明日を夢見て~神様と筋ジストロフィーと共に生きる~

保田広輝。神戸市の26歳。クリスチャン。余命9年。デュシェンヌ型筋ジストロフィー患者で電動車椅子と人工呼吸器を使っている

イムマヌエル神戸キリスト教会で証し

2017年03月10日 18時57分36秒 | キリスト教
3月5日は、
イムマヌエル神戸キリスト教会(イムマヌエル綜合伝道団)で、
午後の集会で証しをさせていただきました。(*^_^*)
 
教会のホームページはこちら→
青字をクリックしてください。
 
礼拝では、
声楽家・音楽教師であり、
神学校を今月に卒業されて牧師となられた
大塚千穂子さんの独唱賛美とお証しがあり、
 
イエス様と出会うことで、罪の闇から救われて、
人生や顔つきも含めて、本当に自分が変えられた、
というお証しを聞くことができて、
 
自分の賜物をしっかり用いて、
神様に仕えておられる大塚さんに、
大きな励ましをいただきました!
 
そして、「弱さの中に働く力」と題して、
岩上先生のメッセージがありました。
 
『クリスチャンの弱さの強み』っていうのかな、
そういうことを改めて学びました。
 
午後の集会では、賛美集会のような感じで、
4曲ほど賛美した後に、僕が証しをしました♪
 
こちらの教会は、CSのイベントが盛んだったり、
英語教室を通して、若者が多く教会につながっていたり、
お昼の時間には、賛美バンドの賑やかな声が聞こえたりして、
素敵な雰囲気の教会でした。(o^∇^o)ノ
 
あと、ホームページの教会歴史のところに書かれていますが、
長年ずっと地域に密着している教会なのだと強く感じました。
 
教会のみなさまが、あたたかく迎えてくださって、
神様の恵みあふれる素敵な1日でした。(≧▽≦)
 
岩上先生、頼子先生、教会のみなさま、
心からありがとうございました!















岩上先生、頼子先生との写真



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イムマヌエル神戸キリスト教会で

2017年02月26日 22時08分33秒 | キリスト教
お知らせです。(*^_^*)

3月5日に、神戸市にあるイムマヌエル神戸キリスト教会で、
伝道集会にて、僕が証しをさせていただきます。

集会の時間は、午後1時半から2時半です♪

ちなみに、教会の礼拝は、午前10時15分~です。

礼拝では、大塚千穂子さんによる『特別さんびと信仰の体験談』があります。 
大塚さんは、声楽家・音楽教師の道から、神学校を今春卒業されて、牧師となられるお方です。

教会の住所はこちら

〒653-0053
神戸市長田区本庄町3丁目1-4

TEL 078-731-1737

ホームページはこちら
青字をクリックしてください。







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別府国際バプテスト教会で証し

2017年02月04日 17時18分54秒 | キリスト教
1月29日は、
別府国際バプテスト教会(日本バプテスト連盟)で、
礼拝の奨励(証し)をさせていただきました。

 
教会の紹介(FEBCのウェブサイト)はこちら→
読むには、この青字をクリックしてください
 

この教会は、多国籍の人々がたくさん集われているので、
あらかじめ証しの原稿をすべて英語訳してもらい、
その翻訳をプロジェクターで映しながら、お話しました。
 

証しの後には、
いつも証で使っている「もうひとつの実を望まれ」という賛美を、
みなさんで歌いました♪
 

昼食のお交わりでは、
おひとりおひとりが証しの感想を語ってくださって、


僕の証しを通して、
神様がそれぞれの心に語りかけてくださったんだなぁと思えて、
嬉しかったです。
 

この教会は、多国籍の人々がたくさん集われていて、
約80名の出席者のうち、
半分くらいが留学生をふくめた大学生の方々で、


若々しくて、英語が飛び交っている元気であたたかな教会でした♪
 

大学生の執事さんもおられたのは驚きでしたし、
大事なことだと思いました。

 
教会のみなさまが、あたたかく迎えてくださって、
神様の恵みあふれる素敵な1日でした。(≧▽≦)

 
教会のみなさま、心からありがとうございました!











英訳された証しをプロジェクターで映しながら




当日の週報










昼食後の交わり




礼拝前の賛美タイムの様子(動画なので、後ほど削除します)




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別府国際バプテスト教会で

2017年01月17日 20時24分28秒 | 日常
こんにちは♪


年末年始と体調を崩していたので、

また久しぶりの更新になってしまいました。


今年もよろしくお願いします。


ひとつ前の日記に、僕のメッセージを載せました。

よろしければ、読んでいただけますと嬉しいです。


それと、お知らせです。

1月29日に、大分県にある別府国際バプテスト教会で、

僕が礼拝の奨励(証し)をさせていただきます。

礼拝の時間は、11時~12時です。


立命館アジア太平洋大学の留学生さんも多い

インターナショナルな教会です。


教会の住所↓


〒874-0917

大分県別府市中須賀東町10-1

電話 0977-66-0084

ホームページはこちら




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神様に信頼するということ

2017年01月17日 19時46分25秒 | キリスト教
日本キリスト改革派の「教案誌 vol. 64」に、

僕のメッセージが掲載されました。

長い文章ですけど、読んでいただけたら嬉しいです。


タイトル「神様に信頼するということ」



【新改訳 詩篇 62篇5~8節】

「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。

私の望みは神から来るからだ。

神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。

私はゆるがされることはない。

私の救いと、私の栄光は、神にかかっている。

私の力の岩と避け所は、神のうちにある。

民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。

あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。

神は、われらの避け所である。セラ」




アメリカで2006年に公開された「フェイシング・ザ・ジャイアント」という信仰の映画があります。





ジョージア州のバプテスト教会が自主製作し、話題になった映画ですが、

とあるミッションスクールのアメリカン・フットボール部の成長物語です。


一度も試合に勝ったことがない万年最下位の弱小チームのコーチである主人公は、

日々熱意を持って指導していましたが、


部員たちは弱気で、いつも集中力に欠けていて、

授業の成績が悪く居残りさせられる部員もいる中で、

成果が上がらず思い悩む日々を過ごしていました。



小さな不幸が立て続けに起こったり、

部員の保護者たちからはコーチを解雇しようとされたり、

子供ができない原因が主人公自身にあると医者から告げられたりと、

全てが悪い方向に向かい、人生に対する希望を失いかけていた主人公が、


老紳士クリスチャンの助言をきっかけにして、

悔い改め、み言葉に基づいた祈りの生活を始めることにより、

自分だけでなく、周りも変えられていきます。



そして、主人公は新しいチームの指針を作ります。

「聖書の教えに従うこと、全て神様の栄光のために生きる」という明確な方針を部員に示します。


それだけでなく、まず自分が模範となりながら、

部員たちの生活全般にわたる指導も始めていきます。


そうして、ひとりひとりの部員が、持っているものを全力で神様のために使いながら、

自分の置かれた場所でキリストの弟子に造り変えられていく、という素晴らしい映画です。



この映画に、このようなフレーズが出てきます。


「勝敗は小さなこと・・・神様をあがめるため、我々はここにいる・・・

人生で最も大事なのは、神様を愛し、他者を愛すること。

全勝しても、それができないなら無だ・・・

イエスは人のために死に、人はイエスのために生きる・・・



プレーだけではなく、人間関係や目上の人への敬意で神様をたたえよう。

教室でもネットを使う時でもだ。

このチームで神様のみ業を示そう。



常に全力を尽くせ。

勝って神様をたたえ、負けても神様をたたえる。

どちらでも、態度で神様をあがめよう。

私は全力で神様を敬い、結果はお任せする」




私はこの映画から、「たとえそうでなくても」の信仰、

どんな試練の時も、たとえ勝負に負けても、人生に挫折したとしても、


神様から与えられている人生を感謝し、神様を賛美して、

神様を愛することの大切さを学びました。

これが神様を信頼することなのだと思います。



しかし、私たちが試練に遭うとき、苦しいとき、病気になったとき、

生きる希望がなくなってしまったとき、

神様は生きておられるのだろうか、

神様は私の祈りを聞いておられるのだろうか、と苦悩します。



私たちの信仰生活を脅かすものは失望だと思います。

「あぁ、今日も神様は祈りを聞いてくれなかった」、

「まだ神様はこの苦しみから解放してくれないのか」と落ち込む、そのような失望です。


失望というのは長引くものです。

ですから、失望と向き合うことが大切です。



失望と向き合うためにすることは、

まず自分の願いや叫びを包み隠さずにさらけ出して、

神様に自分の心をすべて注ぎ出すことです。

その後に手放す自由が与えられます。



心を注ぎ出すことなしに、

私たちは自分の願いや叫びを手放して、

「御心がなりますように」と神様に委ねることはできないと思います。



多くの人たちは、苦しみに対して誤った態度を取ってしまいます。

苦しみを受け入れないで、向き合おうとしない。


しかし、クリスチャンにとって苦しみは、産みの苦しみです。

苦しみを受け入れて初めて、産みの苦しみとなります。


私たちは、たとえ神様がくださる良いものであっても、

自分の願い通りのものでなければ、

受け取ることを拒否してしまいます。



確かに苦しみは味わいたくないものですが、

み言葉に支えられながら、苦しみを忍耐していく中で、

私たちの祈りが聖別されて、

「私の人生はこうでなくてはいけない!」という執着がなくなるとき、


私たちは自由にされて、

どんな苦しみを抱えていたとしても、

神様が与えておられる自分の人生を感謝できるように変えられていくのだと思います。



そうして今まで見えずにいた、

神様がくださる多くの恵みを感じられるようになって、

「神様は真実なお方だ。み言葉は真実だ。

神様は決して私たちをお見捨てにはならない。

神様は、私たち我が子にかかわる全てのことに、心を注いでくださる」

というような神様への信頼が芽生えてきます。



私たちは、思い通りにならない時に、

忍耐することで謙遜にされて、神様への信頼を学びます。

そうして、平凡な日常でも感謝する心が生まれてきます。


苦難を乗り越えた時はもちろん、

平凡な日常でも感謝することで、

神様への信頼はますます深められていくのだと思います。



信仰とは、何かの行いではなく、神様に対する信頼です。


祈りが叶えられたから、祝福されたから、自分が幸せだから、

信頼が生まれるのではなく、

神様への信頼は試練の中でこそ生まれるのです。


死のような試練から生き返り、

絶望の中でも、キリストの力がまた私を生き返らせてくださるのです。



【新改訳 ヘブル人への手紙 12章2節】

「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい」




とあるように、信仰の創始者はイエス・キリストです。

ただイエス様を見ていればいいのです。


すべて失い、すべて諦めたとしても、

目には何の証拠が見えなくても、

最後の瞬間までイエス様を見上げることが大切なのだと思います。


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