小説『雪花』全章

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小説『雪花』第七章-3節

2017-08-20 12:34:42 | Weblog
      
     三

  山に頂き立った。凡雪の視界に平屋の民家が連なって現れて映った。新たな境地に立った心地となった凡雪は、急に胸がドキドキしてきた。いつしか緊張感が湧き起こっていた。
 杜は、洟を軽く啜って「ほら、着いたよ!」と指で、前の真中の平屋を指した。
 杜は凡雪の腕を、ぽんと叩いて、さっと前へ行って中に入った。
「客人(クウルン)来(ライ)了(ル)!」と杜の高い声が流れて聴こえた。
 凡雪は立ったまま真中の平屋を眺めた。門の右側の角に『晩遊館』という小さな文字の看板が掛けてあった。凡雪は不思議に感じて「〝遊(ゆう)〟って、遊ぶ?」と呟いた。辺りから水果(フルーツ)の甘い香が、風に乗って、すうすうと漂ってきた。
 凡雪は芳香を嗅ぎながら、四方をゆっくりと見回した。民家の辺りにある樹々が視界に映った。樹々には、膨らんだ枇杷(ピバ)が一杯に実っている。陽光に包まれた枇杷は、金色で朧に輝いてめいていた。
 甘い馨った風が、するすると吹き込んできて、抜けていった。凡雪は、汗ばんでいた額が、自然に乾いたように思った。
 凡雪は、心地よく呼吸を整えて歩き出し、静かに門を潜って中に入った。
 緑の美しい庭が広がり、樹木に牡丹が大きな花弁を広げていた。豪華で美しく、たっぷりとした存在感と、活気が溢れて見えた。
 澄んだ静かな明るさに包まれた凡雪は、新鮮な心地で庭を観回した。
 横の土に木蓮の花が咲いていた。閉じた状態で上向きに咲き、まるで白い小鳥たちが木に止まっている姿に見えた。
 一陣の郁香が上から漂ってきて、凡雪の鼻にすーっと入って、胸の隅々まで沁み込んできた。天からの贈物のような快さだった。
「歓迎! まあ、遠くからよく来たね」
 庭に面した居間から、中国式の単衣を身に纏った、一人の初老の男性が出てきた。仁の祖父に違いない。
 すたすたと歩み寄って来た祖父は、大きな手を伸ばして、ふわっと、包むように凡雪と握手した。頬が柔和で、表情に喜びを湛えていた。
「昨夜、仁から連絡を貰ったんだ。雪ですね!」
 淡い灰色の髪を靡かせ、顎鬚(あごひげ)を生やした顔に、たおやかな慈悲と達観が滲み出ていた。
 まるで唐の時代の水墨画に出てくるような、風韻がよく、品格がある人物に見えた。
 凡雪は、祖父とは初対面なのに、遥かの昔から何処かの大地で、既に出会っているような親近感を覚えた。
 凡雪は満ち足りた気分になり、頬を綻ばせて「初めまして」と挨拶した。
 祖父は、嬉しそうに「請(チン)進(ジン)!(どうぞ)」と凡雪を中へ進めた。
 凡雪は丁重に、一度、頭を下げてから「お邪魔します」と返事した。
 一歩前へ進んで、そっと広い客間に入ると、真中には大きな卓(テー)台(ブル)があった。卓台には茶道具や、色々な形の茶杯、お菓子が置いてあった。両側には、籐の椅子が揃っていた。
 少し歪んだ壁に窓があり、透明な光が射し込んで、客間を眩く和ませた。
「腰を掛けて、軽松(リラックス)してね」
 祖父の、訛のない中国語が、凡雪の心の奥まで温かく入り込んで蕩(とろ)けていた。
 隣の間から、水(や)壺(かん)のちんちんと湯音が聴こえてきた。開けた窓から、シュンシュンと風の音が流れていた。
 椅子に悠然と座った祖父は、微笑んで眉を微かに動かした。
「さて、お茶を淹れましょう」
 その時、杜が隣の部屋から、魔法瓶を持って近寄ってきた。凡雪は、そっと背骨を伸ばし、心機を凜と引き締めた。 
つづく

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