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(小説)美月リバーシブル ~その5~

2012-10-05 19:00:47 | 美月リバーシブル (小説)

2010年11月24日(水曜)
次の日、かなり早い時間に眠ったものだから夜明け前に目が覚めてしまった。それに夕飯を抜いたので空腹なのが大きいだろう。冷蔵庫から昨日の夕食の残り物をテーブルに並べて食べ始めた。
「旨い。旨い」
すると外がほんのり明るくなろうとしていた。
『まだ日の出前。って事は今はまだ夜の比留間さんって事か・・・眠っているだろうけど』
朝食を食べながら日の出を見てぼんやりと考えていた。

朝、シャワーを浴びて体を洗って登校前、母親が驚いていた。
「アンタ、昨日どうしたの?」
「え?昨日?ああ・・・先生と二者面談をしたもんでさ。何か疲れちゃって・・・」
我ながら良い嘘だと思った。本当の事を言うには何となく気恥ずかしかった。それに母親ともなれば異性の事に興味があると思ったからあれこれ聞かれたとしたら面倒だと思ったのだ。
「二者面談?コウちゃんの成績酷いからね。本当、3年間で卒業できるのかしらね」
チクチクと痛いところを突いて来る。だからと言って勉強しろと強く言ってこないのが救いであったが、それは半ば諦められているという事でもある。朝から嫌味を言われ、頭が痛いと思いながら登校した。同じオタ友達の所にいると比留間の周りに昨日、誕生日会に参加したメンバーが集まっていた。目で追わないが耳だけはそちらの方に集中していた。
「昨日はどうしたの?急に戻ってきたかと思ったらごめんなさいと言って訳も話さないまま帰っちゃってさ。何があったの?」
「そうそう。みっちゃん。あの時、ヤバイぐらいに目が泳いでいたからどうしたのかと思って心配したんだよ」
「本当、みんなごめんねぇ~。気分が悪くなっちゃったもんだからさ~」
「それならそうと言ってくれればよかったのによ~。俺なんか軽く押し出されたもんだからさ」
「あ、ああ・・・そうだったよね。本当、ごめんごめん。頭がヤバイぐらいに気持ち悪くなってさ~」
美月の事情を知ったので、必死に取り繕うと慌てている日中の美月の声を聞いていると彼女なりに気苦労は多いのだろうと思った。取り合えずこのクラス内でその事情を知っているのは自分だけなので少しだけ優越感に浸っていた。

その日の美月はホームルームが終わるや特に用事もないので帰っていった。光輝も家に帰ってお菓子を食べながらネットをやっていた。動画を見て、ニヤニヤと笑う。昨日、一昨日と大変な2日間を過ごしたので今の時間が妙に懐かしく居心地のいいものに感じた。
トゥルルルル~♪
携帯の着信音が鳴った。携帯の着信音は普通のベルの音だ。今更、アニメなどの曲にしようがしまいが、オタクであるという事は周知の事実であるのだが、彼の無意味な抵抗みたいなものだ。ただし、『きぐるみ』の音楽や待ち受け画像などの関連データはギッシリと携帯に入っていた。
「ハッ!!まさか!」
相手に応じて鳴り分け設定をしているので携帯を手に取り液晶画面を見るまでも無く相手は大体分かる。ベルの着信音は番号の設定をしてない人。つまり、初めてかけてきた相手である。液晶画面を恐る恐る見てみると市内局番であったので携帯電話からではない。
「家電(いえでん)だ・・・」
知らない家からの電話となればほぼ間違いなく比留間の自宅からだろう。ゴクリと唾を飲み込む。両親からの呼び出しだろうか?ならば一体、何の目的だろうか?
『日中の比留間さんは俺が人格の事を知っている事を既に了承済みであの困っていた時に何のフォローもしなかった事を両親に話して俺を責めるとかこのままではダメだとかもう会うなとか・・・マズイ!非常にマズイ!』
勝手に悪い知らせだと考えてしまうのは彼の悪い癖だ。動揺してしまって10秒ぐらいの時間、取らなかったので普通なら切れてしまうはずだが、まだ鳴っていたので取り敢えず仲間内での話が盛り上がっていて、比留間の話は聞こえていなかったという事にしようと思い立ち、電話に出た。
「もしもし」
「あ、あの~」
その声音は父親や母親のものではなく美月のものであった。
「お母さん!お母さん!出た!出ちゃいましたよ!お母さん!」
「ほらほら、頑張って・・・さっきの練習どおりにやるの」
受話器の遠くから何やらやり取りをしている声が聞こえてきた。
「え、あ?ひ、比留間さんですか?」
「あ!あのですね。う、うちに来ませんか?」
「ちょ、ちょっとヨミちゃん。自分の名前も名乗らずに言っちゃ相手は分からないでしょ?」
「でも、お母さん、倉石さん私が誰だってわかっていたみたいですよ!」
「あら、そう。でも、電話した時はまず始めに名前を言うの・もしもし比留間ですがって」
受話器のマイク部分を隠してないようで話が丸聞こえだった。でも、そんなやり取りは可愛げがあっていい。
「はぁい。あ、私、比留間 美月です。倉石さん。きょ、今日はお暇ですか?」
「うん。暇を持て余しているところ」
「でしたら、うちに来ていただけることなんて、出来ませんでしょうか?」
「うん。いいよ」
断る理由は無いから行く事にした。
「ねぇ!お母さん!お母さん!聞きました?聞きました?」
「聞いた?ってお母さんは、電話の彼の声は聞こえないよ」
「あ・・・そうですよね。倉石さん来てくれるって!」
「良かったじゃない。まだ話は終わった訳じゃないんだからお待ちしていますって言わないと」
「ああ!それじゃ、お待ちしています!お母さん!来てくれるって!どうしよう!」
「ヨミちゃん。そのままにしたら失礼でしょ。用件が済んだら・・・」
ガチャッ!!
かなり勢い良く受話器を置いたようで耳が痛かった。
「相当、慌てているな」
思わず失笑してしまった。直後に再び電話がかかってきた。
「あの先ほどは急に切ってしまってすみませんでした」
「大丈夫。大丈夫。比留間さんは電話をかけたことないんでしょ?」
人同士の接点があまりないようなので致し方ないのだろう。
「わ、分かっちゃいました?」
「これから練習していけばいいんじゃないかな」
「そ、そうですよね」
暫しの沈黙があり光輝の方から口を開いた。
「で、俺、今から行っていいんだよね?」
「あ、ハイ!そうです。忘れてしまいました。お待ちしていますね」
それから、暫しの沈黙が続く。
「あれ?切り忘れているのかな?」
「いえ、つながっていますよ」
「あ、そう。それじゃ。行くからね」
「はい。それじゃ、お待ちしています」
またも沈黙。どうやらお互い、電話を切るタイミングが計れないようだ。
「何しているの。ヨミちゃん。電話代、沢山かかっちゃうでしょ?それに、倉石君ずっと来れないよ。それじゃ、倉石君、待っているから来てくださいね」
最後には母親が登場して、受話器が切れた。
「俺も比留間さんの事言えないほど緊張しているな。もっと自然に振舞えればなぁ・・・」
自分の余裕のなさが情けなくなる。だが、そんな事を悩んでいる暇はなかった。
「って待てよ。あっさりOK出しちゃったけど家へのお誘いだぁ?俺、人のうちに着て行くような服ねぇ!家にいるなんていわなきゃ良かった!!」
男友達が相手なら服装の事は考えないで済むが相手が女子であるなら話は別だ。今更、服を買いに行くわけにもいかない。尤も服などに興味がなく、安く無難なものを適当に何着か買うだけである。タンスを開けて良さそうな服を選ぶ。チェック柄が多く、色も黒や青など地味な色。それが自分自身でもオタクのイメージをさせたからストライプ柄のものを選んだ。それでも大差は無い。
「ちょっと出かけてくる!遅くはならないよ」
「遅くはならないって、もう夕飯前だよ」
「夕飯は食べてくるからいいや」
そう言って、歩き出した。少し嬉しい反面、何があるのかと邪推してしまう。両親が近くにいるだろうから踏み切った行動は絶対に出来ないだろう。と言うより半分監視されているような状況で起こる事を想像すると決して、楽観的にはなれなかった。
彼女のうちの前に来て自分の服装をサイドチェックした。せいぜい襟は立ってないかとかゴミは付いてないかとかその程度の事であったが。恐る恐るインターホンを押すと声がした。
「どちら様で・・・ああ。倉石君ね」
母親が出てインターホンのカメラで確認を取ったようだ。ガチガチの中、名を名乗るとどうぞと言われたので玄関に手を掛けた。深呼吸を一度してドアを開けた。すると、玄関で美月が待っていた。
「こ、こんばんは。倉石さん。ど、どうぞ。中に入ってください」
「は、はい。では、お邪魔します」
何かぎこちない二人を見て、離れて見ていた母親が失笑していた。それから彼女に招かれて部屋に入った。思わず部屋内を見回した。
幼稚園時代に近所の女の子のうちに行って以来、女の子の部屋になど実際にはいった事はないから自然と見てしまう。掃除はキッチリ行われていて、部屋の中心に丸いテーブル。端にタンスと本棚。部屋の隅にいくつかのぬいぐるみが置いてあった。ベッドはなく、女の子の部屋にしては飾り気に乏しいような気がした。と言っても比較対象はアニメの女子キャラの部屋であるが。
「あまり見られると恥ずかしいです」
どこに視線を置けばいいか分からない光輝は部屋を見ていて美月から言われてしまった。
「あ、ごめん。初めての人のうちにいくとどうも緊張しちゃってどこに視線をやっていいのか分からなくって・・・」
「な、何か、変でしょうか?私の部屋」
「そんな事ない。ない。素敵な部屋だと思うよ」
そういわれてホッとしたようだった。
「今日は、急に呼び出してしまって本当にごめんなさい。お母さんが、倉石さんを呼んでみたらなんて言って急にダイヤルを押して、受話器を持たせたものですから・・・」
控えめな夜の美月に対してなかなか無茶な事をする母親である。だが、そのおかげでこうして会うのを実現させてくれたのだから感謝しなければならないだろう。
「そのおかげでこうして俺が来られたんだからいいお母さんじゃない。俺が迷惑でなければの話だけど」
「そんな迷惑だなんてとんでもない」
それから会話がプツリと途切れた。ここに来るまでの間、何を言おうか考えていたものの殆ど頭の中が真っ白になっていた。いくつか思い出した質問などは、このタイミングで言っていいものかとか印象が悪くなるんじゃないかとあれこれ考えているうちにさっき受話器を切る時の状態になってしまっていた。
「ヨミちゃん、部屋に入りたいから、ドアを開けてくれない?それとも取り込み中?」
美月が立ち上がってドアを開けると両手がお盆でふさがった母親がいた。そこにはジュースと市販のクッキーやスナック菓子などのお菓子が乗っていた。
「倉石君。今日はゆっくりしていってね」
「ゆっくり?でも、ご迷惑じゃないですか?」
「それは早く帰りたいっていう意味?」
「そ、そんなとんでもない」
「だったらいいじゃない。そうだ。ヨミちゃん。星の事とか話したら?好きじゃない?星の話」
「ほ、星ですか?」
もし女子が星が好きなどと言ったらいかにも自分をロマンチストに思わせたい為にそのようにしていると勘繰ってしまうものだが、夜の美月にはそのように感じられなかった。彼女の雰囲気から少しだけ神秘性を思わせるからかもしれない。
「そうなのよね。ヨミちゃん、夜しかいられないからすっごく星の事詳しいの。星博士って言うぐらい。ヨミちゃん。それとか、トランプやったら?占いなんか好きでしょ?それじゃ、お母さんはお邪魔虫だから部屋から出るね。それじゃ、倉石君、ごゆっくり」
母親は言いたい事を言って出て行った。露骨にアドバイスする母親を見てこのような場面を予想していたのだろう。実際、彼にとっては慈悲の女神というぐらいにありがたかった。ただ、自分から切り出せない奥手野郎だという事がバレたとも言える。自分としては甘受せざるを得ないところだろう。
「おばさんが言っていたけど、星に詳しいってどれぐらい知っているの?」
確かに本棚を見てみれば星座についての書籍や神話についての本が多く並んでいた。
「私は、アミちゃんが夕暮れ前に家に帰れなかったとき以外は滅多に外に出ませんから外の事を知るって言ったら星を見上げるぐらいしか出来ないんですよ。ですから、お父さんに星の本を買ってきてもらってほんのちょっと知っているだけです。お母さん、星博士だなんていっていましたけど大げさですよ。本当、ほんの少しだけです」
確かに、夜しか人格が存在できず、外にもあまり出ない環境で暮らしていれば出来る事は相当限られてくるだろう。深夜アニメを見るとか・・・彼女に限ってそれはないと思いたかった。
「例えば、今、出ている星座とか分かる?」
「一応・・・。でも、星の事なんて退屈じゃないですか?今の流行などではありませんし、アニメの話でもないですし」
ズルッとコケそうになった。美月の口からアニメという言葉がこぼれてきて体が硬直した。固まってもいられないので声を出して体を動かす。
「ま、まぁ・・・。俺、星座の事、全然分からないんだよね。昔、空を見上げながら学校の授業で星図をもらって夜に見ていたんだけどさ。友達は『あれは何々座だ』『あっちはこれこれ座』って盛り上がっていたんだけど俺、ちっとも分からなくてイライラして適当なところ置いておいたら星図が無くなっちゃってさ、後日、あげた星図を持ってきなさいって先生に言われて怒られたんだよね」
急に、美月の表情が曇った。星が好きであろう夜の美月にこのエピソードは軽率だったと後悔した。
『ヤバイ。好感度ダウンだ』
「ほ、星は嫌いですか?」
「も、勿論、星自体は好きだよ。好き。綺麗だし、空を見上げるって何かロマンチックじゃない。ただ、星座がちょっとね。ただ単に分からない俺が悪いだけ。誰か空に丁寧に線で引っ張ってくれるか矢印で表示してくれれば親切なんだけど」
「ふふふふ。面白い事を言いますね」
そんなに面白い冗談を言ったつもりではなかったが彼女が笑ってくれれば結果オーライだろう。
「今はどんな星座が見られるのかな?」
「今のこの時間でしたら、牡牛座、牡羊座、水瓶座、山羊座などが見られますね」
「あれ?牡牛座?ってこの時期じゃないでしょ?確か4月5月生まれの星座だから」
「星座の起源はギリシアですからそちらが星座の基準となっているんですよ」
「え?星ってどこの国でも同じに見えるんじゃないの?地球って一周するじゃない」
言っていて自分がいかに無知であるかひけらかしているだけのような気がした。夜の美月が学校に行っていて授業をやっていたのならため息の一つも出ているかもしれない。
「夜の場所が違いますからね。えっと・・・」
彼女は地球儀を持ってきて机の電気スタンドの光をその地球儀に当てた。普通の地球儀とは違い、やや傾いている地球儀だった。
「例えばこの電気スタンドが太陽だとして、地球は太陽の周りを周っていて、星座がここにあるとしたら今の時間であれば日本からは見えますけど南半球の国からは見えませんよね?」
地球儀の上の方に手をかざし、それを星座と例えた。
「あ、なるほど」
確かに、昔、そんな事を先生が言っていたのを思い出していた。こういう時、バカというのは非常に情けない事なのだと痛感した。彼女は学校の事は知らない為かこちらをバカにするような態度を取ることなく自然と、そして分かり易く教えてくれた。
「分かりました?」
「うんうん。凄く分かりやすい。先生よりも断然、分かりやすいよ。前聞いた時は、眠くなるだけだったもん。もっと比留間さんのような先生に恵まれていれば今頃、俺は大天才だったんじゃないかな?」
「先生・・・ですか・・・そんな事ないですよ。倉石さんがすぐ理解するからですよ」
「そうかなぁ?比留間さんの方が・・・」
「いえいえ、倉石さんの方が・・・」
お互い譲り合いで照れくさい沈黙が続く。
『何、この展開。体中が熱いなぁ~。状況を打破しないと・・・』
「それで、実際はどんな星が見えるのかな?」
「で、でしたら、ま、窓から見てみましょうか?」
机の引き出しから伸縮式のスティック刺し棒を取り出した。その先端には、小さな星型の飾りが付いていた。それを手にして、カーテンを開けて窓を開いた。雲は殆ど無く星が輝いていた。美月はスティックを伸ばして星を指した。
「えっとあの正面で大きく輝いているオリオン座が見えますよね?星が大きく輝いていて3つ並んでいるのが見えますよね?その上にあるのが牡牛座で」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。まずそのオリオン座が分からないんだけど」
最初の基準で躓いてしまっては説明できないだろうが、分からないのだから仕方ない。星座が苦手なのはこの点なのだ。分かる人にはどんどん先に進むが、分からない人は完全に、置いてけぼり。公式がある訳でもなく、もはや見ている側の感覚で異なってしまう世界である。いくら懸命に星を見ていてもみんな同じように見えてしまうのだからどうしようもなかった。
「えっとですね。こういう形状をした星の列が見えるはずなんですけど」
美月は一旦、窓から離れて紙にオリオン座の形や牡牛座などを書いた。
「これと一致する星の列が見えると思うんですが・・・」
「こっちの方角だったよね?」
美月が再びスティックを伸ばして星を指した。
「ああ!分かった!分かった!あれがオリオン座ね。で、その上にあるのが牡牛座は・・・」
やっとオリオン座が分かった。オリオン座は比較的見つけやすいものなので楽に見つかるものだが、次は牡牛座。美月が差し棒で差す方向で定めるしかなかった。だから、彼は彼女の目線に合わせようとしていた。
「え、えっとぉ~。牡牛座にはアルデバラン・・・と、言う~」
急に、美月の口調の歯切れが悪くなってきた。
「え?何?・・・ハ!?」
咄嗟に、離れた。彼は彼女に接近しすぎていた。美月の目線にあわせるために、彼女の顔から数cmの所にまで自分の頭を近づけていた。彼女の息遣いも聞こえるぐらいのところにまで接近していたが星を探す事に夢中で全然気付かなかった。
「あの、ゴメンね。本当、分からなかったもんだからさ」
「い、いえ・・・」
無言の時間が再び始まってしまった。気がついてから胸が高鳴り、心臓がバクバクと鼓動を早めているのが自分で良く分かった。彼の17年間の人生の中でこれほど女の子と顔を近づけたことがあっただろうか?幼少期にはあったような気がするが、あの時は何も意識してなかったが今回は違った。
「いやぁ・・・何か喉が渇いたな」
おばさんが出した既に冷めてしまったコーヒーを飲みながら色々と思案した。
『過失とはいえ、あんなに近付いたら怒っているよなぁ。何か戸惑っていたし』
美月のほうは俯き加減で目をキョロキョロさせていた。
「それにしても比留間さんって本当、星に詳しいんだね。今ので実感として分かった」
何とか話題を出す事が出来たと安堵した。このまま黙っているままならおばさんがまたタイミングよく入ってくるのを期待して待つか、帰るしかない。
「私は、世間知らずで外の事は星ぐらいしか見ていませんでしたから。ずっと星の事を考えていたんです。星の場所って何千何万光年も離れていますからそうしていたら宇宙ってどれだけ広いのか、私がどれだけ小さな存在なのかって・・・そのように思い馳せたらひょっとして宇宙にも飛べるんじゃないかって・・・そんな子供っぽい事を考えて」
美月が話している途中でコンコンとノックの音が響いた。
「はぁい?」
「ヨミちゃん夕飯出来たよ。倉石君も食べてく?」
「いや、それはうちでは母が用意していると思いますし」
申し訳ないと条件反射的にそのように言ってしまった。一応家では夕食を食べてくると言ってしまった。もしここで軽く断ったまま食べられないのであればコンビニで弁当でも買って食べるしかない。
「でも、食べていって欲しいな~。本当に。それでも、食べていかないで帰る?お袋の味が食べたいからって」
「わ・・・分かりました」
もはや母親の手のひらの上で踊らされていると実感していた。
夕飯はとんかつであった。正面には美月、その隣に母親という形で席に付いた。
「もっと手の込んだ物を用意したかったんだけど、今日も急に倉石さんを呼ぶ事にしたから、普通の夕飯になってしまったけどごめんなさいね」
「いえいえ・・・」
とんかつを食べてみるとあまり味がないような気がした。緊張であまり感じなかっただけなのかもしれない。父親は昨日と違っていなかったが、質問攻めをされた。主に聞かれた事は学校での事が多かった。授業では何が好きかとか学校での日中の美月の様子はどうかとか。趣味などプライベートに関する事は聞かれなかった。恐らく、配慮してくれているのだろう。
「ご馳走様でした。そろそろ自分、帰ります。時間も遅くなっていますから」
時間は食後にしては遅めで8時半。帰るにはまだ早いが、父親が帰宅するとまた帰りにくいから今ぐらいに帰りたいところだった。
「あら、そう?何なら泊まって行ってもいいのに~」
「いえいえ!とんでもない。流石にそれは」
慌てる光輝を見て母親はくすくす笑う。非常に楽しそうだ。
「もう~。お母さん!気にしないで下さいね。本当」
「う、うん」
こういうイタズラ好きっぽい所はきっと日中の美月は受け継いでいるのだろうなと思った。そうは言っても、日中の美月からそのような事を受けた事はない。ただのイメージだ。
「それじゃ今日は本当、ご馳走様でした」
挨拶をしてドアを開けようとした所で母親に呼び止められた。
「ちょっと待って」
「え?何でしょうか?」
「ほら・・・」
母親が美月の肘辺りを軽く小突いて何かを促した。
「あ、あの!また今度、遊びに来てくださいね」
「だって。あなたは今度いつ来れる?」
「そ、そうですね。ここ最近は特に予定は無いですけど」
「そうなの?良かったじゃない。みっちゃん。明日も来てくれるって」
「あ、明日?」
「そう。ヨミちゃんは明日も特に予定があるわけではないしあなたは今、予定は無いって言っていたから。もしかして来たくない理由でもあるの?」
「いや!いや!いや!いや!いや!いや!いや!いや!いや!それは続けて行ったらご迷惑ではないかと」
手を高速で動かし、否定した。
「じゃ、いいじゃない。うちは全然困らないし、もし困る日であれば事前に言うから」
「は、はぁ・・・」
パッと表情が華やぐ美月。明日来るように約束をして、美月の家を後にした。
「ああぁぁぁ。疲れたぁぁぁぁぁ・・・」
息もつかせぬ緊張の連続。彼にとっては苦手な長距離走よりも疲れた気がした。だが、奇妙なぐらいに嬉しい感覚に気付いていた。
「これがまさか恋って奴かぁ?本当にそうなのか?」
恋というのは過去に数回してきた。だが、それは遠くから見ているだけの片思いにしか過ぎなかった。今は違った。会って話を出来るほどだ。この高揚感はかつてないものだった。あふれ出る感情を否定しつつ、家に帰った。疲れていると実感しながらも足取りは軽かった。



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