「はるばる大陸から東シナ海を超えて、この島に漂着したのだろうか。」
そんなことをぼんやりと考えていた刹那、
鼻腔の奥底から、北京の匂いが蘇ってくるのを感じた。
満員のトローリーバスの人いきれ。
胡同の飯屋の刀削面の歯ごたえ。
茉莉花茶の喉ごし。
天安門広場の空高く舞う凧。
自宅近くの歩きなれた浜辺を散歩しているはずの僕は、
いつしか遥かなる大陸のあの喧騒の街をさすらっていた。
ああ。
思えばこの僕もまた、漂泊者なのだ。
太陽の熱に焦され、波のうねりに翻弄され、
いつ海の藻屑と消えるか知れない漂泊者なのだ。
十二分に晴れ渡った青空の下で、
胸いっぱいに息を吸い込んで、
僕は新たな匂いを刻みつける。