デンマーク・ハーフキッズ

デンマークについての情報やニュースを紹介、またデンマーク人と日本人のハーフの子供たちの子育て日記。

シェランズオッズへの日帰り旅行 【グニベン Gniben】

2008-09-13 07:08:07 | デンマークのあちこち
 動物園をあとにして、国道21号線(というのかな?)を30キロほどでしょうか、北上します。キャンプ場を抜けると道が2つに分かれており、一方はハウネブンHavnebyne、そしてもう一方がグニベンへと続いています。ハウネブンはそこからユラン半島へ渡る船が出る港です。ここから車ごと船に乗ると、オーフスやエーベルトフトに行けます。

          

 シェランズオッズとはシェラン岬という意味で、グニベンは岬の先頭。グニベンに続く道は、だんだんと両側が細くなり、向こう側の景色がなくなり、先端に行っていることを体感でき、ちょっと面白く思いました。先端の駐車場で車を停め、岬に降りていきます。

          

 1807年9月2日、イギリス軍がコペンハーゲンを砲撃し、コペンハーゲンにあるすべての軍艦をイギリスへの引渡しを要求、デンマークはそれに応じた際、たまたまコペンハーゲンを離れた2隻がそれを逃れました。そのうちの1隻「プリンス・クリスチャン号」がここ、シェランズオッズに停泊しており、何隻かのイギリス軍艦との英雄的な戦いのもと(とデンマークでは言われている)、翌年、破壊されてしまったのだそうです。ここでデンマークの英雄のひとり、ウィレモスも亡くなったそうです。

 ここは細く長い岬という地形のため、確かに海からの上陸を防ぐための砦になります。もちろんすべての岸は大切でしょうけれど、この岬の反対側には現在でもよい港があるので、それだけ船を停めやすいのだと思います。こういう地理的な見方をたまたまある先生に授業で教えていただいており、私も地形とそこからいろいろと関連してくることに興味を持ち始め、今回シェランズオッズに実際来てみたかったのでした。

 さて、海に向かって降りていくと、左側を見るとちょっと落ちそうで恐い感じがしました。そして右側を見ると、まさにデンマークの先端の軍事的に大切な位置であることを感じさせるような、ミサイルや大砲などが並んでいます。高い鉄柱が立ち、レーダーが設置されています。こういったものに詳しくなくて、どれがどういうものかあまり説明できないのですが、海からの来たるべき敵に向かい、同方向にそれらの大砲が向けられている様は、なんともいえない脅威を感じました。多分、日本ではこうした光景を見ることがないからでしょう。武装することが憲法で認められていない国と、武装するのが当たり前の国との違いを感じ、武装することの重みをも感じました。落ちそうな左側も恐いけど、右側もまた違った意味での恐さが・・・。今回このような軍事施設をしばしばデンマークで見かけ、そのたびになんだかドキッとし、世界の現実を思い出していました。

          

          

 岸は石がごろごろしており、子ども達はさっそく海の生物探し。他にも観光客はまばらで、戦いがあったなんて想像もできないほど静かな海でした。 

          
          子ども達が見つけた小さなヒトデ。生きているヒトデを初めて見た私です。
          最初、タコかと思ってしまいました。
 


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3 コメント

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Unknown (春の風)
2008-09-19 10:05:21
こんにちわ。

 Blogから発信されていますデンマークの風景を眺めていますと19世紀のアンデルセン童話の世界が浮かび上がってきます。
 例えば、ユトランド半島の写真は、デンマーク国土の形成プロセスを思い出させてくれます。
アンデルセン童話:132話『名親の絵本』から、
「海面の下に大きな砂州があって、…」は、紀元前12000年頃デンマーク全域を覆っていた氷河が地球温暖化のため北半球の氷河が後退し海面が上昇し、デンマークはユトランド半島と多数の島々に分かれることになった風景を描いている。
デンマークの土壌は、スカンディナヴィアやバルト海地域を覆っていた氷河の堆積物から成っている。
北部及び西部ユトランドは砂礫層が覆っており、土地は痩せていて人口は肥沃な東部ユトランドや島嶼部に比べて少ない。より深い地層は様々な粘土層、石灰岩、燧石(すいせき)から成っている。
 そして、
 湾岸に装備されています軍事施設の写真からは、
「敵はコペンハーゲンにせまりました。
町は炎に包まれて赤々と燃え、我々は艦隊を失いましたが…」と『名親の絵本』に描かれています。
Mr.Lorenz Frolichさんが『名親の絵本』の挿絵に描いている風景
 1807年英国艦隊の砲撃を受けてコペンハーゲンの都市は壊滅し、デンマーク海軍の戦艦は全て英国に捕獲された風景を描いている光景が浮かびます。
挿絵には、馬に騎乗した英国女王の戦士姿と、鎖に捕獲された白鳥、つまり、デンマークの戦艦が描かれています。
 貴女のBlogから、デンマークの風景や風土が走馬灯のように浮かんできます。
 ありがとうございます。
 お礼申し上げます。
 ひとつ質問があります。
『名親の絵本』の挿絵には、地獄の馬が描かれています。地獄の馬とは、新聞に掲載された「訃報の記事」を意味しますが、私には挿絵の馬が、何故三本足なのかは不明なのです。
 もし、三本足の理由がお解りでしたら教えて下さい。
 最後に、
 コペンハーゲンとは、『商い+港湾』と云う意味と聞きましたが、本当ですか?

                  春の風
返信する
Unknown (春の風)
2008-09-19 10:05:29
こんにちわ。

 Blogから発信されていますデンマークの風景を眺めていますと19世紀のアンデルセン童話の世界が浮かび上がってきます。
 例えば、ユトランド半島の写真は、デンマーク国土の形成プロセスを思い出させてくれます。
アンデルセン童話:132話『名親の絵本』から、
「海面の下に大きな砂州があって、…」は、紀元前12000年頃デンマーク全域を覆っていた氷河が地球温暖化のため北半球の氷河が後退し海面が上昇し、デンマークはユトランド半島と多数の島々に分かれることになった風景を描いている。
デンマークの土壌は、スカンディナヴィアやバルト海地域を覆っていた氷河の堆積物から成っている。
北部及び西部ユトランドは砂礫層が覆っており、土地は痩せていて人口は肥沃な東部ユトランドや島嶼部に比べて少ない。より深い地層は様々な粘土層、石灰岩、燧石(すいせき)から成っている。
 そして、
 湾岸に装備されています軍事施設の写真からは、
「敵はコペンハーゲンにせまりました。
町は炎に包まれて赤々と燃え、我々は艦隊を失いましたが…」と『名親の絵本』に描かれています。
Mr.Lorenz Frolichさんが『名親の絵本』の挿絵に描いている風景
 1807年英国艦隊の砲撃を受けてコペンハーゲンの都市は壊滅し、デンマーク海軍の戦艦は全て英国に捕獲された風景を描いている光景が浮かびます。
挿絵には、馬に騎乗した英国女王の戦士姿と、鎖に捕獲された白鳥、つまり、デンマークの戦艦が描かれています。
 貴女のBlogから、デンマークの風景や風土が走馬灯のように浮かんできます。
 ありがとうございます。
 お礼申し上げます。
 ひとつ質問があります。
『名親の絵本』の挿絵には、地獄の馬が描かれています。地獄の馬とは、新聞に掲載された「訃報の記事」を意味しますが、私には挿絵の馬が、何故三本足なのかは不明なのです。
 もし、三本足の理由がお解りでしたら教えて下さい。
 最後に、
 コペンハーゲンとは、『商い+港湾』と云う意味と聞きましたが、本当ですか?

                  春の風
返信する
Unknown (halfkids)
2008-09-20 06:21:07
春の風さん、

書いている私よりも春の風さんのほうが造詣が深くて、恐縮です。
何にしてもデンマークは地理的要素からの影響が大きいと思いますので(もちろんどこの国もそうなのですが)、その地形の成り立ちのご説明、とても重要だと思いました。
私の体験記的なブログから、いろいろと読み取ってくださって、ありがとうございました。

ご質問の馬の足についてはわかりかねますが、コペンハーゲンの意味はその通りの意味です。
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