響き 15番 2017年03月26日 | 十四行詩 響くのは音ではない 響くのは 言葉ではない 金雀枝が響く 木洩れ日が響く 夕焼けが響く 山が 川が まなざしが 響く 裂け目が響くように 沈黙が響くとき 時が響いているのである 冬の波のような痛みが響くとき 過去が響いているのである シフはバッハの響きになった アファナシエフは三十一番の響きになった わたしが響く 死が響くように それが響き始めたとき それが響いている場所 それはひとりの他者である
流れる 14番 2017年03月22日 | 十四行詩 流れる 初夏を流れ 花を流れる 山が流れるように 過去を流れる 幼稚園の子どもたちの聲が きょうは よく響く ふるい天井の白い花びら 響くまで間のある聲また聲 そんな夏の大きさは 音の見える畏れとも 夏椿の白さとも 去来するものはなにもなかった 身の丈に まだなじんでいない この世 この世 大きくあくびをして 気がつけば カフェのソファーの中の 物憂い中年男である
みどりの本 13番 2017年03月12日 | 十四行詩 みどりの本が 郵便局の 「返さなくていい図書館」の 古い棚に一冊あった みどりの本はみどりの文字で書かれている もう だれも みどりは読めないから 埃をかぶって 長いあいだそこにあった 木陰から出てきて 火で争うひとたちと 海から上がってきて 水を争うひとたちが この古びた棚で出会って いま 黒い文字を作った