ロサンゼルスで、着物暮らし

太陽燦燦のロサンゼルス近郊で接する和なあれこれ。
LAに帰って来ました。肌寒い日が続いています。

夏の茶会

2006年07月23日 | ろ・しゃ
前日の夜中にシカゴから帰り、着物の準備をして、六時起きでお茶会のお手伝いです。猛暑のロサンゼルスとはいえ、ビルの中なので安心しておましたら、前日に小火が出たとかで殆どエアーコンディショナーが効かない状態で参りました。
お茶会の手伝いなので絽の色無地といただいた流水に車紋の涼しげな帯です。とても軽くて締めやすく、お太鼓を作るのも本当に楽。6月のお手伝いの時と同じ組み合わせなので、せめて小物だけでもと思い、これも先生にいただいた白い帯揚に曙色の帯締を合わせましたら、色のメリハリが利きました。帯締一本、細くても効果歴然です。

Japanese Kimono Modern

2006年07月17日 | そのた
ロサンゼルスで着物制作をされている方の個展に伺いました。会場はKALDI という小じゃれたカフェで、壁面のコルクボードに着物と帯がそれぞれ4セット展示されています。カフェの家具がアンティークっぽいのと相まって、独特の雰囲気。
長めの袖の黒地の着物の袖から、真っ赤な長じゅばんが顔を出していて、目を引きます。しかもその襦袢には赤いビーズと垂れ下がるシルバーオーナメント。色合わせからもパーティや観劇などでさぞ目立つことだろう、と思いました。

日本で染めてもらったオリジナルてぬぐいやヘアピンなどの小物も置いてあり、私は胡桃釦をつけたピンを分けていただきました。どちらかというと、洋服の時に重宝しそうです。
作者の女性yukiさんには残念ながらお目にかかれませんでしたが、ホームページやブログによると、お母さまが日舞のお師匠さんでいらっしゃるという環境ゆえに、幼い頃から着物に親しんでいらした由。何となく華やかなのはその影響でしょうか。
着物がディスプレイされているとアメリカ人のお客様にも評判いいですよ、とカフェのオーナーRiさんがおっしゃっていました。

N.Y.の結婚式に出席

2006年07月15日 | ろ・しゃ
N.Y.での従弟の結婚式&レセプションに参列しました。写真は、挙式会場であるハドソンリバー近くのThe Riverside Churchにて撮ってもらったもの。
M伯母から譲られた絽の訪問着は、袖丈を直してから、ようやく袖を通すことができ、大変嬉しいことでした。白地に描かれている草花について、かつて、あるところで花の名前を聞きますと、「何やろうね~、百花ということにしとかはったらどうでしょう」と言われました。何かご存知の方がいらっしゃいましたら、是非教えてくださいませ。
ところで、まず、一緒に写っている従姉と待ち合わせしたのが、ハーレムでした。私がそこを訪ねるのは、学生時代に地下鉄を乗り間違えて135丁目に行って以来です。ちょっとドキドキしながらタクシーで出かけました。着物姿の人間を見るのが初めての大人や子供からの食い入るような視線を感じつつ、指定のカフェに入ると、ストリートと同じような好奇の目とともに、キャッシャーの方からは一目置いた対応をされ、厨房から出てきた男性に「それ‘キモノ’っていうのでしょう」と理解のある発言をいただいたり。もちろん、アジアのどこかとしか認識されない方もいらっしゃいますけれど、翻って、自分がアジアやアラブのそれぞれの民族衣装を詳細に判断できないことを考えると、ある種奇跡のように思え、とてもありがたかったです。
そそっかしい私は、案の定忘れ物をしたために、曲がりなりにも納得できる着姿とはいえませんでしたが、式の参列者の中でただ一人の着物着用者であり、やはり着てよかった、という気持ちになりました。

ありがたい夫たちの手助け

2006年07月04日 | そのた
独立記念日BBQに呼んでくださったYoさん宅に、ここぞとばかりに早めに集まらせていただき、三たびの着物会を開催しました。
きっかけは少し前にAさんに着物が届けられたこと。Aさんも日本では親御さんに着付けてもらっていたそうで、自分で着るのは初めて組です。やはり、帯の後ろの部分に難儀されていたので、別室でワールドカップのドイツ対ウクライナ戦を観ていたご主人に助けを求めました。今時の青年ながら、地元のお祭り時はご祖母さまに着流しを着せてもらっていたというだけあって、なかなか筋がよく一安心。Yuさんもハーフタイムを見計らってご主人に来てもらい、こちらも心得てくださったよう。協力的な夫たちをそれぞれ「うちの男衆(おとこし)」と冗談交じりに呼び、大変感謝しております。
基本は自分で着るけれど、特に慣れないうちは帯の後ろの部分を少しだけでも助けてもらえると本当にありがたいもの。わが夫も私好みのお太鼓チェックなど、プロ級です。

一年前の結婚披露宴

2006年06月26日 | あわせ
下鴨神社で挙式し披露の小宴を催したちょうど一年前は、ありがたいことに空は晴れ渡り、そして温度計の目盛が体温に迫る34℃という暑い暑い日でした。重要文化財 葵殿での挙式の後に、これも重要文化財 供御所での披露宴では皆さまに祝福された本当に佳い日、良い思い出です。
白無垢は袷で、身の丈に合わせて小さめの鶴が飛んでいる地紋のものを選びました。花嫁衣裳に単衣はないのかもしれませんね。綿帽子だけは季節柄を考えて見た目だけでも涼しく、と紗のような生地にこれも鶴。少し透き通っていますでしょう。お色直しは、下鴨神社にぴったりのものでっせ、と貸衣装屋さんが握りこぶしを作った色打掛。思いのほか衣装も鬘も目方がありましたが、最後は脱ぎたくない~、もうちょっと~、と一生着ていたい気持ちでした。夫の紋付羽織姿もなかなかのもので、本当に良い記念になりました。

会場も会場だけにお着物が多く、参列いただいた方々をご覧になった夫の親戚から、今日びなかなかここまでのお着物振りをみることはありません、さすが京都ですね、というお言葉をいただくほどでした。新婦側の主賓をお願いしたお茶とお華の師匠は単衣の色留袖、さくら子ちゃん姉妹も揃って単衣の付下色無地で格調高く、それからkanaちゃんもEgちゃんも、とお着物率の高いこと。先日の一時帰国の折にこれも参列くださったIさんと話していましたら、何とこの披露宴のために単衣の訪問着を誂えてくださったのだとか。丹後のいいとこの出でいらっしゃいますから、もちろん既にお持ちのところ、それは若いのをこれから着られるものを作られたと聞いて、さすが~、でございました。
この場を借りて、結婚式に先駆けて親しい友だちと祝っていただいた夕に、サプライズで着せてもらったウェディングドレス姿も初披露させていただこうと思います。さくら子ちゃんの友人さっちゃん作のウェディングドレス一式に友だちが急遽ヘアメイクをしてくれて、皆で祝ってくれたことも本当に嬉しいことでした。

婚礼からもう一年も経ったのかとも、まだ一年しか経っていないのかとも思えますが、改めて、夫婦仲良く暮らしていこうと思います。

一足お先に絽の色無地

2006年06月18日 | ろ・しゃ
アメリカ人女性お二人の茶名披露茶会での手伝いに、色無地を着てまいりました。本来ならば、6月はまだ単衣の季節でロサンゼルスでもそれは同様なのですが、真夏並みの暑い日々が続いていることもあり、了解を得て袖を通しました。単衣の色無地をスーツケースに入れ忘れたことから始まった一連の騒動の結果、いろいろと深く悔やむことがありつつも、先生からお借りしたとても締めやすい絽の袋帯に若葉色のような帯揚、撫子色に似た帯締を合わせてみました。Tea Houseのテラスで日陰目の一葉です。
お席には単衣の方もいらっしゃれば、絽をお召しの方もいらっしゃり、さまざま。日本人のお客さま、お手伝いの方々はもちろんのこと、主役のお二人含めアメリカ人の三分の一ほどの方たちも皆さんきちんと夏着物をお召しになって壮観でした。男性も紋付の絽、持っていらっしゃることからして驚きでした。
独特の衣装ということでいうと、隣町からいらしたという仏僧たちは緋とも深緋ともつかぬ僧衣をまとっておられました。ネパール系の方々かと推測しておりましたら、随分お年を召した高僧らしき方から、腰につけていた朱のふくさについて、「この色は私たちの色ですよ」とお声掛けいただきました。時間の余裕もなく、あまりお話を伺えなかったことが、心残りです。またの機会がありましたら是非レポートいたします。

浴衣で花月の稽古

2006年06月15日 | ひとえ
今月の花月は皆さん浴衣をお召しになると聞きましたので、ほぼ二年ぶりに袖を通しました。7-8年前に呉服屋さんに勤めるEちゃんに浴衣が欲しいとお願いした品。帯は、学生の頃、ゑり善さんにて求めたものでしょうか。以前はからし色のような帯でよしとしていたのが、今回はこれくらいの色を効かせないと~、と思っている自分。ロサンゼルスに来てから、何となく色に対する感覚が変わったような気がします。
この浴衣を選ぶとき、一緒に持ってきてくれた反物に確か麻のものがありました。長じゅばんを着て半襟・足袋を合わせることができるというもので、当時の私にとっては随分大人っぽく思えましたし、お値段もそれなりでしたので、最初に持っていた浴衣のイメージに近い反物を仕立ててもらったのです。しかし、その後、何度となく選ばなかった反物のことも頭に浮かんだものです。akeさまにも勉強させていただきました、昼着にもなるという竺仙さんの絹紅梅などにも憧れを抱きます。

塩沢でちょっとそこまで

2006年06月12日 | ひとえ
京都滞在の実質的最後の日に、ちょっと買い物の町歩きということで、これもJ祖母からの塩沢と母の臙脂八寸名古屋帯で出かけました。akeさまのところで、塩沢と言っても塩沢紬とお召しの一種である本塩沢がある、と紹介されていましたが、これは明らかに織物ですので塩沢紬ということになるのでしょうね。
ちょっと遊びのある帯締はMi伯母からのもの。デジタルカメラが苦手な母にお願いして、頑張って撮ってもらいました。

黒地の着物を帯で若々しく

2006年06月11日 | ひとえ
友人Maちゃん&Shiちゃん夫妻の長男Yuくんに初御目文字しました。四月下旬に産まれたばかりで首もすわっていない新生児を抱くのは久しぶり、その柔らかさにドキドキしました。着物を着て抱っこするのは何だかばあやの気分です。Yuちゃん、元気に大きくなるんですよ。
このJ祖母からの黒い織の着物は、織とはいっても手触りがとても柔らかく着心地も楽。若々しくなるよう母の娘時代の帯と帯締を、合わせてみました。立ち姿は重森三玲邸庭園の茶室から枯山水庭園をのぞんで、I嬢に撮ってもらった写真です。


久しぶりの柔らかもの

2006年06月10日 | ひとえ
若草色に萌黄色のぼかしが入った菊花地紋の単衣を着て、下鴨神社蛍火の茶会へ参りました。久しぶりに袖を通す柔らかもの、文字どおり本当に柔らかく感じられ、うまいこといったものだなあ、と思います。白地に橙色で花を表した帯、帯揚はかつて妹弟と母に差し上げたものを借り、帯締は午前中にいらした知り合いの呉服屋さんに分けていただいたものを早速使ってみました。

追記:境内を歩く人の中には、みどり会の方でしょうか、一見して外国の方と知れる着物姿もありました。同行のアメリカから出張中のKiに、もし着物を着たければいつでもどうぞ、と言ったらば、彼女からの回答は、それは自分のするべきことでないように思う、とのことで少し驚きました。日本人だって、大体においては今や西洋様式の洋服を着ているわよ、とも言ってみましたが、意見は変わることなく、帰って夫に話しますと一年前の披露宴参列のときにも同様の問答がなされたのだとか。先日、L.A.でアンティークの帳場箪笥を手に入れたほどの親日派の彼女、その独特の感性を興味深く思いました。先日のゑり善さんでは、ぴしっと隙ない着こなしで来店していた格好良い外国の方も拝見しましたし、いろいろな考えがあるなあ、と思ったことでした。