ギリシャ神話あれこれ:プリアポス

 
 「退廃美」というタームがある。私はこれがよく分からない。
 19世紀末芸術の一傾向で、一般的な特徴としては、病的な、つまり虚無的で悪魔的な、耽美主義を指す。が、これが不道徳、不健全な精神の生み出した芸術なのかと言えば、私にはそうは思えない。
 物質文明の発展による精神の荒廃という社会背景は実際にあっただろうし、「退廃」というものを表象した、芸術の描き手によるフリ、受け手によるレッテル貼りなどもあっただろう。が、結局は、美の追求が、性や暴力など既存のタブーと衝突したときに、そのタブーに敢えて挑戦、嘲笑した一つの流れだったように思える。そんなに不道徳だろうか。不健全だろうか。ま、確かにちょっと気色悪くはあるけど。
 で、「退廃美」に、私は退廃を感じない。

 プリアポスは豊饒と多産の神で、農園の守護神。生殖の神でもあり、特に男性の生殖力を司る。こじつけっぽいが、アフロディテとヘルメスの子、という申し分のない血筋。

 その容姿は醜くグロテスクで、子供並みの、だが瘤だらけの小さな体に、巨大な、常に勃起した男根を持つ。
 ポンペイには、自分のどでかいペニスと金貨の袋とを天秤に乗せて計り比べている、プリアポス神の壁画があるのだとか。

 プリアポスは生贄に好んでロバを所望した。理由は諸伝あり、自分の男根の大きさをロバのそれと競い、負けてしまったからとも(プリアポスは悔しさのあまりに、硬さでは劣らぬ男根でロバを殴り殺した)、あるいは、永遠の処女神ヘスティアに、眠っているところをよからぬ思惑から近づいたところ、ロバに派手にいななかれ、邪魔されたからだともいう。

 美しいニンフ、ロティスもまた、プリアポスに追いかけまわされ、ついに彼から逃れるために真紅のロートス(レンゲソウ)に姿を変えた。
 (ちなみにその後。ドリュオペとイオレという美しい姉妹が花摘みに来た際、ドリュオペのほうがロートスを摘んだところ、花から血がポタポタと落ちた。二人は逃げようとするが、ドリュオペの足には既に根が生え、摘んでしまった花に代わって自分がロートスと化したという。)

 好色な神ではあるが、古代にはプリアポスは農牧の守護神として崇拝され、イチジクの木で作られ男根を赤く塗った(そして男根に花輪を飾った)その像が農園に立てられていたとか。これが案山子の由来。

 ところで、対象に対してただそれを見るだけで災いを及ぼす力を持つ眼、いわゆる“邪眼(evil eye)”による視線は、呪詛の一種とも言われるが、この邪眼除けのお護り(有名なものは鏡)にも、男根の象徴が用いられる。“角”や“イチジクの手の印(日本では「女握り」と言われ、セックスを示唆する、親指を人差指と中指とのあいだに挿した拳の握り方)”などがそれ。
 邪眼を退ける魔除けとしての男根の起源は、やはりプリアポスにまで遡るという。

 あと、性的興奮もないのにペニスが勃起し続けるという症状、プリアピズム(持続隆起症)の語源も、この異形の神だとか。……こんな病状があるなんて知らなかったけど、物凄く大変そう。

 とにかく、結構重要な神さまみたい。

 画像は、ビアズリー「プリアピア」。
  オーブリー・ビアズリー(Aubrey Beardsley, 1872-1898, British)

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