特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

残された時間

2014-03-13 06:51:45 | ゴミ屋敷 ゴミ部屋 片づけ
「ゴミの片付けと清掃をお願いしたい」
と、ある女性から相談が舞い込んだ。
現場は、女性の自宅。
それなりの経験がある私は、女性がくれる情報を組み立てて、頭の中で女性宅を映像化。
そして、それを分析し、その片付け・清掃に要する作業内容と費用を伝えた。

私が提示した概算費用は、女性が想像していた金額とはかなり乖離。
「てっきり、○万円くらいで済むと思ってたんですけど・・・」
と、具体的な金額を明かしてきた。
しかし、それは、予想されるこの仕事にはまったく合わない金額。
私は、不親切な人間と思われることを承知で
「多分、その費用ではやれないと思います」
と難色を示した。

あたたかい人間でありたいとは思うけど、私は、結構、冷たい人間。
この仕事だって、基本的には“ビジネス”と割り切っている。
しばらく前の「痩心」に書いた通り。
だから、こちらが見積もる料金と依頼者が心積もる料金が、まったくかけ離れた金額だと、現地調査を断ることもある。
現地調査に行くだけでも、それなりの移動交通費・駐車場・人件費等がかかるわけで、仕事にならないとわかってしまっては現場に行きようがない。
私自身も気が進まないし、会社もそれを許可しない。
本件も、まったくのそれで、私は「行くだけ無駄だな」と思い、遠まわしに現地調査は不可能であることを伝えた。

そんな冷たい私に対しても、女性は電話を切ろうとせず。
「色々と要望がありまして、場合によっては予算を増やすこともできますけど・・・」
と、意味深なことを言ってきた。
そうなると話は変わる。
金になる可能性もでてくるわけで・・・
「現場を見せていただかないと何も始まりませんから・・・」
と、私は、手の平を返したように調子のいいことを言って、女性の希望する日時を訊いた。
そして、
「できるだけ早く来て下さい!」
という女性の要望を聞いて、その日の午後、予定を変更して女性宅を訪問した。

訪れた家は、静かな住宅街に建つ一般的な一戸建。
インターフォンを押すと、女性はすぐに玄関を開けてくれた。
早速に招き入れられた室内は、ほぼ想像通り。
床が見えていないほどではなかったが、玄関からゴミが散乱。
靴を脱いで上がると、どこを踏んでも足の裏に異物感を感じるような状態。
また、階段の隅々には、毛髪とホコリが大きな塊を掬っていた。
特に酷かったのは、レンジ回り、換気扇、キッチンシンク。そして、浴室・トイレ。
いわゆる“水廻り”といわれる箇所で、どこもかしこも重汚染が付着し、日常で使用していることが信じられないくらいの状態になっていた。

女性は、夫と子供二人の四人家族。
掃除や整理整頓は家族の誰もが苦手。
そもそも、子供はその躾を受けていない。
掃除や片付けをするのは、気が向いたときぐらい。
ただ、女性は専業主婦。
「家事は女がやるもの」なんて古い考えは持っていないつもりだけど、生活上の役割を考えると、4人の中で女性の責任は最も重いように思えた。

掃除が必要になったキッカケは、遠くに住む義父母の来宅予定。
それまでにも何度か義父母が遊びに来る話はあったが、その時々でテキトーな理由をつけではのらりくらりとかわしてきた。
しかし、業を煮やした義父母には、もう、その手は通用せず。
義父母は、半ば強引に息子宅の訪問を決めたのだった。

やはり、女性の予算では、仕事を請け負うことは不可能。
私は“足元はみてない”ことを強調したうえで、必要な作業内容とコストを説明。
そして、見積った金額の根拠を示した。
すると、女性は私の説明を理解したよう。
意外なほどアッサリと、私が提示する金額を承諾。
その代わり、作業時間について条件を付けてきた。
それは、依頼した作業を翌日中に完了させるというもの。
費用を増額してもらったとはいえ、私にとっては、なかなか厳しい条件だった。

そこからの作業が、結構な緊張感をともなうドタバタ仕事になったことは言うまでもない。
とにかく、時間がない。
与えられた時間内に家中をきれいにするのは無理。
とりあえず、義父母対策ができればいいわけだから、片付ける対象に優先順位をつけることに。
義父母が立ち入らないはずの子供部屋と夫婦の寝室がある二階部分は後回し。
逆に、義父母が使う一階部分や水廻りを優先。
とりあえず、二階の子供部屋を物置代わりにすることにし、必要な物や捨てたくない物は、一時的にそこにまとめて収納。
そして、残るであろう大半のゴミや不要物は、翌日、梱包して搬出することにした。

一番の課題は水廻りの清掃。
風呂、洗面台、トイレ、そしてキッチンシンク
どこもかしこもヒドく汚れ、一朝一夕にはどうにもならない
しかし、先にそこをやっつけておかないと、落ち着かない。
私は、水廻りの掃除がある程度終わるまで帰らないことを女性に伝え、その作業に着手した。

幸いにも(不幸にも?)、私は特清隊長。
もっと酷いところを掃除した経験をいくつも持つ。
そのためだろう、実際やってみると、この家の掃除なんて、そう難しいものではなかった。
だから、一般の人がやるよりもはるかに早いスピードで掃除は進行。
結局、抱えていたプレッシャーがウソのように、その掃除はスムーズに完了し、私は胸をなでおろした。
そして、翌日の作業を頭でシミュレーションしつつ、また、残された時間の少なさに緊張しつつ、その日は帰途に着いた。

何事も協力しあってやることは大事。
仲間(同僚)にもここの作業を優先してもらい、翌日は、朝早くから作業開始。
梱包したゴミは家から搬出し、家の前にとめたトラックに積載。
必要な物、捨てたくない物は、袋に詰めて二階の子供部屋へ。
ひたすら、それを繰り返した。

結果、二階の子供部屋は、ほとんど物置状態に。
しかし、一階は余計な物がなくなりスッキリ。
水廻りも結構ピカピカ。
夕方までかかることも覚悟していたが、作業は、午後の明るいうちに終了。
女性は、嫁としての面目を潰さずに済んだことに安堵したよう。
「さすがですね」
と、笑顔で我々の作業を褒めてくれた。
そうして、限られた時間の中で作業手順や作業対象に優先順位をつけたことが功を奏し、ドタバタの作業は期日内になんとか終了したのだった。


誰もが、期限付きの人生を生きている。
誰しも、残された時間は限られている。
10年生きるとしたら、あと3,700日程度
20年生きるとしたら、あと約7,300日程度
30年生きるとしたら、あと10,000日余
日数に換算すると「たったそれだけか・・・」と思う。
そんな中で、一日一日は確実に過ぎている。
泣いても笑っても、喜んでも悲しんでも、一日ずつ死期は近づいている。

この残された時間をどう使うか・・・
使い方は複数、だけど身体は一つ。
これまでやってきた物事の優先順位を見直すだけで、時間の密度が高まるかもしれない。
しかし、この人生、やりたいことだけやって生きていくことはできない。
やりたくないことでも、やらなければならないことがたくさんある。
時間の使い方において、自分の希望通りの優先順位なんてなかなかつけられないのも現実。

しかし、考えることはできる。
そして、ささやかながら実行に移せることもある。
日々の生活において大切にしているもの・大切にしていることが、人生にとって・人として大切なものとは限らない。
だから、この再考は大きな意味を持つ。


あの大震災から三年・・・
アノ時、少しは変わったかもしれなかった自分の価値観・・・
しかし、結局、元に戻ってしまった自分の価値観・・・
今、それを思い返しながら、大切にすべきものの順位を探っている私である。


公開コメント版
特殊清掃についてのお問い合わせは
特殊清掃プロセンター
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする