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カオスの世界をのぞく

2017-08-13 08:32:52 | ブログ
 脳の神経ネットワークのダイナミックスを考えるとき、脳はカオスのダイナミックスを利用していると言われる。カオスと言うと、秩序のない混沌とした状態を想定しがちであるが、それでは人の脳の中に短期記憶や長期記憶が保持され、脳が論理的に思考できる現象を説明できない。脳はカオスのように偶然性に支配される動作をしながらも、その中に多数の安定な状態を保持しているに違いない。

 そうすると、神経ネットワークのダイナミックスを統計力学的に扱う「統計神経力学」にカオス理論をとり入れ、カオス的な統計神経力学を語りたいという誘惑にかられるが、この分野のカオス理論は「高次元カオス」とよばれ、難解なようだ。

 そこで、とりあえず低次元カオスの世界に入門して、「カオスとは何か」についての基礎的な知識を身につけたいと考えた。

 浅い容器にパラフィン油のような流体を入れ、これを下から均一に温めると同時に、上からは均一に冷やすとする。ここで上下の温度差がある限界値を超えると、流体が流動してベナール対流とよばれる循環流が形成される。ベナール対流では、左まわりと右まわりの渦の対がいくつかできて、回転するロールの対の列をつくる。

 この現象を数式で表現するには多数の状態変数が必要であるが、ローレンツは、一対のロールのみを対象とし、わずか3つの変数に縮約した非線形微分方程式にまとめた。

 よく使われるローレンツ・モデルの方程式は次の形をしている。
   dx/dt=-10x+10y
   dy/dt=-xz+rx-y
   dz/dt=xy-(8/3)z

 ここで、状態変数xとyはロールに垂直な平面内におけるロールの対の回転の速さと向きであり、変数zは温度分布を表すという。

 xが回転する流体の速度を表すとすると、その正負によって流れの方向も表せる。yは、対流状態の時間発展である軌道が乗っている一対のロールの回転の向きを表す変数である。ロールの回転の向きには、右まわりー左まわりの対と、左まわりー右まわりの対の2種類がある。前者は対流状態Aを表し、後者は対流状態Bを表すというように区分できる。

 rは上下の温度差を表すパラメータである。rが1以下のときには、系は伝導状態とよばれ、安定な定常状態を維持する。rが1より大きくなると、伝導状態が不安定化した結果、新しい安定な定常状態が現れる。これが対流状態である。rが24.74を越えると、対流状態が不安定化し、突然カオス状態が出現する。

 対流状態の場合、(x,y)の初期状態によって、対流の方向と対流状態AかBかが決まる。つまり、初期状態によって(x>0,y>0)領域または(x<0,y<0)領域のいずれかにある一つ目玉のアトラクタに引き寄せられていく(目玉というより焦点と言った方が正確なのだが)。

 初期状態が(x<0,y>0)の場合には、一対のロールのうち主となるロールとは異なるロールに乗った不安定な状態なので、すぐにx>0に変わり、対流状態Aのアトラクタに引き寄せられる。初期状態が(x>0,y<0)の場合には、すぐにx<0に変わり、対流状態Bのアトラクタに引き寄せられる。

 ローレンツ・モデルでは、対流状態と言っても、アトラクタの軌道が安定なリミット・サイクルとよばれる閉じた軌道をとることはないようだ。従って、一重巻きサイクルの軌道が二重巻きサイクルに分岐するような「周期倍化分岐」が現れることは期待できない。

 ローレンツ・モデルがカオス状態となったとき、軌道は二つの目玉をもつチョウの形をした領域に引き寄せられていく。二つ目玉は対流状態AとBに対応するロールの回転状態である。カオス軌道は、二つ目玉の間を不規則に渡り歩くように振る舞う。対流の振動の振幅が大きくなると、突如対流の向きが反転し、反転した対流が何度か振動した後に再び反転するというような運動を不規則に繰り返す。

 状態(x,y,z)の時間発展の様子を見るには、ローレンツの微分方程式の数値解析をすればよい。状態のx成分については、時刻tにおける
dx(t)=(-10x+10y)dt
を計算した後、
     x(t+dt)=x(t)+dx(t)
を計算すればよい。y成分とz成分についても同様である。

 カオスの世界に入門したしるしとして、Excelを用いてローレンツ方程式の数値計算をしてみた。

 Excelの表として、時刻t,dx,dy,dz,x,y,zの各列を設定するのがよい。t列には、「連続データ作成」機能を用いて時刻0から停止時刻まで時間の刻み幅dtごとに増分する時刻を設定する。dx~zの列がt列を参照することはないが、停止時刻まで計算するための目じるしとして利用できる。

 表の第2行のdx~zの各セルには、(dx,dy,dz;x,y,z)の初期値(0,0,0;x0,y0,z0)を設定する。x0,y0,z0はx,y,zの各初期値である。

 表の第3行のdx~zの各セルには、セル番号を変数として含む上記式を設定する。

 初期値の設定方法の一例を挙げる。変数xは流体の速度であるから0にはならないと考えられるが、dx/dtは角度など位置情報の2回微分であるからxの極小または極大点で0になることがあるだろう。そうすると、dx/dt=0と置くと、y=xとなるからdy/dt=0が導ける。これからxが0でなければz=r-1を得る。そこで、(x,y,z)の初期値として、(x0,y0=x0,r-1)を設定できる。最初に適当なx0を設定し、軌道のグラフを見て、アトラクタに近い(x0,y0=x0)を見つければよいだろう。

 この数値計算では、第n行目の(x,y,z)の計算結果を第(n+1)行目の(dx,dy,dz)の計算に使うから、第3行目以下のdx~zのセルを同時に選択して、「下方向へコピー」する必要がある。

 図は、dt=0.02,停止時刻=6,r=28,x0=-11,y0=-11,z0=27の条件で数値計算した結果のうち、(x,y)軌道をグラフにプロットしたものである。



 この計算例を見ると、(-11,-11)を出発した状態は、対流状態Bに対応するカオス・アトラクタに取り込まれ、このアトラクタを3回ぐらい巡った後に、対流の向きが逆転するとともに対流状態Aに対応するカオス・アトラクタに取り込まれる。このアトラクタを3回ぐらい巡った後に、対流の向きが再び逆転するとともに対流状態B対応のアトラクタに取り込まれるという軌道をとることが分かる。

 なお、(x,y)軌道は、状態の時間発展の様子を示すものであって、流体の流れの道筋を示すものではないことに注意されたい。

 rを1以下に設定すると、初期値を出発した軌道は定常点である(0,0,0)に収束することが分かる。伝導状態である。

 rを例えば5など対流状態になる値に設定すると、初期値により対流状態AまたはBのアトラクタに引き込まれることが分かる。

 対流状態の場合に、周期軌道が現れるか否か興味のあるところである。計算結果を調べると、rによって決まる(x,y=x)のある定常点に収束していくので、軌道の閉じたループは現れない。

 以下、地球の磁気に関する参考文献の記述を、ほぼ原文通りに転載させていただく。

 「地球の磁気は地球内部の流体の対流によるものであるが、過去において何度も逆転していることが明らかにされている。古い地層や海底の岩石磁化を調べたある研究によると、地磁気は70万年に1回ぐらい逆転しているという。

 地磁気の成因として、いまでは地磁気ダイナモ(発電機)説が正しいとされている。地球の中心には、内核(固体)と外核(液体)からなる「地球の核」があり、外核の中で対流が起こっている。地球核の対流が電荷を運び、この電流によって地磁気が生じているという説である。

 地球核の対流や発電作用の詳細はわかっていないが、地磁気が地球核の対流によるものであるというのは正しいだろう。すると、地磁気の南北がときどき逆転するということは、地球核の対流がときどき逆転するということであり、これはローレンツ・モデルにおける運動の逆転に似ている。」

 参考文献
 森肇著「岩波科学ライブラリ24:カオス 流転する自然」(岩波書店)
 戸田盛和著「カオスー混沌のなかの法則」(岩波書店)
 蔵本由紀著「非線形科学」(集英社新書)
 甘利俊一著「脳・心・人工知能」(ブルーバックス)