村上春樹を英語で読む

なぜ、こう訳されているのかを考える。

「小説の語り手が書けること」の日英比較(213)

2016-10-22 10:25:28 | 村上春樹を英語で読む
『1Q84』に次のような箇所がある。下はその最後の文の英訳である。

そんな写真を目にするのはもちろん初めてだった。家族写真と呼べるものを天吾は未だかつて目にしたことがなかった。幼いときの自分の写真を見たこともない。生活が苦しくカメラを持つ余裕なんかなかったし、わざわざ家族の写真を撮るような機会もなかったと父親は説明した。そういうものなのだろうと天吾も思っていた。でもそれは嘘だった。
But now he knew it was a lie.

英文を和訳すると「でもそれは嘘だと彼はわかっていた」となり、原文にないhe knewが追加されている。
 原文では、形式上、小説の語り手が「嘘だった」と思っていることになるが、「嘘だった」は天吾の判断なので、英訳ではhe knewが追加されている。