ゆったり、いそがず、あわてず、おだやかに…

毎日の生活の中で感じる森羅万象を、自分の想いとして文字・写真で表現する。

曲者! 「暫定税率」だ、――いや、真犯人は別にいるぞ!

2008年03月31日 20時23分38秒 | Weblog
 
今日は寒かった。朝方にはみぞれが降ったのだから寒いのは当たり前だが、春本番になろうというときに寒気ではたまらない。よけい寒く感じる。

寒く感じるといえば、このところの政治のあり方に寒さを感じる。特に、話題の「暫定税率」には、寒さをとおり過ぎて憤りすら感じているのだ。

テレビのニュースで、「レギュラーを1,000円分――」と言ってガソリンを入れているお客さんがいる。ガソリンスタンドでは、「今日はいつもの半分しか売れていない」と嘆く。「明日から値下げするのか」と言う質問に、「周りのライバル店の動きを見ながら」と答える。

今日の夜半で「暫定税率」の期限が切れるのだ。しかし、よくよく考えてみると「暫定税率」そのものが不思議であるのだ。が、それ前に言いたいことがある。

「暫定税率」の期限が切れることによって、国民に迷惑と混乱をもたらしているのだ。政治家の諸先生方はこれほどに国民を愚弄し大迷惑をかけることを恥ずかしく思わないのだろうか。そこがまず不思議に思う。

ガソリンスタンドによっては、競争の原理から値下げをせざるをえなく、赤字を背負うことになってしまうところも多いであろう。議員の先生方は、「ガソリンスタンドが勝手に値引きしているのでしょう」とうそぶくかも知らないが、こういう状態に追い込んだのは政府であり、自民党であり、民主党であるのだ。党利党略のために「暫定税率」を道具としている。3月31日に期限が切れることは、前々からわかっていることだ。それなのに、それなのに……。泣けてくる。

そもそもの曲者は、「暫定税率」と言われている税金だ。この「暫定」とはどういうことなのか。先生方に聞いてみたい。中学生だって「暫定」の意味は知っている。読んで字の如しで「しばらくの定め」だ。それがどうだろう、この「暫定」が30年余も続いているのだから驚く。

今は亡き田中角栄先生が総理大臣のとき、「暫定2年」ということでスタートしたはずである。この「2年」がどうして「34年」になるのか。34年であっても「暫定」なのか。どこの国語辞典を見ても、そんなことは書いてないはずだ。政治家特有のごり押しでしかない。

未来を嘱望される小学生や中学生から、「なぜ、34年が暫定なのですか。暫定とは通常何年ぐらいを指すのですか」と質問を受けたら、政治家の先生方はなんと答えるのか。答えたとしても詭弁でしかありえない。

福田首相は、「暫定税率の廃止は財政上にたいへんな赤字を生む。赤字公債でも発行するのか」と民主党をけん制するが、この発言自身がおかしい。「暫定税率の廃止」と言うが、暫定的な税率なのだから「廃止」は当たり前である。「赤字を生む」――赤字を生むことがわかっていたのなら、なぜ税金全体の改革案を早くに出さないのだ。どうしても必要とする税金なら「暫定」でなく、きちっと恒常税率にすべきではないだろうか。

ただ、外国などをみてもありえない暫定税率や項目があるようだ。そんなに無理して税金を取るより、ムダばっかりの国の外郭団体を半減以下にすべきである。なぜ、国家公務員の退職者を優遇するのか。「暫定税率の廃止」云々より先に、「国の外郭団体を半減」させるべきではなかろうか。

「黙っている国民から取れる税金はどんどん吸い上げろ」式の政治は止めてほしい。お願いだァ! やや、こんな犬の遠吠えに耳を傾ける先生方はいない。ああ、また泣けてきた。

凛として咲く、ど根性シクラメン

2008年03月30日 21時39分51秒 | Weblog
わが家のシクラメン
いささか見た目は悪いが
色艶もよく元気だ
ピンクの花を
いくつもいくつも咲かせている

昨年の夏であったか
枯れたと思われて
鉢から出され
土は振るわれて
丸裸で庭の片隅に捨てられた

時とともに
小さな芽を出しているところを発見
見捨てられた小さな命が
力強く静かに
息づいていたのだ

もうびっくりだ
あわてて鉢に戻してやった
シクラメンもほっとしたことだろう
命名された
「ど根性シクラメン」と――

あれからシクラメンンは
葉を茂らし
小さな花芽をつけた
でも、なかなか大きくならず
周囲をやきもきさせた

それがどうだろう
立派に花を咲かせているのだ
しかも誇らしげに
凛としている
もう驚くだけだ

見た目が悪く不揃いのシクラメンよ
君の花は
どこのシクラメンより美しい
いつまでも花を咲かせておくれ
誇りですらある「ど根性シクラメン」よ!

面白くもない(?)1TBハードディスクの話

2008年03月29日 21時02分51秒 | Weblog
庭のボケがようやく2輪咲いた。「お待ちどうさま、ようやく来たよ」と言っているように見える。「ずいぶんと待ったよ」――これで次々と咲き乱れることであろう。あら、花ふたつでは開花宣言はできないのかな? 

話は変わるが、土曜日ともなると新聞折り込みチラシがどさっと入ってくる。「ああ、商売はたいへんだなあ。これだけのチラシでどのくらい売れるのだろう」と、人ごとながら心配顔をしている。私自身もチラシを見て買い物をしたことはほとんどない。それなのにチラシを一枚一枚見るのは好きだ。

折り込みチラシには、パソコンショップのチラシも何店か折り込まれていた。パソコンショップのチラシを見ていて、「ふ~ん、パソコンは急速に進化しているなあ」と思う。Aショップのチラシに、『外付けの大容量ハードディスク 1TB 29,700円』『内蔵ハードディスク 1TB 19,700円』とあった。1TB(テラバイト)のハードディスクとは、ずいぶんと大容量だ。こんな大容量のハードディスクを私たちが使えるようになってきたことは驚きだ。

ハードディスクは、自分が撮った写真や作った文書類を保存する入れ物だ。例えばの話だが、デジカメ写真1枚が1MB(メガバイト)だと仮定すれば、1TB(テラバイト)は1,000GB(ギガバイト)、1GBは1,000MBだから、単純計算をすれば、1TBの入れ物に1MBの写真は「100万枚」も保存することができる。あまり使われなくなったが、フロッピーディスクなら70万枚以上と同じ容量なのだから、もうびっくりものだ。

きっと一昔前なら、1TB(テラバイト)のハードディスクを使うのは大企業などの大型コンピュータであったろうと思う。そうした大容量の入れ物が手軽に買える時代になってしまったのだ。ありがたい時代になったものである。

こんな大容量があれば、テレビや映画などの録画にはずいぶんと便利であろう。その反面、映画などほとんど関係ないという人には宝の持ち腐れになるかもしれない。そうした人たちには、ほとんど使わないで、ほとんど空いているうちにハードディスク自身が古くなり壊れてしまうかもしれない。そんなこんな思いをしながら、新しいもの好きな私は「安くなったなあ、買ってもいいかな?」などと秘かに思っている。そのくせ「まだ安くなるぞ、きっと――」とも揺れ動いている。

あ、そうそう、大きなニュース(?)が飛び込んできた。今日の選抜高校野球大会、第2試合で「長野日大」が滋賀の「北大津」に「2-0」で勝ったのだ。びっくり、ベスト8の中に入ったのだ。凄いことだ。すばらしいことだ。興奮ものだ。選手たちに大きな拍手を贈りたい。さあ、ここまで来たのだから、次もぜひ勝ってもらいたいものだ。フレー、フレー、長野日大!

あれ! 路地裏で桜が咲いていた!

2008年03月28日 20時51分00秒 | Weblog
 
用事を終えての帰り道、街中の知らない路地をわざわざ歩いてみた。街中ゆえに坪庭のような狭い場所に植えてある桜が眼に入った。ずいぶんと花は小さいが八分どおり咲いている。桜の知識はないので品種もわからない。今、咲いているのだから「ヒガンザクラ」か? と勝手に想像している。

街中の日陰に咲く桜であっても、やはりきれいだ。しばし見とれる。なぜか、桜の花は美しく、こころを癒してくれる。

「桜か――」と想いを巡らしているうちに、何年か前にタイムスリップしたようだ。その年の3月初旬に、ふたり目の男子内孫が誕生した。長男夫婦は遠くの都会に住んでいるので、吉報を聞いて喜び勇んで出かけた。生まれたばかりの孫と対面し、喜びを分かち合ったものである。

その時に詠んだ俳句――
      孫生まれ笑みて駆けゆく春の道

桜咲く――いや桜は散ってしまっていたかもしれないが、その年の4月には長子の内孫が小学校へ入学したのだ。当時の日記を見ると、「○○ちゃんの小学校入学である。おめでたいことが重なる。孫はいつの間にか大きくなる」とある。当時を思い出すが、めでたいことが重なり、本当にうれしかったものだ。

こちらも、当時に詠んだ俳句だが、もう見たままのまことに下手な句で恥ずかしい。
      ランドセル孫は背負いて入学す

その時、小学校に入学した長子は、早や中学3年生になる。時の経つのは早いもので、いつの間にか大人と同じ背丈になっている。そのせいかなあ、こちらの背が縮んできているのは?

うれしいことの背景には、桜が咲いているイメージがあって、じつにすがすがしい。今までは子どもや孫の連想の中に「桜」は位置していたが、これからは「じじ・ばば」自分たちの思いの中に「桜」を据えていこうと想っている。

今日は小さな桜を、ほんの一瞬での花見であったが、もうすぐあちこちで開花してくるであろう。本当の花見、桜の楽しみはこれからである。

黄色の小さな太陽=タンポポのつぶやき

2008年03月27日 21時36分48秒 | Weblog
「おじさん、おじさん、私らの写真を撮るばかりでなく、話も聞いてよ」
(あれ、幻聴かな。このタンポポしゃべったような気がするぞ)

「気のせいではないよ。ちゃんとしゃべっているよ。私らは、この交差点の片隅でひっそりと何年も生きているのよ。アスファルトには攻められるし、排気ガスはひどいし、一番は人間だね。遠慮なく踏みつぶしていくし、せっかく咲いた花を折り取って行くしで、まことに生きるには過酷な環境よ。でもな、私らは過酷な環境であっても懸命に生きているのだ」
(よくしゃべるな、このタンポポは――。なにを言いたいのだろう。私も忙しいのだぞ)

「おじさんの考えていることはすぐわかるのよ。ヒマなのに『忙しいのだ』なんて言わないこと。過酷な私らと違って、ぬくぬく生きていける人間社会も、このごろ厳しいようだなあ。特に、若い人の犯罪が多くなってきている。人間社会は、いったいどうなっているのだよう」
(おや、こんな田舎の片隅でじっと居座っているタンポポが、なぜ、こんなことまで知っているのだ)

「おじさん、さっきも言ったでしょう。私らは歩けないけれど、そばを通る人や犬などの考えていることがわかるし、日本の情報ぐらいわかるのよ。人間でいえば仙人みたいなものだ。さっきの話だけれど、線路に突き落として前途有望な青年を殺したり、無差別に包丁で襲い殺傷したりしている。犯人はどちらも若者だ。理由なき殺人、これじゃ殺された人は無念じゃろう。若者に言いたいね、私らのように『過酷に対して、じっと耐えられる精神』が欲しいな。どうして短絡的にキレてしまうのかな」
(そうだよな。タンポポにしては上出来なことを言うじゃないか。私もそう思うよ。本当に殺された人は可哀想だ。ご冥福を祈ろう)

「人間社会は、どこか狂っているのだな。だれもが望む『平和な国』と言うのは夢物語なのかなあ。私らタンポポの世界も厳しいぞ。人間のおかげでずいぶんと住みにくくなってきている。犬とガキが一番嫌いだ。犬は小便をかけていくし、ガキは花を折ってしまう。子孫繁栄をさせるには過酷だけれど、耐えながらがんばるよ。おじさんもがんばれよ」
(タンポポの癖になまいきなことを言う。あ、これは偏見か、ごめん。私は、『がんばらずに、がんばる』が身上だよ。ほら、通る人が私を見て変な顔をしているから帰るよ。タンポポよ、お前さんたちも元気でな)

(あ、そうそう、私の好きな俳句を君に贈るよ。『たんぽぽや日はいつまでも大空に』(中村汀女)。君も、黄色い小さな太陽のように輝いているぞ!)

求人増を図る人材派遣会社

2008年03月26日 19時11分45秒 | Weblog
 どうも今の世の中が理解できない。なにかというと、「人材派遣・請負会社」の存在だ。今朝の新聞を見ると、『全国展開の人材派遣・請負会社 県内高校へ求人増』と大きく出ている。記事を見れば、就職担当の先生方も対応に慎重のようだが、私からすれば「未来ある若者を人材派遣会社へは絶対斡旋してはいけない」と声大きく主張したい。

人材は欲しいが賃金は抑制したいという企業と各種人材を揃えている人材派遣業者との思惑が一致しているから、人への保障も少ないような労働者派遣事業が隆盛するのだ。どこかおかしいし、どこか狂っている。

若いみなさんがこの世界に足を踏み入れると容易に抜け出すことができなくなるのではないだろうか。だって、そうではないだろうか、派遣される人たちは「時間がある意味自由」であるし、そこそこの賃金はもらえる。反面、長く務められる企業などに就職しようとしても、企業で見向きもしない。派遣人材で十分充足していれば、コストがよりかかる正社員は少ないほうがよいに決まっている。

どちらにせよ、よい面と悪い面があるのは世の中の決まりだが、自分が働いて得る生涯賃金は、人材派遣に寄りかかっている者はダントツに低いであろう。これは正確なデータがなくても、誰もが納得する自明の理である。年老いて年金生活者になったときのことを想像すれば、なにかしら背筋が寒くなるような気がする。

若者たちにとって、「老後」は先の先の話、天文学的に遠い先の話なのかもしれない。だが、人生は夢のごとくに過ぎ去っていくことを知らなければならない。

私の若いころには人材派遣業という職種は存在していたのだろうか。江戸時代には「口入れ屋」なるものが存在していたのだからあったかもしれない。でも、それは現在の職安のようなもので、「職を斡旋」していたのだと思う。「人を派遣」するという商売はどうであったろうか。

新聞によれば、全国の派遣業者は69,000もあり、毎年3,500~4,000ずつ増えているという。驚きだ。それほどに儲かる商売なのだろうか。反面、所属している労働者はどのように処遇されているのか心配である。「若者よ、自分の将来をしっかり見据えよ」と、またまた声を大にしたい。よけいなお節介かもしれないな。

(おことわり)労働者派遣事業はちゃんとした法律の下で営業しているもので、悪徳業者ではないことを明記しておく。私は、人材派遣業者を非難しているのではない。私の考えを主張しているのだ。それぞれに考えがあろう、考えが違うのはやむをえない。

穏やかな春の陽ざし

2008年03月25日 13時27分08秒 | Weblog
朝からお天気は上々である。気持ちのよい一日となった。おかげで女房の手伝いで布団を干すことができた。

お日さまにあたった布団は寝ても気持ちがいい。むかし、急に泊まることになって知り合いに泊めてもらったが、布団は湿っぽくて、なにかよく眠れなかった経験がある。

だから、今でも天気がよければ務めて布団を干すようにしている。さあ、気持ちよく寝ようか? うん、まだ早い~~か。