チェロ五十代からの手習い

57才でチェロに初めて触れ、発見やら驚きを書いてきました。今では前期高齢者ですが気楽に書いてゆこうと思います。

弦楽四重奏曲「アメリカ」実現!・・過去記事

2016年11月04日 00時12分18秒 | アンサンブル

アンサンブルの喜びを綴ろうと思って久しぶりに編集画面を開いたら、1年前に編成した弦楽四重奏グループの”事始め”の下書きが見つかった。
ドボルザークの「アメリカ」を演奏できた喜びは一生ものなので、その当時のままアップしておこう。

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弦楽器のことは何も分からず、店に飛び込んでチェロを購入しから昨年3月末(2015年当時)で丸10年になった。
始めた当時チェロのCDを聴いていて最も印象に残ったのがドボルザークの弦楽四重奏「アメリカ」だった。
特に2楽章の美しいチェロが主旋律で駆け上がってゆくところに魅了された。

スケールさえおぼつかないのに、衝動的にネットで楽譜を探してアンサンブルの楽譜も手に入れた。
「いつかきっとやれる日のために買っておかなければならない」、そんな気がしたのだった。
値段は結構高かった。当時はIMSLPなる無料ライブラリーも知らなかった。

その後、市民オケに入れてもらい、いろいろな曲に参加させてもらったが、アンサンブルは敷居が高く簡単にチャンスは生まれない。
チェロアンサンブルや管楽器とのコラボレーションなどいくつかの演奏機会をいただいたものの、
弦楽四重奏だけは、オケでも特別な名手たちだけに許されている気がして、半分あきらめていた。

ところが昨年(2015年)5月、弦楽四重奏を新編成するチャンスがやってきた。
オケで1年に一回開催される「アンサンブル・コンサート」の参加者を募集していたのだ。

そのとき何を考えたかというと・・・
・今この機会を逃したら、おそらく一生弦楽四重奏に参加する機会はないだろう・・
・「アンサンブルは捕まえに行かないと、簡単に逃げて行ってしまうよ」とアドバイスされたこともあった・・
・雇用延長期間も終了する年齢となり、日程の都合もかなり自由になり、時間だけは沢山ある・・
・チェロ歴8年を超えて、基礎レッスンもやってきて、少しは弾けるようになてきた・・

てなわけで、たまたま定演の係を一緒にやっただけの関係ながら、ビオラ嬢に声を掛けた。
女性に自分から声を掛けるなんて、20歳のころ以来のドキドキする経験だったが、なんとOKしていただいた。
その結果をもって、以前定演の実行委員をやったことのあるバイオリン嬢にお声がけかけし、快諾をいただいた。
これでチェロ、ビオラ、バイオリンと3人揃ったので、残り一人Vnを誘えれば弦楽四重奏団成立だ!と思っていたらあろうことか1stバイオリンのなり手が見つからないという。

クアルテットの主旋律の大半はVnトップが弾くので、グループの個性を左右するのだから当然なんだけど、
その重要なパートのなり手が、仕事やら、介護やら、それぞれに多忙を極め、なかなか見つからない。

「だったらあなたが1stやればいいんじゃない!」とプッシュすることでこの問題も解消に向かい、2ndVnの貴重な弾き手もみつかり一挙にスタートする事になった。

簡単に考えていたけど、クァルテットを組み、人前で演奏するということは、新しくオケに参加するくらい、あるいはそれ以上に大変なことだった。
「練習日は何曜日にする?」「練習会場は」「曲は何にする」「レッスンは」・・・その後の展開を全くイメージせず、弦楽四重奏団を組むことの意味を十分理解しないまま駆け出してしまったことに気づかされた。

とまれ、バイオリン、ビオラの皆さんの真剣な姿勢と努力で全てがトントン拍子で進み、月2回の集中演習と月1回の集団レッスンの決まり、10か月後のアンサンブルコンサートに向け船出することになった。

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ここまでで、下書きは終わっていた。
「アメリカ」本番までの道のりは険しかったが、同時にこの上もなく楽しい時間だった。そんな喜びにあふれた10ヶ月は とても書ききれるものではなかったのだろう。

そして迎えた今年2月のアンコン本番では、集まった70人の市民の皆さんよりも、オケの仲間の前で演奏する高揚と緊張を感じ、お陰で舞台の上では練習では起きなかったミスを連発。
一人で走ってみたり、肝心のメロディーを半拍突っ込んで、皆に迷惑かけたり・・。
指揮者からは「音楽として十分成立していた」と大甘の講評をいただき、気を取り直して「弦楽四重奏団Amusio」は現在も活動中。

オケもいいけどクァルテットはこれまた「べっぴん」の楽しさがある。(続きはまた)

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明後日ファミリーコンサート

2016年10月01日 00時07分17秒 | オケの練習

いつの間にか秋。バイクで走ると涼しさより肌寒さを感じ 金木犀の香りに気づく。

秋といえば茂原交響楽団恒例のファミリーコンサートが目の前に迫ってきた。

 

今年のファミリーコンサートは初の試みとして、チャイコフスキーの交響曲第5番を全楽章演奏する事になった。
例年なら、万人受けする交響曲の単一楽章を演奏するのだが、チャイコの5番を「切り売り」するのはもったいないという意見に押されて、5月の定期演奏会からあまり時間がない中取り組んできた。結構大変だったが、なかなかいい出来と感じている。

後半のプログラムでは、映画音楽やアニメソングで、チャイコフスキーと比べれば楽勝かと思えば、これが大変厄介で、
なかなか納得行くレベルに達しなかった。
とりわけ久石譲作曲の「ハウルの動く城」こと、シンフォニック・ヴァリエーション「メリーゴーランド」は
変拍子の連続で、オケとしてのまとまりが出せるか微妙な気もする程だ。

 一方でやや気が重いことがある。ロビーコンサートで仲間と弦楽5重奏を引き受けてしまったことだ。
クアルテットとしては、昨年編成してから、モーツアルトの弦楽四重奏などの練習やアンサンブルコンサートなどで発表はあるが
本番前のあわただしい時間に、ポピュラーソングを2曲演奏するが、こうした曲は編曲者がチェロのことを分かってはいない
場合もあるのだろう。arcoとpizzの無理な切り替えやら、音の飛びが多く、音外しそうでどうなることやら心配は尽きない。

いずれにせよ、集中して取り組むことで、地域の人たちや、遠路やってきてくれる旧友たちに楽しんでもらいたいものだ。

 

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晩秋のカエデスケッチ

2015年11月13日 16時29分14秒 | その他雑感

あっという間に紅葉も終わりそうなので、近所のカエデ並木に出かけた。

 

もう葉を落とした樹もあるが、今を盛りと「咲き誇る」ものもいる

 

カエデの紅葉は、この恥じらうような色合いが何ともかわいらしい

 

よく見ると、カエデの多くが実を宿している

 

からまるツルもちらほら色づいていた

 

降り注いだ落ち葉は、いたるところに錦絵を描く

 

あたりを見回すと、ピラカンサ(常盤サンザシ)も実をつけ

 

落葉寸前の葉もみつかる

 

つつじの一種だろうか、これもかわいらしい

 

クリスマスのころ、この樹だけが、赤い実で照らしてくれるようだ

すっかり落ちる前に、紅葉歩きができてよかった。

 

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「東京アマデウス」はやっぱりすごい!

2015年09月27日 18時55分07秒 | コンサート

東京アマデウス管弦楽団の第82回演奏会を聴いた。

午前中はM響の演奏会に向けたリハがあったので(10月4日が本番)錦糸町まで車を飛ばした。

会場の「すみだトリフォニーホール」の2階コンコースは数百人の観客が開場待ちをしていた。
いつもの光景ながら、アマオケでこれだけの行列を作れるのに驚かされる。

僕は真正面の指揮者のかぶりつきに席を取る。右手のチェロがよく見えるからね。
予鈴が鳴るころには1800の客席は隙間がないほど埋まっていた。

プログラムは前半は、「ローエングリン」、「ハイドンの主題による変奏曲」(ハイバリ)。
後半のメインがブルックナーの「交響曲第5番 変ロ長調」。

以前市原フィル定演で、ハイバリのあとブルックナーの4番「ロマンチック」で四苦八苦したのを思い出す。
ハイバリとブルックナーの組み合わせというのが、一つの形なのだろか。
どちらも苦労はしたが、ハイバリは原型が分からなくなるくらいの変奏組曲で大変面白かったし、ブルックナーは静と動
金管コラールや弦楽のピッチカートなどが耳に残っていて大変思い出深い演奏会だった。

そんな経験に照らし合わせると、大変厄介なリズムが続くハイドンバリエーションは、
個々の演奏が難しいだけでなく、アンサンブルがバラバラになりそうな記憶がある。
「どこかに破綻があるはず・・」などと思っていたが、そんなくだらない詮索はすぐ打ち砕かれた。
素晴らしい演奏だった。

弦楽器の演奏者の皆さんからは、必死さも「やっと弾いている」ような姿は微塵も感じられず、
奏でられる音色はあくまで慎重に制御されていて、上品さ、ハイセンスさを感じられた。
まいった。このオケ全然素人じゃない!

ブルックナーになって、このオケの本領がさらに、いかんなく発揮された。
これまでも”アマデウスファン”のはしくれとして、いろいろ聞かせてもらったが、今回のブルックナー5番には本当に感動した。

弦楽器の静かなピッチカート~これがまた素晴らしいピアニッシモなのだが~
そこから立ち上がってくる第1バイオリンの音色の美しさには鳥肌が立った。
普通バイオリンってキーキーする音が混じっていたり、どこかに乱れがあるんだけど(アマオケなら・・)
このオケのバイオリンは一本の音の流れだった。そしてVnに引き継がれて続くチェロの美しさ。

第2バイオリンとビオラ、ぶれない低弦・・・こうした弦楽器パートごとの見事なまとまりは、アマオケではなかなか聞くことができない。
ブルックナーの曲のあちこちに出てくる”弦楽アンサンブル”ではこれらのパートが組み合わさり
聴くものを包み込むように圧倒してゆく。弦楽器の響きにどれだけ心を震わせたか。

そんな弦楽器の響きのあとにやってくるのが、金管のコラールなのだが、これまた完璧に溶け合い、
クリスチャンでもないのに天上に誘われるような、敬虔な思いにさせられた。

書き出したらきりがなくなるが、東京アマデウス交響楽団の各演奏者の技術はすごい!
美しいクラリネット、泣かせるオーボエ・・・次から次へと名人たちが現れる。
赤い球をくっつけた、硬めのマレットで打ち鳴らすティンパニーがすばらしかった。
ピアニシモの安定、全てのクライマックスにジャストフィットする・・・あの女性は何者?と思ったほど。
最後に指揮者に指名された時も、彼女への拍手は大きかった。

 

このオケのすばらしさどうして生まれるのだろう・・・

理由1 一つの曲の完成に向け、いやこの場での完全演奏に向けて、全メンバーが心を一つにしていること。目標に向かう真面目さ
(おそらくその共通目標に向かう気持ちの無い人は脱落してゆくのだろう。ふつういろんな人が混じってるんだけど・・)
理由2 一人ひとりのスキルが厳選されている。できない人は乗っていない
(あとからホームページを開いてみたら、オディションを経て入団選考がされている。やはりね。)
理由3 団員は互いに最善の演奏をしていることを信頼している。また自分たちが演奏している音色が全体としてどう届いているかも感じている
(そう感じた瞬間は、あのppのピッチカート。自分では感じられないほどの爪弾きが全体でどうなるかを信じないとあのppは出せない)
理由4 おそらく所有している楽器もいいはず~失礼かもしれないが・・スキルだけでないはず・・だって音がいいんだもん
(良い演奏に向けて、また全体の水準向上に向けて、自分の中で楽器にかける優先度が高いのだと思う)
理由5 最後になったが、客演指揮者・石川星太郎さんは、このオケの良さを信頼し、引き出し方向づけてくれたのだろう

音楽に向ける情熱の高さとその結果としての演奏の完成度の高さが東京アマデウス管弦楽団。
団員は この素晴らし演奏を生で聴けないのがかわいそうと思ったりもしたっけ。
これからも可能な限り、チケットを手に入れて聴きに行こうと思う。

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楽しかったけど、悔いも残ったラフマニノフ交響曲第2番

2015年06月30日 00時02分49秒 | 市原フィル

市原フィルの定期演奏会が終わった。
茂原交響楽団での「マーラー5番」から一月半で「ラフマニノフ2番」へのチャレンジは無謀な試みではあったが
何とか、大きな迷惑もかけずに、ラフマニノフらしい音楽空間に存在することができてほっとしている。

  【  第30回定期演奏会のポスター  】

しかし”分不相応”のおかげで、演奏会終了直後にマッサージに駆け込み、久しぶりに昼近くまで爆睡してしまった。
たった1日前の出来事なのに「遠い思い出」になったような不思議な感覚だ。

ちょっとこれまでを思い出してみよう。

この半年は、マーラーに取り組めばラフマニノフを忘れ、ラフマニノフに取り組むとマーラーがおぼつかないというジレンマの連続だった。5月連休明けからは、ラフマニノフ1本に絞って難易度の高い場所に集中できた。

「遠い思い出」の中には、市原名物の合宿練習もあった。
交響曲の危ない箇所を、コンミス殿が毎回4か所ほど選択し、弦楽アンサンブルとして、全団員(参加したトラさんも)で練習し、全員の前で発表するという企画だ。

  【弦楽アンサンブルの組み合わせ】

合宿全体は大変ハードな練習が組まれている(合宿の最後は完全な通し演奏でへとへとになる)。
そんな中でのアンサンブルは、以前は恐怖の時間だったけど、さすがに8年もチェロに触っていると馴染んできてアンサンブルで「交響曲」の一部を再現し、合わせてゆくことは、楽しみになってきた。

定期演奏会の前日はゲネプロという全曲演奏があり、この段階でいよいよ翌日本番での最終調整となる。
自分にとっても決断が迫られているわけで、最終的に「弾くのか、弾かないのか」「簡略演奏にするのか」という具合。
この段階ではっきりしたのは、ラフマニノフでの白黒はついていたものの、サブプログラムの「眠れる森の美女」に沢山の問題があることが分かり、前日深夜までチャイコのおさらいをしていたっけ。

演奏会当日午前中はステージリハーサル。正直この段階では前日までの覚悟を最終的にテストする感覚だったかな。
「これで本番は行く」と全てが明確になればいいんだけど、正直なところ不安箇所は消えてはくれなかった。
ラフマの1楽章終盤、2楽章、終楽章の後半・・・あちこちにに不安要素があった。

  【 ステージ リハの様子 】

さて、こうして迎えた本番はどうだったんだろう。覚悟して臨んだはずだったのに、意外なところに大きな落とし穴があった。
ラフマニノフ2番ではなんといっても美しい緩徐曲の3楽章。ここまで苦労してきたのも3楽章のためだった。
ところがこの3楽章で道に迷ってしまた。始まってしばらくは良かったのだけど、集中力が切れてしまったのか、あっという間に迷子になってしまった。
周囲を見て、ボーイングを見ることで普通なら元に戻れるのだけど、チェロパートは4分奏になっていて、弓の動きがみんな違う。隣の弓に合わせて戻れたと思っても次の小節になると違う動きになってしまう。
いったいどこなんだ・・・と焦りながらも、自分が雑音を入れるわけにゆかないので、
結局一番弾きたかった楽譜数段で「弾いたふり」を続けるエアーになってしまった。

これは久しぶりに辛い感覚だった。がっがりというのか、残念というのか、せっかく自分でやったチャレンジを台無しにした気分。
もう少し練習しておけば、早いパッセージや、演奏そのものが難しい部分にばかり練習を繰り返すのではなく、演奏できるけど、一度迷ったら戻れないような部分を、もっと周りとの関係をしらべておけば・・・後悔が残った。

ま~それも2日演奏会からしばらく経つと、そんな苦い感覚も「遠い思い出」となり、またあのすばらしステージに立ちたいと思えてくるから不思議。


まずはリハビリもかねて、楽しいアンサンブル練習からリスタートしようと思っている。

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マーラー交響曲5番が自分にくれたもの

2015年05月10日 22時28分09秒 | オケの練習

茂原交響楽団の25回定期演奏会が終わった。

打ち上げの席で披露された話では、この選曲を聞いたとき、トレーナーの市村先生は「とても責任が負えません」と断ったが、
土田マエストロに押し切られたそうだ。ところが練習が始まった後、「こりゃだめだ」と二人で何度も諦めかかったそうだ。

思い起こせば、土田さんは、以前ならブチ切れてもおかしくない場面でも、辛坊強く、情熱的に「オケの訓練」をされていたし、
弦トレーナーの市村先生も、ほとんど全てのリハに参加してくれていた(こんなこと普通では考えられない)。
それほど、指揮者にとっても先生にとっても、厳しいチャレンジであり、大変な危機感でこの半年を引っ張ってこられたのだろう。
無論、団員にとっても大きな壁であったが、あきらめずに立ち向かい、必死の思いで練習に取り組んできたのだった。

さて結果はどうだったか。

参加者は、プロのエキストラを入れて全員で97人。講評で「いい演奏になった」「本番になって初めてマーラーの音が出た」とお褒めをいただけた。最後の最後の本番で、楽団の底力が発揮できたのだった。

自分としてはどうだったか。
この半年、可能な限り全ての時間をチェロを抱えて譜面と向き合おうとしたが、集中力を持続することが非常に困難だった。
特に「わけのわからないマーラー」が曲として感じられるまでは、譜面と向き合うことは大変苦痛を伴いで、すぐにへとへとになり、倒れ込むように休憩を取らなければならなかった。
(めくってもめくっても、楽譜は終わらない、全部で70分という長大な曲ということもあるし、何しろ複雑怪奇!)

しかし、市原フィルでラフマニノフの交響曲2番という難曲を抱えながら、同時にマーラーに参加する「人生最大のチャレンジ」は、この年齢でとんでもない集中努力体験ができ、練習の限界にも気づかされ、その中で前進するポイントも感じ取ることができた。これは、とても貴重な体験であり、これからの音楽生活にとって大切な基礎地盤ができてきた気がする。

こんな機会を与えてくれた茂原の皆様とマーラーに感謝したい。
まだ言葉にはならないが、マーラーでつかんだ「練習のコツ」を6月のラフマニノフに生かせればと思う。

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マーラー5番とラフマニノフ2番でうなされる段階から少し脱却

2015年03月01日 22時53分33秒 | チェロ

昨年秋ごろだったと思う。
市原フィルで「ラフマニノフ交響曲第2番」が決まったころ
古巣の茂原交響楽団では「マラー交響曲第5番」を演奏すると聞いた。
どちらも生きている間に一度は参加したい夢の演目。


マーラー5番は、アマチュアが演奏することは、ほとんど無理だと話し合ったことがある・・・
でも茂原のみなさんは、この曲を選んだのだ。なんという気合の入った大胆なチャレンジだろう。
あの美しいマーラー5番にもし参加できるなら参加したいものだな・・・

茂原の定演は毎回聴きに行っているものの、退団した楽団にお願いするのも気が引ける・・・
自分の力だと、市原フィルでラフマニノフ2番を演奏するだけでも精いっぱいだよなぁ・・・
でもこの可能性を逃すと、おそらくこの世でマーラー5番の演奏参加は無理だよな・・・

こんな迷いの時に、茂原の弦楽器の皆さんが大勢で、市原フィルの演奏会を聴きに来てくれ、
「ぜひ一緒にやりましょう」「マーラーでともに苦しみましょう」と誘ってくれたのだった。

「こんなチャンスは絶対ない!」「いつやるの!今でしょ!」と思い切って参加を願い出ると
「団員としてちゃんと練習に参加するなら」と入団を許したいただいた。

「サイは投げられた」「ルビコン越え」「清水の舞台から」的な心境で
2つの楽団に同時所属し、難曲に取り組むことに至ったのだった。

 

以来、年末年始も休みの日も、いや仕事を後回しにしてでも、
全ての時間を見つけて、マーラーとラフマニノフに食らいつこうとしてきた。

ところがところがである。
どちらの曲も、とても手におえるシロモノではなかった。

楽譜をいくら読もうとしても、全然頭に入ってこない。実感できないからすぐ眠くなる。
特にマーラーの譜面はめちゃくちゃ細かく、限りなく読みにくい表記になっている。
曲はハ音記号、ヘ音記号、ト音記号が、数小節ごとに目まぐるしく入れ替わってゆく。
「マーラーは転調が趣味なの」というくらいやたらと入れ替わる。
しかも♭6個(こんなにくっつける必要あるの?)その直後に#5個みたいに。

後から指揮者が言っていたけどマーラー本人が「すごく演奏するのが難しい曲ができた」と自慢していたとか。
大学の友人は「マーラー5番やるの!? めまいがするよ」と警告してくれてたっけ。

というわけで、マーラーもラフマもなかなか手に収まってくれない。
そんな状態でできることは何か。
それはCDで曲を聴き、譜面とにらめっこし、作曲者のバックグラウンドを調べることはできる。

マーラーといえばバーンスタインという話を聞いたので、とりあえずマーラー全集を買ってみたり


 

マーラーの書籍を購入したり、ラフマニノフのDVDを借りたりもした

読んだり、聴いたりして演奏が上手くなるなら「世話~ない」んだけど、気休めにはなった。

しかし実際に、CDと譜面を何回も照合していても、何が何だかわからなくなり、どうにもならない。
それなりに個人練習をしたあと、リハに参加しても、弾けるところは限られているし、やはりタイミングがつかめない。
曲と楽譜との連携がなできないままに時間が過ぎてゆく。
曲の隅々が体に入ってくるまでは、合奏は不可能なんだと改めて気づかされる。

 

そんな中でBS放送でイスラエルフィルのマーラーの素晴らしい演奏を聴くことができた。
「これはやっぱり生の演奏を見るべきだ!」と思い至り、演奏会でラフマとマーラーを探した。

たまたま関西出張の日に、飯森範親さんで日本センチュリーのラフマニノフ2番がある。
シンフォニーホールのオーナーを知っていることもあり、最高の席を提供いただいた。

東京では、読響の定期演奏会に、下野竜也さんの指揮で「マーラー5番」を聴くことができた。

やはりプロの生演奏は素晴らしかった。
マーラー5番もラフマニノフ2番も、いつも演奏会をやっているわけではないのに、
まるで針の穴を通すような、奇跡的タイミングで2つの演奏会を聴くことができ
こんなすごい曲に参加できるわが身の幸運を改めて感じながら1月を過ごすことができた。

(ただ、大きな反響を得た東大オケのマラ5と、中島さんによるラフマニノフは諸事情で
 チケットを他の人にプレゼントしたり、キャンセルせざるを得なかったのは本当に残念・・・)

 

さまざまな手段でセルフモチベートしながら、空き時間があれば譜面やスコアーを見ているし、
仕事の行き帰りも、家に帰ってからも、マーラーとラフマニノフばかり聞いていると、
うたた寝の間にもマーラーの2楽章が鳴っていたり、朝目覚めてからもラフマが頭から離れなかったりする。
ちょっと脅迫観念になってきてるのか、無理がたたっているのか、高血圧が発覚。


個人練習だけでは、なかなか前に進まないな~と、壁の高さにうんざりし始めているころ2月になった。
すると、市原フィルでは正指揮者が練習を開始し、茂原ではチェロのパートトレや、指揮者による弦トレがあり
ようやく譜面と楽曲の流れがくっつき始めている。

演奏できるようになるのはまだまだだが、弾くか弾かないかを選択できる耳がだんだんできてきているのだろう。
「これなら何とかなるかもしれない」と春らしい気分になってきている。



茂原のマーラーの定演は5月の連休明け。市フィルのラフマニノフは6月の予定。
それまで、すべての週末、祝日は2つの楽団のリハーサルやトレーニングで埋め尽くされた感じだが
この調子なら、少なくとも自分は何をやっているのか分かって参加できるようになる予感を感じている。

無謀と自分でもわかったうえでの「人生最大のチャレンジ」なのだが、
苦痛の量 < 喜びの量 と変化するように、練習あるのみだ。

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市原フィルを聞きに来てくれた方々の素敵なブログ

2014年10月29日 01時13分32秒 | 市原フィル

市原フィル第29回定期演奏会を聴いていただいた方々のブログです。

 

お一人は団員ではないのに、いつも演奏会のお手伝いをしていただいている
「いつでも夢を」さんで、定期演奏会の感想を詳細に書かれています。

http://blogs.yahoo.co.jp/ken020101/12685343.html

そしてお友達の「ピッカリング2」さんも、一曲ごとに素敵なコメントを寄せています。

http://blogs.yahoo.co.jp/pickering2013

どちらの内容からも、私たちアマチュアの演奏する音楽を応援し、
真剣に聴いてくれ、楽しんでいただいていることが伝わってきます。

お二人がやり取りしているコメントには深い音楽体験が感じられるし、
次のラフマニノフへの期待も語られていて、とても嬉しい気持ちになります。

こうした人たちに支えられて演奏会がやれているんだよな~と改めて感じ
心から感謝したいと思います。
ありがとうございます。これからもよろしくお願いします!

 

 

 

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定演の打ち上げは「収穫祭」みたい

2014年10月26日 22時51分00秒 | 市原フィル

定期演奏会が無事終わった。

定演の演奏は、若い指揮者中島さんの評判が抜群で、市原フィルもよく気持ちがひとつになり、
楽しいモーツアルト、なかなか感動的なブラームスにすることができた。


実はゲネプロ段階になっても「果たして明日は大丈夫なのか・・」と感じる部分があった。
ベートーベンの「コリオラン」で始まった気分を、「ハフナー」に切り替える難しさ。
「ハフナー」の直後に、ブラームス演奏モードに切り替える難しさに戸惑っていた。
技術面で難しい部分が多く、団員が弾きこなすのに必死になっていたからだと思う。

指揮者からは「音楽してない」「みんな楽しそうでない」「モーツアルトにそんな深刻な顔で演奏しなしで」と指摘された。

ところがステージリハーサルになると
「たった一晩でみんな上手くなっている。」と中島さんも驚くほど。これが本番を迎えたときの市原マジックだ。
「本番で豹変する」と言われていた中島さんの”顔芸”のおかげもあって、楽しい演奏会にすることができたのだった。

さてさて、今日の本題は市原フィル恒例の打ち上げについて。
予定の時刻になったとき、なんとAKB48(風の)お嬢さんたちが走り込んできた。

かわいいハロウィン風髪飾のメンバーは、日ごろ厳しいバイオリン主席のお嬢さん方だった。
会場は割れるよな拍手喝采となり、踊る彼女たちに一斉にスマホで写真撮りたがりの嵐。
盛り上がりついでに、おじさん、おばさんも乱入し、打ち上げの最後は大勢でのダンス大会になった。

曲はアップテンポな、AKB48の曲らしいのだが、なぜか懐かしい感覚に襲われた。

リオのカーニバル?
いやいや1970年代の新宿のディスコ?
いや徳島の阿波踊り?
盆踊りかな~?

リズムはかつてとは違うし、踊りも洋風なんだけど、わかったのは、みんなが同じ振りでシンクロして踊ること。
これはディスコでも、盆踊りでも同じ。
西洋音楽をやるオケのメンバーにも流れている、日本民族の底流にあるものなのだろうか。

そう、これは一年苦労して育てた作物の豊作を、村をあげて祝う「収穫祭」なんだと感じた。
オーケストラ村で、集団作業を何か月もやり遂げ、ともに達成感を味わっているのだ。

両コンミス、第2バイオリン主席の選択したAKBの踊りは、
まさにオケのメンバーの気持ちのど真ん中を射抜いたのではないか。
さすがだと思った。

でも、自分は酒も飲めず、踊りに参加もせず、こんなこと書いているんだよな~
4時間もかけて友人夫婦が駆けつけて花籠を届けてくれたな~・・・
元所属したオケのみなさんが聞きに来てくれ、おいしい生チョコをいただいたり・・・
そんなことを振り返りながら・・・


ま~これが自分なりのお祭りの仕方なのかなと割り切ろうっと。

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定演目前、臨場感と緊張感で追い込み中

2014年10月23日 22時39分08秒 | 市原フィル

いよいよというか、いつも通りというか、あっという間に週末に定期演奏会本番だ。

合宿を含め、何か月間でだいぶ弾けてきていると思っていたが、直前になりダメな部分が
日々発見されて「なんでいつもこうなるの?」とあきれている。

Mzartの「ハフナー」。
弾けないところは、やはり弾けないとあきらめているものの
丁寧にさらってゆくと、いい加減に譜読みしているところが何か所か見つかった。
特に4楽章では超スピードで全体が騒がしいので、練習場では気づかぬままだった。

Beethoven「コリオラン」。
これは大丈夫だよね、とさらっていると、やはり発見があった。
個人練習では弾けていたはずが、実際にプルトごとに一台の譜面台だと譜面が現場では読めず
覚えていない部分がいい加減になり、結局「ちゃんと弾いてないじゃん」ということが明らかになる。
コリオランは全般的にちゃんと「使える音」「きれいな音」が出せていないことが課題だ。

Brahms「交響曲2番」。
ここでも毎度のことだが終楽章に手抜きが多く見つかった。
先日の通し練習では、隣のチェロ嬢から第3楽章のPizzの1音に「#つけて演奏している」と指摘されて驚いた。
(彼女が見逃さず聞き分けるのがすごい! 毎回見逃してくれてたんだね)

ブラ2は何といっても4楽章が怪しい。ものすごい勢いと音量なので自分で何弾いているかわからなくなるんだけど、
実は弾けてない、読み違えている、左手と右手がバラバラで音がまともに出ていない部分が多く見つかる。
思えばこれまで参加したどの交響曲も4楽章がいつも怪しかった。これもまた繰り返される癖で
第1楽章からいつも練習していると、最後がおろそかになる。今回こそはと取り組んだんだけど癖は治っていないよな~。

こうして定期演奏会が目前になると、友人や知人が見ている前で弾いている状況が迫ってくるし
本番の舞台でミスすれば全体に迷惑かけることのリアリティーが増してくる。
ちょうど試験の直前になって、追い込まれるように集中力が高まるような感じなんだが
子供のころからの癖は一生治らないものだと、笑うしかない。

営業活動では「エビ反り曲線」というのあって、期末になると急に受注が集中して目標を達成することがよくある。
どうやらオケの練習もそうなんだと割り切り、これからが「詰め」と心得て練習しよう。

今夜も、再度譜読み、運指の工夫を重ねて、本番であと3%~5%角度を上げようと思う。
土曜日にはゲネプロがあり、これからが本当の勝負だ。

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