特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

ワンワン ワンワン

2015-11-11 09:23:27 | 遺品整理
11月11日、胸のすくような快晴。
一並びの今日はチビ犬の命日。
一年・・・はやいような、遅いような、とにかく一年が経ち、また、寒い季節がやってきた。
ついこの前までは半袖でいられたはずなのに、もう重ね着しないと寒さを防げない。
しかも、この寒さは、これからもっと厳しくなるわけで、考えただけで憂鬱になる。

悲しみに暮れたアノ日・・・
はじめから、この悲しみは時が解決してくれることがわかっていた。
そして、代わり映えしない毎日ながらも、一年は確実に過ぎた。
少しずつだけど、その分、悲しみも寂しさも癒えてきている。
そうは言っても、チビ犬のことを忘れる日はほとんどなく、毎日のように思い出していた。
無意識のうちに・・・この現実世界にチビ犬がいた痕は少なくなってきているのに、思い出さなかった日は数えられる程度しかないと思う。

アノ時は、ホントに悲しかった!
いい歳のオッサンが子供のように泣く姿を思い出すと気恥ずかしい部分もあるけど、ま、それも私という人間。
そう・・・死んだ日とその後の三日間は涙の材料に事欠くことはなかった。
どこに行っても何を見ても涙が溢れる状態だったが、とりわけ、ヤバかったのは食器に残された食べかけの竹輪。
「ちょっと前まで喜んでかじってたのに・・・」
「全部食べないまま逝っちゃったんだ・・・」
その姿を脳裏に甦らせると、もう・・・悲しくて!切なくて!胸が痛くなった。
そして、ワンワンと号泣した(そのことを思い出すと、今でも目が潤んでくる)。

使い手のいなくなったペットフードや消耗品類は、早々にボランティア団体(動物愛護団体)に寄贈した。
ただ、その他のモノはなかなか始末できず。
いなくなって数ヶ月の間、トイレや食器等のチビ犬用品はそのままの状態で部屋に置いていた。
そして、時間を置きながら少しずつ片付けていった(しまっただけで捨ててはいない)。
今は、部屋の隅にハウスだけが残っている。
これもいつかしまわなければならないのだけど、なかなか気持ちが決まらない。
邪魔になっているわけでもないし、誰かに迷惑をかけているわけでもないし・・・
結局、もうしばらく、そのまま置いておくことになるのだろうと思っている。



遺品処理の相談が入った。
依頼者は、私より少し若めの男性。
現場は、男性の実家で、部屋にある家財をすべて片付けたいとのことだった。

訪問した現場は、古びたマンションの一室。
間取りは小さめの3LDK。
生活感はあるものの、目につく家財の量は多くはなく、全体的に閑散としていた。

男性は、表情も穏やか、言葉遣いや物腰も丁寧で、接していて気持ちのいい人物。
家財の量に比例し、私が提示した料金はそんなに高いものにはならず。
私は、作業内容と費用の内訳を説明し、男性も、それを理解し二つ返事で了承してくれた。

ここに暮していたのは、男性の両親。
数年前に父親が亡くなり、その後、しばらく母親が独居。
その母親も、一年余前に亡くなっていた。

この部屋は、相続によって男性の所有物件になっていた。
賃貸マンションだったら、早めに家財を片付けて退去する必要に迫られるのだが、そういう事情はなし。
片付けは、男性のペースでやることができた。

母親が亡くなったことによって生活する人がいなくなった部屋だったが、男性は、すぐに家財の片付けを始めることができず。
放っておくと腐ってしまう食品類を早々に始末しただけで、あとのモノは放置。
一年近く経って、やっと、片付けに乗り出したのだった。

男性は、休日を利用し、自らの手で少しずつ片付けていった。
時間と手間のかかる作業だったが、ゆっくりコツコツ進めた。
当初から他人の手を借りることも頭にはあったが、心理的に抵抗があったためだった。

最終的には、ゴミとして処分される故人の遺品。
男性は、それを充分に理解していた。
ただ、現実はそうとわかっていても、どうしても遺品を両親と重ねて擬人化してしまい、機械的に処分することに抵抗感を覚えたのだった。

男性にとって、両親の遺品処理は、寂しく悲しい作業だった。
が、それだけではなく、どことなく嬉しいようなあたたかいような感覚もあった。
両親と一緒に暮した幼かった日々 若かった日々がいっぱい詰まった部屋で、誰に気を使うこともなく過ごす時間は、男性にとってホッとリラックスできるものだったよう。

そのうち、男性は、休日のたびにイソイソと実家に出かけるように。
自宅はそんなに遠くないにも関わらず、泊りがけで行くことも少なくなかった。
ただ、それを“良し”としない人物が身近にいることに気づかないでいた。

誰しも、一人の時間や一人の空間がほしくなるときはあると思う。
特に、家族持ちの人には、そんな人が多いのではないだろうか。
妻子ある男性にとっても、ここは自宅とはまた違った平安が得られる心地いい場所のようだった。

ただ、そんな単独プレーもほどほどにしておかないと、家族関係に歪みが生じる原因にもなりかねない。
始めの頃は、男性の遺品処理に理解を示していた妻だったが、それも限界に近づき・・・
予想をはるかに越えて長引く作業に業を煮やした妻の不満は、あるときに爆発したのだった。

早々にケリをつけないと夫婦関係がマズイことになることは必至。
危機感を覚えた男性は、自分の感情を抑えて他人の手を借りることに。
そうして、私と会うことになったのだった。

作業の日は、男性の心を映してか、薄日が差す程度の曇空。
雨が降らないかぎり支障はなく、作業は約束された日時にスタート。
私は、男性の心情を察して、ゴミとなる荷物でも必要以上に丁寧に取り扱った。

もともと男性が片付けを進めていたため、作業は、大きな問題もなくスムーズに進行。
問題といえば、男性が、運び出される荷物を名残惜しそうに、我々の作業をどことなく寂しそうに眺めていたことくらい。
私は、男性が荷物をまとめておいてくれたお陰で手が省けた分、男性の気持ちを乱さないようゆっくりと作業を進めた。

一通りの荷物を部屋から運び出し、最終的には、何点かの遺品が残った。
それは、家族の写真と母親の着物。
部屋には、男性が捨てることを躊躇う何冊ものアルバムと何枚もの着物が残った。

男性には、この他にも、取っておきたいモノ、捨てたくないモノがたくさんあった。
そんな中、苦渋の選択の末で残ったのが写真と着物。
男性は、これをどうするべきか迷っていた。

写真は、男性が生まれる前の古いものから両親の晩年のものまで。
両親の夫婦仲はよかったよう、着物は父親が母親に買ったもので、母親もそれをとても大切にしていた。
写真も着物もすべて、亡き両親の想いが凝縮されたものだった。

アドバイスを求められた私は、あくまで個人的な考えであることを前もって強調し、
「ゴミとして処分しても、それが故人を軽んじることにはならないと思うし、それが原因でよからぬことが起こるなんてこともないと思う」
という、かねてから持っている考えを伝えた。

ただ、それは個人的なもの。
人それぞれ思うところがあって然るべきであり、他人に勧めるような類のものでもない。
ただ、男性は、私がこの仕事に長く携わっていることに一目置いてくれたのか、意外なほどすんなりと私の考えを受け入れてくれた。

部屋が空っぽになると、男性は、部屋中をしみじみと眺めた。
ホッとしたように、そして、どことなく寂しげに・・・
そして、「助かりました」「ありがとうございました」と丁寧に礼を言ってくれた。

男性は、スッキリした気持ちと寂しい気持ちが入り混じった複雑な心境だったのだろう。
ただ、男性には、妻や子供がいる。
私は、これを機に、男性が、両親の思い出を心にあたためながら、その家族愛を妻子へシフトして幸せに生きていくことを想像し、和やかな気持ちで現場を後にしたのだった。



「目に見えるモノは、いつか消えてなくなる」
「アノ世には自分の身体さえ持っていけないのだから、目に見えるモノに執着しても仕方がない」
「思い出は、モノではなく心に残しておくもの」
等と、他人に対しては、結構サッパリとした理屈を吐くことができるのに、一年経ってもチビ犬の遺品を始末できないでいる私。
スマホの待受画面を変えることも全く考えておらず、独り言も減らないまま。
一体、いつになったら、これらを片付けることができるのやら・・・

それでも、いつか、「11月11日」という日を忘れる日がくる・・・
後の思い出に覆われる日か、老いて朦朧(もうろう)とする日か、命が尽きてなくなる日か・・・
忘れたいわけではないけど、いつか忘れる日、忘れられる日はくる。
ただ、それまでは、チビ犬が生きた証として、私が生きた証として、共に生きた証として、あの姿もあの鳴き声も心の中に大切にとっておきたい。

白とグレーの小型犬。
吠えるのは、何かを求めるとき。
目に焼きついているその姿は、今もなお、私に笑顔を与えてくれている。
そして、耳の残るその声は、私を頼りにしてくれているみたいで、「頑張ろう!」という気を起こさせてくれるのである。



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