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脳内地図によって行われるナビゲーション

2014-10-28 11:47:01 | ブログ
 科学に基づいて自分の世界観を深めるに当たって、ノーベル賞の対象となった業績は、よい学習教材の一つである。今年は、3人の日本人が、青色発光ダイオードの発明によってノーベル物理学賞を受賞することになった。しかし、青色LEDおよびその応用であるLED照明は、あまりにも日常生活へのインパクトが大きすぎ、今さら青色LEDのしくみなど科学的事実を語る気にはなれない。そこで、日常生活に恩恵をもたらすというよりも、科学的な意義という点で興味をそそられ、人間とは何かという哲学的思考を進展させるのではないかと思われる医学生理学賞の対象となった「脳の空間認知に関する細胞の発見」に注目し、それが意味するものを追求することにした。

 脳の基本的な構成要素は、神経細胞(ニューロン)である。各ニューロンは、前方に複数存在するニューロンから各々電気パルスの刺激を受け、各々ウェイト付けされた刺激の総量が閾値以上になったとき、活動電位の電気パルスを生成し、軸索を介してこの電気信号を後方のニューロンに伝える。この動作を発火という。前ニューロンの軸索が間隙を介して当該ニューロンに接続する部分は、シナプスと呼ばれる。前ニューロンからのシナプスが当該ニューロンと強く結合している場合には、当該ニューロンが発火する可能性が高くなるとともに、発火するまでに要する時間も比較的に短くなるものと考えられる。すなわち、シナプスの結合強度は、上記ウェイトに反映されている。

 ニューロンの集団が自励振動状態に入ると、この集団の各ニューロンは、前ニューロンから周期的に電気パルスを受け取り、その都度、自分の電気パルスを生成して、後ニューロンに伝える。つまり、各ニューロンは、固有の振動数で振動する振動子として動作するとともに、このニューロン集団は、非線形振動子結合系を形成することになる。この集団外部からの刺激により、前ニューロンからのシナプス結合が他より強くなる状態が生じると、当該ニューロンが発火するまでの時間が他より短縮され、この振動子の固有振動数が増える方向に進む。言い換えれば、周期的に発生する電気パルスの位相が進むことになる。この位相の変化は、ニューロン集団中の他のニューロンに伝わり、振動子結合系は、ある固定した位相差をもって同期して振動することになる。

 同期して振動するニューロン集団が周期的に発する電気信号は、脳波として観測される。例えば、ラットが走り回るなどの運動をする状態において、その大脳海馬から4~12Hzの脳波が検出されるという。このような脳波は、シータリズム(シータ波:theta rhythm)と呼ばれている。

 多数のニューロンは、階層構成のネットワークを形成している。同一階層に位置する複数のニューロンは、下位階層のニューロン群からの信号を受け得るが、下位ニューロンから受けた刺激の総量が閾値以上になり、電気パルスを生成して上位ニューロンに伝えるニューロンと、受けた刺激の総量が閾値に達せず、上位ニューロンに何も信号を伝えないニューロンとが生じる。前記のニューロンは、前ニューロンに対して最適な活動パターンをもつニューロンであり、同一階層のニューロン群の中で下位ニューロンからの信号パターンに対して、選択されるニューロンと言える。このように、同一階層のニューロン群は、下位ニューロンから入力された刺激パターンの種別に応じて選択性をもつことになる。

 ラットや人間の脳の海馬の中には、場所細胞と呼ばれる神経細胞が存在する。複数の場所細胞が集まって場所ユニットと呼ばれるニューロン集団を構成する。Aという場所では特定の場所ユニットが働き、Bという場所では別の場所ユニットが働く。ここで、ラットや人間がいる場所に対応する場所ユニットが選択的に働き、「自分がどこにいるのか」が認識される。すなわち、複数の場所ユニットが脳内に地図をつくっていることが分かる。

 海馬周辺には、固有の振動数で振動して振動子結合系を形成するニューロン集団が存在する。直列に接続されたニューロン群の出力が入力にフィードバックされるようなループ結合をしていれば、一つの電気信号の入力をトリガーとして、系は自励振動状態に入る。ラットが移動すると、移動距離に応じてシー タ波の位相は、徐々に進む方向にシフトする。シータ波の位相と空間座標は、線形関係にあると考えられ、この位相コードによって空間情報、すなわち脳内地図中の特定の場所ユニットが選択されると考えられる。

 ラットや人間が特定の空間中を移動すると、上記シータ波の位相が進み、その位相コードに対応する信号パターンが生成されて脳内地図中の特定の場所ユニットが選択される。このとき、目から入力された風景のイメージが、大脳のどこかに記憶され、選択された場所ユニットとのリンクがとられるのであろう。ヒトが別の場所に移動すると、シータ波の位相コードが変化し、別の場所ユニットが選択され、そのとき入力された風景のイメージが記憶され、その場所ユニットとのリンクがとられる。

 このようにして、ラットやヒトが空間中を1回移動するだけで、脳内地図中で選択された場所ユニットと各々対応する風景イメージが大脳中に記憶される。

 ラットやヒトが、空間中の同じコースを2回目に移動するときには、どこにいるのかに応じて脳内地図中の場所ユニットが選択され、そのとき実際に目から入力された風景のイメージとその場所に対応して記憶されているイメージとが照合され、自分が正しい場所に位置しているのか否かがチェックされる。

 それでは、道路が2つ以上に分岐している場合には、どのようなナビゲーションによって、いずれかの道を選ぶのだろうか。おそらく、分岐先の道ごとに場所ユニットが設けられると仮定され、一度通過したことがある道が選択的に選ばれるのであろう。もし、誤った道を選択してしまったときには、そのとき目から入力された風景のイメージに対応するイメージが記憶されていないことを認識することによって、誤った道を選んだことが分かる。

 このようにして、人が空間中を移動したコースに従って、認知地図中の関連する場所ユニットが、次々と活性化され、人をナビゲーションするという脳活動が実現することになる。しかし、この方式は、コンピュータが行うナビゲーションの処理方式とはかなり異なっている。コンピュータの場合には、地図情報は、既存の固定情報として記憶され、それが、人が順次通過するコースに従って印をつけるために更新されるようなことはないだろう。人が通るコースの道順は、地図情報とは別に、地図上の空間座標のリストとして記憶されるであろう。

 それにしても、空間中をたった1回移動するだけで、その経験が、一連の場所ユニットのピックアップと各場所ユニットに対応する風景イメージという形で脳内に記憶するのは、大脳にとって、かなり厳しい試練となるのではなかろうか。方向音痴の人にとって、どこか一か所でも情報の記憶に失敗すると、自分が脳内地図のどこにいるのかが分からなくなり、パニックになってしまうというのも不思議ではない。

 このような大脳の試練は、特に認知症の人にとって、過酷なほど厳しいものであることが理解できる。海馬など大脳中の神経細胞が機能低下した認知症の人にとって、たった1回の移動経験どころか、通いなれた散歩コースでさえ正しくナビゲーションすることが難しくなり、その結果、徘徊という行動になるのであろう。

 脳内地図によって行われるナビゲーションは、興味深いが、より一般的に神経ネットワークを構成する振動子としてのニューロンが集団としてそろった振舞いをすることは、より深遠な意味をもつように思われる。各ニューロンは、ネットワークを介して接続されているのだから当然のようにも思えるが、そう単純ではない。ニューロン間で信号の伝送路となる軸索の長さがそろっているわけではないから、電気信号の伝送には時間差が生じるし、前ニューロンからのシナプスの結合強度は前ニューロンごとに異なってよいのだから、ニューロン集団中の各ニューロンがばらばらに振動しても不思議ではないだろう。しかし、実際には、振動子は集団の中で一定の位相差で同じ振動数を示すものと、異なる振動数でばらばらに振動するものとに分かれるそうだ。

 複数のニューロンが同期して活動するおかげで、目から入力された風景のイメージが秩序あるイメージとして認知できるのであろう。また、そのおかげで脳波を観測すると、周期的なシータ波を検出できるのであろう。視覚的なイメージを正確に認知でき、聴覚的な音声情報を正確に認識できるということは、その人の意識があるということではなかろうか。もし、ニューロン集団中のニューロンが同期せず、ばらばらに活動するとしたら、ばらばらの周波数をもつ電磁波の集積となって、白色光しか観測できないであろう。その結果、人間の頭の中は、文字通り真っ白になってしまうから、有意なものは何も認知できず、意識がある状態とは言えないだろう。

 参考文献
 合原一幸など編「理工学系からの脳科学入門」(東京大学出版会)