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2月16日 ボランティアガイド 3題 城山砦、三溪園、かずさ国府

2015-02-16 09:35:36 | 自分のこと

セラミックフォーラム加藤です。

 

先週14日(土)、15日(日)はボランティアガイドの素晴らしパーフォーマンスを楽しんだ。

 

1)城山砦と鎧展

14日(土)は前々から行きたかった狭山市立博物館の“城山砦と鎧展”にはるばる出かけた。 

<狭山市立博物館“城山砦と鎧展”>

長津田⇒渋谷⇒池袋⇒稲荷山公園と約1時間半をかけ、9時半に到着。 昼までゆっくり2時間以上かけ展示を楽しんだ。 鎧は伊藤昭二コレクションからとのことで、地元の小田原北条氏を中心に名のある武将から足軽用のものまで、50品ほどが展示してあった。 紙からできた鎧が実際使われていたとの説明には驚いた。 ちなみに、伊藤昭二氏は狭山市在住の甲冑研究家とかで個人的に100以上甲冑を所有しているとのこと。

<伊藤昭二氏>

 

博物館の展示では、午後に見学する城山砦の模型や土嚢の上と下で鉄砲足軽の打ち合いの様子がモデル化されていた。 狭山市には著名な遺跡はないが、数少ない遺跡を一生懸命売り出そうとする意欲は感じ取れた。

<城山砦の模型>

 

見学終了後、同博物館ボランティアによる城山砦の見学会に参加した。 朝10時、12時、14時の3回が企画されたが、初回10時の会は40名以上でバスも超満員の盛況だったので、展示見学後の第2回12時に参加した。 参加者20名ほどが、博物館手配のバスに乗り、5km離れた砦跡を目指した。 車中でボランティアの方から城に関する色々な前知識を得た。 彼は山城に関心があり、日本経済新聞で紹介されている天守閣のある平城(姫路城、彦根城、松本城、犬山城など)には興味ないとユニークな人。 期待が持てそうである。

昭和初期、日本には山城(砦)を含め城郭跡は40,000ヶ所以上あったが、現在、その後の開発で半数近くに減ったとのこと。 また、この入間地区では45か所あったが、現在、22城とのこと。

今回訪問の城山砦は古文書に記載がないため歴史的な価値ははっきりしない山城との事。 後北条と上杉管領との戦争の頃(1550年)と推定されている。 かなり深く掘った空堀とその土で築いた土塁を巡った。 ガイドの方は一生懸命、攻める立場、守る立場から、虎口、馬だし曲輪を説明してくれた。 同じ山城と言っても前回紹介した寄居の鉢形城とは規模が小さい。 しかし、こうした熱心なガイドのお蔭で、名もない山城だが実感を持って体験でした。

<城山砦のガイドツアー>

 

2)三溪園 

翌日15日、13時半からの神奈川県立公文書館主催“古文書解読応用講座”を予定していたが、空いた午前を生かすべく本牧の三溪園で開催のエバレット・ブラウン湿板光画展をに鑑賞しようと、朝9時の開園をめざし、14日に続いて早起き。 

<三溪園でのエバレット・ブラウン湿板光画展>

 

横浜に住みながら、三溪園は初めてだった。 園に入った途端、その庭園の見事さに光画展のことは失念、入り口からの池沿いの散歩道、そこから望める三重塔、対岸の茶屋などを眺めながら、創設者原三渓の個人住居であった内苑に入った。 入口で11時からボランティアガイドによる園内案内があるとのお知らせを見た。 それまでユックリmy paceで園内を鑑賞し、11時のガイドに参加しようと決めた。 三渓記念館で開催中のエバレット・ブラウン湿板光画展、は次回にした。 白雲亭では高円宮妃殿下写真展―鳥たちの煌き(きらめき)が開催されていたが、これもパス。 臨春閣と池の調和ある美、安土桃山時代から江戸初期の種々の建造物と庭を鑑賞しながら、展望台に上った。 ここがかって海に面した庭園であったことに気付かされた。 そうこうする内に11時、慌てて内苑の事務所に戻り、ボランティアガイドツアーに参加した。 ガイドさんは話好きの元建築業の方、建物の構造、材質にうんちくを傾けてくれ、レベルも高く非常に有益だった。 14日の城山砦でのガイドさんといい、こうしたガイドツアーによる旅の面白さの認識を新たにした。

<三溪園の庭園>

 

3)かずさ国府

たまたま、千葉県市原に住む大学時代の同窓生からの年賀状で、最近、彼がかずさ国府のボランティアガイドになったことを知った。 しばらく途絶えていた関東地区の同窓会を彼のガイドをタネに開催する事を思いつき早速、メンバーに提案した。 何とか、4月に開催する事が決まった。この週末2日に楽しんだボランティアガイドの延長戦として大いに期待している。⇒かずさの国国府探検会www.maroon.dti.ne.jp/sc19ob/

 

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2月11日 東京商工会議所江東支部セミナー“戦国武将に学ぶ事業承継”に参加

2015-02-11 21:43:45 | 自分のこと

セラミックフォーラム加藤です。

 

既に昨年10月1日、無事、事業継承を済ませた私にとって、事業承継セミナーは無用の長物だが、“戦国武将に学ぶ”に惹かれた。 また、自分の事業承継は正しかったのだろうか?の検証のためもあった。

 

講師の山口氏(中小企業診断士/UTAGE総研㈱)は若い人で、最初の陳腐なランチェスター戦略は面白さに欠けており大丈夫かな?と疑心暗鬼で聞いたが、戦国大名の話に移るにつれて意外と面白かった。

 

彼は、最初に豊臣政権の5大老は誰か?と会場に質問したが、NHK大河ドラマ“黒田官兵衛”の影響さめやらぬせいか?指された人はスラスラと答えた。 徳川の天下となり、この5大老のうち浮田を除き、前田、毛利、上杉はしっかりと明治まで生き残った。 関ヶ原の戦いが終わった時、10万石以上の外様は40家あったが、明治維新まで持ったのは22家だったという。 “創業は易く守成は難し”と言われるが、如何にこれらの大名が承継を上手くやり生き残ったか?がテーマ。

   <前田利家>              <毛利輝元>          <上杉景勝>

先ず、明治まで生き残った大名の原因を下記にように分類している。

Case 1(佐竹、伊達、鍋島)

初代が長生きをし、強力なリーダーシップを発揮した

Case 2(毛利、上杉、黒田)

初代の明確な家訓が救った

 

例えば、毛利では“天下を望むな!”という明快な家訓があり、上杉の“義を重んじる”の家訓が何度か?のお家危機から救ったという。 

 

特に、何故、上杉は残り、武田は滅んだか?については初代⇒2代目への事業承継の違いが大きかったとしている。 そこから導かれる事業承継の結論として、譲る側(初代)と譲られる側への教訓を下記のようにまとめた。

《譲る側への教訓》

              1)寿命があることを自覚せよ

              2)万一に備えて後継者を指名しておく

              3)後継者同士を競わせない

              4)企業の生き残りは経営者の長生き競争

              5)酒に注意する

              6)無理をしない

              7)65歳までに引退する

              8)後継者に補佐役をつける

              9)後継社長をオーナーにする

              10)相応しい後継者がいなければ会社を売る

 

《受ける側への教訓》

              1)先代を肯定して継ぐ

              2)先代と自分を比較しない

              3)情勢の変化に対応する

              4)身の丈にあった経営

              5)会社の歴史を語り継ぐ

              6)補佐役を持つ

              7)古参幹部の話を聞く

              8)財政が苦しくなっても家臣を切らない

              9)一致団結して難局を乗り切る

              10)自分自身もきちんと後継者を指名しておく

 

さらに、会社を承継には3つあると言う。 ハードの承継(決算書に出てくる形になったもの)、ソフトの承継(知的財産、信用、会社の仕組みなど)、人の承継(従業員、顧客、パートナーなど)を言う、新社長に譲ったCFの点数はどれくらいか?気になるところである。

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2月5日 “戦国時代は関東から始まった”はたまた“関東三国志”

2015-02-05 19:00:46 | 自分のこと

セラミックフォーラム加藤です。

 

2月1日(日)、埼玉県立嵐山史跡の博物館主催の下記シンポジウム“戦国時代は関東から始まった”を大いに楽しみにしていたが、500名の定員なのにあえなく抽選漏れした。 籤運の悪さを再認識した。

 

基調講演

“享徳の乱と太田道灌” by 山田邦明(愛知大)

報告1

“15世紀後半の下野大名と国衆” by 江田郁夫(栃木県立博物館)

報告2

“戦国時代の河越城とその周辺” by 田中信(川越市立博物館)

報告3

“戦国時代の岩付城とその周辺” by 青木文彦(さいたま市教育委員会)

 

あきらめの悪い私は翌々日2月3日、この講演テーマの舞台となった東武東上線寄居、武蔵嵐山をはるばる訪ね、それぞれの城跡、博物館、歴史館を見学した。 また、近くにある鉢形城歴史館では“関東三国志 越相同盟と北条氏邦”展を開催しており、これも垂涎の展示会。 以下その訪問記。 結論を言えば、期待以上で再度の訪問を決意した。

 

1) “道灌の時代 戦国時代は関東から始まった” 嵐山史跡の博物館

シンポジウムと同じタイトルの企画展を見学した。 戦国時代は応仁元年(1467年)8代将軍義政の怠惰な政治のもと細川勝元と山名宗全の戦いが発端とされているが、今回のシンポジウムではそれ以前に勃発した以下の乱を取り上げている。

▲永享の乱

永享10年(1438年)、鎌倉公方足利持氏と関東管領上杉憲実の対立により持氏が滅ぼされたことが発端としている。 上杉兼実の専制に対する反感も続いた。

▲享徳の乱

その後、享徳3年(1454年)持氏の子成氏が鎌倉公方として復活し、上杉憲実の子で13代関東管領上杉憲忠を謀殺した事に端を発する。 京都の幕府も加わり、足利公方、上杉管領が複雑な絡みで抗争を繰り広げた。 その後、文明14年(1482年)、幕府と成氏(鎌倉を追い出され古河に逃れ、古河公方と呼ばれていた)に和議が成立、戦乱は一旦収まった。

▲長享の乱

その平和も長続きせず、今度は上杉家のなかで関東管領を継いでいる山内上杉と相模を領していた扇谷上杉との間で抗争が始まり、長享元年(1487年)、扇谷上杉定正が家宰の太田道灌を謀殺したことに端を発し、双方乱れた戦いが始まった。 この戦いでは越後上杉なども絡み複雑な因果関係を見せた。最終的に永正2年(1505年)山内上杉顕定の勝利となり終了した。

▲永正の乱

永正7年(1510年)、山内上杉内での争いで上杉顕定が戦死するとその内紛は古河公方足利正氏と足利高基親子の争いと結びつき大きくなっていった。 この争いは結局、伊豆から拡張していた後北条早雲の相模、武蔵、上野と領土拡大に力を貸しただけのものとなり、天文15年(1546年)の河越夜戦での後北条の大勝利となった。 この結果、扇谷上杉は滅亡し、山内上杉憲政は越後に亡命、長尾謙信に関東管領職を譲り上杉謙信を誕生させた。

 

上記の戦いの流れを種々の遺跡、地図、古文書で分かりやすく説明しており面白かった。 また、博物館のある菅谷館跡は著名な鎌倉武士畠山重忠の居城とのことで像もある。 また、長享の乱の山内上杉と扇谷上杉の戦いでは、ここに城郭を建て後述する鉢形城の守りとした。

 

2) “関東三国志 越相同盟と北条氏邦” 鉢形城歴史館

小田原後北条が、上記の鎌倉公方、関東管領などの争いに乗じ、河越夜戦(1546年)以降、関東の覇者となっていく過程⇒滅亡(1590年)の50年間は、近国の越後上杉氏、甲斐武田氏との目まぐるしい同盟⇔戦いの繰り返しであった。 正に関東三国志とも言える。 その3国の三角点にあった鉢形城はその要の城として大いに活躍した。 

▲鉢形城の歴史

享徳の乱の最中、文明8年(1476年)15代関東管領である山内上杉顕定に対し執事長尾景信の子長尾景春が乱を起こし、鉢形城にこもった。 文明10年(1478年)、山内上杉方は太田道灌の活躍もあり長尾景春を追い払い、上杉顕定が鉢山城に入った。(~1510年)その後、鉢形城には16代管領上杉顕実(~1515年)、17代管領上杉憲房(~1525年)、18代管領上杉憲寛(~1531年)、19代上杉憲正(~1546年)で山内上杉方による支配は終了し、以降北条滅亡(~1590年)まで、北条氏康の子、氏邦が城主として君臨した。

《鉢形城主 北条氏邦》

 

▲武田、今川、北条の三国同盟

河越夜戦(1546年)以降、永禄11年(1568年)まで23年間守られたが、その主たる共通の敵は越後の上杉謙信であった。 その間、永禄3年(1560年)、上杉謙信は上杉憲政を擁して上野、武蔵に侵攻し、永禄4年(1561年)小田原城を包囲した。 しかし、3国同盟により、今川・武田の援軍が小田原に向かっているとの情報で撤収した。

▲三国同盟の破綻と越相同盟の成立

永禄3年(1560年)の桶狭間での今川の敗北は3国同盟の解体の遠因となった。 武田信玄は永禄8年、弱体化した今川との縁を切り、織田と婚姻関係を結んだ。 この事により今川は上杉との同盟を探り、さらに北条も上杉との友好を画策した。こうした難しい外交に鉢形城主北条氏邦は大いなる貢献をしたとされている。 元亀元年(1570年)上杉謙信の養子として北条氏政、氏邦の弟三郎が出されて成立した。⇒三郎は上杉景虎となる。天正7年(1579年)御館の乱で自刃。 

この同盟は元亀2年(1572年)、上杉との同盟支持派だった北条氏康が死去し、武田との同盟支持派だった北条氏政が後を継ぐとともに解消された。

 

このように、越後の上杉、甲州の武田、相模武蔵の北条の3氏は、あたかも中国三国志の呉、魏、蜀のように裏切ったり、同盟したり非常に興味深い。 現在、歴史ものでは3つの領域に関心がある。 “弥生、古墳時代、大和朝廷時代の朝鮮、中国との交流”、“室町後期から徳川時代初期までの大名の興亡”そして“明治維新”。 最初の古代編ではこのブログでも取り上げた“甲を着た古墳人”など、絶好のターゲット。 発掘された金井東裏遺跡には近々訪問予定。 二番目の大名の興亡はまさに今回の旅。 三番目の明治維新は東京、横浜の博物館で見聞が出来る。

以上

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1月31日 新春1月のまとめ

2015-02-01 16:14:44 | 自分のこと

セラミックフォーラム加藤です。

 

またまた、ブログをサボった。 引退後3か月、だんだんサボり癖がついてきた、警戒!警戒!

 

もっとも、年末から1月末にかけて、相変わらず、美術館、歴史博物館、セミナー、公開講座を楽しんでいるが、若干ペースは落ち気味。 反省を込め、以下整理しておく。

 

<美術館・博物館>

1月8日               “中村屋サロン-ここで生まれた、ここから生まれた”  中村屋サロン美術館

                        “古田織部展” 松屋銀座

1月16日             “信長からの手紙” 永青文庫

1月23日             “みちのくの仏像” 東京国立博物館

1月29日             “武相の民権/町田の民権” 町田市立自由民権資料館

 

 

                                 <町田市立自由民権博物館>

<公開講座、セミナー>

1月9日               “新春特別講演会 日本経済のゆくえ” by 斎藤精一郎  ホテルイースト 東商江東支部主催

1月11日             “ヤマタイ国時代の東日本” 神奈川埋蔵文化センター主催 横浜歴史博物館

1月14日             “古代史講座 古代のムラの仏堂” by 柳沼千恵 横浜歴史博物館

1月16日             “高性能二次電池の新たな展開” 東大生技研究所

1月17日             “よみがえれ古墳人” よみがえれ古墳人東国文化発信委員会 銀座ブロッサム中央会館

1月18日             第4回 いしかわ学 石川県主催 於前田伯爵邸

                        “加賀藩、江戸よもやま話” by 長谷川孝徳/北陸大学 

1月21日             “景気討論会” 日本経済新聞・日本経済研究センタ主催 日経ホール

1月25日             “国際シンポジウム 古代東アジアの仏教交流” 國學院大学

1月28日             “グローバル経済―2020年に向けての提言” 野村財団・日本経済新聞・ブルッキングス研究所主催 日経ホール

1月31日             “芥川龍之介に見る《雇用されない悲劇》” by 助川幸逸郎 横浜市大金沢八景キャンパス

 

今回、経済面では1月9日の齋藤精一郎氏、1月21日の景気討論会、1月28日のグローバル経済の3つを聴取した。 

齋藤氏はアベノミクスに見られる楽観論を警戒しており、好感はもてた。

景気討論会では4名の参加者は全てが2015年は2014年より改善されるとの総じて楽観論であったが、その中の女性エコノミスト中空氏(BNPパリバ証券リスク管理本部長)は明確に“追加金融緩和は必要ない”と明言しており慎重傾向。 反対に第一生命経済研究所の永浜氏は楽観論の最右翼。 4名いずれも当面、米国が好調トップで欧州が最悪。 その中で相対的に日本は低成長だが安定はしているとの見方。⇒対ドルでは円安120~130円、対ユーロは円高120~130円??

<手前から永濱/第一生命経済研究所、大西/三越伊勢丹社長、中空/BNPパリバ、岩田/日本経済研究センター>

グローバル経済フォーラムでは厳しい欧州情勢に、ロード・マービン・キング(前英中央銀行総裁)は比較的弱気な発言があったが、欧州安定メカニズム(ESM)のクラウス・レグリング総裁(ドイツ出身)は欧州の“日本化”を指摘されたが、《欧州は日本より速い速度で改善に取り組み成功しつつあり、“日本化”とは異なる》と強気。 また、アベノミクスに対し著名な米ハーバード大学ケネス・ロゴフ教授を含め欧米勢は、いずれも《第一の矢(金融緩和)、第二の矢(財政出動)はいずれも短期の効果はあったが、長期の成長には第三の矢(規制緩和など構造改革)が必須だが本当にできるのか?》と懐疑的。 こうして見ると、今後の2020年に向けては第三の矢が成功するか?がkeyとの見方。

 

しかし、アベノミクスの第三の矢としてのTPPの促進(⇒農協つぶし、農業破壊)、労働市場改革(労働条件の改悪)、社会保障制度の改善(年金、保険制度の改悪)などは、一般国民にとってマイナス面が多い。 そうした中、規制緩和や地方創生などは中身によっては納得できるところはあるが、下手をすると地方創生などは昔の竹下首相がやったふるさと創生事業の1億円ばらまきの悪夢もよみがえる。 

 

たまたま、1月17日、18日と地方創生のプラス面を垣間見ることが出来たので、報告する。 

 

17日の“よみがえれ古墳人”シンポジウムは群馬県の地方創生とも言える企画だった。 群馬県は古くから浅間山や榛名山などの噴火により、有名なポンペイの遺跡のように古代の遺跡がそのままの形で残っている可能性が高い。 事実、2012年末上信自動車道(国道353号金井バイパス)の建設の予備調査で“甲を着た古墳人”が発掘され大きな話題となった。⇒金井東裏遺跡と名付けられた

今回のシンポジウムはかなり大がかりなもので特別講演にポンペイの遺跡発掘の日本側責任者であった青柳文化庁長官から火山災害遺跡の意義を語らせ、また、今回の発掘された古墳人が朝鮮系であることが分かり、韓国中央博物館の研究者も招聘していた。

 

 

また、18日の石川県主催の第4回“いしかわ學”《加賀藩、江戸よもやま話》も面白かった。正月見たビデオ“武士の献立”に影響された。 会費は3,000円と高めだったが、前田伯爵邸での長谷川教授による講演、ついで会場を渋谷エクセルホテル東急の日本料理「句彩」に移し、加賀料理と地酒の試飲会は昼間から豪華に楽しめた。 次回、3月14日の北陸新幹線の開通に伴う現地での“いしかわ學”が開催されるとの事。 ぜひ応募したい。

 <長谷川教授/北陸大学と前田伯爵邸> 

ばらまきの地方創生の典型であるコンクリート行政は大反対だが、こうした地方の遺跡、歴史の保存や、観光資源として伸ばす地方創生なら大賛成。 

 

今回の3つの経済シンポジウムや2つの地方創生セミナーを通じ、《高度成長などでなく、落ち着いた自然、文化、歴史を生かした安定した低成長を目指すべき》との持論に大きな後ろ盾を得た気持ちだった。

 

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1月15日 利休と織部

2015-01-15 15:45:39 | 自分のこと

セラミックフォーラム加藤です。

 

正月休みが明けた1月8日、銀座松屋で開催の古田織部展を楽しんだ。 大阪冬の陣のあと、家康に切腹させられた茶道の小大名と知っていた程度だった。 彼の師匠である利休にも興味を持ち、映画で有名になった山本兼一著“利休にたずねよ”も一気に読んだ。

 

この両者に共通するところは“強烈な美意識”。 引退後、何とか美術に親しみ、美意識を高めようとしている“美のオンチ”とは真逆。 山本兼一の本にも何回となく触れられているが、切腹を命じた秀吉が独白する場面で、《やはり、不思議でならない。 利休は、たぐい稀な美的感覚を持っている。 例えば、百個ならんだ竹筒のなかから、あの男が花入を、ひとつ選び出す、その竹筒は確かに間違いなく美しいのだ。 節の具合にしても、わずかの反り具合にしても、えも言われぬ気品があって、どうしてもその竹筒でなければならぬと思えてくる。 なぜ、あんなふうに、いともあっさり、美しいものを見つけ出すことが出来るのか? あれは妖術か?はたまた、ただの誑かしか? いや、違う。》と凡人との差を述べている。 昨年も国宝展で国宝の志野焼の茶碗を見たが、家にある日ごろ使っている志野焼とどう違うのか?分からない。 

こうした美は理解できないが、秀吉が利休に対し不快感を増長し遂に切腹を命じた気持ちは分からぬでもない。 利休の目にかなった茶碗なら何万両でも払って買いたいと言う大名がゴロゴロ居り、そうした利休が天下人たる自分を超えた存在のように思えて面白くないのだろう。

利休亡き後、その権威を引き継いだ古田織部は確かに利休の侘び寂びを超え、より自由奔放な美意識の持ち主であることは、8日の展示会で理解できた。 また、その事により秀吉-利休と同じように家康に疎まれたのだろうと推察できた。 

そういえば、本ブログでも取り上げ白洲次郎の奥さんである白洲正子も美意識がとんがった女性とか。 著名な茶碗でも気に入らないと放り投げ、こうした才能に嫉妬する人は多かったという。


さて、引退後、美術館を徘徊する日々を送っているが、少しでも彼らの美意識に近づくことができるのだろうか? 最近、センサーで味を定量化するシステムがあるが、こうした美意識を人工頭脳で解析してくれないだろうか?と願う老兵である。

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1月4日 怠惰な正月休みと週報?orブログ?

2015-01-04 11:33:46 | 自分のこと

セラミックフォーラム加藤です。

 

現役の日本曹達での研究/開発時代、日曹商事での商社マン時代、CFでの社長時代、一貫して実行してきたことは、ビジネス週報を書くこと。 30年以上欠かしたことがない。 自宅の書斎の本棚には書類の形やフロッピーディスクの形でどっさりある。 現役を引退した昨年10月1日からは完全に停止状態。 しばらくの間、何か?罪深い怠慢をしているようで落ち着かなかった。 仕方なしにブログを再開した。 ノンアルコールビールで誤魔化しているようなものだが、少しは救われる。 11月12日のブログで10月までの美術館/博物館、公開講座の徘徊履歴をまとめたが、以下、11月以降を纏めてみた。

 

《美術館・博物館》

11月6日             “文字がつなぐ古代の日本列島と朝鮮半島” 国立歴史民族博物館

11月13日           “輝ける金と銀” 山種美術館

                         “醍醐寺” 松濤美術館

11月18日           “チェンバレンとアーネスト・サトウ 近代日本学のパイオニア” 横浜開港資料館

12月1日             “高野山の名宝” サントリー美術館

                         “岩崎コレクション 孔子から浮世絵まで” 東洋文庫ミュージアム

12月16日           “東京駅100年の記憶” 東京ステーションギャラリー

                         “ボストン美術館 ミレー展” 三菱1号館美術館

12月25日     ”横浜市指定・登録文化財展” 横浜市歴史博物館

12月27日           “ホドラー展” 国立西洋美術館

                         “ダウン症の天才書家 金沢翔子” 目黒雅叙園 百段階段

 

《講演会・セミナー》

11月1日             “戦艦三笠と猿島の戦争遺跡” by川崎市市民ミュージアム

11月5日             “社会を変革する数理工学” 武蔵野大学公開講座

11月7日             “岡田ゼミ”

                         “日本経済の展望:アベノミクス後のステージ” by櫻井浩二郎 専修大学

11月8日             “金沢藩と東京湾沿岸防衛” 関東学院大学公開講座

                         “TPPと日本農業の行方” 専修大学公開講座

11月9日             “日清・日露戦争の写真報道” by井上祐子 川崎市民ミュージアム

11月11日~13日“Asian Aging Summit 2014” by国立長寿医療研究センター イイノホール

11月14日           “日本経済の展望:アベノミクス後のステージ” by田中隆之 専修大

11月15日           “金沢道とおろどころ風土記” 関東学院大学公開講座

                         “経営理論から見る経済ニュース シャープの盛衰” by赤尾充哉  関東学院大学公開講座

11月20日           “21世紀型日本への筋道” byTM研究会 日経ホール

11月21日           “日本経済の展望:アベノミクス後のステージ” by中野英夫 専修大

11月22日           “経営理論から見る経済ニュース ワタミ” by赤尾充哉 関東学院大学公開講座

11月28日           “日本経済の展望:アベノミクス後のステージ” by西岡幸一 専修大

11月29日           “古代東ユーラシア地域と朝鮮・日本” 古代東ユーラシア研究センタ  専修大学

11月30日           “武蔵野大学FDシンポジウム” by武蔵野大学 武蔵野大学

12月3日             “日経コンピューター・サミット” by日経コンピューター 目黒雅叙園

12月4日             “事業継承/知的資産経営フォーラム” by 中小企業基盤整備機構 ヤクルトホール

12月7日             “追加緩和でどう変わる?日本経済の展望” by日経CNBC 東京コンベンションホール

12月11日           “エコプロダクツ・セミナー” 東京ビッグサイト

12月13日           “経営理論から見る経済ニュース 角川とドワンゴ” by赤尾充哉  関東学院大学公開講座

12月21日           “街道ものがたり 近世の中原街道” by相澤雅雄 みどりアートパーク


年末は飲み会、会社関係の仕事で、若干、徘徊のペースは落ちた。 そのまま、27日からの正月休みに入った。 現役引退後の初めての正月、何とも怠惰に過ごしたが、これが典型的な引退生活か?と変に納得。

 

12月27日は昼間、美術館巡りをしたのち、夕方、恒例の老兵たちと忘年会。 何時もの大井町の赤提灯から格上げして品川で土佐料理を楽しんだ。 28日はゆっくり静養。 29日は出勤し夕方、今年最後の忘年会。 30日は娘婿、孫娘と両親が眠る湘南大井町広翁院に墓参り。 31日は自宅の大掃除に精を出した。

 

1月1日、午前中、家族で近所の神社に初詣、帰りにユニクロに寄った。 今伸び盛りの店、正月から営業とは恐れ入る。 女性群の品定めの間、超軽量のダウンを触ったがその軽さと薄さに本当に断熱効果はあるのか?疑問に思ったほど。 その時来ていた厚いダウンと同程度の保温効果があるとすれば、やはり、イノベーション。 あれだけ軽ければ、室内で着込んで暖房なしで過ごせば大きな省エネ。 帰宅後、何気なくつけたBSで放映していた“孤独のグルメ”に引き込まれた。 お笑いタレントと旅とを組み合わせた安易なグルメ番組でなく新鮮な企画。 昼食後から夕方5時まで5時間以上鑑賞。 特に、大井町の店が紹介されていたのには感動。 TV業界真只中の娘に面白い番組があるね!と聞いたら、数年前から静かなブームの異色番組と説明を受けた。 ビジネスの世界も同じだが、漫然と人まねの仕事でなく、ひと工夫のある進め方は必須。

 

1月2日、妻と娘は渋谷にショッピング、 娘婿、孫娘と留守番。 一人、書斎でテレビと借りてきたビデオでゆっくりとした時間。 ビデオは“武士の献立”、“大統領の料理人”、“大統領の執事の涙”とグルメ寄り。 夕食は孫娘の誕生パーティー、御節料理の後、ケーキで祝った。 

 

1月3日、お台場にショッピングと科学未来館見学に出かけた娘夫婦と孫娘を駅まで送り、老兵はいそいそとテレビ。 

 

現役時代は正月といえども日頃おろそかにしている技術資料の翻訳や海外partnerとの連絡で仕事三昧だったが、この正月は怠惰の醍醐味。 特にテレビ漬け、くだらない番組が殆どだった。 特に、お笑いタレントのグルメやクイズ番組は、どの局もコピーまがいの洪水。 プロジューサーや局の経営者の精神構造を疑う。 また、サプリメントや化粧品の広告番組が多いのに驚いた。 どう見てもインチキとしか思えないサプリメントを堂々と一流会社が宣伝しているのは嘆かわしい。 

 

そうした中で娘も関わっている日曜美術館やBS8もプライムニュースは秀逸だった。 また、“孤独のグルメ”のようにたまたま見た映画にも面白いものがあった。

 

かくて、老兵の怠惰な正月は過ぎようとしている。 

 

以上

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12月30日 ホドラー展と金沢翔子展

2014-12-30 16:52:14 | 自分のこと

セラミックフォーラム加藤です。

 

年末27日、家では家族が忙しく年末の掃除をするなか、わがままな老兵は早朝、上野の国立西洋美術館を目指した。 来年1月12日までの会期が押し迫っていることもあり焦って訪れた。 午後は、これまた最終日が12月28日のダウン症の天才書家金沢翔子展の目黒雅叙園に急いだ。 折角入手していたチケットを無駄にしたくないとの消極的な理由だったが、いずれも期待以上だった。


1)ホドラー展

スイスの国民的な画家で、スイス-日本の国交樹立150周年を記念して開催されたとのことだが、全く知らなかった。 1853年生まれ若かりし頃、観光絵葉書の画家として写実的な景色を書いていたが少しずつ自然のなかのリズムを表現する印象派に変って行った。 晩年20歳年下の愛人ヴァランシーヌの死を克明に描いた絵は衝撃的であった。 

<ヴァランティーヌの死>

 

その頃、ジュネーブ美術・歴史博物館の壁画として制作した4人の女性による“無限のまなざし”は有名。

<無限のまなざし>

 

また、50と100スイスフランの“木を狩る人”と“草を苅る人”は彼の作。

<50、100スイスフラン>

 

35年前、半年ほどジュネーブに単身赴任しBattelle研究所で研究生活を送ったが、全くホドラーに関し無知だった。 考えてみると、当時35歳だった私は仕事ばかりでジュネーブ美術・歴史博物館も訪問したことがなかった。 また、彼の多くのレマン湖などの風景画を見るにつけてもジュネーブに居ながら、そうした自然を楽しまなかった怠惰(?)を悔いるばかりである。

 

2)金沢翔子展

目黒雅叙園の百段階段で開催された書道展を楽しんだ。 芸術オンチの見習い老兵は金沢翔子も百段階段も知らなかった。 

<金沢翔子>            

 

彼女は1985年生まれのダウン症の書家。 同じ書家の母泰子に指導を受け書家として現在売れっ子。 NHK大河ドラマ“平清盛”の揮毫で著名。 今回、母泰子の解説文とともに彼女の作品を展示していた。 初めて書の展示会を鑑賞したが、単純な白黒にある落ち着き、そのバランス、ほとばしるエネルギーに圧倒されると同時に、母泰子の並々ならぬ娘への愛、冷たい世間への怒りを感じた。 ダウン症は1000人に一人の確率とのこと、我々の周辺でもずいぶん見かける。 たまたま、自分の娘、孫娘がその障害とは無縁の喜びを感ずるとともに、もし、彼女らがそうだった場合、自分はどう寄り添って生きていくのだろうか?も考えさせられた。

<百段階段と鏑木清方>

 

目黒雅叙園の百段階段は昭和10年に建てられた木造建築で100段の階段にそって7室の宴会用の部屋がある。 それぞれの部屋は鏑木清方など著名な画家、建築家などによって内装がほどこされている。 現在は美術展などに利用されているが、中々、面白い考え。 現在、都の有形文化財に指定されている。 

 

ともかく、色々、体験させて貰っている。

 

以上

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12月25日 世界規模の破綻が2020年までに来る

2014-12-25 14:19:06 | 自分のこと

セラミックフォーラム加藤です。

 

今週の東洋経済(12月27日、1月3日合併号)の2015年大予測は面白い。 特に最初の米著名投資家ジム・ロジャーズの予測“世界規模の破綻が2020年までに来る”副題(行き過ぎた貨幣増刷は世界に何をもたらすか?)は刺激的だが我が意を得た内容;

 

彼の見解を以下、コピペする。

 

東京オリンピックまでの世界経済をどう見ていますか?

安倍晋三首相がおカネを大量に刷らせているから、日本経済は当分の間、景気はいいでしょう。 しかし、東京オリンピック前に状況が悪化し始め、日本のみならず、世界ほぼ全域で経済が破綻するでしょう。 2020年までに、少なくとも1回は世界規模の破綻が起こります。 米国や欧州など多くの国々で今後6年の間に問題が起こるでしょう。 正確な時期は分からないが、多分16年か17年でしょう。

つまり国債が暴落すると?

そうです。 国債が大暴落し、金利が上がります。 株価も暴落します。 今すぐにというわけでありませんが、20年までに起こるでしょう。 世界規模の経済問題が発生し、ほぼすべての人が影響を被るでしょう。 おカネを大量に刷っている間は、それを享受している人たちの暮らし向きはよくなります。 しかし、いずれは破壊へと向かい、全ての人が苦しむことになります。 金融緩和で良い思いをした人たちも一緒です。

なぜ破綻が起こるのですか?

大半の国々では4~6年ごとに経済問題が発生しております。 だから、もうじき、いつ起こってもおかしくない状態になります。 今の景気浮揚は、日本や米国、英国など欧州の国がおカネを大量に刷ったことによる人為的なものです。 一部の人たちはいい思いをしているが、政府債務の大きさゆえに、いったん破綻が起こると、通常よりも大規模なものになります。 過去6年というもの、政府債務が膨らみ、天井知らずの状態です。 米連邦準備制度理事会(FRB)も、安倍首相も、日本銀行も世界経済にとって非常に危険な存在です。

破綻を回避する方法は?

今の所、防ぐ手立てはありません。 何をしても非常に悪い状態になるか、少しましなものになるかの違い程度でしょう。 いずれにせよ、世界経済は破綻します。 世界が今すぐにおカネを刷るのをストップし、そのおカネを使わないようになると、それはそれで問題が生じます。 とはいえ、金融緩和をあと2年続けると、状況は今よりはるかに悪くなります。 日本は減税をし、大型財政支出を打ち切るべきです。 人口問題対策も講じなければなりません。 どうせやらないでしょうがね。 仮にやったとしても、問題は起こります。 しかし、何もしないと16~18年に事がうまく運ばなくなったとき、問題が表面化するでしょう。

これほど厳しい話を聞くとは思いませんでした

私も、こんな話をしたくありません。 現実でなければいいと思います。 しかし、これが現実なのです。 こうなって欲しいという希望を言うのでなく、事実を受け入れなければなりません。 安倍首相は《日本を破滅させた男》として、歴史に名を残すでしょう。 投資の世界の人たちや、金融緩和でおカネを手にしている人たちにとっては、しばらくは好景気が続くでしょうが、安倍首相が過ちを犯したせいで、いずれはわれわれ皆に大きなツケが回ってきます。 米国でも同じことが起こっています。 そして、いずれは誰もが苦しむことになります。 

日本は、東京オリンピックがあるから、少しはマシ?

いや、逆かもしれません。 オリンピックで大量におカネを使い、債務が増えていくため、状況が悪化する可能性があります。 1億2000万人強の日本の人たちをオリンピックで救うことはできません。

日本や欧米には、それぞれどのような問題が在りますか?

いずれも巨額の債務を抱えています。 それが主な問題です。 日本には豊富な外貨準備高があるが、国内債務(内国債)がものすごい。 米国は対外債務も国内債務も膨大です。 米国は世界一の借金国で、状況は悪化の一途をたどっています。 一方、欧州は国内債務が非常に多いが対外債務はそうでもありません。 日本について言えば、安倍首相がやったことはほぼ全て間違っており、これからも過ちを犯し続けるでしょう。 何時か目が覚めるかもしれませんが、それも怪しいものです。

円安誘導が間違っている?

最悪です。 短期的には、一部の人が恩恵を受けますが、自国通貨の価値を破壊することで地位が上がった国はありません。 この2~3年で、円は対ドルで50%も安くなりました。このことが日本にってよいはずがありません。

 

この他、北朝鮮、インド、ロシアを論評しているが、最後に彼の考え方を述べているので追加する。

 

大学の専攻は哲学でしたね?

自分の頭で考えることが出来るようになるから哲学は大事。 多数派に付和雷同するより、独力で考える方が投資でも成功しやすいものです。 しかし、残念ながら殆どの人は自分の頭で考えていません。 政府やメディアのいうことをやみくもに受け入れているだけです。

日本人は自分のことを自分で決められるようになる?

そうなって欲しいですが、今のところ、そうは見えません。 日本はアジアの国々と貿易をしてともに豊かにならなければならないのに、領土問題で対立しています。

 

このように、彼は徹底したアベノミクス反対論者だが、黒田バカズーカー砲での株値上げを予測しキチンと日経株高で儲けている。 ”批判”と”株の売り買い”は別と、coolなヤンキー。 それにしても安倍首相は《日本を破滅させた男》として歴史に名を残すだろうとは、言うも言ったり。 久しぶりに胸のすく思い。

 

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12月20日 少子高齢化とアベノミクス

2014-12-20 12:17:15 | 自分のこと

セラミックフォーラム加藤です。

 

年末になり忘年会、飲み会などで、ブログさぼりの習慣が抜けない。 さらに12月14日のアベノミクス勝利も意気があがらない要因のひとつ。 本ブログでたびたび述べているが、日本の未来は低成長、少子高齢化、デフレ社会で何が悪いのか?が加藤の基本姿勢。 もっと言えば、無理のない成熟社会をどう創造するか?が課題であって、麻薬や劇薬で見せかけの成長を促すのは全くのナンセンス。 10月1日の退任以降の公開講座やシンポジウム参加はまさにこの模索の旅。

 

今週の日経大機小機のコラム“人口減少は怖くない”by鵠洋で面白い指摘をしている。 日本の人口は明治初期3500万人、明治終わりに5000万人、第二次大戦中7000万人、戦後第二期高度成長1967年に1億人突破、2008年には第二次大戦前の2倍になったと言う。 日本が英国並みの人口密度だとすると9800万人、ドイツ並みにすると8700万人という。8000万人~9000万人程度が心地の良い人口でないか?と述べている。 戦前生まれの私は1950年~1960年の小学校時代、狭い国土に人数が多すぎる日本の悲劇を何度となく聞かされた。 いつの間にか少子高齢化対策の“生めよ増やせよ”に戻っている論調に違和感がある。

 

個人的にも娘一人、その娘も現在一人の子持ち。 結局、私の子孫は子一人、孫一人の超少子化。 自分自身70歳になり活動を徐々に減らし穏やかでゆっくりした生活を楽しんでいる。 個人も社会もそうした成長⇒成熟の道を歩むのでないか? それを不老長寿の薬を求めた始皇帝のように成長路線、インフレ路線と騒ぐアベノミクス、黒田バカズーカー砲には嫌悪感を持つ。

 

先月、知り合いが運営している“株式勉強会”に参加した。 定年退職者を中心とした小金持らしき老男女が10人ほど集まり経済情勢の解析から有望株や有望分野の議論をする会。 会員は自己責任で得られた情報を参考に株取引をしているようだ。

 

その議論の中で持論のアベノミクス、黒田バカズーカー砲への不信を述べた所、あるメンバーから“そのお蔭で就職率が改善され若者がhappyになっている現状が悪いのか?”と反論を食らった。 確かに就職率や賃上げは改善されるようだ。 その点に限れば文句の言いようがない、黙って反論はしなかった。 しかし、見せかけの繁栄は必ず反動が来る。 良い例が、2009年民主党時代の亀井金融相による金融円滑化法。 中小企業が借金し易いように銀行の貸出し条件を甘くさせ倒産防止の法律。 死を迎えて苦痛にあえぐ病人に延命の麻薬を施すようなもので、倒産率(死亡率)は減るが、体の健康度(財務状況)はますます悪化して、現在、中小企業の平均自己資本率はマイナス!! 

 

また、CFの若き仲間は就職氷河期に大手への就職がままならなかった若者。 CFのような零細企業で努力を重ね今や自立し、生き生きと世界に羽ばたいている。  

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12月7日 オーナー企業

2014-12-07 18:54:38 | 自分のこと

セラミックフォーラム加藤です。

 

先週、中小企業基盤整備機構主催の事業継承/知的資産経営ファーラムに出席した。 半分ヒマつぶしだったが、期待以上だった。

 

午後1時~5時までたっぷり4時間、下記のプログラム;

 

13:10~14:20

講演“古からの遺産を磨き、もっと輝く会社に”       藤井隆太(龍角散 代表取締役社長) 

東京都生まれ。桐朋学園大学音楽学部卒、同研究科およびパリ・エコール・ノルマル音楽院高等師範課程終了。85年、小林製薬入社、大阪製品営業事業部、製品営業事業部マーケティング部を担当。87年、三菱化成工業(現・三菱化学)入社、情報電子事業本部記憶材料事業部に配属。94年、龍角散入社、社長室勤務を経て95年より現職。

14:30~15:40

パネルディスカッション“後継者にいつ何を引き継ぐか?”

パネリスト;

小松節子(小松ばね工業(株) 会長)

東京都生まれ。創業者の父親が急逝し、主婦から1984年に社長に就任。一念発起して経営者としてゼロから勉強を始め、経営セミナーに長年参加した。経営者としてのスキルを高めながら、精密ばねの分野に事業領域を特化することによって、優良企業に育ててきた。2011年、娘の万希子氏に社長を譲り会長に。

 

小松万希子(小松ばね工業(株) 代表取締役社長)

東京都生まれ。アンリツを経て、2003年、小松ばね工業に入社し、取締役に。2011年、社長就任。2014年、代表取締役に就任。政府の有識者会合に参加するなど名実共に会社の顔に。節子会長、弟でインドネシア工場責任者の久晃取締役とともに、親子3人で経営にあたる。

吉田佳代(梅乃宿酒造(株) 代表取締役社長)

奈良県生まれ。総合商社を経て2004年に梅乃宿酒造に入社。08年常務を経て13年社長に就任。氷温貯蔵などをした日本酒の新ブランド「山風香」を発売するなど「常に新しいことに挑戦する」をモットーに、企業の魅力を発展させる事業承継に成功した。

 

16:05~17:15

パネルディスカッション“顧客との絆を、さらに強めるために”

パネリスト;

上田佳宏((株)マンチェス 代表取締役社長)

岐阜県生まれ。三代目社長として2008年に社長就任。ビッグサイズ専門の衣料製造販売会社という差異化戦略に成功し、カタログ通販やインターネット通販で顧客となる小売店とのネットワークを全国に拡大。小売店が在庫を持たずに済むように受発注や物流システムを改善し、小売店の不安を解消して成長を続けている。

 

橋明希((株)武蔵境自動車教習所 代表取締役社長)

東京生まれ。竹ノ塚モータースクールを経て、2001年9月に父親が経営する武蔵境自動車教習所に入社。09年6月に専務、同年8月に社長就任。短期的な教習だけでなく、顧客の生涯をフォローすべく、安全運転教習や練習用車両の貸し出しなど各種サービスを導入して地域に根付いた存在になっている。

 

森淳次((株)オートセンターモリ 代表取締役社長)

三重県生まれ。先代が興した自動車販売店を承継し、2003年社長就任。販売・買い取りから各種メンテナンス、廃車・リサイクルまでカーライフに関する全てサービスを連動させて顧客をサポートする体制をつくり上げ、「クルマに関することならモリ」と顧客からの大きな信頼を得て、エリア内シェアを高めている。

 

 

講演者、パネリストともオーナー中小企業の二代目、三代目さらに龍角散の藤井社長に至っては8代目。 10月23日のブログ“倒産する企業、100年以上続く企業、金融工学のインチキ性”でも触れたが、中小企業⇒長寿企業⇒オーナー企業は同一用語でないか?と見間違うほどである。

 

龍角散は220年続いたが、8世代は時代に合わせた経営革新を繰り返してきたという。 藤井社長の経営方針は“マネせずマネされず”、“余計な金は稼がない”、“全ては社会貢献の為に”とのこと。 三菱化成を辞める時の話、引き継いだ時の古い番頭との確執、オーケストラの指揮者にたとえた経営などなど、何故か?きれい事のような気がして琴瑟に触れない。 これは、パネルディスカッションの小松ばね工業の小松母娘、梅乃宿酒造の吉田社長でも感ずること。 伝統あるオーナー社長でない加藤のひがみなのか?銀のスプーンを持って生まれ、幼少から従業員との差別を体で感じ成長し、その会社の責任者になる訳でどうしても従業員を同等の人間として扱えないのでないか?と危惧する。 その点が創業者社長と異なる、創業者社長にとって従業員は同志だ。 

 

中堅商社に居た友人の一人が、同社の派閥や上司のゴマすり、事なかれ主義に嫌気をさし中小オーナー会社にヘッドハンティングされ転職した。 その彼が数年して退職し、結局自ら創業し現在に至っている。 彼と飲んだ時に何故辞めたの?と聞いた時の彼の答えに絶句。 今回のフォーラムにも通じる。

《オーナー会社のゴマすりの巧みさは、サラリーマン社長の会社の比でなかった。 考えてみると、当たり前だった。 サラリーマン会社では4年~6年我慢すれば社長は消えていくが、オーナー会社は永遠。 一旦にらまれたら救いがない。 サラリーマン会社の方がまだましだった。》

 

そういえば、昔いた会社でも似た現象はあった。 古い歴史のある会社だがユニークなある長寿命商品で今も利益を得ているが、その発明者やそれをヒット商品に仕上げた本当の功労者だった老兵は謙虚で今は引退しているが、その商品が利益を生む頃、入社した担当者は謙虚さに欠け、いかにも自分の功績のようにデカい態度だった。

 

この問題は永遠のテーマ。 先般取り上げた長寿企業は殆どオーナー中小企業。 苦労してない銀のスプーンを持った2代、3代オーナーの独りよがりとその下にいる逃げ道のない被雇用者の問題は重い。 

 

少なくともCFでは、その問題からは逃れた。 中小で長寿企業だが本当の株式会社としてのガバナンスとコンプライアンスを持つ非オーナー会社は理想。 そうした会社がない訳でない、ホンダは代表例だろう。 

以上

 

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12月3日 金融政策の展望(その2)

2014-12-03 13:37:44 | 自分のこと

セラミックフォーラム加藤です。

 

10日ぶりのブログ。 先週11月25日~27日は久しぶりにドイツpartnerの顧客訪問に付き合い仕事らしい仕事をした。 夜の接待もしっかりした為ブログをさぼった。

 

11月16日のブログ“金融政策の展望”では田中隆之教授を紹介した。

 

専修大学セミナーは下記のように4日間の講座であった。

11月7日(金)   人口制約とマクロ経済の展望           桜井宏二郎(大学院経済学教授)

11月14日(金) 金融政策の展望                                田中隆之(大学院経済学教授)

11月21日(金) 財政と社会保障の展望                     中野英夫(大学院経済学教授)

11月28日(金) 企業・産業・技術の展望                  西岡幸一(大学院経済学教授)

 

毎週金曜日18時半~20時の講義であったが、会社で9時半~16時半まで仕事し、その後、東京テレポート⇒新木場⇒九段下と専修大学に通うのは結構疲れた。 その上、講義前に夕食を済ませた。 赤い顔で講義に出るわけにもいかず、大学前のレストランでアルコール抜きだ。 帰宅後は風呂に入ってぐっすり。 その為、期せずして休肝日を体験。

 

初日の桜井教授の少子高齢化問題、資料は豊富だったが対策は陳腐で面白くなかった。 2日目の田中教授は11月16日ブログで報告したようにメリハリがあり面白かった。 先生には個別で下記の質問をしたが、懇切丁寧に答えて貰った。

<加藤の質問>

①マイナス金利政策はありうるのか?何故できないのか?

⇒確かに10月31日の黒田バカズーカー砲よりは有効だと思うが、色々な副作用も多いので、なかなか実施に踏み切れない。例えばマイナス金利とは年金受給者の目減りが大きくなることになる。

②経済学の先生仲間でアベノミクス、黒田バカズーカー砲の賛同者は多いのか?

⇒かなり多い。 専修大学内だけでも半々の可能性がある。

 

11月21日は中野英夫教授による将来の医療年金問題。 非常に重いテーマ。 会場からも切実な質問が出たが、このままでは解決策はない。 すなわち、繰り返される“歳出削減か?増税か?”、“財政規律化への法制化”、“無駄な予算への厳格査定”など陳腐なもの。

 

このように第1回~第3回は暗く重い内容だったが、加藤自身が日頃から思っている危惧を裏付けるもので、ある意味での安堵感はあった。 

 

所が最後の11月28日の西岡幸一教授の講義は真逆の“楽観論”。 本人も最初に、“自分は新聞記者出身で前の3名の先生と違い経済学の精密さに欠け学問的でない”と断りを入れていた。 なんと阪大理学部出身の日経記者。 2008年に専修大学大学院経済学教授になったとのこと。 確かに内容は定量的でなく、2流経済誌的で理解はし易かった。 西岡教授の結論は“アベノミクスでの円安、株高、景気回復は2020年まで一直線に続く”である。 余りの楽観論に勇を起こして下記の質問をした。

<セミナー教授の共著>   <西岡幸一教授>

 

<加藤の質問>

3回の先生方のお話を聞いている限り、日本は2020年を待たずに破たんするのでないか?と危惧していたが、先生のお話は一直線に行くとの楽観論です。 今回の黒田バカズーカー砲や消費税引き上げ延期はどう思われますか?

<西岡教授の回答>

私も黒田バカズーカー砲や消費税引き上げ延期に対しては反対だが、後5年余りの2020年までは何とか持つと思っている。 その後は予測不可能。

 

無責任と言えば無責任な回答だが正直なところ。 バカズーカー砲も財政赤字もやるだけやって“後は野となれ山となれ”の感じがする。 ただし、彼の話の中で何点か?面白いところはあったので紹介する。

 

<面白い話>

彼は現在でも新聞記者時代のように財界人との交流をしており、そうしたインタービューを通じで生々しい情報を得ているようである。

①来年の賃上げ

トヨタが2014年度3兆円の利益を確保しそうのなかで、燃料電池車Miraiで国から補助金を受ける事は国民から白い目で見られる。 その対策もあり来年度の大幅な賃上げを認める可能性が高い。 トヨタの賃上げは日本全体の賃上げを促し、アベノミクスにはプラス。

<燃料電池車 Mirai>

②経団連会長

東レ榊原氏に決まるまでは“やりたい西田(東芝)、やらせたい川村(日立)、実力の坂根(コマツ)”だった。

③中国・韓国注視よりドイツ視察

最近の財界人は低成長日本での生き残りを模索する中、視察先を中国、韓国より成熟しながらしっかり成長しているドイツに変えている。 中小企業の強さ、フランホーファー研究所からのイノベーションなど注目点は多いようだ。

 

全体的に西岡教授の話には反発するところが多かったが、最後のドイツ重視には我が意を得た。 

 

今回来日のドイツpartnerはその典型、50名ほどの会社で先端技術を駆使し安定した成長を遂げている。 社長のPeterはサムライ魂を賞賛し“人生金でない”が信条。 今回も63歳の高齢をものともせず、格安エコノミーでの来日。 彼と飲みながら意気投合した、経営は“入りをはかりて出を制す”、“銀行を信じない”。 成熟した低成長社会での生き方だ!

 

以上

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11月23日 化け物社長

2014-11-23 19:24:57 | 自分のこと

セラミックフォーラム加藤です。

 

今月初めの東京新聞に我が尊敬するフォエバー社平井社長が登場した。 たまたま、新聞の出た翌日11月12日、彼を囲み懐かしいメンバー4名で懇親会をやった。 平井社長は下戸なので残り3名がビールで盛り上がった。

<平井社長とフィンランド国旗のセラミック製包丁>

そもそもの4名のなれ初めは、N社時代の25年前、開発したカラージルコニア。 平井社長は我々が開発したカラージルコニア粉末をベースに、彼お得意のプレス成型でジルコニア包丁を開発した。 当時、京セラがこの分野の覇者で特許も独占していたが、彼は持ち前の粘りと根性で特許的にも打ち勝ち、今ではカラージルコニア包丁では世界を相手にビジネス展開している。 当時からアイディアマンで、阪神が優勝すると黒と黄色の縞模様の包丁を上梓したりユーモアも十分。 今回はフィンランド大使との友好関係で白と深青の包丁を開発したわけ。

20年前、加藤がN商事に移籍するなかで、付き合いは薄れたが、たまたま、今夏、インターネットで彼が81歳でも現役社長で頑張っていることを知り、今回の同窓会となった。 ちなみに、この夏、70歳で代表取締役を退任する事を告げたら、《81歳の俺は益々やる気を出しているのに、70歳の若造が何を言うか?》と一喝された。

最高齢者の平井社長を含め、皆、それなりの熟年技術者。 それぞれ定年退職者であったり、加藤のように70歳で退任した老兵ばかりだが、技術開発論を口泡飛ばすうち、4人それぞれが得意とする共通テーマにぶち当たった。 よし!もう一度ひと花を咲かせようか?と皆で乗りまくっているのが現状。 

10月1日以降、技術からはなるべく離れ、芸術、歴史、経済に没頭していたが、やる気満々のこれら古い仲間に煽られ、技術開発にもファイトを持ち始めた今日この頃である。

以上

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11月19日 Asian Aging Summit 2014

2014-11-19 17:33:44 | 自分のこと

セラミックフォーラム加藤です。

 

11月11日~13日開催のAsian Aging Summit 2014に参加した。 初日のシンポジウムⅠ“この国のかたち ~超高齢社会に求められる社会システム”と最終日のシンポジウムⅨ“死生観、終末期医療、国民教育”に出席した。 テーマもさることながら、講師も魅力的だった。シンポジウムⅠではなんとあの水野和夫日大教授、シンポジウムⅨでは僧侶の玄侑宗久氏が登場する。

 

本Summitは2011年に始まり今年で4回目、主催は愛知県大府市にある国立長寿医療研究センター。 少子高齢化を世界に先駆け迎える問題先進国日本がその問題を逆手に取って政治、経済、医療、技術など社会システムの改革により幸福社会を築き、あわよくば数10年後に日本と同じ苦しみを味わうはずのアジア諸国へのモデルになろうとするもの。

 

<Asian Aging Summit 2014>

 

シンポジウム I この国のかたち~超高齢社会に求められる社会システム

座長:政策研究大学院大学理事・客員教授 小島 明 氏

“基調講演”

2030年 プラチナ社会創造へ向けて

三菱総合研究所理事長 小宮山 宏 氏

“講演1”

資本主義の終焉と新たな社会システムの構築

日本大学国際関係学部教授 水野和夫 氏

“講演2”

人口減と自治体の消滅。地方の活路をどのように開くか

日本創成会議座長 元総務大臣 増田寛也 氏

“講演3”

超高齢社会に求められる経済のイノベーション

東京大学大学院経済学研究科教授 伊藤元重 氏

“講演4”

この国のかたち~いま、求められるもの

国立長寿医療研究センター名誉総長 大島伸一

 

パネルディスカッション

座長:小島 氏 パネリスト:小宮山 氏、水野 氏、増田 氏、伊藤 氏、大島

 

小宮山先生は東大工学部化学工学出身で東大総長にもなった人。 省エネ、福祉などを技術力で突破しプラチナ社会(人間にやさしい成熟した社会)を作ろうとするもので、色々なアイディアを提案している。 例えば老人ホームと保育園の共生、宅配便ネットワークの活用、介護ロボットなど。 水野教授は持論の低成長で調和のとれた社会を築くのはプラチナ社会と整合するが、小宮山先生の楽観論と微妙に異なる悲観論。 増田氏は元岩手県知事の実績から地方の過疎化問題を取り上げた。 伊藤教授はルビコンを渡ったアベノミクスに対し好意的で成長路線派。 大島氏はプラチナ社会のプラチナに何か富の差別性を感じているとの所感を述べられたが、確かにチョット嫌味なところはある。

<小宮山先生とプラチナ社会>

 

要は成熟、飽和した社会が今後、どんな形で少子高齢化に対処していくか?で、無理な成長路線よりも低成長で温かみのある優しい社会を築くことだろう。

 

最終日のシンポジウムⅨは、特に関心があり考えさせられるテーマであった。

 

シンポジウム IX 死生観、終末期医療、国民教育

座長:千葉大学名誉教授 齋藤 康 氏

 

“講演1”

“病から詩がうまれる”~看取り医がみた幸せと悲哀

東京大学名誉教授 東京都立松沢病院 医師 大井 玄 氏

“講演2”

女一生の働き方、暮らし方、死に方

評論家 樋口恵子 氏

“講演3”

宗教家から見る死生観、終末期 「いろは歌」と臨終行儀

僧侶 芥川賞作家 玄侑宗久 氏

“講演4”

地域包括ケア、終末期医療、地域中核病院の実態と役割

静岡県立総合病院院長 田中一成 氏

 

パネルディスカッション

座長:齋藤 氏 パネリスト:大井 氏、樋口 氏、玄侑 氏、田中 氏

 

大井先生は終末患者を看取る専門医の立場でお話になったが、特に認知症の末期患者に対して常に言葉をかけることにより患者は穏やかに死を迎えるとのお話は、今年6月に母を看取った経験から良く理解できた。 また、女性の立場から樋口女史は”男性より長寿命の女性は配偶者が居ないままに一人で死ぬケースが多い”と深刻な状況を訴えた。 僧侶の玄侑氏は平安時代からの死生感、往生、輪廻などの考えを説明され“死も悪くないね”の心境に至る道を説明してくれた。 独身が多い僧侶はお互いにグループを作り助けあい、定期的に読経の会を持ち、その後病に倒れている人の枕もとでお祈りの会を持つとのこと。 その事により祈りの中で死を迎えることができる。⇒樋口女史からも独り身の女性の中でもそうした動きは多いとの指摘

<樋口恵子・玄侑宗久>

パネルディスカッションでは死の判定をどうするか?の問題も議論された。 また、静岡の病院長である田中氏からは、長い闘病生活を近親とともに送り最後に延命をstopし死を迎えた場合、“遠い親類”問題が起こるとの指摘があった。 すなわち、毎日のように看病していた近親と医者が延命stopしたが、たまにしか見舞いに来ない弟が、兄の死去に対し、延命を続けるべきだったと近親や医者を非難し、時には告訴する場合もあり病院にとって大きな問題になっているとの事。

 

10月1日以降、経済、技術の公開講座、セミナー、シンポジウムに出ているが、今回のテーマは特異。 しかし、70歳になり、認知症への恐怖、死などを意識するなかで、プラチナ社会や死生観、終末患者の話は重いものだった。 会社人間を卒業し、恐れていた“毎日が日曜日”も今、“隠居生活も悪くないね”の心境。 玄侑氏が述べられたように“死も悪くないね”になりたいものである。

 

以上

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11月16日 金融政策の展望 

2014-11-16 14:11:05 | 自分のこと

セラミックフォーラム加藤です。

 

11月14日、専修大学大学院公開講座“金融政策の展望-量的・質的金融緩和の「出口」”を聴講した。 講師の田中隆之教授(専修大学経済学部)は日本長期信用銀行出身のエコノミストで財政金融政策が専門、著作も多い。

<田中隆之教授の著書>

 

最初に現在、日本では下記の3つの主張があるとのこと;

              ①財政再建(増税)先送り+金融緩和推進

              ②財政再建(増税)推進+金融緩和推進

              ③財政再建(増税)推進+金融緩和反対

田中教授は③であると立場をハッキリとされた。 ちなみに私も③である。 ④の“財政再建(増税)先送り+金融緩和反対”論者はなかったのは何故か?分からない。

 

金融政策による景気刺激策の伝統的手法と非伝統的手法を詳細に解説してくれたのは有難かった。⇒結局、国債を買うにしろ、短期か?長期か?で大きく異なるようである。

本来、中央銀行は金利の切り下げ/切り上げで景気を調整するのが原則(伝統的な手法)。何故、非伝統的な禁じ手を使うようになったか?というとゼロ金利になってしまったからだ。⇒マイナス金利政策はありうるのか?を質問することを忘れたが、是非、聞きたいテーマである。

 

今回、10月31日の黒田バカズーカー砲は、安倍の消費税10%引上げをsupportする②を目指したが、①になってしまった。 いずれにしろ、下記の政府債務/GDP比が2倍以上でギリシャ(1.7倍)よりも酷い状況は10月31日のバカズーカー砲でさらに悪化した。 1.1倍のアメリカでさえ数週間前に金融緩和を取り下げた。 

<各国の政府債務/GDP比>

 

田中教授は下記の処方箋を描いていたという。

              ・財政再建が必須(10%消費税)

              ・2%インフレ目標を1%に修正し早急に金融緩和策から撤退する

しかし、10月31日の黒田バカズーカー砲、11月14日朝の消費税引き上げ延期で、ほぼ絶望的になったと嘆いていた。 太平洋戦争後の日本政府の事実上のデフォルトを示唆した。

 

今回、一人の質問者がくどくど時間を取ってしまったので、質問するチャンスをなくしたが、次回11月21日の講義で下記の点を質問したい:

              -財政再建先送り+金融緩和反対グループはいないのか?

              -マイナス金利政策はあり得ないのか?

              -田中先生の様な悲観論は経済学者の間では多数派なのか?

以上

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11月12日 “幕末の動乱”に関わる歴史展

2014-11-12 10:03:55 | 自分のこと

セラミックフォーラム加藤です。

 

この10月1日~11月9日、色々“毎日が日曜日”を経験したが、だんだん、コツが分かってきた。 週休4日(2日間は会社、1日は孫娘)を下記のように3つのカテゴリーで楽しんでいる。

              ①大学の公開講座

              ②歴史系の博物館

              ③芸術系の美術館

 

公開講座は既に本ブログで紹介した“金融危機における経済学”を主に勉強している。 また、芸術系では国宝展、菱田春草展などを楽しんだが、まだまだチンプンカンプンで無理している。

 

やはり歴史博物館が楽しい。 下記の歴史展を楽しんだ。

              10月11日           スイス使節団が見た幕末の日本(横浜開港資料館)

              10月 19日          品川から世界へサムライ海を渡る-幕末明治の日本と外交使節団

                                          (品川歴史館)

              10月19日           日清・日露戦争とマスメディア(川崎市民ミュージアム)

              10月22日           神奈川・横浜の歴史(神奈川県立歴史博物館)

              10月25日           横浜の歴史(横浜市立歴史博物館)

              10月27日           藩領と江戸藩邸(明治大学博物館)

              10月29日           幕末動乱(板橋区郷土資料館)

              10月29日           高須4兄弟(新宿区立新宿歴史博物館)

              11月1日             日露戦争戦艦“三笠”と猿島要塞見学会

              11月6日             文字がつなぐ古代の日本列島と朝鮮半島(国立歴史民俗博物館)

              11月9日             長州征伐-幕末川崎宿の大混乱(川崎市民ミュージアム)

 

これら歴史展示内容から分かるように、特に幕末から明治の歴史に関心がある。 動乱期を、人はどう生きたか?に興味がある。 また、住んでいる横浜はペリーの来航、横浜開港、生麦事件などこの時期の史跡が豊富だ。 

 

<高須4兄弟  左より松平定敬、松平容保、一橋茂栄、徳川慶勝>

 

高須4兄弟はなじみがないが、彼らも大いに幕末・明治維新の動乱期に活躍した人たちだ。 尾張藩分家美濃国高須藩(3万石の小大名)13代松平摂津守義建の子供4名。 いずれも、江戸藩邸のあった新宿区荒木町(新宿歴史館の所在地に近い)で生まれた。 彼らの人生も波瀾万丈。 長男慶勝は尾張藩主となり官軍側についた。 次の茂栄は徳川最後の将軍慶喜の後をついで一橋家を継ぎ朝廷と幕府方を仲介する役割を担った。 また、3番目の容保は例の有名な最後の会津藩主として、また、4番目の定敬は桑名藩主として徹底的に官軍に抵抗した。 結局、4兄弟のうち、一人は官軍側、一人は中立、二人は幕府側として4者3様だった。 この4兄弟は明治の中ごろまで生存したが、父義建の葬儀で顔を合わせた時以外交流がなかったという。 この4名の生き方を種々の資料で追っている本展示会は圧巻であった。 高須藩は三重県海津市にあった。 海津歴史博物館へは養老鉄道(大垣と津を結んでいる)で行けるとのこと。 一度、ゆっくり訪ねたい。

 

昔から“滅びの美学”というか?敗者の歴史に弱い。 

<小栗上野介とその銅像(横須賀三笠公園)>

先般、旗艦“三笠”を見学するため停泊している横須賀の三笠公園を訪ねた。 公園の片隅に小栗上野介の像を見て不思議に思った。 彼は、幕末最後の陸軍奉行として官軍との戦闘継続を主張したが、勝海舟の江戸城明け渡しにより解任され、領地の群馬に逃れたが官軍に捕縛され斬首された。 何故、こんなところに彼の像があるのか?と聞いたら、彼が勘定奉行時代、フランスの力を借り横須賀造船所を建てたからとの事。 この造船所は明治になり海軍横須賀基地となり日本海海戦の連合艦隊の戦艦を多く製造した。 日露戦争後、東郷平八郎が小栗上野介の遺族に“日本海海戦に勝利できたのは小栗上野介の横須賀造船所のお蔭であった”と感謝状を贈り、彼の名誉回復をしたとのこと。

 

<高島秋帆の砲術デモンストレーション>

 

幕末動乱の展示会を見るべく、はるばる都営三田線の終点西高島平にある板橋区立郷土資料館まで行ったが、行くだけの価値はあった。 この展示会は土浦市立博物館⇔日野市立新撰組のふるさと歴史館⇔壬生町立歴史民俗資料館の4歴史館共同企画。 この4つの町は水戸の攘夷運動⇒幕末の軍備増強(高島秋帆が幕府の為砲術練習場をここ高島平に構築)⇒日野から輩出した新撰組⇒壬生藩の尊王攘夷志士と繋がっている。 高島平の名が高島秋帆から来ているとは知らなかった。

 

<文字がつなぐ古代の日本列島と朝鮮半島>

 

また、11月6日の“文字がつなぐ古代の日本列島と朝鮮半島”(国立歴史民俗博物館)も楽しかった。 10時近くに入館し16時まで館内のレストランで昼食をとりながら粘った。 幕末の動乱も面白いが、卑弥呼時代から天皇家成立の流れのなかでの朝鮮との関わりは昔から関心事。 特に文字は面白い。 何とか古文書が読めないか?チャンスがあればそうした講座にも通いたいと思っている。 

以上

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