明日を夢見て~神様と筋ジストロフィーと共に生きる~

保田広輝。神戸市の27歳。クリスチャン。余命8年。デュシェンヌ型筋ジストロフィー患者で電動車椅子と人工呼吸器を使っている

長谷部選手の言葉

2018年07月15日 21時08分59秒 | スポーツ

↓の動画、5分26秒からの長谷部選手の言葉がすごく良かった!
病気の進行で、少しイライラしている今の僕に必要な言葉や。。


「切羽つまった態度でいると、他の仲間にも伝わる。
自分があまりブレずに、ドンと構えていれば、若い選手は見ている。

選手は、良い時はみんな良い。
でも、良くない時に、その人の真価が問われる。


長谷部と吉田麻也の絆

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人生はジェットコースター

2018年07月04日 13時45分49秒 | 日常

大変ご無沙汰をしております。 
ここ3ヶ月、ほとんどブログを見ていませんでした。 
 
去年の夏あたりから、 
体がしんどくなって、
 
手の動きもすごく悪くなり、 
日記も書けないでいました。 
 
よく熟睡できなくて、
体調の悪い時がよくあります。

 
でも、プラスな気持ちもマイナスな気持ちも大事だよね。
 
病気からくる身体の痛みなんてヘッチャラと言う人がいた。
その人も難病だったけど、たぶん強がっていると思う。
 
でも、強がるからこそ、乗り越えることができる痛みもあるのかもしれない。
自分の甘えに支配されないことも必要。
 
日々をつないでいくにも意志が必要だ。
生きていれば、苦しみや痛みも乗り越えられる!という強い意志を持ちたい。
 
でも、人間は弱いもので、そういうことを言いながら、
悲しみの中で日々を過ごすこともあるんだよね。
 
この日記も、毎日2時間も費やしたのに、
単純に文字を打つだけで、最後まで書くのに5日もかかってしまった。。
 
生きていれば絶望は必ず訪れる。
 
でも、人生を諦めなければ希望も必ず咲くんだ。
 
今まで生きて来た。だから、これからも生きていく。
 
『絶望と怒りの中で
戦うのは
やがて訪れる無力さか』
 
僕はいま無力感と葛藤しているのだと思う。
 
 
【桜井和寿】
 
「人生というのが一度しか乗れないジェットコースターだとすれば、
吐いてでも、そのアップ&ダウンを楽しむ。」
 
人生はジェットコースターだ。
アップもダウンも成長するために必要な糧なのだと思う。
 
無駄にするものか!と思っていれば、絶対に無駄にはならないよ。
必ず自分の心をかたち作る、なくてはならないものになる。
 
だから、アップもダウンも楽しんでいきたい♪
 
というわけで、今はサッカーワールドカップを、
全ての試合を録画して、楽しんで見ています。(≧∇≦)ノ
 
 
【ニーバーの祈り】
 
「神よ、
 
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
 
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
 
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。」
 
 
今の僕に求められていることは、この祈りにあらわれていると思う。
 
半年前にできていたことが今できなくなるこの病気。
病気の悪化を受け入れたと思ったら、また悪化していき、落ち込むことの繰り返し。
 
今できることを頑張ったり、楽しむことは大切だけど、
それと同時に、どれだけ病気が悪化しても、どんな状況に置かれても、
 
人生の終わりまで、死んだ後も永遠に残るものを身に付けていきたい。

 

この歌が胸に響く♪

 

amazarashi 『フィロソフィー』“Philosophy” Music Video

 

『死ぬ気で頑張れ 死なない為に』


歌詞 http://j-lyric.net/artist/a052b38/l0433c9.html

 

歌詞の解説はこちら
https://otokake.com/matome/ucvpKC

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産みの苦しみ

2018年04月13日 18時10分58秒 | キリスト教

こんばんは。

ようやく暖かくなって、待望の春がやって来ましたね。

最近の天気は気持ち良い♪

昨日は有名な大阪造幣局の花見に行きました。

↓がYouTubeにアップされていた、昨日の花見の動画です。

綺麗だったけど、ものすごい人混みで疲れ果てた。。。

 

 

あと、今日はもうひとつ。

昨冬から教会の月報に連載している

僕のメッセージ4月分をシェアしますね。

 

タイトル「産みの苦しみ」

 

【ローマの信徒への手紙 8章18節~19節(ルター訳)】


「なぜならば、現在の時の苦しみは、

やがてわたしたちに現されるはずの将来の栄光に比べれば、

何ほどのことでもないとわたしは思うからです。


なぜならば、被造物は、神の子たちが現れるのを、

不安に満ちて待ちこがれているからです」

 

【ローマ人への手紙 8章22~27節(新改訳)】


「私たちは、被造物全体が今に至るまで、

ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。


そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、

心の中でうめきながら、子にしていただくこと、

すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。



私たちは、この望みによって救われているのです。

目に見える望みは、望みではありません。

だれでも目で見ていることを、どうしてさらに望むでしょう。

もしまだ見ていないものを望んでいるのなら、

私たちは、忍耐をもって熱心に待ちます。



御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。

私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、

御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、

私たちのためにとりなしてくださいます。



人間の心を探り窮める方は、

御霊の思いが何かをよく知っておられます。

なぜなら、御霊は、神のみこころに従って、

聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。」


クリスチャンの人生は、栄光の神の御国への途上にあります。

イエス様は、私たちを神様に結び合わせ、

死から永遠の命へと復活させて、

神の国の民にする希望を与えてくれました。


クリスチャンは、すでに天に国籍のある者とされ、

今はイエス様を目で見ることはできなくても、

生き生きとした希望を感じることができるのです。


しかし、苦難の日々を過ごしていたり、

思いも寄らない出来事が降りかかると、

悲しみに暮れて、落ち込んでしまいます。

そのような時は、この希望を感じることができないかもしれません。


しかし、今すでに神の国での完全な祝福を保証するものがあります。

それは罪人である私たちが、イエス様を通して、

神様との間に平和を得ているという事実です。

イエス様を信じる信仰によって、

神様の恵みと祝福を感じることができるのです。


神様の御子であるイエス様は私たちの罪をあがなうために、

十字架で死んで下さいました。

まさに十字架は神様の愛のしるしなのです。


この神様の愛が聖霊によって私たちの心に注がれています。

心という私たちをかたち作っている最も大切なところを、

神様はすでに支配しておられます。

イエス様を自分の救い主と信じて受け入れたとき、

聖霊が私たちの心に住んで下さいました。


聖霊は、神様が私たちを愛しておられる事実を

分かるようにして下さいます。

聖霊は、神様のお気持ちを私たちでも理解できるように、

私たちの心に取り次いで下さるお方です。


聖霊の働きによって、

神様が私たちを愛しておられる根拠を信じることができるのです。

だから、神様がイエス様をとおして、

私たちにもたらして下さった大きな愛は揺らぐことはありません。


聖霊をいただいている私たちは、

神様の子供とされているから、

すでに神の御国での救いの完成は保証されています。


しかし、まだこの世では完全な神様の子供として完成していません。

罪や弱さを抱えている私たちは、

復活の身体が与えられて、

救いが完成する日を待ち望んでいるからこそ、

痛みや苦しみのせいで、うめいています。


神の御国で、完全に神様の子供として生まれるために、

この世で産みの苦しみがあるのです。


また、私たちが祈る時に、

苦しくて自分の気持ちを言い表すことができないとき、

自分の内におられる聖霊も、同じようにうめいておられます。


そして、聖霊は私たちの祈りの欠点を補って下さり、

神様にとりなして下さいます。

だから、下手な祈りであっても、

必ず神様に聞き届けられるし、

聖霊と共に祈ることで、

将来の救いの完成を実感することができるのです。


そして、いま苦しみを受けていることが、

すでに将来の栄光が用意されている保証です。

復活の栄光を受けるためには、

イエス様にならって苦難の道を歩む必要があるのですから。

この世の人生で味わう苦難は一時的なもので、

神の御国で永遠に味わう栄光こそ輝かしいものなのです。


もし、私たちが罪深さ・悲しみ・苦しみ・諦めなどに

押しつぶされそうになっても、

心は聖霊によって支配されているのだから、

大丈夫なんだと思います。


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ヒューブラウン先生

2018年02月22日 19時06分49秒 | キリスト教

日本で宣教師として奉仕されているヒュー・ブラウン先生が、

「田村淳の地上波ではダメ!」に出演した動画を
人から教えてもらったので、シェアします。

10代の時に、北アイルランド紛争の元テロリストだったけど、
刑務所で回心して、クリスチャンになられた方です。

すごく良い証しなので、おすすめします。(*^_^*)

 

 

こちらのサイトには、先生のインタビュー記事がありました。

この文字をクリック

 

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願いと希望

2018年02月15日 18時46分16秒 | エッセイ

どうして叶わない願いがあるんだろう。

欲しいと思っているものほど、手に入らない気がする。


一生、願い続けても叶わないと思える願いが誰にでもある。

それでも努力したい。


無理矢理、自分の気持ちを押し殺しても苦しくなってしまう。

今は諦めることすらできないのだから。


でも、今ここにあるものを大切だと思える気持ちも持ちたい。

そうすれば感謝が生まれる。

人間の生活は感謝から始まっていくんだ♪


また、意外と、欲しいと思っているものは、近くにあったりする。

もちろん理想の形ではないけど、その原石はすぐそばにある。


その原石を理想のもの・輝くものにできるかどうかは、

自分の生き方次第だと思う。


そう考えたら、いつか願いが叶うかな?

こういった思いが希望なのかもしれない。

大切なことは、心の中に限界を設けないことだ。


もちろん、僕は理想と現実の遠さによく落ち込む。

でも、落ち込んで良いと思う。

それでも願いや希望は信じているから。


努力していても、理想とは程遠い自分にショックを受けることがある。

人間は弱いから、周期的にネガティブになってしまう。

でも、その度に立ち上がっていけばいいんだよね。


人生は浮き沈みの繰り返しで、

押し寄せては引いていく。

人間には欠けがあるのだから。


ネガティブな感情も自分のなかに生命がある証拠だから、

理想の自分を目指していくときにできる影を見る勇気があれば、

大丈夫なんだよね。

その勇気があれば、また立ち上がることができる。


たとえ落ち込んでも、理想や希望を信じていれば、それは失望ではない。

希望は消えかかりながら灯火のように輝くんだろうなぁ。


【デール・カーネギー】

この世で重要なことのほとんどは、

全く希望がないように見えたときでも、

挑戦し続けた人々によって成し遂げられてきた。


【ネルソン・マンデラ】

何事も達成するまでは不可能に見えるものである。


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