好日~「読むだけ禅修行」から
盂蘭盆経 の最後のところで、
日々
と入れておいたのは、今回の「日々是好日」に繋げていく含み のつもりだった・・・
ネルケ無方の「読むだけ禅修行」という本、書名はチャランポランみたいだが、なかなかどうして、内容はかなり手厳しい。概要としては、ただの仏教本ではありません。【読むだけ禅修行】 というサイトででも紹介されている。
禅語の中でも、よく、「日々是好日」(「にちにちこれこうにち」と読むのが好いらしい・・・)が採り上げられたりするが、その意味するところは、世間一般では、例えば少林山達磨寺の「禅語を味わう」の中で紹介されているように、「ただひたすら、ありのままに生きれば、全てが好い日なのだ。」というようなものである。
一方、ネルケの「読むだけ禅修行」を見てみると、「今日この日のために、全力を尽くして、自分の人生の中の『最後の一日』にしようと努めることだ。」という『生き方』の問題としている。後述する「一期一会」でも、この『最後の一日』ということが強く意識されている。
そこには、ネルケの「修行」時代の「修業」僧たちへの反目というか、挑戦という意識もあるのかもしれない。
そのあたりの経緯については、ネルケの「迷える外人の禅修行」の中を読んでいけば理解できる。
・・・ネルケは修行中のあるとき、先輩から怒鳴られたことがあった。
「俺らはこの商売で一生メシを食わなければならないんだ。だから、真剣なんだ。お前のような趣味人とは違うんだ。お前は、ただ座禅がしたいだけじゃないか。」
ネルケは、アレと思った。日本の仏教がダラクしているのは、僧侶たち自身が葬儀業者になったり、あるいは葬儀屋の下働きになって お経を棒読みしているからだと思っていた。彼は僧堂で親しくなった修行僧に、どうして苦しい修行を続けるのか尋ねたことがある。すると、相手は平然と答えたのである。「そりゃお前、本山でちゃんと資格を取って帰れば、一生、檀家に拝まれながら暮らせるじゃないか」
僧堂で修行している仲間のほとんどすべてが寺の跡継ぎだった。彼らは仏教を広めて衆生を済度するために僧侶になったのではなく、先祖伝来の稼業だから「ファミリー・ビジネス」として僧侶になったのである。
・・・・彼らは修行していたのではなく、「修業」をしていた訳である。「修行」をしていたネルケの手にかかると、言葉一つ一つの重み、厳しさが違ってくる。
少し長くなるが、以前、「なぜ?、ったって・・・」で紹介していた「なぜ日本人はご先祖様に祈るのか」(P159~)から抜き書きというか、ほとんどそのまま引用すると、
お経は生きている人のための教え
いまから500年前、ドイツの神学者マルティン・ルターは、ラテン語でミサをしても意味がないとし、聖書をドイツ語に訳して、ミサもドイツ語で行なおうと言い出した。それからプロテスタントはずっとドイツ語で行なってきて、カトリックもいまから50~60年前にラテン語をやめて、各国の言葉でミサを行なってよいことになった。
しかし、日本の僧侶はいまだに漢文でお経を読んでいる。 一般の人には何を読んでいるか、何が行なわれているか全くわからない。
『般若心経』にしても何にしても、お経は僧侶が仏に聞かせるものではないし、檀家が仏壇のご先祖様に聞かせるものでもない。そもそも お経は、仏が私たちのために説いた話だ。だからお経は理解しないといけない。
しかし、お葬式も漢文ではなく、現代語訳で聞きたいという檀家がどれほどいるのだろうか? ほとんどいないと思うのだ。もし住職が、「これからは現代語でやります」と言つたら、檀家が一番に反発するだろう。なぜなら、現代語ではありがたく感じないからだ。
本当に仏教を知りたいなら、まずは檀家が知りたいと思わなければいけない。
(中略)
仏教のお経は、本当は生きている私たちのためにある教えだ。
釈尊は、これを医者にたとえた話をしている。
病気のとき、医者は処方箋を出すが、その処方箋の薬を飲むか飲まないかは、患者の自由だ。『般若心経』というのは処方箋であって、それをインドや中国の音の言葉で棒読みしただけでは、薬の効果はないだろう。
いまの日本仏教は、ただ処方箋を読み上げて「これは薬です」と言っているようなもので、誰も薬を飲もうとしない。偉い医者から処方箋をいただいているだけなのだ。
成仏を願うものはお経ではなく回向(えこう)
お経は、「安らかにお眠りください」という内容ではない。
たとえば『般若心経』は「色即是空 空即是色」で、死とはまったく関係ない話が書かれている。すべてのものは目に見えない「空」であり、この空が世界にいろいろな形で現われるというような内容だ。
「安らかにお眠りください」というように、亡くなった人の供養をするとしたら、それは回向(えこう)だ。お葬式のときはお葬式の回向、お盆のときはお盆の回向、彼岸のときは彼岸の回向と、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、それぞれの回向があり、内容も微妙に違う。
(中略)
人が亡くなると天国に行ったとか、極楽に往生したとか、永眠したとか、いろいろな言い方があるが、こういったことは仏教ではあまり言わない。何度も言うが、仏教の考え方では死者は「安らかに眠る」のではない。なぜなら仏になったのだから、眠っているのではなくて、日を覚ましたわけだ。
・・・・つらつら考えてみると、書かれているとおりだ、とつくづく感心させられる。
そう言えば、安岡正篤の、あまりにも有名な「六中観」だが、致知出版社の解説では、最初の「忙中 閑有り」を、「ただの閑は退屈でしかない。ただの忙は価値がない。真の閑は忙中である。」としているし、同じように、2番目の「苦中楽有り」でも、「苦をただ苦しむのは動物的である。いかなる苦にも楽がある。」、3番目の「死中活有り」は、「死地に活路が開けるものである。」、4番目の「壷中天有り」は、「独自の世界即ち別天地をいう。」となっており、5番目の「意中人有り」は、「常に心の中に私淑する偉人を持つ。」、6番目の「腹中書有り」は「腹の中に納まっておる哲学のこと」である、などととしている。・・・・「だから何なの?」と言いたくなってくる。
誰が、どのように読んでも、「六中観」は「六中観」なのだが、本当の意味を探ってみれば、「忙中 閑有り」とは、「忙しい中にこそ自由な時間を見つけよ。」ということなのであり、「苦中楽有り」とは、「楽というのは苦の中でこそ見つけよ。」、つまり、「苦」とは「生」そのものを言っているのかもしれない。
「壷中天有り」とは、「独自の世界観、心の別天地を持て。」ということであり、「死中活有り」とは、「ピンチの中でもチャンスを見つけよ。」ということである。
「意中人有り」とは、「常に心の中に私淑する偉人を持て。」、つまり、「古典を読め。」ということでもある。
「腹中書有り」というのは、「座右の書を持て。」ということである。つまり、この6つの「観」、「見方」というのは、「生き方」を示しているのである。
(六中観)
上記で少し触れた「一期一会」だが、この言葉の初出は千利休の門人が記した山上宗二記だとされているが、広く知られるようになったのは、あの井伊直弼の著した「茶湯一会集」によるものであり、以後、茶席での心得とすべき言葉となったそうだが、このことを知ったのも、実はネルケの「読むだけ禅修行」の中であった(涙)。
<今月の禅語>「一期一会」 に紹介されているように、一般的に、この言葉は、「一期とは人間の一生のことで、一会とはただの一度の出会いのこと。今日の出会いの大切さ、今という時にめぐり合った、因縁を大切にする心である。」というように解釈されているが、ネルケになると、「人生の一瞬一瞬が最後であり、絶対に二度と来ないのがこの一瞬。あらゆることを、その一瞬一瞬に 『いのち』として味わって生きろ。」となる。言葉という剣を突き付けられているような錯覚すら覚える。
聖書やスッタニパータ(初期仏教経典)、道(タオ)など、多方面からのアプローチや比較など、著者ならではの筆致に共感を覚える。