星形の頭の男 （デュシャンのポートレート）

雑感・・・。

白日夢というほどのものではないけど、日常のちょっとした隙間にフラッシュバックのように蘇る記憶がある。数えたことはないが、幾つかの図像や美術作品も含まれていて、それらは何処か奥の方で、想像力や考えを刺激し続けていると思うと、やはり何かを観たり聴いたりする体験が人に与える力は侮れないと思う。

マルセル・デュシャンが髪を星形に刈り上げたその頭をマン・レイが写真に撮ったものがあって(参照)それなど一つの典型なのだが、いわゆる感動といった記憶とは違って、むしろ次々に色々なものを観たなかでは風のように通り過ぎていったはずの作品である。なのに、眠りの前にフと見える、踊りの稽古に疲れて仰向けになるそこにフと現れる、、、。

星形の刈り上げ男の後ろ姿。

デュシャンと言えば、他の作品に衝撃を受けた記憶が強く、階段を降りる女の絵や、遺作のあの大股開きなどは自作ダンスの直接の主題にしたことさえあるし、今も思い出すと初見の興奮が生々しく蘇る。しかし、それらは矢張り「思い出す」のであって、それに対して先の星形に刈り上げた頭の図像は、不意打ちのように、特別な感情も伴わないで、あれっまたこれか、というほどの軽さでフィっと脳裏に浮かんでは消えてゆくのだ。

武満徹さんは、この写真から『鳥は星形の庭に降りる』という音楽を作曲したときくが、あの美しく深い響き、そして広大な想像を喚起する題名の言葉が、この不思議な写真から、どのような心の紆余曲折を経て産声をあげたのか、実に興味深く神秘的である。

星形の刈り上げ男がパイプをくゆらせて座っている。ただそれだけの光景、されど、かつて無かった光景。感動する前に、衝撃を受ける前に、いや、何かを感じるよりも前に、素早くシャープに網膜や脳神経に焼き付いてしまったのかもしれない。

この写真だけではないが、芸術のなかには、そのような、非常な速度と即物性をもって深層意識に刻印され、記憶の奥から不思議な刺激を与え続けるような力を持つものがあるのだろう。

星形の頭の男は、いつまで僕の脳裏に棲み続けるのか。彼は何を発し続けるのだろうか。

印象。なんと神秘的な働きか、、、。