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不動産受験新報2007年8月号 事件屋司法書士 民法判例 第20回

2007-08-28 09:00:00 | Weblog
住宅新報社・月刊「不動産受験新報」20007年8月号
       (毎月1日発売 定価910円)
事件屋司法書士
民法判例
第20回
弁護士 山本有司

 こんにちは,山本有司です。事件屋民法判例入門第20回へようこそ。今日の事件は有名なあの論点に関するものです。
○事 件
 ある県のある集落に発電用水車,発電機とその附属機械器具が置かれていました(水車発電機器等は以後「本件物件」と呼びます)。
 本件物件は,この集落の一部住民が明治末期に電力会社から贈与を受け,それ以来これら一部住民によって共有されてきました。
 本件物件は,それ以来,一部住民の代表者数名が保管し管理にあたっていました。集落の一部住民の共有になっていました。
        所有権
  本件物件  一部
        住民
 昭和24年1月,代表者の1人であるAが,他の代表者らから本件物件を買い受けました。
        所有権
  本件物件  一部 → A
        住民
 その後の昭和25年10月,XはAから本件物件を買い受け,引渡しを受けました。
        所有権
  本件物件  一部 → A → X
        住民
 そこでXは,昭和26年4月,買い受けた本件物件を搬出しようとしました。
 ところが,Yらは,この搬出を阻止しました。ちなみにYらとは,A以外の代表者たちです。
 なぜYらは,そのような行動に出たのでしょうか。実は,Aが他の代表者から本件物件を買い受けた際,①代金は昭和24年4月末日までに支払う,②代金全額支払い時に本件物件の所有権は移転する,③代金が支払われないときは売買契約は失効する,という特約があったのです。
 Aは,約束の期日までに代金を完済しませんでした。したがって,所有権は未だ自分たちにあるから,Xは無権利であるというのです。
        所有権
  本件物件  一部 → A → X
        住民
 一方Yらは,Aへの売却話が頓挫したことから,他の売却先を検討するとともに,昭和26年2月末か3月はじめ頃にAが管理し続けていた倉庫の鍵の引渡しを受け,さらに同年3月10日に本件物件を新しい買主に売り渡して代金の支払いを受け,引き渡しました。
        所有権
  本件物件  一部
        住民
         ↓
        他の人
 このような状況であったことから,Xが本件物件を搬出しようとした際,Yらは,これを阻止したのでした。
 そこで,Xは,Yらに対し,本件物件の所有権の確認および引渡し,並びに引渡し不能のときは填補賠償の支払いを請求したのが本件です。
関連条文
 本件では,所有権の帰属と即時取得の可否が問題です。所有権はもともと「一部住民」にあると考えます(明治末期に贈与を受けたものが誰なのか,はっきりしませんが問題になってもいないようです)。
 その後の物権変動に伴う所有権の移転に関して,176条を確認しましょう。
 
 176条
 物権の設定及び移転は,当事者の意思表示のみによって,その効力を生ずる。
 この規定は,意思主義の規定です。すなわち,民法は本条により,所有権は意思表示のみによって移転するのであって,それ以外の形式要件を要求しないという立場に立っています。
 もっとも意思主義に立つとしても,意思表示の時点で所有権が移転するか否かは別の問題であるとされています。意思表示の時点での所有権移転を早すぎるとして,所有権移転の時期を対抗要件具備,代金支払い等の時点まで遅らせて理解する考えもありますが,通説は,所有権の移転は,売買契約のみにより,かつ売買契約の時点で生じると解しています。
 このように解しても,176条は任意規定ですから,所有権の移転時期に関する当事者間の特約がある場合には,その特約に従うことになりますから,意思表示時点での所有権移転を欲しない当事者は特約による解決が可能です。通説に従って不都合はないでしょう。
 本件ではYらとAとの間の売買契約において,所有権移転時期は代金完済時とする特約の存在が認められますから,これに従います。
 特約によれば,代金を完済していないAは,所有権移転の条件を満たしておらず,所有権はAには移転していません。つまりAX間の売買契約は他人物売買契約ということになります。
 次に動産物権変動の対抗要件について,178条を確認しましょう。
 
 178条
 動産に関する物権の譲渡は,その動産の引渡しがなければ,第三者に対抗することができない。
 動産物権変動の対抗要件は引渡しです。引渡しには,現実の引渡しの他,3つの観念的引渡し形態,すなわち簡易の引渡し,占有改定,指図による占有移転のすべてが含まれると解されています。もっとも,Xについては,そもそも所有権が認められないのですから,所有権の存在を前提としてその第三者対抗力の要件としての存在意義を持つ対抗要件の議論は不要だということになります。
 ここまでの条文を見る限り,Xに勝ち目はなさそうです。しかしもう1つ,強力な条文がありました。192条です。
 
 192条
 取引行為によって,平穏に,かつ,公然と動産の占有を始めた者は,善意であり,かつ,過失がないときは,即時にその動産について行使する権利を取得する。
 動産取引は,登記制度の整備された不動産取引と異なり,権利の公示が不完全なので,民法は取引安全のために公信の原則を採用して,この即時取得の規定を置きました。
 本件で問題となったのは「占有を始めた」という要件です。通常「占有」は,引渡しを受けることによって取得します。引渡しには4種類あります。
      現実の引渡し
 引渡し 
      観念的引渡し
          簡易の引渡し
          占有改定
          指図による占有移転
 現実の引渡しは,みなさんが通常想像する目的物の現実的移転の場合です。
 
引渡し前 引渡し後
譲渡人 ●
譲受人 ●
 簡易の引渡しとは,目的物を最初から譲受人が所持している場合の引渡し方法です。
 
引渡し前 引渡し後
譲渡人
譲受人 ○ ●
 占有改定は,譲渡後も譲渡人が所持を続ける場合です。
 
引渡し前 引渡し後
譲渡人 ● ○
譲受人
 指図による占有移転は,譲渡前も譲渡後も第三者が目的物を保管する場合です。
 
引渡し前 引渡し後
譲渡人
譲受人
第三者 ○ ○
 この178条の4つの引渡しのいずれを受けた場合でも,192条の「占有を始めた」ということになるのでしょうか。
 Xは昭和25年10月,本件物件を買い受けるとともに,引渡しも受けていますから,192条によって所有権の原始取得が認められそうです。さて,裁判所の見解は……。
○裁判所の見解
 1審,2審ともXの請求を棄却しました。原審は,第1にAの所有権取得を否定しました。この段階でXが所有権をAから承継取得する可能性は否定されました。したがって,Xに所有権を認めるためには即時取得が認められることが必要ですが,原審はこれも否定しました。なぜなら,AX間の本件物件引渡しは占有改定によるものであり,占有改定によるXの即時取得は認められないというのです。すなわち,192条にいう「占有を始めた」のなかに,占有改定は含まれないというのが原審の判断でした。
 そこで,Xは上告しました。Xは,民法192条にいう占有取得は178条に規定されている対抗要件としての引渡しに該当するものであるから,占有改定も192条にいう占有に含まれるべきであるというのです。
 では,最高裁の見解を見ましょう。最高裁判所昭和35年2月11日第1小法廷判決は,次のように述べてXの上告を棄却しました。
 無権利者から動産の譲渡を受けた場合において,譲受人が民法192条によりその所有権を取得しうるためには,一般外観上従来の占有状態に変更を生ずるがごとき占有を取得することを要し,かかる状態に一般外観上変更を来たさないいわゆる占有改定の方法による取得をもっては足らないものといわなければならない。
○これでいいのか
 無権利者から動産を譲り受けた場合に,譲受人が民法192条によってその所有権を取得するためには,占有改定の方法による取得をもっては足らないという判断は,大正5年5月16日大審院判決,最高裁昭和32年12月27日第2小法廷判決において,すでに示されたものであり,本判決はそれを確認したものです。
 学説も,かつては占有改定による即時取得を否定する説が有力でした。
 しかしこれに対し,即時取得の制度は,前主の占有を信頼して取引をした者を保護しようとする取引安全保護の制度であって,取得者の占有の効力として権利取得を認めるものではないから,取得者による占有の取得は必要でないとし,ただ,第三者に対抗しえない物権の取得を認めると権利関係を紛糾させるので,対抗要件として十分な占有を具備していれば足りるとする説が主張されました。
 これに対し,対抗要件としての「引渡し」と即時取得の要件としての「占有」とは次元を異にし,前者が公示方法として不完全で取引安全のために機能しえないからこそ後者が必要とされるという補充関係があるのであり,両者を同視するのは妥当ではないという批判がなされ,また,占有改定のような外部的に認識できない行為で即時取得が認められれば,即時取得行為の存在の判定が困難になって,原所有者に酷になるとして,再び否定説が主張されるようになりました。
 このような状況の下,折衷説が登場します。この説は占有改定による即時取得を認める点では肯定説と同様です。しかし,その権利取得は,後に現実の引渡しを受けたときに確定すると更正します。
 結局,現実の引渡しを必要とするのだから,否定説と変わらないではないか,とも思えますが,折衷説と否定説の違いは,即時取得のもう1つの要件である善意無過失の認定時期の違いとして顕在化します。折衷説は占有改定の時点で即時取得を認めるのですから,善意無過失の認定時点も占有改定時です。これに対して否定説では,占有改定の時点では即時取得は認められず,あくまで現実の引渡しの時点で即時取得の成立が問題になりますから,善意無過失の認定時期も現実の引渡時となるのです。したがって,占有改定後,悪意または有過失となる事情が発生し,その後に現実の引渡しが行われた場合に両説の結論は異なることになります。
 ところで,指図による占有移転は即時取得の「占有を始めた」要件を満たすのでしょうか。
 この点については,占有改定についての肯定説はもちろん,占有改定についての否定説を含め,即時取得を肯定するのが大勢です。指図による占有移転の場合も,占有改定同様,所持に変化はないのですが,所持こそ動かないものの,原所有者の信頼は形の上でも裏切られているとか,受託者が現に所持しておらず,第三者たる所持人に対する命令を必要とするから,と説明されています。
 しかし,外観に変化がないという共通点を素直に認めるほうが筋が通っているとも思えます。指図による占有移転についても即時取得の成立を否定するという説も存在し,説得力を持っていると思います。取引安全のために,「信頼の対象」としての客観的事実であるはずの「占有」がそれ自体観念化してしまったことが事態を複雑化させているのでしょうか。
 最高裁判所昭和57年9月7日第3小法廷判決は,荷渡指図書に基づき倉庫業者の寄託者台帳上の寄託者名義が変更され,寄託の目的物の譲受人が指図による占有移転を受けた場合において,寄託者が倉庫業者に対して発行した荷渡指図書に基づき倉庫業者が寄託者台帳上の寄託者名義を変更して右寄託の目的物の譲受人が指図による占有移転を受けた場合には,民法192条の適用があるとして,指図による占有移転による即時取得の成立を認めました。しかし,別の事案で大審院時代に否定したものもあり,その立場は,なおはっきりしません。
 では,また。
 
訂正とお詫び@ 5月号の「特集2 新傾向に強くなる国家試験記述式対策 土地家屋調査士 記述式予想問題」に誤りがありましたので,お詫びして訂正します。@ 43頁の左段,問4 登記の目的等の登記原因及びその日付欄「③平成19年2月…」は「②平成19年2月…」となります。