万年B級バドミントンプレイヤーによる保育士向上委員会

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人付き合いもなくなってしまう貧困問題

2017年02月13日 | 保育士の向上

貧困の問題を先日のNHKの番組から考えてみようと、、

 

まず、今日明日の食べるものを気にしなくちゃいけないってことは、

 

精神衛生上、とてもよくなくて、

 

ネガティブな考えになるし、人生は辛いもんなんだって、

 

子どもなら感じてしまう、、

 

それは心の成長に少なからず影響を与えて、将来の人生を生きにくくする

 

お金がないから贅沢しないとかならまだ我慢の範囲なのかもしれないけれど、

 

それがお金がないから、人付き合いしないとか、病院行かないとか

 

子どもを産まないとかね

 

それはもう人生を大きく変えてしまうことになりかねない、、

 

人付き合いがないってことは、

 

何かあったときにすべて自己責任ってことになって、

 

それだけで大変なリスクだし、そして

 

病気になっても病院にいかない、自力で治すってなるともう、、、

 

 

なので最低限生きていける保障は公的扶助でするのが自然だと思うし、

 

また教育の機会もお金がないからとあきらめるのでは、

 

人間関係も含めるとスタート時点でかなり出遅れていて、

 

それも大きなハンディキャップってことになる

 

同じように一生懸命働いても、

 

とても高給をもらう人もいれば、

 

派遣で低賃金の人もいる、、

 

また母子家庭でいうと、養育費未払いの問題もあって、、

 

それは個人の努力ではどうしようもない部分で、、

 

できるだけ平均に近づける制度にしなくちゃ、あまりにも偏りがありすぎて不公平だと思われ、、

 

また貧困家庭は低賃金の派遣労働者であることも多く、

 

それを公的扶助で支援すると

 

安い労働力そのものがなくなったり、減ったりするのを

 

 

経済界は嫌がっていて、それを政治も意識して

 

 

一億総活躍社会などと言ってるのではと思えるほどで、、

 

 

でも今や健康で文化的な最低限度の生活も脅かされているように見えるので、

 

喫緊に対策が必要になっていると思う

 

そして、ひと昔前では、

 

貧しいけれど楽しい我が家ってのが可能だったんだよね

 

それはまだまだ人付き合いがあったからで、

 

お互いが実際にも気持ちの部分でも近かった

 

祖父母、親戚、兄弟、近所づきあい、友人関係など

 

お互いがお互いを精神的にも支えあっていたところがあって、、

 

今はほとんどそんな共同体感覚がなくなっているので、

 

貧しいけれど楽しい我が国のブータンのようなことは

 

不可能になってしまったってこともあるので、

 

やっぱりそれを補正するのは公共の福祉に資する、

 

国や行政の役割じゃないかなって思う

 

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