初心者のクラシック

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フェリックス・メンデルスゾーン(第2話)

2007年05月15日 | 作曲家の生涯
たまには、作曲家の生涯にふれてみてはいかがですか?

今日はフェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ(第2話)です。

≪作曲家ゆかりの曲≫
メンデルスゾーン:劇音楽「真夏の夜の夢」/序曲「フィンガルの洞窟」
マーク(ペーター), メンデルスゾーン, ロンドン交響楽団, ヴィヴィアン(ジェニファー), ロウ(マリオン), コヴェント・ガーデン王立歌劇場女声合唱団
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【Felix Mendelssohn Bartholdy】

裕福な家庭で最高の教育を受ける中、音楽の才能も発揮するメンデルスゾーン。今日はその続きからです。

(第2話)【若きマイスター】
ワイマールから戻ったメンデルスゾーンは、更に音楽を発揮していきます。メンデルスゾーン家では日曜日に演奏会を開いていましたが、メンデルスゾーンはこの演奏会のために作曲をしていたようですが、メンデルスゾーンが熱心に作曲する姿を見た父アブラハムは、日曜演奏会で演奏される息子の曲のために宮廷音楽家と契約して演奏会を行っていきます。

日曜演奏会は好評で、若き少年メンデルスゾーンの評価もそれに応じて益々高まっていくのでした。これらの成果を十分に評価した師ツェルターは1824年、15歳のメンデルスゾーンに早くも「マイスター」(職人)の称号を与えるのでした。このとき既に卓越した才能を発揮していたようです。

こうなると逆に父アブラハムは頭を抱えてしまうのでした。と言うのも、息子メンデルスゾーンに音楽の才能がある事自体は嬉しい限りのはずですが、一方裕福な銀行だった父アブラハムは音楽以外にも、息子に最高水準の教育を与えていたはずですから、息子をこのまま不安定な音楽の道に進ませていいものか大いに悩んでいたようです。

そこで翌1825年、父アブラハムは16歳の息子メンデルスゾーンを連れてパリへ向かいます。そこにはパリ音楽院の院長でイタリア出身の大作曲家ケルビーニがいたからです。(まあ、ちょっとした進路相談みたいなもんでしょうけど、それにしてもスケールが違うような・・・)
メンデルスゾーンはケルビーニの前で自作のピアノ四重奏を見事に弾きこなすと、ケルビーニはこれを絶賛するのでした。こうしてケルビーニからお墨付きをもらうと、いよいよ音楽家としての道を歩み始める事が父親からも許されるのでした。

パリでは、最新の様々な作曲家の音楽に触れる事になりますが、メンデルスゾーンはこれらの音楽に触れる中で、ドイツの大作曲家バッハやベートーヴェンの偉大さを再認識し、益々尊敬の念を深めていくのでした。

ドイツへ帰ると日曜演奏会のためにシェイクスピアの「真夏の夜の夢」をモチーフにその序曲を完成させます。最初は姉ファニーとピアノで弾くための連弾作品として作曲していたようですが、これも後にオーケストラのための作品として書き直しているようです。

そして、初めての歌劇となる歌劇「カマチョの結婚」を作曲します。これは「ドンキホーテ」をモチーフにした作品です。これを1827年ベルリンで初演する事になりますが、若き天才作曲家を妬む者がいたせいか、あるいは、またしてもユダヤ人として差別されてしまったのか?この歌劇の初演は成功と呼べるものではなかったようです。

同年、「真夏の夜の夢」序曲が初演されますが、こちらはまずまずの評価を受けていたようです。


早くもマイスターの称号を受けるメンデルスゾーン。評価を受ける一方でそれを妬む人はいつもいるんですね。そしてこのつづきはまた明日。


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