山のなかの森、森のなかの木の間

 

 アントニーン・フデチェク(Antonín Hudeček)というチェコの風景画家は、一言解説では、アール・ヌーヴォーの画家として紹介されている。

 オーソドックスなフランス絵画展などでは、風景そのものが主役となって描かれる風景画は、19世紀半ば以降の写実主義、印象主義の時代のものが、質・量ともに一大興隆となって盛り上がっている。そんなもんかと思っていたら、チェコの美術館では、印象主義以降も、象徴主義やら表現主義やらの諸種の様式で、相変わらず風景画が、半端なくバンバン登場する。
 チェコの風景画、すげー……

 風景画家フデチェクが特に惹かれたモティーフは、山岳の森。ミュンヘンに留学し、南欧イタリアのシチリアにまで何度も赴いているけれど、結局彼は故国の山々へと立ち帰る。タトラやカルパチアの山脈に住まい、森のなかの、木の間に広がる草場や水場を好んで描いた。 

 同世代の多くの風景画家と同様、フデチェクも印象派から出発。ボヘミア近代絵画を主導した印象派画家アントニーン・スラヴィーチェクとも交友があった。
 が、印象派の、光と大気をとらえるために用いた色彩の斑点は、やがてスーラ的な点描の技法へと発展していく。と同時に、印象派特有の揺らぎは消え、フォルムはくっきりと輪郭を保ち、しんとした静寂の耽美が画面を支配するようになる。点描が消えても、そのムードは継承された。

 きわめて自然な描写に見えるのに、隠喩的で装飾的なのはどうしてだろう。ほとんど空がないからだろうか。フデチェクの絵に描かれるのは、山の威容というよりも、山のなかの森、しかも木叢の下陰となった草原や小川の情景が眼に立つ。
 そこは、山を歩いていていつの間にか迷い込んでしまったような、ナチュラルでプライベートな、人知れぬ空間だ。特に水辺は、海を持たない国らしい悠々さが感じられる。
 そんな空間との新ロマン派的な交感が、フデチェクの画面にはある。その交感を、エメラルドの緑やトパーズの黄、アメジストの紫、オパールの白など、フォーゲラーを思い出させる青春色が、呼び起こす。

 出会えてよかった画家の一人。

 画像は、フデチェク「オコジュの貯め池」。
  アントニーン・フデチェク(Antonín Hudeček, 1872-1941, Czech)
 他、左から、
  「花咲くリンゴの木」
  「イフラヴァ」
  「水浴」
  「オコジュ」
  「陽だまりの小川」

     Related Entries :
       アントニーン・スラヴィーチェク
       インドジーフ・プルーハ
       アロイス・カルヴォダ

     
     Bear's Paw -絵画うんぬん-
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 憂鬱な野獣 最もチェコ的... »