≪手を動かさねばっ!≫

日常で手を使うことや思ったこと。染織やお菓子作りがメインでしたが、病を得て休んでいます。最近は音楽ネタが多し。

田中祥司氏のマイクロパイプオルガンなどを見せていただいた。

2024-09-10 17:01:58 | 音楽

facebook つながりで、とても小さいパイプオルガンを作っておられる方が神戸にいると知った。
神戸の方の実家に行く用が出来たので、思い切って連絡してみたら、快くお宅へ迎えて下さったのだ。


こんなに小さい!こんなに小さくてもちゃんとパイプオルガン!!

大きいパイプが低い音で小さいパイプが高い音だ。
こんなに小さいのにちゃんと音色を選べるストップがついている。
つまり鍵盤の数×音色だけパイプが必要なのだ。その沢山あるパイプをこの小さな箱にちゃんと収めているのがすごい。
パイプオルガンは空気をパイプ(笛)に送って音を出す。その動力が必要なのが弦楽器とは違う。
その動力関連も収まっている!


下のオルガンは上のオルガンよりもっと小さい!
上のは標準ノートPCサイズ(B4サイズ)のミニチュアパイプオルガンだが、下のはその半分、B5サイズのマイクロパイプオルガンだ。すごすぎる。可愛いすぎる。


側面に窓があって、開けるとパイプのてっぺんがある。調律用だそうだ。
パイプはゲダクト(閉管)だ。同じ長さの開管のものより1オクターブ低い音が出る。省スペースしたいものね。

金属パイプが鳴る 圧倒的な存在感。電子オルガンとは確かに違う、これはパイプオルガンだ。
歴史的に古いパイプオルガンで小さいものなら後ろにふいごのついたポルタティーフオルガンがあるけれど、それよりも全然小さい。
現代の技術を駆使したからこのサイズに出来たのだ。 夫と私が以前作ったポルタティーフオルガン とは一線を画している。
田中祥司氏は音響工学のプロなのです。 👈facebook
湾曲トーンチャンネル を見れば納得できます。



ポータブルパイプオルガン。10kgあるそうだ。アコーディオンくらいだね。


パイプがぎっしり。


蓋を開けると譜面台になる。

実物に接して強く思ったのは、これらは宝物だ、ということだ。
今風なら 「尊い」 っていうんですか。
だってすごい労力だ。この何本もある小さいパイプを全部作って調律する。しかも独りで。考えただけでも気が遠くなりそうだ。
設計だって半端じゃない。継続力も半端じゃない。
田中氏の愛というか想いというか、よくぞ作り上げた!これは人類の宝です。
商品化を望まれているそうだ。わたしも欲しいです。



ミニパイプオルガン。

全てのオルガンを弾かせてくださった。キーを押したときの音のアタックが電子オルガンとはぜんぜん違う。押し加減で空気の流量が変わって、そこもちゃんと音色に反映される。
垂涎ですよ。



超小型ポジティフオルガン。




ミニパイプオルガン。田中氏が学生時代に作られたそうだ。ずっと作り続けているなんて、本当にすごいなあ。




オマケ:ローランド社の電子オルガン。


田中さん、本当にありがとうございました❣️



 
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丸石ビル

2024-08-28 17:36:40 | 行った話(展覧会以外)

コリー・ウォン ライブ の翌日、都内を歩いていたらなんだかいい感じのビルがあった。
何やらこのビルをバックに若いお嬢さんを撮影していたりする。


アーチのレリーフ。



アーチを支える体の柱が両側にある。柱頭の飾りはアカンサスっぽいが、その中に顔がある。
なんかこんな感じは 日比谷ダイビル を思い出すなあ。どちらもロマネスク様式か。



格子がちょっとイスラム風。カラシ色が効いている。



ちょっと違うタイプの窓。



入り口。狛犬よろしく佇む獅子。 というか、元々獅子でしたっけ?
カラシ色の扉にゴールドの取手がアクセント。建物の下部の黒い石もデザインを引き締めている。
扉の上にもアーチがあるが、それを支える体(てい)の柱だけ螺旋状だ。



獅子アップ。下に山羊。
3つ下の写真の方が分かりやすいが、螺旋状の柱の柱頭の飾りにはこわい顔ではなくリスがいる。そしてその横にはフクロウ。
日比谷ダイビルにも山羊とリスとフクロウがあったなあ。パッと見のライオンはなかったが大型ネコ科らしき顔はあった。



扉を反対側から。大差ないけど。
丸石ビルディングというらしい。
検索したら 三幸エステートHP 内によい記事があった。



アップ。登録有形文化財という標識。
獅子の筋肉が力強い。



中を覗くとペルシャ絨毯がたくさん置いてあった。
中の柱やそこから天井につづく白いアーチの装飾のレリーフが美しい。





 
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山種美術館で「犬派?猫派? ―俵屋宗達、竹内栖鳳、藤田嗣治から山口晃まで―」をみた。

2024-08-23 16:46:19 | 展覧会に行った話

コリー・ウォンのライブ を観に上京するので、せっかくだからそのまえに美術館に行くことにした。この展覧会を観た子供がオススメしてくれたのだ。
山種美術館HP内のこの特別展ページ

もたもたしてなかなか記事を書かない間に会期は過ぎてしまった。
山種美術館は近現代の日本画を所蔵、展示する美術館です。



建物に入ってチケットを買うと、展示室は階段を下りた地下だった。
まずは犬から。江戸期のユルい犬が並ぶ。
ユルいというからには、端正であってはならない。それだけならまだいいが、可愛くない。うーん。
現代日本のキャラは海外のものと比べると格段に可愛いのだが、これは一朝一夕のものではなく皆が切磋琢磨した結果なんじゃないか?と思った。
切磋琢磨中の段階が江戸期なのかなあ、と。

長沢芦雪『菊花子犬図』。これが一番可愛いね。

HPに写真がアップされている、本展覧会にて初公開の『洋犬・遊女図屛風』がよかった。
その隣の 守屋多々志『慶長使節支倉常長』も画面の下が市松模様で、模様と犬つながりという文脈がよく分かった。

一方 猫は、なんとか可愛くしてやろうとかそういうのがなくてよかった。
わたしは犬は飼ったことはないけれど猫は飼っていたことがあるので、そのせいで猫を好意的に捉えたのかもしれない。
猫といえは藤田嗣治の絵があったのも人目を惹くね。
現代ものの大きな日本画の 北村さゆり『蝉の音』がよかった。

竹内栖鳳『班猫』。山種美術館蔵の自慢の一品。この絵を軸に企画したのだろうなあ。
数点 撮影出来る絵があって、アップしたのがそうなのだが、カメラはロッカーに置いてきたのでスマホで撮影した。ズームはレンズに傷がついているので広角の方で撮ったら膨らんだ絵になってしまった。


犬猫のあとに、トリは鳥、という駄洒落の小部屋があって、そこで展示されている 牧進『明り障子』が印象深かった。

久しぶりに日本画をみたが、質感がなじむ。
日本人の感性、っていうんですかね。
ナショナリズムに繋がったらイヤなので、こういう発言はちょっと引っ掛かるんだけれども、己のバックグラウンドは無視できない。



展示室へ降りていく階段の壁に加山又造の鶴。


キャプション。 作陶、とあるからタイルの一種だろう。





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コリー・ウォン ライブに行った。

2024-08-15 20:45:03 | 音楽

コリー・ウォンはギタリストで、タイトなノリが楽しい音楽 を発表している。バカテクカッティングとかいわれています。
カッティングは ギターでフレーズや和音を鳴らすのではなく、和音とチャッという音を混ぜてリズミカルに鳴らすものです。
ファンクの帝王ジェイムズ・ブラウンがバンドの色々な楽器のメンバーを おまえはドラムだ と言ったそうだが、ギターのカッティングはその最たるものだな。要は、ドラムでなくてもドラム張りにリズムを作れ、ってことです。盛り上がるぜ!

というコリーが来日公演するので行ってきた。  ☜ライブインフォ


発売すぐにチケットを手に入れられなかったので、会場に呼び出される番号がずいぶん後になってしまった。オールスタンディングだといちいち番号順に呼び込む入場方法になるのだ。
ライブを観に行って番号順に呼び出されるのは初めてではないとはいえ、こんなに大きい会場のオールスタンディングのライブは初めてで、外にこんなに人が待っていると何事かと思う。
☟呼び出されるのを待つ人たち。


外にポスターの類いがほとんど見当たらない。
外の入り口付近にチラシサイズが1枚あるだけ。


会場に人が順々に入って会場前がすっきりしてきて、やっと建物に入れた。
入って、グッズ販売コーナーを素通りするとドリンクの引き換えがあった。会場にはドリンクをもらってから入るようだ。
せっかくだから発泡酒でも、と思ったのだが、アルコールの列は長いのにソフトドリンクは誰もいない。夫もアルコールは飲まないし、少しでもよい場所を確保したいのでわたしもソフトドリンクにした。
そのおかげで、遅い順番だったわりにはまだましな場所を確保できたんじゃないでしょうか。一番後ろの段の柵に張りつけた。
でも目の前に長身外国人男性が立ってしまって、段差をものともせず思いっ切り視線を遮る。ステージを見ようと右に左に体を傾けねばならず、ストレスだった。しかもその男性はあまり真面目に見てなくて、それなら来んな!とか殺気がわいたりした。

☟確保した場所からの眺め。ステージが遠い . ... 。


今まで観てきたライブとは違い、撮影して良いようだ。スマホで写真や動画を撮る人が沢山いる。
それなら、とわたしのスマホで撮ってみたのだが、レンズに傷があってボケボケになるのを加工しまくった結果がこれです☟

☝舞台向かって左側。丸いものはドラムセットのシンバル。水平ではなく垂直にセットしてあるので目立つ。ドラムの右側はキーボード。
主役のコーリーは舞台を縦横無尽に移動するけど、撮ったときはドラムのまえにいた。

☟コーリーが右側に移動。ホーンセクションの面々の左前にコーリーがいる。ホーセクションは、アルトサックス、テナーサックス、バリトンサックスが前列、後ろにトランペットとトロンボーンと充実している。
右側にはベース。ステージの中央には大きなアンプが3つ、その左に少しだけ背の低いアンプが並んでいる。アンプの後ろに予備のギターが立ててあるのか、ネックが見える。ステージが広いねえ。

演奏は大盛り上がりした。月並みな表現だが、メンバーの息がピッタリあっている。
ドラムもベースもキーボードもホーセクションも、一体となって曲のノリを作り上げていく。テンポの早い曲もそうでない曲もその世界に引っ張っていく。
どのメンバーもハイレベルな技量の持ち主だ。
ゆったりしてメジャーコードがずっと続く曲で、コリーがソロを歌い上げる。コード/ハーモニーが会場を満たしてその中で盛り上がっていくコリーが圧巻だった。
課金して上京した甲斐があった。

東京公演のまえには大阪公演があって、東京での追加公演がこの豊洲ピットだった。日本でのツアーの最終日だ。そのためか特別ゲストが2人も現れた。REI とトモ藤田だ。
特別ゲストのトモ藤田とコーリーがギターを弾いているところ☟
トモ氏はギタリストというより教育者としての方が活躍が目立つかな。YouTube にいっぱい動画があります。こんな先生に教わったら楽しそう。

アンコールは Vulfpeck の Dean Town 。みんなでテーマを一緒に歌う!
野暮だが Weather Report の Teen Town が元ネタです。

素晴らしいライブだった!観に行けて本当によかった。

しかし、3000人以上のスタンディングというのはわたしはあまり感心しなかった。音が混じりあってしまうのだ。音量は大きいのだけれど、細かいニュアンスを聞き取れない。ブルーノート東京の演奏者と観客の距離に慣れているとツライ。
そういえば、ハイエイタス・カイヨーテが10月末に豊洲ピットでライブ をするらしい。
彼らの 初来日ライブをブルーノート東京で観た のがわたしの自慢だが、あのときのような細かなニュアンスは豊洲では味わえないのかもなあ。

こんなに大勢の観客を動員できるだけあって、詳しいライブリポートがある。Dr.ファンクシッテルー氏の note の「2024年 Cory Wong初来日ツアー!東京2daysライブレポート」だ。有り難し。
演奏した曲もアップされている。メンバーについてはリンクが貼ってある。ベーシストは女性かと思ってたよ。



ステージがはけた後。
観客が多いと写真を撮りに来る人も多いねえ。
ハモンドオルガン(キーボード)は赤かったんだねえ。


引いて写真を撮った。ステージが全部見える。




興奮冷めやらぬまま豊洲ピットから出て見た景色。





 
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橋本晋哉 セルパンリサイタル01 "La lettre S" に行った。

2024-08-02 16:56:56 | 音楽

桒形亜樹子 フランソワ・クープラン 第1オルドル全曲演奏、第2オルドル全曲演奏リサイタル に続いて、スタジオ ピオティータ ではこれが3回目だ。
今回は夫も一緒なのだが、桜上水駅からではなく西永福駅から行った。
西永福駅からの道順の方はさらに難しかった。夫と一緒じゃなかったら始まるまえにたどり着けたかどうか。

さて、セルパンだ。 なんじゃそりゃ !?
セルパンというのはフランス語で蛇という意味で、古楽器です。上の写真のように曲がりくねっているので、蛇だ というのは直感的に分かる。
「16世紀後半にバス・コルネットから発展したと考えられるセルパンは、17-8世紀を通して教会の楽器として、特にフランスで広く用いられた」とパンフレットにある。
歌口を見れば分かるが、いわゆる金管楽器の仲間だ。といってもクルミなどの木製なんだそうだが。
コルネットというと同名の楽器があって紛らわしいが、別名が ツインク といえばもう少し特定しやすい木製の金管楽器の古楽器がある。少しだけ湾曲した縦笛のようにも見える。コルネットの語源が角笛なので腑に落ちる。それの音を低くしようと管を長くしつつ 孔に手が届くようにした結果 曲がりくねったのだ、という説明が分かりやすかった。
現在の金管楽器はバルブやロータリーで空気の通り道を迂回させて音程を変えるが、昔はリコーダーのように孔を開けてそこを塞いだり塞がなかったりする方式だったので、よけい木管楽器っぽいのだ。

セルパンの重さ当てクイズ! 1kg?2kg?3kg?? と橋本晋哉氏が持ち上げて見せているところ。
たった2㎏しかないそうだ。ひょいと片手で持ち上げられるわけだ。
半割りの木管を貼り合わせ革でぐるぐる巻いてあるらしい。

「その特徴的なS字型のフォルムから当時の絵画や彫刻にしばしば現れるものの、教会以外で用いられた資料、特にこの楽器のために作曲された当時の協奏曲の類は、今の所みつかっていない。ただし当時は楽器指定も寛容だったことから、同じ低音楽器のための作品をセルパンで演奏することが、(取り敢えずは)現代のセルパン奏者の古楽への入り口となる。」とパンフレットにある。
というわけで、多くの曲が書かれたチェンバロのリサイタルに比べると、演目の工夫が違う。ありていにいえば、セルパンのための曲が少ないんですよ。


パンフレット。
プログラムの内容は 24/06/16 橋本晋哉セルパンリサイタル01プログラムノート で読める。

最初の曲は、ジャック・ルボチエ 作曲、『S』。S は "La lettre S" と読み、つまりそれはフランス語で「Sという文字」という意味です。b.1937 というのは 1937年以前という意味だろうか。
セルパンの音色は不思議だ。ざっくりいってしまえば雑音が多いんだけれども、それが暖かみになっている。チューバとはずいぶん違う。
セルパンを鳴らしながら声を出したり、橋本氏は循環呼吸を駆使して長い音を出したり、なんとも不思議な曲だ。
そして合間にフランス語で何かを語る。悲しいことにフランス語はちっとも分らない。
分からないのでよけいにケムに巻かれたかんじで、呪術的に聞こえてしまった。

その次はミシェル・ゴダールの作品、『Serpens Secundo』。 secundo は英語だと second で、2番目や秒という意味がまず思い浮かぶけれど、刻(とき)という意味が題名にふさわしいんじゃないか、と橋本氏は言っていた。
ゴダール氏は現代にセルパンを復興させた立役者で、橋本氏の先生でもあるそうだ。
ちょっと調べると、チューバでクラシック曲のアルバムを発表したり、セルパンとチェンバロで古楽のスタイルのオリジナル曲を発表したり、敢えていうならジャズのジャンルで エレキベースを弾いてルーパーで鳴らした上にセルパンを吹いたり 、ジャンルを軽々と越える方のようだ。

ちょっと話がそれた。リサイタルに戻る。
『Serpens Secundo』の次は、古楽のジャンルの ディエゴ・オルティスの 『レセルカーダ第1番、第2番』を演奏する。

そのあと飯塚直氏を加えて、鈴木広志氏の作品、『百歳になって』を演奏する。谷川俊太郎氏の詩だ。一気に400年を往復してクラクラする。
飯塚氏は日本語の歌を歌い、でっかいリコーダーを吹いた。

前半の最後は、ジャチント・シェルシの『マクノンガン』。これも現代もの。
低音の楽器指定がない曲だととにかくマイナー楽器がむらがる、と橋本氏は言っていた。チューバやファゴット、バリトンサックスあたりは納得できるが、音域の広いアコーディオンまで来るのか。


橋本氏のセルパンの話は面白かった。
ヨーロッパはトルコと何度も戦争をしているが、トルコの軍隊の音楽隊には大きな影響を受けた。
そういえば、ヨーロッパではトルコ風の音楽が流行したりティンパニを導入したりしたっけ。
マーチングバンドも導入したが、低音がちょっと困ったらしい。トロンボーンはスライドが邪魔だしリコーダーの大きいのも邪魔だ。
セルパンがいいじゃないか! 横に構えれば歩くのにも邪魔にならない。
ということで、教会関係じゃないセルパンの使いどころが新たに出来たらしい。
しかし金属加工の技術が向上し、セルパンの金属版とでもいうべき オフィクレイド が現れ、その後はバルブのついたチューバに座を奪われ、セルパンは衰退したそうだ。

橋本氏がセルパンを吹いている短い動画がXにあるので貼る。
ニョロニョロとファミマに入って出て行く楽器』、という曲名でいいのかな?
セルパンのために書かれた曲が少ないので、セルパンをやるのには 作曲/編曲能力や 抜け目なくチャンスを掴む能力が発揮されるんだなあ。


休憩のあとは、一番最初に演奏したジャック・ルボチエの『S』を、今度は飯塚直氏も交えて演奏する。
フランス語の詩のかわりに飯塚氏が日本語で言うのだ。彼女はメドゥーサとおぼしき、ヘビをいくつも生やしたカチューシャを頭にはめ、ヘビのぬいぐるみを手に持って朗読した。日本語になっても、ワケワカラン。
なんでも元の詩は S の発音が多いんだそうで、その中でも人前で言うには勇気のいるある言葉を 日本語で何というか、橋本氏はすごく悩んだらしい。飯塚氏は上手く表現したなあ。


一番上の写真でセルパンの後ろにチェンバロがあるのが見える。そのチェンバロとセルパンとリコーダーでの演奏が、バルトロメオ・デ・セルマ の『カンツォン第1番 』だ。17世紀にファゴット用に書かれた曲をセルパンで演奏する。チェンバロ演奏は桒形亜樹子(くわがたあきこ)氏です。
オーボエと合わせるチェンバロの演奏は見たことがあったものの、もうちょっと多い人数のアンサンブルでのチェンバロというのを見たことがなかったので、興味深かった。楽しそうだ。いつか通奏低音のチェンバロも勉強してみたい。

セルパンの曲がないなら作ってもらうしかない、ということで大熊夏織氏に『口寄せエンターテイメント』を書いてもらったそうだ。
大きなリコーダーを、歌口だけ外して、それの底を手で覆ったり開いたりして音を出して、なんというかワケワカラン。現代曲っぽいっていうんですか。口寄せ というだけあって、呪術的。
今回のセルパンリサイタルはこういうテイストがずっと通っているようだ。

そして、前半で演奏したディエゴ・オルティス の続きと思しき『レセルカーダ第3番、第4番』をソロで演奏する。

その次は、大御所ヨハン・セバスティアン・バッハの『地獄の蛇よ、畏れはせぬか?』。
BWV 40 カンタータ第40番『神の子の現れたまいしは』には8曲含まれるが、その中の5曲目のレチタティーヴォなんだそうだ。
たくさんあるバッハの曲を片っ端から調べたが、蛇 が出てくるのはこの曲だけだったそうだ。

鈴木純明 『ヨハン・セルパン・バッハ』。大バッハの蛇のあとにはこれを演奏する決まりでしょう。
大バッハっぽいフレーズが現れてニヤリとする。

桒形氏によると、このリサイタルには演目の曲を書いた作曲家が幾人も見に来ていたらしい。

アンコールは、武満徹 作曲 川島素晴 編曲『死んだ男の残したものは』。谷川俊太郎作詞の反戦歌だ。
これは3人で演奏した。
アンコールにしては重い内容の歌詞だったかも、と思わなくもなかったが、ウクライナやパレスチナで起きていることをを思えば、今の時分に相応しいな。

歌や声との距離の近いプログラムだった。


☟ 休憩中にチェンバロをチューニングする桒形亜樹子氏。





 
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