南野島男のGood Times

日常感じたことを面白おかしくエッセイ風に書きつづります。
これぞ笑いと勇気の玉手箱!

海辺のカフェテラス

2016-07-11 00:05:22 | Weblog

先月長崎半島の最先端にある野母崎の海辺に佇むリップルというお店にたまたま入り、波の音を聴きながらカフェテラスで過ごした長閑な昼下がりは正にゴールデンスランバーでした。その日に書いた歌です。

 

『海辺のカフェテラス』

6月の潮騒がどことなく懐かしい
波間にきらめく思い出のかけらは
あの日の輝き今も覚えている

岬を渡る風はいつしか
海辺のカフェテラスまで
あの頃と同じ夏の匂いを運んでくる
グラスの隙間から覗いた海に
誰かが残したままの足跡を
波がかき消して行く

貝殻の風鈴が優しく風を集め
木漏れ日浴びながらまどろみの昼下り
聞こえていたのは波音のボサノバ

岬を渡る風はいつしか
海辺のカフェテラスまで
あの頃に置き忘れた手紙を運んでくる
心の隙間からこぼれる様に
君といたあの夏の日の思い出を
波がかき消して行く

潮風微笑み返した6月の
海辺のカフェテラス

https://youtu.be/1jkq8QgPN7o

 

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穏やかな夜

2016-07-11 00:00:51 | Weblog

『穏やかな夜』

夜のとばりに眠り誘う様に
甘い夜風が胸をかすめる
膝に開いたダイアリーめくれば
時の 速さに 戸惑いも隠せない

やるせない日々もときめきの日々も
思い出せるならば今では懐かしく
若気の 至りだと 笑い話で
許して しまえる穏やかな夜

君が残した愛の欠片らを
拾い集めて辿る夜には
少しはにかむ笑顔想えば
時のはかなさに侘しさも隠せない

手にした夢もこぼれ落ちた夢も
決して一人ならば何も出来なかった
重ねた手のひらを離さなければ
優しいままの時が過ぎたのに

月灯り蒼く照らす甘い夜風の穏やかな夜

https://youtu.be/MuE_vblwWzo

2016年6月 作詞作曲&歌

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頑張れ高校球児

2016-07-09 23:11:40 | Weblog

今年も全国高校野球大会の予選が始まった。

憧れの甲子園を目指して高校球児たちの熱いドラマが繰り広げられる。

3年間夢を追い続けて一途に頑張ってきたが最後の夏となる球児もいる。

そんな高校球児への応援歌として今年作った歌。

 

『最後の夏』

 

真夏のグランドで追いかけた夢

燃え立つ太陽と汗にまみれながら
土の匂いがする夏風の中
駆け抜けた青春の光は眩しくて
このまま果てしない夢を
目指して諦めもせずに
倒れそうな時にもくじけそうな時にも
涙見せずに走った
二度とない日々なら今この時を
心の奥に刻んでいつまでも忘れない
 
 
夏草に寝転び見上げた空に
浮かんだ真っ白な雲の行方を見つめ
最後の夏だねとつぶやきながら
笑顔で交わす約束瞳は輝いて
夕陽に染まるグランドで
流した汗や涙が
憧れ求めた青春の証と
呼べるくらいになるまで
心のフイルムに焼き付けながら
命の限り燃やした最後の夏だから
 
見果てぬ夢になろうとも
信じて諦めもせずに
倒れそうな時にもくじけそうな時にも
笑顔絶やさず走った
二度とない日々なら今この時を
心の奥に刻んでいつまでも忘れない
 
https://youtu.be/bSPVAU8NVmw
 
https://youtu.be/bSPVAU8NVmw
 
 
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戦後71年で最も大事な選挙になる

2016-06-29 21:20:28 | Weblog

7月10日は参議院選挙。

今回の選挙ほど重要な選挙はないと思う。

今回の選挙で自民公明に三分の二を取られてしまうとその後には憲法改悪が待っている。いよいよ戦後71年もの長い間守り続けてきた平和憲法が破壊されてしまうのだ。

有権者の半数は自分が投票したからといって何も影響はないし、誰がなっても同じだし、そもそも政治のことなんて興味もないし、なんて考えで投票には行かない。

しかし、今回の選挙結果で憲法が変えられてしまうとなると話は違う。棄権者に影響がないことはないし、誰がなっても同じではないし、興味がないなんて言ってられる世の中ではなくなってしまうのである。

自民党の憲法草案がどのような内容なのか分かっていれば選挙に行ったのになどと後悔してもどうにもならない事態が始まるのだ。

イギリスで行われたEU離脱か残留かの国民投票では離脱派が勝利したが、選挙が終わるや否や何百万人の国民が後悔して国民投票のやり直しを求めている。こんな内容なら離脱に賛成などしなかったのにと多くの声が聞こえる。離脱を先導した党首たちもいきなり違うことを言い出し、そんな事は言った覚えがないなどとまるで安倍晋三のようなことを言い出す始末。

今回の選挙に半数以上の有権者が棄権してくれれば自民公明にとっては思う壺である。投票率が低ければ低いほど自公に有利になる。そのためにマスゴミを使い「自公既に三分の二に迫る勢い」なる新聞報道を使い世論操作を行う。テレビなどの党首討論でも安倍晋三の持つ時間は以上に長く、山本太郎などの発言は短く、途中で話を遮断されてしまうこともよくある。

安倍晋三は今回の選挙での争点をアベノミクスを後戻りさせるのか加速させるのかなどと言うが、この言葉になど騙されてはいけない。そもそもアベノミクスは破綻した経済政策であり今更信を問う問題ではない。しかも消費税増税を延期することにも信を問うとか言ってるが消費税増税延期はアベノミクス失敗のせいでありこれも今回の選挙の争点にするのはおかしい。

世論調査では安倍晋三の消費税増税延期を評価するが多数を占めているとマスゴミは報道するが、これも完全に狂っている。そもそも消費税増税など誰も望んでいないし絶対反対だったのだ、それを権力にもの言わせて強引に実施しようとしたものを中止することを評価するとは言わない。殺人を犯そうとしていた犯罪者が殺人を思いとどまったのを誰が評価するというのだろうか。しかもどんなことがあろうとも断じて実行すると政治生命を賭けたような言いぶりで断言したのだからそれが出来なかったことに対する国民への謝罪と辞任するなどしてケジメを付けるのがまともな神経の持ち主のすることだ。

選挙では本丸の憲法改定のことには全く触れないが、安倍晋三らの腹の中には憲法改正しかない。選挙後に憲法改正に着手しても我々は国民からの信を得たからと声高々に言い張る姿が目に見える。憲法改定が行われれば個人的人権はなくなる、国民主権でもなくなる。平和も維持できず国防軍が創設され戦争の準備が着々と整えられて行く。一番恐ろしいのは緊急事態条項が盛り込んだ憲法になると内閣が法律と同等の決まりを作れてしまい、場合によっては選挙も行われなくなりヒットラーの全権委任と同じくすべての権力を安倍晋三が握ってしまうことになる。まさかそんな恐ろしい憲法が制定されるなんて思ってもいなかったなどと後から分かっても遅過ぎるのである。

衆議院でもそして参議院でも過半数、三分の二を取ればどんなに野党が反対したところで数の原理ではかなわない。戦争法案でも特定秘密保護法でも武器輸出法でも増税でもそして開戦でも全て内閣の閣議だけで決まってしまう。つまり日本の将来、国民の命も安倍晋三閣下様の胸先三寸で決まってしまう世の中になる。

憲法とは権力者が暴走しないようにそれを縛るためのものであるのに、その憲法を無視し憲法違反を堂々と犯し集団的自衛権の行使容認を決めてしまい、力にものを言わせ安保法案を決めてしまう行為を暴走、独裁、悪政と呼ばずになんと呼べばいいのだろうか。そして挙げ句の果てに日本国憲法そのものを変えてしまい世界中のどこまでも軍隊を派遣し、獲られた領土を軍事力で取り返す戦前の日本に戻そうとしているのである。

民主主義、立憲主義、平和主義の日本が根底から崩されようとしているのが今なのである。唯一この動きを止められるのが我々国民が持つ選挙権なのだ。今ならまだ選挙があり不正選挙が行われない限り民主主義が行う事ができる。今ならばまだ止められる、今ならばまだ間に合うかもしれない。だから今回の選挙は日本が終わるのか救えるのかの重大な選挙なのである。我々が本当に望んでいるのは安倍晋三が作ろうとしている日本ではないはず。多くの国民が本当に望んでいるのは戦争のない平和な暮らし、原発のない安全な暮らし、TPPなどない安全で安心で主権をなくさない暮らし、米軍基地のない沖縄の人の幸せな暮らし、そして格差のない社会のはずだ。これら全てのものを真逆に行おうとしているのが今の政権である。

今の憲法なら主権は国民にある。独裁者にこれ以上日本を破壊させないために国民が立ち上がらなければならない時がきたのである。我々ひとりひとりの声は小さいかもしれないが同じ考えの人たちとは深い深い無意識層では繋がっており必ずや大きなうねりを起こして何かを変える事ができると信じている。

今回の選挙から18歳以上の若者も国民最大の武器投票権を行使できる。日本の未来はそんな若者たちのためにある。自分たちの未来が自由も人権も平和もない世界で良いのなら棄権してもいいかもしれないが自分がやったことは全て自らに降りかかってくるということを理解しておかねばならない。

7月10日参議院選挙の日、僕は必ず選挙に行って1票を投じる。主権者として。

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桜満開の入社式

2016-04-02 09:46:01 | Weblog

いよいよ4月になり桜の花も満開を迎えた1日恒例の新入社員入社式が各地で行われた。

長崎では必ず十八銀行の入社式が新聞やテレビのニュースでは紹介されるのだが、今年はいつもの晴れ晴れとした入社式とは決して言えないはずではと思ってしまった。

大学を無事卒業して晴れて地元では優良企業である十八銀行に入社できた本人やその家族はこれで自分の将来、息子の将来も安泰だなどと安心していたに違いない。先日のニュースを聞くまでは。

十八銀行は来年福岡ファイナンシャルグループの子会社になってしまい事実上地元長崎の十八銀行としての起業生命は終わってしまうことになった。しかもその後は同じ子会社化されて先に身売りしていた親和銀行と合併させられてしまうのだ。十八銀行に合格して入社が決まった時にはこんな話は知る由もなかったわけで正に青天の霹靂としか言い様がない。

そんな中で行われた入社式で頭取さんは「驚いたと思うが、10年、20年先を見据えた判断。本県を輝く古里にしたい。やりがいのある仕事と思ってもらえると確信している」と挨拶した。

こんな綺麗事言う前に先ずは新入社員に対して謝るのが先だろう。驚いたと思う?!驚いたどころじゃ済まないし、あたかも銀行が正しい判断をした様な言い草にしか聞こえない。頭取が言うのはあくまで企業の論理。個人的な行員にとっては死刑判決を受けたようなもの。

冗談じゃないぜ、企業の論理かざす前に深々と頭下げて俺たちに頭のひとつでも下げて見ろなんて思ってる新入社員の1人くらいいてもおかしくないはずなのに、インタビューに応えた新入社員は「地域のためにという目的は変わらない」などとこれまた心にもないコメントを垂れてしまう始末。

本当に地域のためになれば自分たちの人生は企業の論理でどうされたって構わないとでも言うのだろうか。来年には買収され子会社化され挙げ句の果てに他の子会社と合併させられ、店舗統廃合による人員整理の恐怖を背負うサラリーマン生活も地域のためになるのなら私は構いませんと言い切るこんな若者って、たぶんあの百田直樹が書いて映画にもなった「永遠のゼロ」を観て美化された事実に感動の涙を流すようなタイプなのかもしれない。

もともと銀行というのは「晴れた日に傘を貸し雨の日に傘を取り上げる」と表現されるように自分らの儲けにならないことはやなないのが本質だ。倒産しそうな中小企業に金など貸してくれるはずなどないし、失業して生活に困ってる人にお金を貸してくれることはない。テレビCMなどでも申し込みから最短10分で即決の融資と言ってるが裏を返せば即決でお断りするということだ。「大切にしたい心と心」「ハートの銀行」「地域の皆様の笑顔のために」などと歯の浮くようなキャッチフレーズに騙されて助けを求めて悔しい思いをした人は数多くいる。

先日はSHARPでも入社式が行われたようだがここでも「今年はシャープにとっても新しい門出の年・・・」と社長の挨拶が述べられた。何人の新入社員が心の底から晴れ晴れとした気持ちで入社式に臨んだのか聞いてみたい。

アベノミクスという最悪の経済政策は大企業への減税優遇措置、一般庶民への増税で弱肉強食の世界をさらに拡大させてゆく事になる。企業の論理で偽装された桜満開の入社式で桜ちらした心で入社している新入社員の心の声が聞こえる。

 

 

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またひとつ消えゆく風

2016-03-05 17:56:59 | Weblog

大好きなミュージシャンの訃報は胸に迫るものがある。

いつかは誰しも年を取りいつかはそういう日がくるものであるが、まだまだ現役バリバリなのにまだまだこれから素晴らしい歌を世に送り出したであろうにと思える人がいなくなるのは本当に惜しいし寂しくなる。

その人から受けた影響が大きければ大きい程喪失感は強いし、こと青春時代にいろんな場面で聴き続けたミュージシャンであったりすると自分の遠い青春の欠片をどこかに持って行かれたようにも感じる。

忌野清志郎、加藤和彦、松岡直也、大滝詠一、みんな僕の大好きなミュージシャンであり時代時代にこの人たちの音楽が僕の中に存在する。この人たちの音楽を今聴いたり演奏したりするとあの頃の自分が、その時代が一瞬にして蘇る。そしてこの人たちがもう新しい音楽を作り出すことのない現実を受け入れ寂しくなるのである。

そしてまた一人僕の大好きだった村田和人の訃報が入ってきた。

大学卒業して社会人になりたての若造の時、僕は村田和人の音楽に魅了されそれから今日までずっと大ファンを続けて来た。彼の歌は正に夏、青春、恋のドライブには持ってこいの音楽だった。当時買ったばかりの赤い車で海に行く時には欠かせない音楽のひとつであった。

一般的には夏のドライブで聴く音楽と言えば、サザン、TUBE、山下達郎、ユーミンてところがメジャーではある中、僕は村田和人が一押しだった。爽やかな高音の歌声とメロディーラインにサウンド、どれをとっても彼の音楽性は僕の好みにハマった。印象的な夏の歌に「サマーバケーション」という曲があるが、竹内まりあと共演したこの歌は僕の中では永遠の夏曲の定番である。

最近の村田和人も年輪を重ねいいオヤジにはなってはいたが、永遠の夏の匂いは色褪せることなく歌い続けてくれていが、「海辺の街で」の様に遠い夏を振り返る哀愁漂わせる名曲も歌っていた。

62歳という若さでまだまだこれからという時に彼の歌が聴かれなくなると思うと本当に寂しい。しかし彼の作り出した音楽は僕をはじめ多くのファンの人生を豊かにしてくれたことに変わりはないし、これからも心の中で永遠に鳴り続けるだろうと思う。それこそ彼がいつも歌っていた「終わらない夏」だ。

ありがとう村田和人。冥福を祈ります。

 

 

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マイナンバーなんていらない

2015-11-28 23:16:01 | Weblog

我が家にもマイナンバーが届いた。

届いたというより郵便屋さんがマイナンバーの入った封筒の簡易書留を配達に来たというのが正しい。「僕は要りませんので持って帰って下さい」とお願いしたところ、呆れ顔の郵便屋さんはこれは誰もが受け取らないといけませんのでこれはできませんとの返事が返ってきた。

マイナンバーは国民の誰もが番号を付けられてしまうことは知っているが、その通知カードを受け取る義務は国民にはないことは知っている。もちろん内閣府のHPにもそのことは記されている。

それなのに郵便屋さんは渡してしまいたいがために住民の無知に付け込むかのように嘘まで言って受け取らせようとするのである。僕が受取拒否のサインと捺印をしましょうかと言っても話は平行線。最終的には一旦持ち帰るが再度連絡して配達にくると言い張るのである。郵便屋さんには何の恨みもないが全国でもこういう事ってかなり起きてるんじゃないだろうか。

全国的にはマイナンバー受取拒否運動も起きているし、弁護士たちによるマイナンバー違憲訴訟も12月には始まるようだ。

しかし、ネットなどではこういう動きに牽制するように「受け取り拒否は何の意味もない」だの「受取拒否したからといって番号を消せるわけでもないのに愚かな行為」と批判している。もちろん政府側の人間が書かせているのだろうが、彼らはそもそも肝心なことが分かっていない。

受け取り拒否をしている人達は既に番号が国民に付けられてしまっていることくらい知ってるし、通知カードの受け取りを拒否したからといって番号が消えないことくらい百も承知だ。

受け取り拒否を意味のないことと批判するのは戦争法案に反対して国会前で反対デモするのが何の意味もないと見下しているようなものだ。既に国が決めたことに楯突いたところで覆ることはないと言いたいのだ。無駄な抵抗はするな権力には従えと叫んでいるようなものだ。

受け取り拒否するということはマイナンバー制度に反対しているという意思表示なのである。庶民のせめてもの意思表示であり、望みもしない悪徳制度をなんとか推進させないための行動なのである。

番号法の第七条には「通知カードの交付を受けたものは」という定義で負わせようとする義務の事項が書かれている。これで明確に分かるように通知カードを拒否して受け取らなかった場合にはこれに該当しないことになる。つまり簡易書留で通知カードを受け取ったことで番号法第七条の国民に該当してしまう。これらの義務が住所変更届け義務や紛失届け義務くらいならまだ許せるが将来的に徴兵の義務を負うなどと追記されたりしたら笑い事ではすまなくなる。

マイナンバーの通知カードを受け取り拒否したら自分の番号が分からないではないかという人がいるが、住民票でマイナンバー付の奴を申請すればそれで番号は分かるし、会社からマイナンバーの提出を指示れている人は住民票を取ればすむことである。

さらに政府は通知カードを受け取らなければマイナンバーカードが申請できないぞと脅しているがこの写真付きのカードで便利なのはコンビニで住民票がとれるくらいなものだからこれこそ意味がない。年寄りにとっては身分証明書になるからというが年寄りがコンビニで住民票なんか取りはしない。

マイナンバー制度のおかげで国民は政府から監視監督されるわけだし、個人の重要な情報はどんどん流失し危険度がますことにもなる。社員からマイナンバーを集める民間のそれも低レベルのセキュリテイーしかしてない会社はどのように対策を講じているのか分からない。

憲法違反の戦争法案を強硬に裁決した安部政権は違憲であるマイナンバー制度でさらに国民を苦しめようとしている。戦争法案にしても原発再稼働にしてもTPPにしても消費税増税にしても沖縄米軍基地にしても多くの国民は望んでいないものを国民のため国民のためと馬鹿のひとつ覚えのように安倍晋三は好き放題に権力を振るいまくる。

今回のマイナンバー通知カードを受け取り簡易書留に捺印するということは安倍政権がやろうとしている悪政に同意支持しますということに他ならない。我々国民は来るべき次の選挙では必ずや政権交代を果たすために選挙権という唯一の武器を行使する必要がある。

その時は安保法案も廃案、原発も廃炉、TPPも撤退、沖縄米軍基地廃止、消費税増税中止、裁判員制度廃止、そしてこのマイナンバー制度も廃止されることを期待したい。

 

 

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されどルーティン

2015-11-04 14:41:37 | Weblog

今日本で最も有名なスポーツ選手の1人がラグビー日本代表の五郎丸選手だ。

僕も含めて今までラグビーなんてほとんど見たこともなかった人間でさえも五郎丸選手の活躍とあのルーティンのポーズを知らないものはいない。ルーティンポーズが流行語大賞に含められのかどうか知らないが、もし対象になるのならば五郎丸ポーズの選出は間違いないはずだ。

子供からお年寄りまでみんながあの浣腸しちゃうからにも似た五郎丸ポーズに湧いているのが下期の流行だ。もう暖かくもないし、ラッスンゴレライなど誰も見向きもしないし、今更やると哀れみを帯びた目で見られたりする。安心して下さいと言えるのも年内だけかもしれない。

五郎丸選手のルーティンはお笑い芸人の一発芸とは違うからこ今年だけということはあり得ないが、何分熱し易く冷めやすいのが世間の風潮だけに一旦ラグビーへの関心度が薄まってくると「そう言えばそんなポーズも流行ったよね」なんてことにもなりかねない。錦織が世界で優勝すればテニスに走り、なでしこが活躍すると女子サッカーへ流れる。とかく世間のというのはいい加減であり流されやすい。

人気に火がついた五郎丸選手はテレビ局でも引っ張りだこだが、使える時には使えるだけ使え主義のテレビ界も調子に乗りすぎて正月特番辺りで五郎丸選手にハンバーグ!なんて叫ばせはしないだろうかと余計なしんぱ心配までしている。

ルーティンと言えばいろんなスポーツ選手もやっている。有名なところでは野球のイチローのバットまわしーの袖つかみーのに代表されるが野球選手がバッターボックスに立つ時のルーティンはそれぞれ特徴があって面白い。相撲では引退した高見盛のロボコップルーティンは会場全体が盛り上がるものだった。最近の力士では琴奨菊のイナバウワーや琴勇輝のホッ!と声をあげるやつ、必ず塩をわしずかみにして高く巻き上げる力士もいる。

ルーティンを何故やるのかという理由は人それぞれみたいだが精神統一やゲン担ぎはたまた計算された結果として用いる場合もあるそうだ。昨年のレジェンドと言う言葉に対して今年はルーティンがなんかいけそうだ。2016年の年賀状には五郎丸ポーズをしたサルのイラストが多く目に浮かぶ。

 

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民主主義、立憲主義、平和主義を壊す安倍政権

2015-09-23 23:31:50 | Weblog

安保法案が可決してしまった。

日本中では未だにこの法案に反対するデモが続いている。それぞれのプラカードには「安倍政治を許さない」「戦争反対」「憲法守れ」など今まで政治に関心がなかった若者や若いお母さんたちまでも立ち上がった。

しかしどれだけプラカードを掲げ声を上げデモを繰り広げたところで法案は簡単に決まってしまう。何百万人何千万人の国民が戦争反対と叫んだところでたった一人の権力を握ってしまった政治家がやると言えばそうなってしまうのが世の中だ。「安倍はやめろ!」と叫んだところで安倍は辞めはしない。

独裁者に数の原理を与えてしまうとこういうことになるのだ。今回の安保法案だけじゃない。原発再稼働だって、TPP参加だって、沖縄の基地移設だって、消費税大増税だって、議席の数を占めてしまった政党がそしてその党首が胸先三寸で勝手に決めることが出来るのが今の日本だ。

野党はあらゆる方法を使ってでもこの法案の成立を阻止すると言い放ったがあらゆる方法なんて最初から有るはずがない。あるとしたらそれは選挙による政権交代しかないはずだ。わずか17%の支持しか獲得していない自民党が政権を握りこの国をその党首の安倍晋三が好き放題にしてゆくことなど許してはいけない。

今回の安保法案には6割の国民が反対しているが4割の国民は賛成していることにもなる。人間の考え方にはいろいろあるのは分かる。中国が攻めて来たら誰が守るのか、攻撃したら許さないぞという抑止力を持つことは必要だとか、積極的平和主義は必要だといろんな意見もある。今の憲法は時代にそぐわないとかいう人もいる。

安倍晋三は国民の生命と幸せな生活を守る為に安保法制を何としても作ると意気込んでいるがそれは自己陶酔型の愚かな人間の言葉にしか聞こえない。

そもそも憲法とは権力者が暴走しないためにあるものでそれを自分が権力者だから何でも出来ると勘違いした馬鹿な政治家が安倍晋三だ。安倍の言葉はまるで私の家族を守るためには油断ならないご近所の奴らは殺してやると言いそれを正当化しようと、私は家族思いだと言ってる様なものだ。

時の権力者が憲法を解釈だけで勝手に変更出来ることなど有り得ない。それを憲法違反だと言うのに未だに理解できていない。集団的自衛権は我が国の憲法では禁じられているそれを勝手に盛り込んだ法案が成立させられる訳などない。どうしても安保法案を成立させたいのならば憲法を改正させてからのことだろうが。しかし憲法改正などハードルが高すぎて無理だと分かったこの男は解釈だけで閣議決定だけで独裁的に押し通そうとした。

内閣総理大臣だからと言ったって平和主義、立憲主義、民主主義を全て破壊していいという権限など与えられていない。それを国民のためだ国民のためだ私には責任があるとか口を開けば言い放つが、既に末期的症状が出ているとしか思えない。このような政治家にいつまでも権力を握らせたままにしておく事ほど危険なものはない。

共産党の志位代表の提言で野党が協力体制を組み政権交代を図り戦争法案を撤回させようとしている。国を守るためにも平和を守るためにも家族を守るためにも一番なのは選挙で勝つことしかない。

被爆地長崎でも原爆の悲惨さを語り継ぎ、平和の尊さを語り継ぎ二度と戦争を起こさないために平和活動と祈りが続けられている。確かにこれは大事なことであるかもしれないが、どんだけ平和を望み活動したところで選挙で投票しているのが自民党や公明党なら何の意味もない。現に原爆を憎み戦争のない恒久平和を望んでるはずの長崎県民が最も支持し投票するのは戦争法案に全国に先駆けて賛成する長崎県議会の自民公明の議員たちなのである。

はっきり言えるが平和を守り戦争を回避するには政権を取ることだ。次の選挙では野党連合が協力して政権を勝ち取り平和憲法を守ることだ。そして今回の戦争法案に賛成票を投じた議員たちを全員落選させることだ。全国各地でデモをするのもいい。戦争反対と叫び政治に目覚めるのもいい。ただ大事なことは主権者の最大の武器は投票権だということを忘れないで欲しい。安倍政権打倒を願い民主主義と平和を願う国民のパワーを選挙という手段に集中させなくてはならない。

 

 

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長崎県議会が安保法案賛成決議

2015-07-11 00:29:49 | ニュース

独裁者安倍晋三が掲げる安保法案は間もなく数の力にものを言わせ国会で成立させてしまわれようとしている。

今の日本には民主主義などという言葉は通用しない。北朝鮮並の独裁政治が堂々と繰り広げられ全ては権力を握ってしまった安倍自民党とコバンザメの様に政権与党にしがみつく公明党で好き放題に動かされている。

明らかに憲法違反の集団的自衛権を盛り込んだ戦争法案は決して成立させてはいけないと反対する野党や民衆の声など無視して来週には決めてしまおうという構えだ。

国会の周りでは大多数の民衆が反対デモを繰り広げるが、やはり権力の前では何の抗力もないのか。何万人、何百万人が反対行動を起こそうとたった一人の権力者がやると決めれば決まってしまう国なんて民主主義国家でも何でもない。

戦争もそうだが、原発もTPPも沖縄基地も消費税増税も多くのまともな国民は全てに反対しているのだ。それを利権のためか知らないが安倍政権だけが推進している。国民の声を無視して。

もしこの戦争法案が通ってしまえば日本は戦争が出来る国へと逆戻りし平和憲法は壊され安倍晋三らが制定する危険憲法へと変えられて行く。

戦後70年に渡り長いこと守り続けてきた日本の平和は終了することになる。これからは戦争によって多くの若い生命を失うことにもなるだろうし、罪もない他国の子どもたちを日本人が殺しに行く時代が始まる。

権力を握る政治家により始められる戦争で犠牲になるのはいつの世も罪もない未来ある子どもたちだ。戦争を始める政治家たちが戦場に行くことはない戦場で生命を無意味に散らされるのは未来ある若者たちなのである。

先の大戦そして敗北で学んだはずの日本はどうなってしまったのだろう。確かにほとんどの日本人は戦争は反対のはずだ。しかし戦争を決めるのは政権を握る政治家だ。戦争を始めようとする安倍政権は国民の支持など得ないで権力を握ってしまいその結果として暴走政治を好き放題に進めているに過ぎない。

腐りきった民主党政権に嫌気がさし政治不信に陥った国民の政治離れが進んだ時に行われた選挙には有権者の半数しか投票に行ってなく、しかも投票にいった有権者の半数しか自民党には投票していない。今の政権はわずか有権者の4分の1の支持しかないのに権力を握ってしまう結果となった。

来週には多くの国民が反対しようと戦争法案は可決されてしまう。

その安保法案の成立を強く望むという議会決議を全国でもいち早く決めたのが長崎県議会であった。この報道を聞いた時は我が耳を疑った。

長崎県議会も勢力的には自民公明が多数を占めていることは承知しているつもりだったが、まさか長崎の県議会の議員までもが戦争に賛成することはないとタカをくくっていた。

今年の県議会議員選挙では集団的自衛権の行使を容認する自民党議員は長崎では勝って欲しくないと個人的にはそう願っていた。しかし長崎でも有権者はそんな自民党には入れたくはないから選挙には行かない。投票にいった有権者も野党が統一していないために票が割れて結果的には自民公明の勝利になってしまった。この選挙でも僕は思っていた。自民党議員に投票するのならそれは戦争さんせいを意味すると覚悟して投票しろよと。

しかし、自民党立候補者の誰ひとりとして憲法違反の集団的自衛権については触れることなくはぐらかし、景気対策だの子育てだの庶民に優しい政治だの耳障りのいい演説しか垂れなかった。この春の県議会議員選挙での争点は集団的自衛権にしなくてはおかしかったのだ。

原爆を憎み戦争を誰よりも反対し平和を誰よりも守ることに努力してきた長崎県民は戦争を容認する自民党に投票することはないはずと僕は信じていた。

しかし結果は戦争推進の自民党の勝利。この時点で長崎県民の愚かさを僕は痛感した。口では平和平和、許すまじ原爆とか歌いながら平和活動を行いさも戦争は二度と起こしてはいけないと心に誓っているように見せかけ、いざ投票するのは戦争を出来る国に向かおうと邁進する自民党なんだから呆れてものが言えない。全国の多くの県が自民党が勝とうとも長崎と広島の県民だけは自民党には勝たせないという姿を信じていただけに情けなかった。

案の定今回の長崎県議会の議決は安保法案に賛成というものであった。県民の意思を代弁する県会議員が戦争賛成ということは長崎県民は戦争賛成ということなのである。

今年は被爆70周年という節目の記念すべき年でもあるのに、その年に今までの積み重ねてきた平和を守る尊い心が根底から壊されてしまった。今年の平和祈念式典ではどの面下げて参列したりするのかと思う。長崎の人がいくら綺麗事を並べたところで腹の中では戦争賛成なくせにと思われてもしょうがない。

端島が世界遺産に決まり県全体が異常に浮かれているが、安倍政権が力で勝ち取ってくれたお礼の意味も込めての賛成決議とも考えられるが、個人的には酷い環境の中で強制労働を強いられた炭鉱島が世界遺産になっても両手をあげて喜べる気分ではない。

この決定には安倍晋三の臭がプンプンするし、何より端島を軍艦島、軍艦島といかにも戦争をイメージさせる名前を強調させられているようで嫌だ。利権まみれの東京オリンピックが今でも賛成できない気分にも似たものがある。

長崎にもまともな県民はちゃんと存在する。自民党に投票することがこういうことだと初めて思い知った人もおられるだろう。二度と被爆者を出してはいけないと叫んでいる人たちも安倍晋三は核武装も考えにはある政治家であることくらい知っておくべきだ。全国の人たちから長崎は今どう見られているかといえば徴兵制が施行されれば真っ先に自分の子供を差し出す覚悟だろうね長崎の県民はと言われても仕方ないのだ。

今回の長崎県議会の議決を故永井博士が知ったならばさぞや天国で嘆き悲しんだことだろう。

 

 

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