訃報 安藤昇

2015年12月19日 | 映画 レビュー


今年一年、高倉健の任侠ものにハマって、今も観続けているが、時折、重要な役どころでドスの利いた迫力ある演技を見せ、目が離せない俳優だった。
この人が出演すると、空気が一変するような緊張感が走るとでもいうのか、存在感たっぷりの役者だ。
経歴なども知らずに、ただただ気になっていたのだが、このたび死去された。
あらためて、その足跡を辿るに、なるほど尋常ではない。
この人のリアルな臨場感、存在感が、俳優の演技というだけで割り切れないものを感じていたが、過去の経歴を知ると納得だ。
こういう俳優も、もう存在しない、これからも出てこない。
あらためて、ご冥福をお祈りします。



安藤組の組長から俳優に転身し、映画プロデューサーとしても活躍した安藤昇(あんどう・のぼる)さんが16日午後6時57分、肺炎のため都内の病院で死去した。89歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者のみによる密葬で行う。後日「お別れの会」を検討している。

 関係者によると、16日午後3時すぎに体調が急変し、都内の自宅から病院に緊急搬送。夫人らにみとられて帰らぬ人となった。一時は「頑張ってください」との掛け声に手を強く握り返すなど、持ち直す兆しも見られたという。関係者は「懸命に闘い安藤昇らしい最期だった」と話した。持病はなく最近まで週刊誌のインタビューに答えるなど元気だった。

 安藤さんは戦中、人間魚雷の訓練を受けた。終戦後、焼け野原と化した東京で愚連隊のリーダー的存在として台頭した。法大へ進学したが、中退。1952年に東京の渋谷を拠点にした安藤組を結成、全盛期には組員1000人を超えた。58年、東洋郵船の横井英樹社長をピストルで襲撃したとして、懲役8年の実刑判決。仮出所後の65年4月、映画俳優として再出発を図り、松竹と契約。8月に自伝映画「血と掟」でデビューした。その後、加藤泰監督とのコンビ三部作「男の顔は履歴書」「阿片台地・地獄部隊突撃せよ」「懲役十八年」で高い評価を受けた。東映では多くのやくざ映画に出演し、強烈な存在感を示した。

 「男の顔は…」に端役として出演していた菅原文太さんを東映に紹介したのが安藤さんだった。05年には自身をモデルにした映画「渋谷物語」が公開され、安藤さんは本人役で特別出演した。



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