チェロ五十代からの手習い

57才でチェロに初めて触れ、発見やら驚きを書いてきました。今では前期高齢者ですが気楽に書いてゆこうと思います。

チェロトップに座って思った事(悟ったこと)

2017年05月16日 00時42分41秒 | オケの練習

茂原交響楽団の演奏会が無事終了した。

 今回の演奏会は「20世紀の音楽」と称して、コープランド「ロデオ」とラベル「ラ・ヴァルス」を前プロで、
後半メインに「ラフマニノフ交響曲第2番」を演奏した。
実は打ち上げで、指揮者だけでなく、トレーナーの先生方からも「こんな難曲を3曲演奏するのは危険すぎる。無理だと思っていた」の講評があった。
その通りで、今回の演奏会は実質練習時間は3か月くらいで本番に突入しているが、途中の段階では正直「完成」に至るとは到底思えない感じもあった。
団員の疲弊感、難しい演奏に不安感も募り、指揮者のいらだちも近年珍しいくらいに高まった。コンミスがその「餌食」になり代表して随分叱られていたっけ。

しかし結果だけを先にいえば、お客さんからも、エキストラの皆さんからも(僕の会社の同僚、先輩、旧友からも)
「今までで一番良かった」とお褒めいただける結果になり、無謀な挑戦も一生懸命やれば報われるもんだとも思った。
(ただプロの皆さんも、団員の多くも へとへとの状態なのでこの様な危うい選曲はもう勘弁だと思う)

さてこんな中でメイン曲の「ラフマニノフ交響曲第2番」のチェロトップに座れた幸せを今更ながら感じている。
トップとして本番を迎えた時の思いを正直に言えば、「一体全体何が起きるんだろう、どうなるんだろう」と久しぶりに
不安よりも、遠足に行くときの子供のワクワクする気分だったような気がする。

前プロでは、全体の演奏は最高に良かったけど、僕は第2プルトで気が緩んだ結果もあり、さんざんの演奏だった。

15分の休憩後、舞台が照明で明るく照らされる中、ビオラ軍団に続いて、チェロを抱えて一番先に舞台中央に向かった。
1プルトだけは黒いピアノ椅子が用意されている。「本当の主席」がいつも自前で用意してくれているのだ。
座るとちょっと椅子が高く、眺めがいいかと思ったけど、目の前の譜面台と指揮者で視界はかなり限られていて、
会場はほとんど目に入らなかった。客席が見えにくいのはその後の演奏に幸いした。

会場からの拍手の中、指揮者が登場し、一礼のあと一呼吸して指揮棒が振り下ろされた。指揮者の呼吸が聞こえるんだね。
第一楽章の最初の音を丁寧に出し、2音目で一気にフォルテまで高め、徐々に下降に入ってゆく。
第1楽章はいい感じで演奏でき、第2楽章へ進んで行く。
ゲネプロに比べ本番の方が 自分の「落ち」「間違い」はかなり少なかったと思う。

再チューニング後第3楽章へ。
ラフマでのチェロの見せ場というか難所は第3楽章と思っている。
クラリネットの美しいソロを、チェロが縁取るように3連符で動いて行くのだが、タイミングが難しい。
でも、ここでも ほとんど落ち・ズレはやらなかったと思う。
練習の時は「全然だめ、全然合ってない。何も分かってない!」と怒鳴られたこともあったんだけどね。

しかし第4楽章に至って、ズレ・落ちだけでなく、懸命に弾いているのに音が出てこない現象に陥った。
「これは力みが原因だ、脱力だ!」と自分に言い聞かせ、弓の持ち方にも注意したものの、制御が効かない。
中低音は何とか出せるのに、ハイトーンに力がない。
4楽章は激しいので、聞いている人には分からないかもしれないけど、勝手に上ずった音(ハーモニックス?)が出たりする。
結局終曲は 大団円に向け、力任せに弓を押し付けながら、へとへとになりながら終了したのだった。
終わってみると、比較的冷静で、上がってはいなかったはずなんだけど、全身に大汗でびっしょりだった。

「弓を滑らせて落とすことはなかったのは良かった!」などと軽口をたたきながら、後片付けをし、打ち上げでその日は終わった。

一日経って振り返ってみると、大変な曲にトップでチャレンジできた幸せを感じている。
今回なぜ主席の席に座ることができたんだろう・・・チェロを定年前に始め、10年で難曲の主席に座れるなど普通はあり得ない。
それには、いくつか幸運が重なって実現したのだと思う。
1)これまでトップを続けてきた「本当の主席」が仕事で出張が多くなり、ほとんど練習に参加できなかったこと。
2)他の団員に、毎回練習に参加でき、体調が良く「それなりのキャリア」(ここが微妙)がある人が少なかったこと。
3)「本当の主席」から「曲ごとのトップ交代」という提案に他のチェロ団員が反対しなかったこと。
4)弦トレーナーの素晴らしい師匠が、実質トップとして常に伴奏してくれること(この条件無しには実現はゼロだった)

 実は隣で支えてくれている師匠は、様々な局面でサポートを提供し「素人主席」に満足感をプレゼントしてくれていたのだった。
1)実質の主席として、ゆるぎない演奏をしてくれるので、戻れる道というか、位置が明確だということ(師匠は灯台であり、大木です)
2)僕の座席を15センチ程後ろに下がらせ、少し内向きに座らせてくれたことで、師匠の演奏している様子が右目の端に常に見えていて安心だった。
3)間違えそうな箇所になると、さりげなく 弓で位置を示してくれていた
4)当然ながら、弾けない箇所を確実に演奏してくれるという「絶対の安心感」。
要するに、親に見守られながら、遊園地で遊んでいる子供のようなもので、支える側の負担は大。「もうこりごり」のはず。

 ということで、大汗のうちに、演奏会を終える事ができたが、この「主席」経験の「副産物」は一杯あった。
1)本番では「あがっていなかった」はずなのに、実は血圧が「上がっていた」
  本番当日朝の血圧と、一夜明けた本日の血圧では 35も差があった。「精神」はどうであれ「肉体」は正直
2)聞きに来てくれたチェロ弾きからは、珍しくお褒めの言葉というプレゼントがあった。
 「まずは、貴兄の左手・右手、弾く姿は大いにサマになっていました。
  初期の頃を思い出すと、隔世の感があります。左手・右手の形ができてました。」
    ・・・う、う、涙。
3)それとは反対に、鋭い指摘!
 「それにしても、隣にI先生がいると頼りになりすぎますね。時々ですが、I先生の音が聴こえることがありました。
   しっかり芯のある音、よく通る音なんだろうと思います。知らない人が見ると、どうしてトップサイドの人があれだけ弾けるのか、
   と思っ たり.....譜めくりまでしていただいて、恐縮してペコリしてはダメですよ」 
  (まさに「慧眼」。分かっている人の目(いや耳)を欺くことはできないのでした。)
    ・・・う、うぇ~、またも涙。
4)よって最大の副産物。「脱力こそ命」。本当のチェロの「音色」への挑戦を続けたくなりました。
  さようなら「偽物主席」。もう一度初心にかえって、地道に「チェロ道」を歩むことに決めたのでした。
  音楽的に言えば「D.C.」(ダ・カーポ)~「最初に戻って演奏せよ」。でもFINはないのでしょうね。

 追記:高校からの学友たちが家族連れで聴きに来てくれ、豪華なお花をいただきました。ここでお礼を申し上げます。

 

 

 

 

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チェロのトップに座る異次元の厳しさ

2017年05月02日 20時25分29秒 | オケの練習

チェロ暦10年にしてチェロのトップに着くことになった。 

昨年はお断りしたが、5月定期演奏会のメインは「ラフマニノフの交響曲第2番」には
以前他のオケで乗った事もあり、いろいろな事情でこの曲のトップを引き受けることになった。 

年初に引き受けたものの 結果として経験したことは想像もできない厳しいものだった。
本番は2週間後、何が起こるか分からないが、今のうちに感じた事を書き留めておこう。
(ちなみにわがオケでは、チェロトップは指揮者のすぐ右隣に座っている人なんだけど) 

「ラフマ」のチェロトップを任された時から、今までには無かった色んな「異変」が起きている。

まずは、自分のパート譜を隅々まで見直すことに。というか弾けなきゃしょうがないので。
今まで演奏してきた楽譜の見誤りが本当におどろくほど沢山発見された。
誠に恥ずかしいながら、パート後方で気軽に「エアー」で逃れてた部分も多い。 
「ラフマニノフ第2番」はチェロが2~4パートに分かれ、1stは各段に難しい。

今回楽譜をさらい直して個人練習を「やったつもり」で合奏練習に向かうと、
全然合わないことも多く、合わなければ、指揮者はトップを責めるのは当然のこと。
自分が飛び出せば、後ろの人全員に謝らなけれなならないし・・・

結果「スコアー」を何度も見直し、練習を毎回録音し、繰り返し聴き直すことが習慣になった。
今まで持っているだけに近かったスコアーは、マーカーやらメモ書き込みだらけになった。
自分のパート譜も、「影譜」(クラリネットやらVn、Hrなどなど様々なパート)の書き込みで
真っ黒になり、同じプルトに座ってくれるプロから「これじゃ譜面が読めない」と叱られたりも・・・ 

楽器に触らないと不安で毎日練習するけど、サイレントチェロでは練習にならない事にも気づかされた。

それでも全体練習になると、合わないところ、弾けないところが、いつまで経っても発見される。
自分では弾けているつもりでも、実際の合奏になると弾けてないし、合わないことが繰り返される。 

演奏でミスしている姿が夢に出てくることもあった。
なんだか息苦しいこともあり、血圧を測るといつの間にか血圧が異常値を示したので、
OMRONの血圧計も買い替え、血圧降下剤を飲み始めた。 
「なんでこんな大役を安請け合いしたんだろう」と自分で自分を責めたりもする・・・

書き出したら切りがないが、ここでしみじみと思いいたすことがあった。
「これまでお世話になった主席の皆さんは本当にすごい努力をしていたんだな~全く気付いてなかった」
「1曲どころか全プログラムを弾きこなし、後ろに居並ぶメンバーをリードしていたよな~すごい!」
「となるとコンマスという人は一体どんなに研究をしてオケのど真ん中に座っているんだろう、想像を絶する」 
「となると、指揮者ってのは偉いものだな~・・・」

以前から管・打楽器は全員がソロプレーヤーだよな~、すごいな~とチェロ席からオケ後方を眺めていた。
でも、パート全体のトップはソロ楽器とは違ったプレッシャーがあることが今回良く分かった。
確かに管・打楽器がミスをすれば、観客も気づきはする。
弦楽器パートのトップのミスはボーイングの違いとしてすぐに察知されるが、ミスでは済まない。
5プルト10人全員が間違える可能性だってあり得る。
パート全体が変な方向に向かえば、オーケストラの音楽そのものが崩壊しかねない。 

ま~自分はそんなに信頼されているわけではないので、最悪の事態にはならないのだが
それでもお客さんは、パートのトップをしっかり見聞きしていることは間違いない。
トップの姿から、そのオケの力量を推し量るのだから(自分もそうだったし) 

こんなこと、グダグダ書いてる場合じゃないのだ。
「前期高齢者」に思わずプレゼントされて晴れ舞台と感謝しつつ、
残り2週間、今できる最良のアンサンブルに向けて練習をするのみだよな~

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東京アマデウス管弦楽団 横にらみ鑑賞記

2017年03月21日 12時50分27秒 | コンサート

東京アマデウス管弦楽団の演奏会を復興を果たしたミューザ川崎で聴いた。

アマチュアというより「プロ」の演奏を聴かせてくれるので毎回楽しみにしている。
年々人気は上昇しているようで、開場して間もないのに1階席は満員で入場できなかった。

ロビーにいた学友は「このオケは人気で 開場前から並ばないと1階は入れないよ」と。
また団員からは「いつもかぶりつきに座っているのにね」と言われた。
(学生時代から何十年も経っているのに舞台から識別できているんだと驚いた)

仕方ないので階段を昇ると、ヴィニャード型のホールなので舞台全体がよく見える。
2階席の舞台の左右には2列しかなく、お目当てのチェロ席もよく見える好位置を確保できた。

 

演奏は素晴らしいに決まっているのだが、やはり期待以上に感動的な演奏だった。
前半のオットーニコライ、リヒャルトシュトラウスは馴染みがないものの完璧。
後半のブラームス4番は、曲の隅々まで歌えるほどに知っていたのには自分で驚いた。
4番だけは演奏したことがないはずなのだが、おそらく大好きで何回も聞いてきたのだ。
やはりブラームスはすばらしい!

オケマンとしての習性なのか、音楽にのめり込むよりいちいちチェックしてしまう。
・オーボエの音色が素晴らしく音程に揺るぎがない。
・フルートすごくいい!
・ホルントップの音色美しく大好き。
・金管コラールかっこいい。
・ティンパニーすごい。
・何しろ弦楽器に厚みがあり雑音が全くないのに驚く。
・コンマスの赤いバイオリンは美しく届いてくる
・それにしても音外しがほとんどないのはすごすぎる。
つまりアマデウスはどこをとっても完璧 素晴らしく羨ましい!


さて演奏のすばらしさはいくら賞賛してもきりがないので、
「横にらみ」の観点から、気づいた事をメモしておこう。

①入場シーンが珍しい。
予鈴後 楽団員が入場するのだが、コンマスが入場し、全員で挨拶するまでは
誰も着席せず立っている。
こんなに上手い楽団員が、立礼で顧客に応えようとしている姿にのっけから感激だ。

②指揮者の北原さんは指揮棒を持ってない。
「ん~1曲目だけかな」と思ったが、指揮棒を持たない人と分かった。
指揮棒に慣れている身としては、馴染めない気がしたが、その後の素晴らしい演奏に納得。
舞台横なので指揮者の動きが良く見え、北原マジックに掛かったように不思議と同期してしまった。
(リハでストップ掛ける時も指揮棒でカンカンとやらない 上品な大人の対応なんだろうな)

③男が多い
横から見たから気づいたのか、1stバイオリンは女性は全員「裏」に配置されている。
これってもったいない気がするんだけど。でも男が多いのは羨ましい。ウィーンフィルみたい?

④チェロの表と裏の並び方が逆
僕の経験したオケと並び方が左右逆で、各プルトの左側の人が譜めくりしてる。
よく見ると弓を持ち替えて右手でめくるんだね。コントラバスが左後方の対向型だからか

⑤コントラバスに「お坊さん」らしき風貌の人が二人入っている(どうでもいいけど)

⑥招待席が後半空いたが・・・
後半になると最前列の招待席からかビラが剥がされ、空席が6つくらいできた。
かぶりつきが好きなので、2階席で我慢せず「あそこに行きたい」と思ったけど
1500人以上が見ている中で、2階から移動して席を取るのには気が引けた。

⑦心からの拍手
ブラ4が終わって拍手は鳴りやまなかったが、指揮者が一人ひとりを指名してゆく間も
拍手の疲れを感じない。おそらく全員が心から感動の気持ちを素直に表現しているからだ。
素晴らしい演奏者一人ひとりを指名し、立たせてゆくプロセスはセレモニーなどではなく
指揮者と観客が一体となった、心からの感謝・賞賛の自然な時間だったと感じた。
むしろ「指名して賞賛しないのはおかしい」というくらい、それぞれが最高の演奏だった。
でも、弦楽器はいつも団体なんだよね、そこはちょっと寂しけど・・・
(僕にはハープ譲だけが指名されなかった気がしたが、カヴァレリアのあと指名されていた)


ミューザ川崎のような素晴らしホールで、完璧な演奏するアマデウス。
団員として所属できるだけで、人生の幸せは倍増だよね。誇らしいだろうな~と感じた。

帰路、三連休の最終日だけに川崎駅も品川駅も 命がけで進まなければならないほど混雑してた。
これだけは、最近年齢とともに嫌になるけど、演奏会があれば、ぜひ駆けつけたいと思った。

 

 

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M響定演のポスターは完成したが・・・

2017年02月16日 22時30分04秒 | オケの練習

茂原交響楽団第27回定期演奏会のポスターとチラシが出来上がり団員に配布された。

定演は5月14日(日)と3か月先だけど、難曲の「ラフマニノフ」の交響曲に加え
ラヴェルの「ラ・ヴァルス」が想像以上に難しく、団員の嘆き節が聞こえてくる。
やってもやってもできそうになくても、本番に強いM響だから、きっとクリアーできるはずだ。

そんな実力あるM響だが、クリアーできない絶対絶命の困難に突き当たってしまい、
茂原市での定期演奏会が、この27回をもって幕を閉じることになった。

その訳は、いつもコンサートを開催してきた「茂原市民会館」が取り壊しになるから。

 入口脇の定礎を見ると本年で築50年になのだからしかたない。

春の定演、秋のファミリーコンサートと、何回も参加させてもらったが、そのたびに思ったのは
1000席と、椅子の数は立派だが、手洗いの古さ、舞台裏のスペースの無さ、楽屋は無いに等しいし、
音響の悪さからプロによる公演は避けられてしまうシロモノだった。

盛んだった製造業が撤退するとともに、茂原市の財政は厳しくなったといわれている。その結果
近隣との町村合併も全て断られてしまい、市民の文化活動にしわ寄せがきていたということだ。

演奏会のたびにいろいろなエキストラの皆さんと舞台に上がったが、やってきたトラさんの中にも
「市役所は立派なのに、なんで市民会館はひどいの・・」と違和感を口にする人もいたっけ。

取り壊しの話は聞いたが、建て替えの話は聞かない。
秋のファミリーコンサートを最後に、茂原に演奏会を開く場所が無くなるわけなので、
近隣の街の施設のお世話になるしかない。
練習は茂原でできても、演奏会は遠くなるので、固定客となっているお客さんにとっても
大変不便になることは必至だ。残念だけどしかたあるまい。

ともあれ”茂原市”での「最後の定期演奏会」なのだから”遠くても聴きにゆきたい”と
思ってもらえるためにも、全力でラフマやヴァルス、ロデオの練習に取り組もうと思う。

 

 

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弦楽四重奏のお手本だったN響クアルテット

2017年02月10日 22時16分51秒 | アンサンブル

3月のアンサンブルコンサートに向けてモーツアルトの「狩り」に取り組んでいる。

昨年「アメリカ」でデビューしたあと、今年の春には、地域のミニコンサートでモーツアルトの
14番「春」の第1楽章を披露したが、なかなか困難な道のりだった(本番で段を間違ったり・・)

その後ハイドンかモーツアルトをじっくり取り組もうと試行錯誤の結果、17番「狩り」に決定。
春以来、月2回の合奏練習と、月1回程度のアンサンブルをプロに指導してもらうことで、
わがアンサンブルAmusioも 何とか「狩り」らしい雰囲気になってきている。

演奏の技術とは別に、いつも議論になるのが、演奏速度。
プロのCDを聴くと前半の繰り返しをしないで6分40秒くらいで終わり、
リピートしても大体9分以内で演奏している。つまり軽快に「狩り」に出かけている感じだ。
一方我々のアンサンブルでは、繰り返して通すと10分半くらいになる。
(半年前だと12分くらいかかっていたので、かなりの進歩なんだけど・・・)

そんなわけで、今日のN響の選抜メンバーの「狩り」の演奏はどうなのか、

そのことを第一の関心ごととして聴きに行った。

千葉市科学館のプラネタリウム会場では、定期的にN響のアンサンブルの演奏がある。
プラネタリウムなので、リクライニングシートを倒し、満天の星座を見ながら聴けるのは贅沢。
しかもN響選りすぐりのプレーヤーでのアンサンブルが1500円なので、超お得。

さて4人は第1バイオリン青木調、第2バイオリン樽井悠樹、ビオラ中村翔太朗、チェロ宮坂拡志の皆さん。

演奏が始まると「何分で演奏するのか・・」などという不届きな考えは、すっかり忘れてしまった。
青木さんのキリッとかっこいい合図で第一音が始まると、すっかり音楽に引き込まれた。
アンサンブル全体の音が柔らかい。
特に宮坂さんのチェロは明快なのに、包み込むような響きで、曲の表情を豊かに色づけてゆくのに圧倒される。
師匠が「チェロでどうにでもなるんですよ」と いつもおっしゃる通りだ。

それにしても、どうやったらあんな柔らかい音が出せるんだろう・・・
「狩り」に続いて、楽器紹介として「白鳥」、ボロディンの弦楽四重奏曲とチェロの出番がたくさんあった。

とにもかくにも 一体N響の皆さんは、「狩り」をどんな速度で演奏していたのか。
前半の繰り返しまでは2分15秒、全体で9分ジャスト。(こっそりかばんの中のiphoneで計っていた)

今晩の演奏会に大いに満足した結果、速度を気にするより、息の合った、美しい演奏を目指したいと感じたのだった。

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弦楽四重奏曲「アメリカ」実現!・・過去記事

2016年11月04日 00時12分18秒 | アンサンブル

アンサンブルの喜びを綴ろうと思って久しぶりに編集画面を開いたら、1年前に編成した弦楽四重奏グループの”事始め”の下書きが見つかった。
ドボルザークの「アメリカ」を演奏できた喜びは一生ものなので、その当時のままアップしておこう。

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弦楽器のことは何も分からず、店に飛び込んでチェロを購入しから昨年3月末(2015年当時)で丸10年になった。
始めた当時チェロのCDを聴いていて最も印象に残ったのがドボルザークの弦楽四重奏「アメリカ」だった。
特に2楽章の美しいチェロが主旋律で駆け上がってゆくところに魅了された。

スケールさえおぼつかないのに、衝動的にネットで楽譜を探してアンサンブルの楽譜も手に入れた。
「いつかきっとやれる日のために買っておかなければならない」、そんな気がしたのだった。
値段は結構高かった。当時はIMSLPなる無料ライブラリーも知らなかった。

その後、市民オケに入れてもらい、いろいろな曲に参加させてもらったが、アンサンブルは敷居が高く簡単にチャンスは生まれない。
チェロアンサンブルや管楽器とのコラボレーションなどいくつかの演奏機会をいただいたものの、
弦楽四重奏だけは、オケでも特別な名手たちだけに許されている気がして、半分あきらめていた。

ところが昨年(2015年)5月、弦楽四重奏を新編成するチャンスがやってきた。
オケで1年に一回開催される「アンサンブル・コンサート」の参加者を募集していたのだ。

そのとき何を考えたかというと・・・
・今この機会を逃したら、おそらく一生弦楽四重奏に参加する機会はないだろう・・
・「アンサンブルは捕まえに行かないと、簡単に逃げて行ってしまうよ」とアドバイスされたこともあった・・
・雇用延長期間も終了する年齢となり、日程の都合もかなり自由になり、時間だけは沢山ある・・
・チェロ歴8年を超えて、基礎レッスンもやってきて、少しは弾けるようになてきた・・

てなわけで、たまたま定演の係を一緒にやっただけの関係ながら、ビオラ嬢に声を掛けた。
女性に自分から声を掛けるなんて、20歳のころ以来のドキドキする経験だったが、なんとOKしていただいた。
その結果をもって、以前定演の実行委員をやったことのあるバイオリン嬢にお声がけかけし、快諾をいただいた。
これでチェロ、ビオラ、バイオリンと3人揃ったので、残り一人Vnを誘えれば弦楽四重奏団成立だ!と思っていたら
あろうことか1stバイオリンのなり手が見つからないという。

クアルテットの主旋律の大半はVnトップが弾くので、グループの個性を左右するのだから当然なんだけど、
その重要なパートのなり手が、仕事やら、介護やら、それぞれに多忙を極め、なかなか見つからない。

「だったらあなたが1stやればいいんじゃない!」とプッシュすることでこの問題も解消に向かい、
2ndVnの貴重な弾き手もみつかり一挙にスタートする事になった。

簡単に考えていたけど、クァルテットを組み、人前で演奏するということは、新しくオケに参加するくらい、あるいはそれ以上に大変なことだった。
「練習日は何曜日にする?」「練習会場は」「曲は何にする」「レッスンは」・・・その後の展開を全くイメージせず、弦楽四重奏団を組むことの意味を
十分理解しないまま駆け出してしまったことに気づかされた。

とまれ、バイオリン、ビオラの皆さんの真剣な姿勢と努力で全てがトントン拍子で進み、月2回の集中演習と月1回の集団レッスンの決まり、
10か月後のアンサンブルコンサートに向け船出することになった。

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ここまでで、下書きは終わっていた。
「アメリカ」本番までの道のりは険しかったが、同時にこの上もなく楽しい時間だった。そんな喜びにあふれた10ヶ月は 
とても書ききれるものではなかったのだろう。

そして迎えた今年2月のアンコン本番では、集まった70人の市民の皆さんよりも、オケの仲間の前で演奏する高揚と緊張を感じ、
お陰で舞台の上では練習では起きなかったミスを連発。
一人で走ってみたり、肝心のメロディーを半拍突っ込んで、皆に迷惑かけたり・・。
指揮者からは「音楽として十分成立していた」と大甘の講評をいただき、気を取り直して「弦楽四重奏団Amusio」は現在も活動中。

オケもいいけどクァルテットはこれまた「べっぴん」の楽しさがある。(続きはまた)

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明後日ファミリーコンサート

2016年10月01日 00時07分17秒 | オケの練習

いつの間にか秋。バイクで走ると涼しさより肌寒さを感じ 金木犀の香りに気づく。

秋といえば茂原交響楽団恒例のファミリーコンサートが目の前に迫ってきた。

 

今年のファミリーコンサートは初の試みとして、チャイコフスキーの交響曲第5番を全楽章演奏する事になった。
例年なら、万人受けする交響曲の単一楽章を演奏するのだが、チャイコの5番を「切り売り」するのはもったいないという意見に押されて、
5月の定期演奏会からあまり時間がない中取り組んできた。結構大変だったが、なかなかいい出来と感じている。

後半のプログラムでは、映画音楽やアニメソングで、チャイコフスキーと比べれば楽勝かと思えば、これが大変厄介で、
なかなか納得行くレベルに達しなかった。
とりわけ久石譲作曲の「ハウルの動く城」こと、シンフォニック・ヴァリエーション「メリーゴーランド」は
変拍子の連続で、オケとしてのまとまりが出せるか微妙な気もする程だ。

 一方でやや気が重いことがある。ロビーコンサートで仲間と弦楽5重奏を引き受けてしまったことだ。
クアルテットとしては、昨年編成してから、モーツアルトの弦楽四重奏などの練習やアンサンブルコンサートなどで発表はあるが
本番前のあわただしい時間に、ポピュラーソングを2曲演奏するが、こうした曲は編曲者がチェロのことを分かってはいない
場合もあるのだろう。arcoとpizzの無理な切り替えやら、音の飛びが多く、音外しそうでどうなることやら心配は尽きない。

いずれにせよ、集中して取り組むことで、地域の人たちや、遠路やってきてくれる旧友たちに楽しんでもらいたいものだ。

 

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晩秋のカエデスケッチ

2015年11月13日 16時29分14秒 | その他雑感

あっという間に紅葉も終わりそうなので、近所のカエデ並木に出かけた。

 

もう葉を落とした樹もあるが、今を盛りと「咲き誇る」ものもいる

 

カエデの紅葉は、この恥じらうような色合いが何ともかわいらしい

 

よく見ると、カエデの多くが実を宿している

 

からまるツルもちらほら色づいていた

 

降り注いだ落ち葉は、いたるところに錦絵を描く

 

あたりを見回すと、ピラカンサ(常盤サンザシ)も実をつけ

 

落葉寸前の葉もみつかる

 

つつじの一種だろうか、これもかわいらしい

 

クリスマスのころ、この樹だけが、赤い実で照らしてくれるようだ

すっかり落ちる前に、紅葉歩きができてよかった。

 

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「東京アマデウス」はやっぱりすごい!

2015年09月27日 18時55分07秒 | コンサート

東京アマデウス管弦楽団の第82回演奏会を聴いた。

午前中はM響の演奏会に向けたリハがあったので(10月4日が本番)錦糸町まで車を飛ばした。

会場の「すみだトリフォニーホール」の2階コンコースは数百人の観客が開場待ちをしていた。
いつもの光景ながら、アマオケでこれだけの行列を作れるのに驚かされる。

僕は真正面の指揮者のかぶりつきに席を取る。右手のチェロがよく見えるからね。
予鈴が鳴るころには1800の客席は隙間がないほど埋まっていた。

プログラムは前半は、「ローエングリン」、「ハイドンの主題による変奏曲」(ハイバリ)。
後半のメインがブルックナーの「交響曲第5番 変ロ長調」。

以前市原フィル定演で、ハイバリのあとブルックナーの4番「ロマンチック」で四苦八苦したのを思い出す。
ハイバリとブルックナーの組み合わせというのが、一つの形なのだろか。
どちらも苦労はしたが、ハイバリは原型が分からなくなるくらいの変奏組曲で大変面白かったし、ブルックナーは静と動
金管コラールや弦楽のピッチカートなどが耳に残っていて大変思い出深い演奏会だった。

そんな経験に照らし合わせると、大変厄介なリズムが続くハイドンバリエーションは、
個々の演奏が難しいだけでなく、アンサンブルがバラバラになりそうな記憶がある。
「どこかに破綻があるはず・・」などと思っていたが、そんなくだらない詮索はすぐ打ち砕かれた。
素晴らしい演奏だった。

弦楽器の演奏者の皆さんからは、必死さも「やっと弾いている」ような姿は微塵も感じられず、
奏でられる音色はあくまで慎重に制御されていて、上品さ、ハイセンスさを感じられた。
まいった。このオケ全然素人じゃない!

ブルックナーになって、このオケの本領がさらに、いかんなく発揮された。
これまでも”アマデウスファン”のはしくれとして、いろいろ聞かせてもらったが、今回のブルックナー5番には本当に感動した。

弦楽器の静かなピッチカート~これがまた素晴らしいピアニッシモなのだが~
そこから立ち上がってくる第1バイオリンの音色の美しさには鳥肌が立った。
普通バイオリンってキーキーする音が混じっていたり、どこかに乱れがあるんだけど(アマオケなら・・)
このオケのバイオリンは一本の音の流れだった。そしてVnに引き継がれて続くチェロの美しさ。

第2バイオリンとビオラ、ぶれない低弦・・・こうした弦楽器パートごとの見事なまとまりは、アマオケではなかなか聞くことができない。
ブルックナーの曲のあちこちに出てくる”弦楽アンサンブル”ではこれらのパートが組み合わさり
聴くものを包み込むように圧倒してゆく。弦楽器の響きにどれだけ心を震わせたか。

そんな弦楽器の響きのあとにやってくるのが、金管のコラールなのだが、これまた完璧に溶け合い、
クリスチャンでもないのに天上に誘われるような、敬虔な思いにさせられた。

書き出したらきりがなくなるが、東京アマデウス交響楽団の各演奏者の技術はすごい!
美しいクラリネット、泣かせるオーボエ・・・次から次へと名人たちが現れる。
赤い球をくっつけた、硬めのマレットで打ち鳴らすティンパニーがすばらしかった。
ピアニシモの安定、全てのクライマックスにジャストフィットする・・・あの女性は何者?と思ったほど。
最後に指揮者に指名された時も、彼女への拍手は大きかった。

 

このオケのすばらしさどうして生まれるのだろう・・・

理由1 一つの曲の完成に向け、いやこの場での完全演奏に向けて、全メンバーが心を一つにしていること。目標に向かう真面目さ
(おそらくその共通目標に向かう気持ちの無い人は脱落してゆくのだろう。ふつういろんな人が混じってるんだけど・・)
理由2 一人ひとりのスキルが厳選されている。できない人は乗っていない
(あとからホームページを開いてみたら、オディションを経て入団選考がされている。やはりね。)
理由3 団員は互いに最善の演奏をしていることを信頼している。また自分たちが演奏している音色が全体としてどう届いているかも感じている
(そう感じた瞬間は、あのppのピッチカート。自分では感じられないほどの爪弾きが全体でどうなるかを信じないとあのppは出せない)
理由4 おそらく所有している楽器もいいはず~失礼かもしれないが・・スキルだけでないはず・・だって音がいいんだもん
(良い演奏に向けて、また全体の水準向上に向けて、自分の中で楽器にかける優先度が高いのだと思う)
理由5 最後になったが、客演指揮者・石川星太郎さんは、このオケの良さを信頼し、引き出し方向づけてくれたのだろう

音楽に向ける情熱の高さとその結果としての演奏の完成度の高さが東京アマデウス管弦楽団。
団員は この素晴らし演奏を生で聴けないのがかわいそうと思ったりもしたっけ。
これからも可能な限り、チケットを手に入れて聴きに行こうと思う。

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楽しかったけど、悔いも残ったラフマニノフ交響曲第2番

2015年06月30日 00時02分49秒 | 市原フィル

市原フィルの定期演奏会が終わった。
茂原交響楽団での「マーラー5番」から一月半で「ラフマニノフ2番」へのチャレンジは無謀な試みではあったが
何とか、大きな迷惑もかけずに、ラフマニノフらしい音楽空間に存在することができてほっとしている。

  【  第30回定期演奏会のポスター  】

しかし”分不相応”のおかげで、演奏会終了直後にマッサージに駆け込み、久しぶりに昼近くまで爆睡してしまった。
たった1日前の出来事なのに「遠い思い出」になったような不思議な感覚だ。

ちょっとこれまでを思い出してみよう。

この半年は、マーラーに取り組めばラフマニノフを忘れ、ラフマニノフに取り組むとマーラーがおぼつかないというジレンマの連続だった。5月連休明けからは、ラフマニノフ1本に絞って難易度の高い場所に集中できた。

「遠い思い出」の中には、市原名物の合宿練習もあった。
交響曲の危ない箇所を、コンミス殿が毎回4か所ほど選択し、弦楽アンサンブルとして、全団員(参加したトラさんも)で練習し、全員の前で発表するという企画だ。

  【弦楽アンサンブルの組み合わせ】

合宿全体は大変ハードな練習が組まれている(合宿の最後は完全な通し演奏でへとへとになる)。
そんな中でのアンサンブルは、以前は恐怖の時間だったけど、さすがに8年もチェロに触っていると馴染んできてアンサンブルで「交響曲」の一部を再現し、合わせてゆくことは、楽しみになってきた。

定期演奏会の前日はゲネプロという全曲演奏があり、この段階でいよいよ翌日本番での最終調整となる。
自分にとっても決断が迫られているわけで、最終的に「弾くのか、弾かないのか」「簡略演奏にするのか」という具合。
この段階ではっきりしたのは、ラフマニノフでの白黒はついていたものの、サブプログラムの「眠れる森の美女」に沢山の問題があることが分かり、前日深夜までチャイコのおさらいをしていたっけ。

演奏会当日午前中はステージリハーサル。正直この段階では前日までの覚悟を最終的にテストする感覚だったかな。
「これで本番は行く」と全てが明確になればいいんだけど、正直なところ不安箇所は消えてはくれなかった。
ラフマの1楽章終盤、2楽章、終楽章の後半・・・あちこちにに不安要素があった。

  【 ステージ リハの様子 】

さて、こうして迎えた本番はどうだったんだろう。覚悟して臨んだはずだったのに、意外なところに大きな落とし穴があった。
ラフマニノフ2番ではなんといっても美しい緩徐曲の3楽章。ここまで苦労してきたのも3楽章のためだった。
ところがこの3楽章で道に迷ってしまた。始まってしばらくは良かったのだけど、集中力が切れてしまったのか、あっという間に迷子になってしまった。
周囲を見て、ボーイングを見ることで普通なら元に戻れるのだけど、チェロパートは4分奏になっていて、弓の動きがみんな違う。隣の弓に合わせて戻れたと思っても次の小節になると違う動きになってしまう。
いったいどこなんだ・・・と焦りながらも、自分が雑音を入れるわけにゆかないので、
結局一番弾きたかった楽譜数段で「弾いたふり」を続けるエアーになってしまった。

これは久しぶりに辛い感覚だった。がっがりというのか、残念というのか、せっかく自分でやったチャレンジを台無しにした気分。
もう少し練習しておけば、早いパッセージや、演奏そのものが難しい部分にばかり練習を繰り返すのではなく、演奏できるけど、一度迷ったら戻れないような部分を、もっと周りとの関係をしらべておけば・・・後悔が残った。

ま~それも2日演奏会からしばらく経つと、そんな苦い感覚も「遠い思い出」となり、またあのすばらしステージに立ちたいと思えてくるから不思議。


まずはリハビリもかねて、楽しいアンサンブル練習からリスタートしようと思っている。

コメント (2)
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