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気分はガルパン、ゆるキャン△

「パンツァー・リート」の次は「SHINY DAYS」や「ふゆびより」を聴いて元気を貰います

秋山優花里が戦車オタクになったのは

2015年10月20日 | ガールズ&パンツァー

 上のワンシーンは、テレビシリーズの第5話にて、西住みほたちが練習に来なかった秋山優花里を思いやってその自宅「秋山理髪店」を訪問したときの場面です。


 店にいた秋山夫妻の反応です。父の淳五郎は「優花里に友達が・・・」と驚き慌てますが、母の好子はそれを軽くいなして落ち着かせ、来客への歓迎の言葉を述べます。むしろ、いつかは娘の友達がやってくることを予見していたかのようなスタンスです。


 秋山好子は、すぐに、西住みほ達を秋山優花里の自室へ招き入れ、優花里に初めて友達が出来たことへの喜びを語りました。この時初めて秋山優花里の自室の状況が明らかになったのですが、女の子の部屋には有り得ない戦車グッズの数々に卒倒しそうになったり、感激してしまったりしたファンは多いでしょう。
 この時、秋山好子は、西住みほたちが娘の戦車道の仲間であることを知って、当たり前のように歓迎していました。


 なので、この時の秋山好子のセリフは、初めて聞いた時に相当印象に残りました。娘の優花里の、女の子にしては稀有の趣味であろう「戦車」を当たり前のように認識しており、それを嫌がるでもなく批判するでもなく、むしろ「ずっと戦車、戦車で・・・」と好意的に捉えているかのようでした。
 この時点で、秋山好子は少なくとも「戦車道」に対して理解がある、と感じました。ひょっとすると彼女もかつては戦車道を履修していたのでは・・・、と思いました。


 考えてみますと、上図のような戦車オタクの部屋というのも、家族の理解が無ければ成立しません。一つの趣味に熱中して部屋もその傾向に彩られるというケースは、現実においては家族の批判を浴びて許容されない場合が殆どでしょう。
 つまり、秋山優花里が戦車オタクであるというのは、それまで戦車道と全く縁の無い生活環境にあったことを考えると、奇異にすら感じられます。周囲に戦車道に詳しい人、戦車オタク以上のレベルの人が居なければ、秋山優花里の戦車への興味そしてオタクへの昇華は、実現しないでしょう。
 その場合、秋山優花里は、子供の頃からずっと友達が居なかったといいますから、近所の誰かに戦車絡みで影響を受けたというのではないことが察しられます。また一人娘なので、影響を与えられる兄弟姉妹も居りません。なので、両親しか、影響を与えうる候補者が居ないわけです。


 ですが、父親の秋山淳五郎は、戦車道に関して関心があるとか、理解があるとか、そういった描写がありません。むしろサウンドドラマの第9話では、娘の明日のテストで数学の点数が悪かったら、娘の戦車関連のコレクションを全て処分する、と言い渡しているぐらいです。戦車グッズを処分する、というセリフは、戦車や戦車道に批判的で無ければ言えるものではありません。可愛い一人娘のコレクションなのに処分を平然と予告するのですから、少なくとも秋山淳五郎は戦車に対して冷淡である、と言えます。戦車道に詳しい人、戦車オタク以上のレベルの人、では有り得ません。そういう父親の影響下で、娘が戦車オタクになるということは有り得ません。

 そうなると、やはり残るは母親の秋山好子しか居ません。戦車道に関する認識の度合い、娘が戦車オタクになっても、自室が戦車グッズだらけになっても、あたたかく見守ってきたような感じがうかがえます。おそらく、彼女が娘の戦車への興味そしてオタクへの昇華の一番の原因なのでしょう。


 そうなると、「秋山理髪店」の店内の様子にも改めて興味深いものが感じられます。飾られている写真を見ますと、左端の1はおそらく昔の店舗の外見写真、おそらく開業当初のそれかもしれません。その隣の2は戦車の写真です。戦車に関心のない秋山淳五郎がこれを飾るとも思えませんので、それ以前から飾られて先代の趣味を示しているか、または秋山好子その人が飾っているかのどちらかでしょう。
 もし秋山好子が飾っているのであれば、それを撤去も反対もしていない淳五郎のスタンスからいって、婿養子なのではないか、と思ってしまいます。西住みほたちの来訪を喜んで「散髪しようか」と言い、好子に反論されてあっけなく追い返されるあたりにも、そんな雰囲気が感じられます。

 続いて3は何かの賞状または修了証のようですが、似たようなものは5があり、そちらが理髪店の許可証および理髪関連の修了証や賞状のように見えます。3と並ぶ4は、ガルパン公式設定の辞典「ガールズ&パンツァー エンサイクロペディア」の4ページの秋山好子の項に、「理髪店内に飾られた写真を見るに、若い頃は彼女も戦車道の選手だったのかもしれない」とありますので、秋山好子の高校時代の写真であることが分かります。良く見ると制服が大洗女子学園のそれっぽいので、その頃に在学していたとなると、当時はまだ戦車道の授業があって、それを履修していた可能性が高いです。
 そうなると、4の隣の3は、秋山好子が高校時代に貰った何らかの賞状または修了証であるのかもしれません。それが戦車道に関するものであったなら、それを見て育った優花里が「私もママのように戦車やりたい」と興味をもち熱中してもおかしくありません。
 しかし、好子の卒業後に戦車道は廃止になったのですから、娘が履修したくても出来ないことになり、戦車への情熱的な興味は、オタク化、という残された選択肢にむかうより他になくなったのでしょう。

 と、こんなイメージを私はこれらのシーンに抱いていますが、基本的に妄想の類ですので、公式設定とは大きくかけ離れているかもしれませんね・・・。これもガルパンの楽しみ方の一つでしょう。

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9 コメント

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面白いですよね! (ナガシマ)
2015-10-20 19:40:37
ぼくも以前、拙ブログで同じようなことを書いたかもしれません。西住お姉ちゃんは母親似なので、みほはお父さん似なのでは…なんて。
こうしてスチルで見ると、色々細部まで凝っていて面白いですね。今のアニメはデッサンが崩れないのがすごいと思います。昔は変な顔のがあったりしました。
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西住常夫さん (ホシノ)
2015-10-20 21:59:09
西住姉妹の父親は、大洗町役場で頒布されていたガルパン特別住民票によれば、西住常夫、とあります。
その姿は、DVD特典のトランプの西住しほの横に、左腕だけが描かれるのみです。整備士みたいな雰囲気がありますが、ナガシマさんと同じ世界の人だったりして・・・。

劇場版で登場すると楽しいかも。
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常夫? (ナガシマ)
2015-10-20 23:30:53
お父さんの名前、知りませんでした。
奇しくも長野の小諸在住の親戚の伯父さんの同じ名前です。
そうなんですよね。西住お母さんの横に男性らしき人が…。上下ツナギの作業着を腕まくりしているようにも見えます。西住お母さんがあの性格なので、きっと穏やかな性格のお父さんなのでしょう。
父母ともにあんな調子でガンガンやられたら、子供は家出すると思います。
劇場版は先日アフレコが終わったそうです。楽しみですね!
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男子も羨むコレクション (トオル)
2015-10-29 10:23:16
ホシノ様の御指摘の通り親の理解があって趣味が出来るものです。特にミリタリーに関する趣味は本来女性の趣味とは対極に位置するので周囲の理解は得られないでしょう。
しかし優花里の趣味は男子も羨むコレクションですね…。ジェリカン、転輪、車載無線機、砲弾、戦車服、測距儀etc…。どれも理髪店のお小遣いでは買えません。 サンクスの宣伝PRの出演契約金で買ったものかもしれませんね…。

余談でありますが90年代の東京には渋谷の大盛堂書店の「アルバン」、目黒駅前の「東京ガンシップ」、原宿の明治通りの「ザ ヘッドクウォーター」、池袋の「サムズ ミリタリア」、中板橋の「ゲルマニア」などの実物のドイツ第3帝国時代の制服類と勲章、装備品、刀剣、兵器etcを販売していました。
中でも渋谷の「アルバン」は群を抜いていて洋書書籍部も備えていてました。 ガルパン第2話で出てくる「のりもの倶楽部」のはしりですね。
70年代~90年代のミリタリーマニアの世代の方はMMシリーズに親しんだ方も少なくありません。現に「サムズ ミリタリア」の経営者の本島治氏は伝説的な模型クラブ「カンプグルッペ ジーペン」のメンバーでしたし、ガルパンのOVA監修に関わったイタリア軍研究家の吉川和篤氏もモデラー出身のミリタリーコレクターでもあります。

ガルパンの熱狂的ファンの多さは本来の作品の面白さだけでなく、こうしたモデラーや軍装、ミリタリーマニアに依って支えられているハードコアな希有な作品ですね…。
海外のミリタリーファンや大洗への外国人来訪者が多いのも頷けます。
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ミリタリーショップ (ホシノ)
2015-10-29 12:08:33
列挙されておられる東京のお店、全て初めて知りました。私自身は地元関西のそういうお店にも入ったことがありませんので・・・。

もともと日本海軍関係に関心があって、近現代史研究の一環として海軍史を学び、フネのプラモばかり作り、戦跡巡拝や遺骨収集事業のボランティアをやっていました。ミリタリーに関心はありますが、内容的には戦史研究的なカテゴリーに入るので、ミリタリーショップへ行くとかいうような傾向がありませんでした。書籍にしても、国会図書館や防衛庁戦史史料閲覧室のほうをよく利用して読んでおりました。

太平洋戦争の戦跡へ行くと飛行機や戦車や艦船の残骸をたくさん見ましたが、戦車などは至るところにありましたので、日本で「現存しない」とか「幻」とか言ってるのと全然違うな、と思ったこともあります。

ガルパン劇場版の最新予告動画が公開されましたが、あのなかに登場している九五式軽戦車などは、サイパンにもフィリピンにもインドネシアにもゴロゴロありました。
西絹代たちが乗っていた九七式中戦車はだいたい残骸でしたが、九五式軽戦車は鹵獲されたのが多かったらしくて、割合に形をとどめていて、中に潜り込んであまりの狭さに頭をぶつけてしまった記憶があります。
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優花里も好きな異形戦車 (トオル)
2015-10-31 16:39:00
ホシノ様の戦跡巡拝で思い出しましたが、約1ヶ月半位前に大洗の江口又新堂書店さんのお客様から特二式内火艇の残骸の写真を見せて貰いました。面白い事に後部フロートを装着した状態で2連装高射機関砲を搭載していました。
恐らく戦地での車両改造であり、対空陣地内の重火器移動や対地支援火力を補う事も考慮しての事情での急造でしょうか。
また2連装高射機関砲も20粍砲と25粍砲があるので、写真での判別が困難でした。
写真提供の本人の話では「当時の帝国陸軍の戦車また海軍の内火艇を含め、対空火力を持った車両は公式には存在しないので、もしこの車両の写真や資料が存在または公開されていれば“日本版クーゲルブリッツ”があった事はまず疑う余地の無い所だろう。」との事でした。
もしこれが本当だとしたらIFのロマンですね。(エルウィン句)

佐藤優花里も“7TP”のTシャツ着るくらい多砲塔戦車が大好きな娘ですからこの写真見たら驚きですよ。
ホシノ様も江口又新堂書店さんへ足を運ばれた際、是非その写真見せて貰って下さい。江口さんが写真を預かっているそうです。
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特二式内火艇 (ホシノ)
2015-10-31 23:00:32
特二式内火艇カミは、パラオ諸島戦跡などで幾つか残骸を見ました。
特に、コロール島に行った時に、現地の消防署の近くにあったカミが艦載13ミリ連装対空機銃を取り付けてあるのを見た記憶があります。
確かフロートも後ろの分だけついたままであったと覚えていますので、トオル様が御覧になった写真の残骸と同じものを見たのかもしれません。

あと、レイテ島の戦跡で、陸軍の戦車の残骸のなかに砲塔代りに25ミリ単装機銃を据えたのがあったと記憶しています。戦地ではこういった戦訓に基づく現地改造の例が少なくなかったのかもしれません。
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奥が深い日本軍戦車 (トオル)
2015-10-31 23:44:01
いくら書籍を読んで勉強してもまだまだ知らない事分からない事が私にはいっぱいあります。
今回写真を見せて頂いた方にも感謝しておりますが、戦地巡拝で体験談から教えて頂いたホシノ様にも改めて感謝致します。大変有り難う御座いました。

今年の5月下旬頃ウスヤ肉店で一度お会いしております。私は11月は3日の商工感謝祭と15日のあんこう祭に行く予定です。
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今年の5月下旬 (ホシノ)
2015-11-01 01:10:59
さようでしたか。
今年の5月下旬、は当方の記録メモによれば5月27日で、「ウスヤにて千葉県からの方と長く熱く語る」とあります。
トオル様だったのですね。あの時も楽しい語らいのひとときを有り難うございました。

商工感謝祭、あんこう祭のいずれにも私は縁がございませんので、どうか私の分まで存分に楽しんできて下さい。
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