ぺんぺん草

うたごころ*こども・・・語りつむぐことなど

牛乳パックのリユース

2009-09-22 22:58:54 | 随想
9月22日
ものづくりは上手ではないのですが、好きな方です。でき上がった時の快感がまた作ろうと思わせてくれます。

写真の「物入れ」は牛乳パックを再利用したものです。7cm×6cm×8cmの箱が一本のパックから2個作れます。上部は巾着袋のように紐で結んであります。

表面に包装紙を糊で張ってあるものを見本にしていますが、少し上品な出来上がりにするために、布をボンドで貼ってみました。布はお気に入りのハギレの箱から選び、紐もありあわせですが、なるべく色の似合うものをさがします。

ハギレの箱は、子どもの頃から手元にありました。今のように既成服のなかった時代でしたから、母が作ってくれた洋服の残り布や、布屋さんの店頭のハギレを買ったもの、和服の残り生地などが入っていました。時々取り出して眺めてはまたしまってそんなことが楽しい子ども時代でした。

学校で使う三角定規や30センチの物差し、分度器の袋をせっせと作ったりもしていました。当時はゴム手まりがあって、廊下などで毬つきをするのがおんなの子の遊びでしたが、毬の袋は毛糸で鎖編みをして作り、ランドセルの横にぶら下げて学校へ通ったものでした。袋編みという編み方で、物差しの袋を編んだことも思い出されます。上靴の入れ物、給食袋、ナプキンも手づくりでした。

リサイクルで色々と教えてくれる講座があります。でもなんとなく、家でも作ろうと思うものは少ないのです。何故かなぁ?ずっと使用するには壊れやすかったり、やぼったい感じがするのか、世界にこれ一つしかないという喜びが伴わないからかな・・・。

今日の出来ばえはどうでしょうか。布に思い出があるから自分としては満足なのですが、カッターナイフがまっすぐ動かず箱の底が歪んだりするのが、私の不得手な部分です。きれいな飴や、小粒のあられや、手づくりのクッキーをこの箱に入れてどなたかにプレゼントするのも良いかと思っています。ささやかなエコの時間を過ごした祝日でした。

環境問題と企業の取り組みについて

2009-09-19 23:25:22 | 随想
9月19日
気持の良い秋晴れの土曜日。世間はシルバーウイークの始まりで、街は車の列が長く続いていました。自転車に乗って今日は淡海生涯カレッジに行きました。旧草津川の堤防がどんどん取り崩されて、K高校の前の工事も進んでいるところでした。川床は車の走る道路に変わります。かっての堤防は高い遊歩道となっています。川の周辺の環境は変わり、生き物たちは姿を消してしまうことでしょう。便利な生活道路を走る車の量は増える一方です。

先週は欠席しましたが、十善寺川に入って生物を観察したそうです。今日は最新技術を駆使して造られる物や、環境を意識した企業の例をいくつか学びました。省エネルギー、CO2削減、産業廃棄物削減、再生産、再生材、その取り組みの成果がグラフで表されていました。

植物系素材プラスチックの話は興味を引きました。ノートパソコンのボディに使用されていますが、土に埋めると土に戻っていく「ポリ乳酸」を素材として、燃えにくく、硬く、熱に強いものが開発されました。炭酸ガスの排出量は15%削減されるそうです。生分解する繊維の釣り糸や浄水用のカートリッジ、セルロースのスポンジなども造られています。

生分解する(土に戻る)プラスチックで出来たスプーンをいただいて帰りました。土に埋めてどれくらいで無くなるのでしょうか?生きてるうちに見られるのかしら?そんな声を聞きつけて先生は穏やかな笑顔を見せていました。なんとか一年くらいで分解されるそうです。軽くて使いやすいスプーンが価格と折り合いがつけば、製品として市場に出回ることでしょう。インターネットで買うことができると教えてもらいました。

高校の化学の授業も私たちの頃からすれば、とても高度になっているようです。板書されたことをノートしながら、今さらながら、もっと勉強しておけばよかったのにと過ぎ去った月日が惜しまれるのでした。実験では、廃油からろうそくを作りました。きれいな金色のゼリーのようで、早速、マッチで灯を点しました。災害時のろうそくというよりは、ゆっとりと明かりを楽しむ方が似合っている手づくりろうそくです。充実した講義だったと思います。

漢詩 「涼州詞」 王翰作

2009-09-18 22:28:30 | 随想
9月18日
昨夜の電話で、H市の母を迎えに行くことになっていたので、朝からバタバタと用事をすませました。ところが車を走らせ行ってみると、そんなこと忘れた・・・ですって。兄によると、母が3合のご飯を炊いてくれたけど、実にやわらかで、苦心してやっと食べ終えたそうです。水加減を相当たっぷりしたんだなぁ・・・。まぁ、顔色もいいし、だんだん明るく話しにのってくるので、体調の心配はなく、認知症でもないからと、お土産の美味しいパンをテーブルに置いてとんぼ帰りをしてきました。やれやれ、少し疲れ気味です。

夜には詩吟の練習があり、疲れている日はすぐに発声に出るので、今日はどうなることやらと思いつつ教室へ。いつもの人が4人も欠席でした。たっぷりシゴけると先生はニンマリ。しごかれる生徒たちは顔を見合わせ戸惑いの表情に。

発声の基本を一人づつ丁寧に教えていただきました。母音に返ることが課題です。子音を出した後すぐに母音を響かせて抑揚をつけ、詩心の感じを表現することを大切にしています。響く音を出すにはともかく腹筋を強く動かすことです。良い音の時には自分でも腹筋を懸命に使っていることが理解できました。

「涼州詞」は辺境の地でいくさに出ている兵士のつぶやきのような詩です。生きて帰れるかもわからない戦場で、時には美味しい酒や琵琶の美しい音色に酔ってもどうか笑わないでくださいという意味の漢詩です。年齢別のコンクールが11月に行なわれます。この詩を吟じることに決めました。どの国でもどの時代でも、戦士の命は儚く、心はせつなく震えています。

吟じる機会が増えました。披露宴で知人の尺八の生伴奏と共におめでたい詩を。もう一つは地域の文化祭でやってみないかと声がかかっています。詩吟なんて初めてというご近所さんの耳をけがさないように出来るかしら。でも詩吟へのお誘いには良いチャンスです。漢詩を楽しんだり、大きな声を出すことのさわやかさを味わってほしいと思っています。詩吟を知ってから、もう6年になる私です。いえいえ、たった6年と言ったほうが相応しいのでしょうね。練習あるのみ。

シネマ「いけちゃんとぼく」

2009-09-17 14:38:57 | 随想
9月17日
秋らしい日は心に栄養を!
大津シネマで「いけちゃんとぼく」を見てきました。
お昼の時間帯で観客は6人。みんな仲間なんだね・・・。「おとな」になることってどういう事?、自分はいつからおとなになったのだろう・・・そんなことをゆっくり考えながら見ていました。解説などを読まないほうがじっくり味わえる気がします。

早くおとなにならなければならない子ども、我が子がおとなになったのに気づく母、好きになった人のこどもの頃ってどんなだったのだろう・・・。野球はすばらしい!。とにかく映画に間に合わない時は原作の絵本をどうぞ。

こどもにはおとなの入り込めない空間がなくてはならないし、そこからこどもたちは多くのものを手にし、心も育てていく。

小さな虫たちの命を奪う残酷な遊びも経験して、理不尽なおとなに出会って、ステキなともだちをつくって、一所懸命に過ごせるこども時代は、実はとても短かいものだったと気づく。

あなたはどんなこどもでしたか? とりとめのない文になりましたがオススメの作品です。急に声をかけられ同行してくれた夫からは、「予期せず、楽しめた」との感想をいただきました。

雨を待ちわびて

2009-09-15 23:03:43 | 随想
9月15日のち
雨が久しぶりに降りました。畑の土の塊りはすっかりやわらかくなり、簡単に指で崩れていきました。タマネギ用に用意した畝の固かった土をほぐし終ると、きれいな畝になりました。何も生えていない布団のようなしっとりした土は種が置かれるのを待っています。雨のお陰で土と語る時間が過ごせました。

チンゲンサイの苗を分けていただき、湿り気のある土に植えました。大根の間引き菜を竹籠に摘んでいると、「懐かしい物を持ってるのね」と声がかかりました。以前、草木染をしていた頃の道具のなごりです。畑に今年も藍だけは育ったのですが、染める時を失ったため、もう白い花の穂が上がっています。

白い穂といえば、紫蘇の花も咲き始めました。これは実になると毎年佃煮にします。保存ができておにぎりにいれたり、炊きたてのごはんにのせて食べます。香りもほんのり残り口に入れるとなつかしい味が広がります。

久しぶりに母に電話をすると、息をはずませていました。お向かいの人と話していて、電話の音で急いで家に戻ってきたせいでした。体調がいいのか毎日近くのお稲荷さんと、地蔵さんの祠にお参りしているそうです。夫がいなくなって1年半、母の喪失疾患もようやく癒えてきたのかもしれません。

「今は夏かな?」と言って兄を驚かせたとも話していました。「もう9月よ。今日は15日だから」と言うと、「そうか、今は秋か。またお正月が来るのか。月日のたつのは早いなぁ」となんとものんきな会話となりました。6月に嫁いだ我が娘の披露宴の招待状が届いたよとも言っていました。時々はトンチンカンな人になりますが、忘れたり、思い直したりしながら、どうやら歳相応の日々を過ごしています。披露宴の出席も大丈夫そうです。ほっと安心した一日でした。

夕食の間引き菜のおひたしは、緑鮮やかに仕上がりました。ささやかな中にある充足感を楽しんで、秋の畑づくりに励みましょう。


ダウン症のこどもたち

2009-09-14 23:05:39 | 子育て
9月14日
雲の形も秋、空の青さも秋、畑も秋、身ほとりの秋を楽しみたいと思う一日でした。畑も大急ぎで、夏野菜の後片付けをし、土を返し肥料と腐葉土や籾がらを入れ今はもう大根の芽が出ています。黒い土と緑の双葉のコントラストがきれいな時期なのです。今年はニンジンに挑戦します。時無しニンジンが作りやすいとあり、15センチほどの丸っこいニンジンが収穫できるそうです。種をきれいに筋撒きし、かすかに芽がのぞいています。ホウレンソウも芽が出始めました。

あちこちに蝶々が飛び交い、そのうちにアオムシを退治する作業がやってきます。手でつかめない人はお箸を使いましょうとテレビ「野菜の時間」が伝えていました。薬剤を使用しないで無事に育てるには、見つけたら捕ること。コンパニオン野菜の利用もやろうと思います。夕方の畑はいつもの顔ぶれが集まって話が弾みます。そしてお互いに温かな気持ちを抱いて夕餉の支度に帰っていくのです。

土曜日(12日)に久しぶりに「はな・はな」の皆と託児の仕事をしました。今年まちづくり事業に応募され、市の支援を受けることになった団体のお手伝いです。ダウン症の子どもを持つ親たちの集まりで、情報交換や講演会をされるため、その時に子どもたちの託児が必要となります。0歳から2歳までの子どもたち16人ほどが初めてお母さんから2時間も離れる経験をしました。さっとお昼ねしてくれた子、2時間ずっと抱かれてすごした子、おもちゃで遊べる子、おふとんに下ろすと目をさまして泣く子、ボランティアはみんな全力で対応です。

今は幼くて、どの子も健常児と変わりありません。お母さんの顔を見てほっとするのも、知らない人に抱かれてずっとがまんしていた様子も。もう少し大きくなった時から始まる両親たちの心配や、抱える問題について、この日は熱心に話し合われたようです。一人で悩まないで、同じ思いを分かち合う若い人たちの集まりがあり、真剣に歩まれる活動の支援に、2時間という短い時間でしたが参加できてよかったと思います。「はな・はな」の子育て支援はこれからもまだまだ続きます。かわいいしぐさで「さよなら」と手を振ってくれ、一番最後にお母さんに抱かれて帰っていった子の笑顔が今も浮かんできます。

この秋から、政治は変わります。どうなるのか不確かではありますが、国民の声を聞く姿勢だけはつらぬいてほしいと思います。自分の選んだ人がどのような活動をするのか見守ることが大切です。希望学を研究する時代とか、この日出会った子どもたちや、親たちの希望をつむぐ社会であってほしいと願います。

一カ月振りです

2009-09-13 14:52:25 | 短歌
9月13日
秋になりましたね。お久しぶりです。母との日々は一日がどんどん流れていくようで、夜は一緒に眠りに入ることが多く、自分のための時間は失われます。それが大変とかいうのではなく、母とこの歳まで一緒にいられることは嬉しいことなので、心地よい毎日なのです。ブログをお休みしながら、書ける時がそのうちにやって来ると思っていました。一カ月も間が空きましたが、またぺんぺん草をのぞいてやってくださいね。

 秋は来ぬ母の散歩のおみやげの野菊二輪が卓に置かれて

 千草生ゆ母の散歩の道やさし秋を告げくる野菊もありて

 夕焼けの大好きな母伴へば比叡にゆったり陽はかくれゆく

今年も県の文学祭短歌部門に参加しました。母が新聞社の取材を受けたことを短歌にしました。連作だと理解しやすいけれど、一首づつ読むとどうかな?と思われます。その短歌はまた次ぎに記します。

今はH市に母は戻り、私の時間は充実?してきました。健康志向のフィットネスもしばらく休んでいたのに、体重2キロ減、ウェスト2センチ減、おまけに筋肉量が僅かながら増えていました。母のおかゆ食に付き合っていたからでしょうか。インストラクターの若い方たちに優しく声かけしてもらって続けています。そうそう秋に着たいスーツがありましたが、試すとなんとか着られたのです。

生涯カレッジも土曜日ごとに参加しています。顕微鏡での観察や、AEDの使用体験など多彩な内容も面白く、参加者たちの顔も少しづつ覚えました。高校生との交流もありました。いよいよ10月から滋賀大での講義とグループ研究が始まります。

草津コミュニティ支援センターのことはしばらく記していませんでしたが、存続の危機が問われているとか。ボランティアの人たちの力で10年が過ぎ、10年史を発行したばかりです。B氏からは発行の資金はどうしたのという言葉をもらい、心にかけて下さっていたことを知りました。

市長が丁度時間が空いていて会ってくださるというので、10年史を持参しました。何か言いたいことはありませんか?と問いかけていただき、センターの目的を果たすには人材が必要ですと答えました。他市と比較すれば少額と思われる市からの支援で10年間がんばってきたこと、ボランティアだけで運営してきたことはすごいことだと考えています。

まちづくりを市民が行うための支援をする場となるはずだった当センターですが、今の市長になってはじめて直接的な話しができるようになった気がしています。形だけ、外向けのかっこよさですましていた行政側の人たちには、現市長から出る指摘は重たく感じられているのかもしれません。市長と直接出会ったことへの非難のまなざしを市関係者から受けながら、官僚的になっていくかっての仲間の変貌を思っています。市民であることと、職員であることの間に何が存在するのか・・・秋の思索のひとつとしましょうか。

9月の短歌を記します。

 一歩づつ比良の山並み引き寄する琵琶湖に続くひとすじの道

 白鷺のすっくと立ちて動かざり夕焼け雲を映す川辺に

 しらさぎの動かざるさま見るわれも動かざる身となりゆく夕べ

 川の面は夕暮れ色に 今すこし白鷺と佇つ 理由(わけ)のなけれど