだけ迫れたかに思えます。

 

 

 

 

 

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物語のいでき始めのおや 〜私たちの「ものがたり」3つの顔 〜  

2017年03月11日 | 「月夜野百景」月夜野町はなくならない。

私たちは「月夜野百景」https://www.tsukiyono100.com などの活動で、地域固有の「ものがたり」が生まれ育つ環境づくりを目指していますが、ここでいう「物語には、3つの顔があります。
私たちはそれを以下のように使い分けています。

 

第一の顔は、文字通り漢字で表記された「物語」です。
これは通常の「ドラマ」「文学作品」「情景描写」などに描かれた世界です。

私たちは、月夜野で生まれ育った物語がどのようなものなのか、この地に眠る物語の発掘や、月夜野という地名、土地柄が導き出してきた過去の物語の蒐集などから初めてみました。 

月夜野に関わる三十六歌仙の二人 〜凡河内躬恒と源順〜
http://blog.goo.ne.jp/hosinoue/e/7126dd5075be149f5a7be232e27eec70

 

そしてこの土地に関連付けられる歴史上の文学以外にも、広く短歌・俳句から始まり、川柳はもとより江戸端歌、童謡など様々なところに残っている名文を蒐集し始めています。 

 

「月夜のものがたり」
 http://tsukiyono.blog.jp/archives/cat_1151346.html

 

 

ところがこうした物語が現代では、知識や教養にはなっても、それだけでは現代の自分たちの暮らしの中に何かストンと落ちない場合が多いと感じられ、それは当初から予想したことではありながらも、決して後回しにはできない課題であると思い始めました。

その原因の一つは、現代人は「世間」の物語は語れても「自分」の物語を語ることがとても苦手なひとが多いということです。

このことは、以下のような例に見られますが、これ決して特殊な人物像ではなく、現代人の姿を深く投影しています。

 

「いい物をじっくり選んで買う。そこに個性が出ると思うんですよ。他人が同じ物を持っていても気にしませんよ。そりゃ、中には流行で買うやつもいるかもしれませんけど、僕の場合、自分のポリシーがありますからね。まあ、安月給なわけで・・・・。そうですよ、僕たち働いた分の半分ももらってない感じですからね。自分を殺して殺して安月給。なさけないですよ、っていうのはマア冗談で、本当は全然気にしてませんけど。とにかく、安月給叩いてけっこう高いやつ買うんだから、ポリシーなくっちゃ駄目なんです。」

        大平健『豊かさの精神病理』岩波新書


つまり、モノを選ぶポリシーの中にこそ、自らのアイデンティティーがあるのだと。

それは、モノを通じてしか自己を語り表現をすることができなくなってしまった人間像です。

 

ポリシーのあるなしは、言われてみればよく聞く言葉です。

でも、これら多くの「ポリシー」も、「モノ」の選択・購入の範囲内でしか語られていません。

 

一見若者にのみ、こうしたことが顕著に見られるようにも思えますが、年配の人たちの中にも、自分を語れないこの若者と同じ人たちは少なからずいます。

それは、学歴、肩書き、人事や資格、あるいは所得の大小などばかりにこだわる人たちです。

 

またこんな例もありました。
地域の歴史の掘り起こし作業で、戦争体験の聞き書きをしていた時に、意外と戦地の全体の話は語ってもらえても、肝心なそのひと個人の体験部分が、なかなか語ってもらえなかったのです。
確かにとてもツライ体験、人には話せないような体験をしているからこそとも思えますが、まさにその部分こそが、で、その背負ってる苦悩の姿も、子や孫たちにどう伝えるのか、あるいはどうしても伝えられないのか、生きた証人の一番大事な部分なのですが、この人たちも、また自分を語れない人びとです。

 

さらに、次のような視点も〈モノ〉がたりに含まれます。

私たちのまちには、これといった基幹産業や目立った観光資源もないからといって、環境破壊リスクの高いおまけ付録のつく企業誘致に依存したり、一発ヒット狙いで、大河ドラマブームにあやかったり、世界遺産登録などの看板頼みにしたがる発想です。
どれも必ずしも全てが悪いことではありませんが、自分たち自身で地域に根付いた豊かな財産を守り育てあげる手間を抜きに、よそから安易に何かを取り込んだり、買ってきたモノだけでの一発逆転に頼る世界です。

確かに各分野で活躍されているプロや有名人の力、権威づけがされる既存のシステムに頼るのも、決して間違ったこととは言えません。
しかし、そこにはどうしても自分たちの「ものがたり」を生み育てる努力を省略してしまっている部分があることを否めません。 

これらも含めた人たちが、現代的な第二のタイプ〈モノ〉がたりの世界を担っています。

世界中が消費社会にどっぷりと浸かってしまった現代で、日常のこうした感覚からの脱却の意味を伝えることは、かなり難しく感じられるものです。

したがって、現代の圧倒的部分を占めるこうした〈モノがたりの世界から脱するには、文学的能力云々ではなく、私たちの暮らし方働き方から見つめ直していかなければなりません。

そして、そうした自らの物語を発見し創造する世界として第三の物語、ひらがなで表記した生(ナマ)の〈ものがたりを発見し、創造していかなければなりません。 

もちろん、このナマの〈ものがたりは、日々の暮らしの中で生まれる個人的体験や地域固有のものであるだけに、そのままでは必ずしも優れた〈物語〉として文学や商品になるわけではありません。

でも、その「ナマ」であることは、必ずしも「未熟」ということにはなりません。
以前このブログで 
「うた」や「ものがたり」が「文学」になってしまう時
 http://blog.goo.ne.jp/hosinoue/e/b63314289855bd8c7d545558fbfd9a38 

作品になったものよりも、暮らしの中で生きた作業歌、労働歌として歌われているもの、母と子どもの関係のような絶対的信頼関係のもとで語られる「読み聞かせ」などのほうが、むしろ実態としては価値が高い場合すらあるということを書きました。

  だからこそ、ここからが大事なのですが、プロのデザイナーやコピーライターにお任せしてかっこいい文句を考えてもらうのではなく、さらには、識者会議などで簡単なアンケートだけを頼りにその場でひねり出すものでもなく、住民の間で日常的に語られる環境の中から、時間をかけて積み重ねて生れ出るようなものにしなければならないはずです。

 

 以下に、いま私たちが提案していることで直面している問題をひとつ紹介させていただきます。

 こうした「ここはカミの依り代 住むひと、来るひと、みなカミの里」といったキャッチコピーも、私たちが勝手に始めると、すぐに地域を代表するような表現を勝手に決めて使用することへの危惧がどこかの関係スジから言われたりします。

また、きちんとした手順を踏まないと「良い」モノでも後で使えなくなることがあるとも警告されたりもします。

それは確かにそうした場合があると私も思います。

 確かに「公」=「行政」のお墨付きを得たモノでないと、地域で公認されることは難しい場合があります。

ところが、その肝心な「公」が、どれだけ住民に開かれ根付いたプロセスでものごとが決定されるかというと、どちらかというと「深く根付く」ことよりも「お墨付き」であるための手続きの方が重要である場合がほとんどです。

 

私たちが「地域づくり」として考えるのは、結果として「お墨付き」がつく分には良いことですが、地域の人びとの暮らしの中でより広く、より深く根付く環境づくりに軸足を置いてるので、たくさんの切り込み口で地域に眠っている「ものがたり」 から発掘、蒐集し、表現し、伝えていく運動を、時間をかけて行うことこそを大切にしたいと考えています。

 この私たちが大切にしているナマの〈ものがたりは、公認、非公認を問わず、時間をかけて積み重ねることにこそ意義のあるものです。

 決してアンケート結果の多数決で決めたり、数十人が参加する会議の場で決定されるような〈モノ〉がたりではありません 。

 

 

三峯神社縁起 資料 http://blog.goo.ne.jp/hosinoue/e/53249d31a77f10dfb4dd13ac417b519b

 

こうした運動が小さな活動として始まることに「物語のいでき始めのおや」としての意味があるのです。

実は源氏物語に出てくる「物語のいでき始めのおや」という「竹取物語」を表したと言われるこの表現自体も、こうしたことの大事なヒントなのですが、
本当の「ものがたりのいでき始めのおや」はどこから生まれ、育つのか。

この問いかけこそが私たちの運動の中心課題なので、これから大事に時間をかけてみなさんとともに育てていきたいと思います。

 

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農は国の大本なり

2017年03月02日 | 自然・生命の再生産

農は國の大本なり


犬の朝の散歩コースにある碑です。


ほんの4、50年前までは、国民の八割方が農家だった時代、信念を持ってこの言葉は響いていました。


今や農業など第一次産業のGDP比率は、1.5%

大真面目にたった1.5%の農業を守るために他の産業を犠牲にしていいのかと言う政治家もいます。

そう言いながら
、貿易立国を看板に国が力を入れてきた家電や自動車などの耐久消費財のGDP比率は、1.6%

毎度、経済対策の話などを聞くとき以下のGDP構成の内訳のことは、頭に入れておいた方が良さそうです。

(紙上講座「5 分でわかる経済統計の見方」の第 2回「GDPとは?」より )
 http://www.energia.co.jp/eneso/keizai/research/pdf/MR1407-2.pdf


かといってこれは、決して経団連と農協の力の差の問題ではありません。

また農協の近代産業化や輸出の拡大をはかれば解決する問題でもありません。

端的に言えば、単一量産型近代化政策と無限複合型大自然の恵みの闘いです。

貿易黒字が出るたびに、アメリカから余剰農産物を押しつけられてきた日本ですが、いついかなる時でも、第一次産業、大自然の恵み、食のあり様が「国の大本」であることに変わりはありません。


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