狷介不羈の寄留者TNの日々、沈思黙考

多くの失敗と後悔から得た考え方・捉え方・共感を持つ私が、独り静かに黙想、祈り、悔い改め、常識に囚われず根拠を問う。

プロテスタント教会は抗議せず世間や権力に迎合している・・・「平和」や「愛」の言葉による麻痺

2015-01-02 00:59:30 | 宗教組織
 そもそも「プロテスタント」の意味は、反抗する者、異議を唱える人、抗議者。
 16世紀当時、カトリック教界神の下の平等に反する階級制度を持ち、豪華壮麗な教会を建て、人間マリア等の偶像を建て、免罪符を発行して売る等をして腐敗。
 そのカトリック教界に対して、マルティン・ルター氏らが反抗し抗議して改革運動を起こした事が、プロテスタント教界の始まり。
 しかし現在においては、プロテスタント教界は抗議せず異議を唱えず、却って逆に権力や権威、世間一般に迎合しています。
 教会は「平和」や「愛」ばかりを唱え、その為の迎合や隷従、偽善等を認めている様にも思えます。
 教会では、聖書のヨハネの黙示録等に書かれている様な戦争や災害、この世の終わり等の預言の事は言いません。特に日本に於いては、キリスト教の信者数は1%にも満たない極めて少数派である為に、その様な事を言おうものなら世間一般に危険な宗教、反社会的宗教等と思われる事を恐れて、誤解される事を恐れて言いません。そして、世間に耳当たりの良い言葉である「平和」や「愛」ばかりを唱えています。
 米国等のプロテスタント教界も、裏の支配権力が背後にいたり、イエスをキリスト(救世主)として認めないユダヤ人・ユダヤ教に迎合して教会の生き残りを図っています。
 また日本人は、「和」を重んじると言われています。しかしこの事も、元々日本は多民族国家であったものを、原日本人ではない渡来人により大和朝廷を成立させていく上において、民族個々のナショナリズムを支配者によって強制的に抑えつけ、そして一つにまとめて「和」としたものから始まりました。
 「平和」とは、平らにして和とするもの。かつてのソ連がそうであった様に、支配者・権力者が上から強制的に押さえつけて、元々個性がバラバラで能力・特色に差がある様な凸凹な状態を平準化して「和」とするものです。全ての人を平準化する為には、低いレベル、奴隷の様にする事が必要となります。
 現在の社会、会社、学校、各種組織・団体においても「和」が重んじられて、協調性が叫ばれています。しかしその「和」や協調性は、癒着関係、馴れ合い、なあなあ、贈収賄、迎合、媚びへつらい、追従、偽善、隷従・隷属等によって保たれているに過ぎず、「和」の為に悪を認める、自身の保身や安泰の為にその様な「偽りの平和」を作っています。
 その様に間違った「平和」や「愛」の中に埋没して麻痺してしまう事が、俗にいう「平和ボケ」。悪や誤り、偽善、嘘、人の痛み、自身の奴隷状態等に気付かず、それらに対する怒りも生じず、また自分の罪にも気付きません。
 一方、イエス・キリストはそれらの様な「偽りの平和」に反対して、次のような言葉を述べています。

 新約聖書・マタイの福音書10章34~39節
   「わたしが来たのは地に平和をもたらすためだと思ってはなりません。わたしは、平和をもたらすために来たのではなく、剣をもたらすために来たのです。
  なぜなら、わたしは人をその父に、娘をその母に、嫁をそのしゅうとめに逆らわせるために来たからです。
  さらに、家族の者がその人の敵となります。
  わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。また、わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。
  自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。
  自分のいのちを自分のものとした者はそれを失い、わたしのために自分のいのちを失った者は、それを自分のものとします。」。

 イエス・キリストは、在世当時のユダヤの国を支配していたユダヤ教の指導者達を「偽善者」と批判し、その偽善者達によって保たれていた偽りの平和・安泰・体制を破壊して天の父・創造主の御心に適う様な真に正しいユダヤ社会への改革に挑み、その事を憎み嫌ったユダヤの指導者・支配者達がユダヤの世間一般市民を扇動して、イエス・キリストを十字架に付けて殺しました。
 現在世界的に進められている「グローバル化」は、世界支配権力が「偽りの平和」を作ろうとしているもので、それに反発する形で現われているのが、世界支配権力・グローバリストに右翼等とレッテルを貼られている「ナショナリズム」

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