Entrance for Studies in Finance

欧米の取引所の統合問題について

先行する電子取引所の買収(2005-2006年)
 NYSEやNASDAQによる今回の2006年の欧州展開については、2005年4月に、NYSEが電子取引所ECNのアーキペラゴを、そしてNASDAQがECNのインスティネットの買収を決めたことが起点になっている。実は既存の取引所にとって、ECNの登場と発展は大きな脅威となっていた。とくに問題になったのは取引執行速度や取引の匿名性であり、機関投資家の取引が取引所からECNに流出する傾向が明確になっていたのである。
 これに対抗して大手ECNを買収することで、流出した取引を内部化し、同時にECNのシステムを取引所に移植することが、これらの買収の狙いだった。NYSEは2006年3月にアーキペラゴとのと株式会社化・NYSE上場を実現した。
 上場により資金調達力を高め、他の取引所との資本提携・買収などを進めるとのこと。
 システム面ではNYSEは立会場を維持しつつ、執行速度を上げるという困難な課題(hybrid market)に挑戦した。
 なおNYSEが挑戦したもう一つの問題は、収益追及と規制機能の両立であった。これをNYSEは持ち株会社NYSEグループのもとに規制部門(非営利法人)と市場部門(営利法人)とを分離してぶら下げることで実現した。これは2007年の東証の制度改革のお手本になった。
 NYSEのシステムの本格的運用は2006年7月となったので、NASDAQも統合を急ぎ、2006年7月にシステム統合を実現させた。これは当初予定を半年早めたもの。
 取引執行速度は1000分の1秒へ(5年前は1秒)。誤発注を防止するため市場価格との差が20%以上の注文は受け付けず、10%以上から20%未満については警告が出される仕組みになっているとのこと。

取引所名処理速度*
東証2000ミリ秒
LSE10ミリ秒
NYSE数ミリ秒
NASDAQ1ミリ秒

*注文を出してから取引完了までの時間(08/01現在) 東証は2009年の新システムで40ミリ秒まで改善する

東証の売買システムダウンの歴史*
05年11月システム障害。全銘柄が午後1時半まで半日停止
05年12月誤発注による市場の混乱
06年1月取引増加が処理限界に接近に取引時間短縮
08年2月先物取引のシステムトラブル**で1部銘柄半日停止
08年3月現物取引のシステムトラブル***で1部銘柄半日停止

*なお海外の取引所でもシステムダウンは皆無ではない
**このシステムは08年1月15日に導入されたばかりの新システム。大証による06年新システム導入に対抗。09年の新システム導入に先行する役割。当初の導入予定を3ヶ月ずらして万全を期したとの触れ込みだった。
***午前9時前に短時間に大量のバスケット取引が出されたが2銘柄について未処理となりその2銘柄の取引を午後1時まで停止。。


 米証券取引委員会SECは、この統合に合わせて2006年6月末に取引所とECSの双方に対して、顧客にとり最も有利な価格での売買執行(trade through rule)を義務付けている。
なおNASADAQは2007年にもオプション市場を開設。NYSE追撃の有力の武器とする。

再びグローバル展開へ
 NYSEやNASDAQによる欧州への展開は、このようなシステム問題に端を発した電子取引所との統合に続き、取引のグローバル化に対して、取引所市場そのものをグローバル化させて対応しようとするものではないか。とくにNASDAQはかつて世界戦略を展開。撤退。再度の挑戦になる。

NYSEとNASDAQ:国内での争いが国際的な争いに
NASDAQはアメリカ証券業協会が米証券取引所委員会の要請を受けて、店頭株市場の自動化を始めたところからスタートしている(1971)。しかしそこからNasdaqは優良銘柄市場をNasdaq National Market(NNM)として分離し、さらにNNMの上場基準を引き上げることで取引所と競争を始めたのである(1982)。こうして1991年にはNNMは取引所と等しい地位を与えられることになった。Nasdaqの次の願望は市場の「国際化であり、その面でもNYSEと競合する位置に自らを高めることであろう。

最古と最大の取引所の統合が実現(2007)
 また2007年初めにはNYSEとユーロネクストとが、対等合併による経営統合にいたった(パリ市場への上場は2007年4月4日)。世界最大の証券取引所NYSEユーロネクストの誕生である。ユーロネクストは世界最古の1611年設立のアムステルダム取引所のほか、パリやブリュージュの取引所を傘下に含む。NYSEは1817年設立のいまや世界最大の取引所である。
 このような米国の取引所の欧州進出に対して、イタリア取引所はまずはヨーロッパ内での連合で対抗することになったのである。イタリア取引所は国債市場MTSを擁する点で注目されているともされる。
 実はヨーロッパにはもうひとつ対抗軸がある。それはドイツ証券取引所である。ここはユーレックス(欧州金融先物取引所)を擁する点で、現物取引に偏った他の欧州の取引所に比べ優位性をもっている。
 金融派生商品取引をめぐっては、2007年7月 シカゴマーカンタイル取引所CMEによるシカゴ商品取引所CBOT買収が正式に決まっている。これは派生商品取引でユーレックスを抜き世界最大の取引所の誕生を意味する。ある意味で衝撃的な事件であった。この統合に脊中を押されるように日本では2007年7月に東京工業品取引所が2008年度中の新取引システム導入と株式会社化を決めた。
 しかし日本の商品取引所は海外の取引所に比べて取扱い品目に金融先物、証券が含まれない。あるいは機関投資家や企業の参加が少なく取引時間が短いため市場の流動性が低いなど多くの課題を抱えている。
 2007年5月に日本経済新聞社と市場経済研究所が行った『商品先物市場調査』によると、商品取引業界では、国内の商品取引所のシステムの共通化、取引所数の削減、コメなど新規商品上場を当面の課題として挙げている。

2007年6月-7月 欧州市場の再編の可能性高まる
 2007年6月 イタリア取引所がロンドン証券取引所LSEによる株式交換方式での買収に合意した。もともとイタリア取引所はLSEとの合併に積極的だったが、LSEに対してNASDAQが2005-7年と買収の動きを強めたことから、LSEと距離を置くようになり、ユーロネクスト、ドイツ証券取引所、NYSEなどのプロポーズが続いていた。このイタリアの決断は、NASDAQの攻勢に対して、とりあえずはヨーロッパ内の連合で対抗することを意味している。
 すでにNASDAQは2007年3月LSEに対しこれで3度目になる買収提案を行ったが拒絶された。この時点でLSEに対する持ち分は3割に達している。NASDAQの意向を無視してLSEがイタリアとの買収に辿りつけるかは疑問も残る。
NASDAQは2007年5月には北欧の取引所を運営するOMXを買収する方向で最終調整に入った。OMXとの合意発表は5月25日。ユーロネクストNYSEに次ぐ規模の市場誕生かと思われた。

ドバイ取引所、カタール投資庁の参戦
 2007年8月になって、OMXの買収について中東のドバイ国際金融取引所(DIFX)*の持ち株会社ブースドバイがNASDAQの買収提示額37億ドルを上回る40億ドルの買収提案を提示。決着がどうなるかは注目される。
 そしてさすがにNASADAQの財務に与える影響が懸念される。状況の変化を受けて、NASDAQはLSE株の売却を検討していることを明らかにした。これを受けてシンガポールの政府系投資機関テマテクHDはこのLSE株の買い取りをNASDAQに申し入れた。
ここにカタール投資庁が加わりロンドン証券取引所株とOMX株を取得する(9月20日)。ナスダックの保有分の一部がカタールに回ったようだ。他方でドバイ取引所は、ナスダックと提携して、Nasdaqと互いに株を持ち合うことになった(つまりドバイが保有するOMX株をNasdaqに譲渡。代わりにLSE株とNASADAQの株を受け取った)。
 結果としてロンドン証券取引所を中東資本がほぼ押さえることになる(ドバイ取引所28%、カタール投資庁20%など)
 複数の中東マネーの参入で事態の展開はますます予測が困難となった。そして2007年秋以降、サブプライム問題による市場の混乱が重なり、取引所再編論議は中断されているのである。
 ドバイとNASADAQは相互持ち合い関係に入る。
 OMXに対する支配をドバイ(-nasadaq)側が確立するのか、カタール側が取るのか、あるいはドバイーカタールが連合するのかは、なお不明である。ドバイ側は持分を47.6%まで高めたと伝えられる(07/09/26)。
しかしこれらの議論が、サブプライム危機で欧米の資本市場が混乱に陥るさなかで展開していたことにも驚かされる。欧米の株式市場が混乱に陥るなか、取引所の再編論議はひとまずは、報道から消えることになる。
 中東資本が、欧米の取引所の再編について、一定の発言権を確保することになったことは注目される。中東資本が何を考えているか。新たに出現したこのプレイヤーの考え方を私たちは学ぶ必要がある。
*DIFXはドバイ国際金融センター(DIFC)の核施設として2005年9月に開業。中東で初めての本格的な外貨建(原則としてドル建て)の取引所とされる。

Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author.
originally appeared in Feb.10, 2008
reposted in Jan.8, 2009
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