5時だよ、ゴハンだにゃん

(元)外ねこさんに支えられる日々と、
野良猫さん一家TNRの記録

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もじゃくん おつかれさま

2016年06月04日 | つれづれの日々




5月25日未明 もじゃが虹の橋を渡りました。

いろんなことがあった4ヶ月。がんばって、がんばって…そして逝ってしまいました。

opeをすべきではなかったのか…それが最初の過ちだったのか?と考え続けた4ヶ月。
答えは今も見つからないけれど。

腫瘍切除を乗り切り、なんとか食欲が戻った3月初め。次第に調子を落としていくちびの様子を
横目に、もじゃは大丈夫そうだな…と思い始めた矢先だった。
3/5の夜。帰宅が遅くなり、ちびの様子を確認した後、慌てて保護部屋を見に行った。
ケージの上段ににっきさんとちんまり収まっていたもじゃの食欲が無いことが妙に気になった。
腎機能があまりよくないとのことだったから、少し輸液が必要かな?と思いつつシステムトイレの
ペットシーツを引き出して目を疑った。
黄色の尿。それも蛍光イエロー。かつて見たことのある色合いに嫌な記憶が甦った。
食欲がないのは腎機能が落ちているせいじゃない。おそらく肝臓に異常をきたしている…。
少し食いつきが悪いかな?と感じていた数日。
光に透かしてみれば耳の皮膚はうっすら黄色く、眼球黄染もはっきり見てとれた。
忙しさにかまけて、発見が遅れた…。

翌6日朝、あわてて受診。キャリーに移すとき昨夜よりさらにどぎつい黄色の尿を失禁した。
状態を告げると順番を飛ばして診察室へ。採血のデータはとてもとても恐ろしい数値だった。
肝機能データは4ケタ。貧血も急速に進んでいた。病態としては胆管炎。
opeの麻酔によるもの?溶血性?腫瘍に使ったステロイドがWキャリアであることに影響したか… 
人間ならば緊急で血漿交換もできるだろうが、いずれにせよもじゃには輸液とステロイドと抗生剤、
ウルソしか打つ手はない。入院になったが、難しいかもしれないとVET。

でも、ちびが最期にあの驚異的な気力を送ってくれたのか?
1W後データはまだまだ正常値には程遠いもののなんとか帰宅。そこから輸液と内服と強制給餌の日々。
シリンジよりもひとさし指で給餌する方がうまく食べてくれた。もちろん嫌がりはしたけれど
実際たいした保定もいらなかった。
がんばれ、がんばれ! 
でも食べたくないものを口に強制的に入れられることはとてもツラかっただろう。
けれど少しずつ指先からなめとってくれるようになり、お皿から食べ始めてくれた時には本当に
嬉しかった。

安静のために、ケージ暮らしをさせていたが、ニッキさんと一緒のほうが元気が出るかな…と
ケージをオープン。ニッキさんがケージに乗り込んできて(笑)二匹で同じ皿からゴハンを食べ
くっついて眠った。
しだいにケージの外へ出てくる時間が長くなり、朝様子を見に行くと「おはよー」と聞こえるもじゃの
啼き声が迎えてくれる日々が戻ってきた。
ステロイドも減量し、休薬も目前だった。

安心はできない、でも乗り切った。
あの時のかるびのようにもう少し一緒にいられるかもしれない。

けど、甘かった。ウイルスは復活の日を虎視眈々と窺ってた。

4/9朝 前夜までとは打って変わり、食欲が急激に落ちケージから出てこなくなった。
呼吸が速迫で、口腔内色が不良だった。…来た…と思った。
慌てて仕事から戻ったその夜、少しだけお気に入りのウェットを口にしてくれた。
翌日受診。呼吸が速いこと、貧血が急激に進んでいるらしいことを受付で伝えた。
直後に診察室から飛び出してきたVETの顔を、なぜかなぁ…今もはっきり覚えてる。

ひと月前のX-Pには無かったはずの白い影が、いくつも肺野に見てとれた。胸水はそれほど貯留して
いなかったけれど、縦隔裏でリンパ節の腫大が起こり、それが気管を押し上げて呼吸を妨げている事。
貧血も予想以上に進んでいた。

私のスタンスをよく理解してくれているVETたちは、強力な治療をもう提示することはなかった。
出来る限り苦しませないこと。残りの日々を楽しく逝かせること。
そのためにどうしたらいいか、あの瞬間から私もVETたちもそれしか考えていなかったように思う。

呼吸が苦しくなることだけは最大限避けてやりたい。
ウイルスの攻勢を後押ししてしまうことはわかっていたが、ステロイドを最後まで使うことを決めた。
呼吸や食欲の様子で増量可の指示ももらった。
肺の腫瘍増殖とリンパ節の腫大、そして胸水の貯留をぎりぎりまで抑えてくれればそれ以上望まない。





それから1ヵ月半。一時的にステロイドを2Tまで増量、嘘のように呼吸が穏やかになり、食欲も少し
戻った。
天気のいい日にはニッキさんと並んで窓から外を眺めた。
お皿のドライを取り合って食べた。
ケージのベッドで、100均のカゴで一緒に眠った。



ケージの上段に上がれなくなってからは、テーブルの下にベッドを設置、そこで変わらず2匹は過ごした。
ランディングの準備を進めていく仲間にニッキはどんな気持ちで寄り添っていたんだろう。
そんな二匹を見ながら オペをすべきではなかったのか…していなかったらどうだったのか…術後体力を
戻したもじゃのカラダには、またいくつもの腫瘍がすぐに触れるようになった、あの腫瘍も同じように
もじゃとニッキを引き離すのだろうか?と毎日考えていた。

5/23夜 トイレの前でへたり込んでいたもじゃをベッドに戻し、また同じことを考えながらトイレを
掃除していた。ふいに背中がぽぅーっと温かくなった気がして振り向いたら、もじゃが私の背中に
もたれてこちらを見ていた。
そしてコロンとお腹をみせて腹モフを要求。私の手にごつつんごつつん顔をすりつけて。
もじゃが「そんなこと、もう、どうでもいいんだよ」って言ってる気がした。

夏がきたら丸6年になるはずだった家猫生活。
ニッキさんと2匹でマッタリ暮らした6年は楽しかったですか?
かつての盟友かるびと今度はなかよくね。
そして、ニッキさんが淋しくないように時々そっと一緒に眠ってあげてください。
もじゃくん おつかれさま ありがとう 

 ごめんね。
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ちびちゃん またね

2016年03月08日 | つれづれの日々
3月7日 0:50 ちびが虹の橋を渡りました。



鼻咽頭リンパ腫の疑いでステロイド治療を続けた昨秋。
強度の抵抗をしながらも強制給餌をしっかりカラダに取り込み、ステロイドの後押しを受けて
奇跡とも思える復活。
体重も十分以上に戻し、ふくよかなちびの姿で迎えた2016年
わかってたけど、どこか頭の隅に「このまま抑え込めるんじゃないか」ってそんな想いがいつしか生まれてた。

でも、現実は現実。

2月の半ばに押入れに籠もる時間が少しずつ増え、食欲も低下し受診。
今回ははっきりと肺野に影がいくつも見てとれた。秋にはあんなに酷かったいびき様の呼吸は影を潜めていたけれど
もっとカラダの奥深くでその力を溜めていたってわけ。

当時手元に残っていたちび用のプレドニン(5)は14錠、2週間分。それを5㎎/日から10mg/日に増量して1週間分。
追加の処方はされなかった。それがどういうことかは…わかった。覚悟した。

でもちびはそこからまた次の奇跡を見せてくれた。
ステロイドを増量した翌日から、廃絶してた食欲が復活。押入れに籠もることもなくなり、大好きなリビングで
いつもどおりにぶちをどついて湯たんぽを奪ったり(笑)お皿に顔を突っ込む一歩に容赦ない猫パンチを浴びせたり。
VETたちに驚かれながら、追加の処方を2回出してもらった。

そんなふうに気力十分にみえるちびだったけど、確実に不調の波が寄せてきて2月の末。再び押入れに籠もることが
多くなった。

最後の1週間。
ちびは気力と体力の全てを、できる限りいつもどおりに過ごすこと に費やしていたように思う。
そしてできなくなることが増える中、それなら今までやらなかったことをやってみようって思ったのかな
初めてダンナのベッドに上がり、足に寄りかかって一晩眠った。

ステロイドの頑張りだったのか…大量に胸水や腹水が貯留してくることがなかったことと、やはりちびの気力。
旅立った日の朝。もう時折床に倒れこんで意識が朦朧としている時間がたびたび見られたのに、同居猫たちの
お皿の音にしっかり反応。立ち上がってウェットを食べた。籠もっていた押入れからリビングに戻ってきて、
倒れても倒れてもまた立ち上がって水を飲んだりトイレに入ったり。
夜になり、もう起き上がれなくなっても、仲間たちのお皿の音に顔を上げて反応したそう。

ステロイドを増量した時点でもう強制給餌はしない、と決めていた。
呼吸や循環の負担にならない程度の水を背負わせ、ちびが行きたいところへ行き、眠り、食べたいものを食べたいだけ
食べること
なにひとつの制限もしない。それがしろりん家の流儀。

昨秋「食べて元気になろう!がんばれ、がんばれ」って毎日毎日ちびを押さえつけて強制給餌をした1ヶ月。
それは辛い体験だっただろうけど、ちびにとって最期まで「食べてたらきっと元気になれる」って気力になっていたの
かもしれない。

必要以上に媚びない子だった。でも本当は誰よりも甘えたさんだった。
私の布団が大好きで、ぶちと先を争ってやってきた。そして私の右肩にぴったりくっついて眠るのが日課。
朝、ぼんやりしている私の膝にそっと乗ってきて、左の脇に顔をうずめるのがお気に入りのポジション。
普段はそれほど馴れた様子も見せないのに、テレビを見ながら晩酌しているダンナにそっと寄りかかったり。

夜勤に出かける私をしっかり顔を上げて見送り、ダンナが部屋に戻ってくるのをちゃんと待って。
そして日付が変わるまで頑張りぬいて、1日長く生きた。

みけちゃん、さびちゃん、くろくろちゃん、バニラ、シナモン、なっつ、ぴー、はちくん。
しっぽ、兼続 風になってしまったおせろにももしかして逢えたかな。
そして、あの頃の藪を知っている子がまたいなくなった。



ちびちゃん、みんなに「よろしく」と伝えてください。そして、いつか、またね。
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あっちもこっちもパンデミック?

2016年02月21日 | つれづれの日々
すっかり明け過ぎました…。今年もよろしぅ←すでに大きな声じゃ言えない…orz
新年早々、病棟再編成+院内患者の大シャッフルが敢行され(←バカとしか言いようがない)
その直後とどめの監査(←しかもなんと師長が出張中)でまたしてもブチキレすぎて疲れた1月。
とりあえず切り抜けられてよかったんだか、それとも思いっきりアウト!!くらった方が強制改善
されてよかったんだか、ちょっと迷うとこだが。

そして2月に突入し、来たよ~インフル プチパンデミック!
どうやら急性期病院から移ってきた患者さんが持ち込んだらしく…。患者と同時にスタッフもバタバタ。
ギリギリで回しているうえに、夜勤できるスタッフが倒れて行き…私、もしかして夜勤専従だったかな?
…な感じになっておりましたわwww
その間、我家の猫さまたちも調子を崩す子が目立ち、現在5匹が通院・加療中という…笑えない状況っす。
中でも一大イベントだったのが保護部屋MNコンビのM=もじゃ。

数か月前から右前額部の皮膚が薄くなり、うっすら出血したり治ったりを繰り返すようになった。
けっこうテーブルの足とかにゴリゴリおでこをこすり付ける子だから、そういう刺激でなるのかな?
なんて思っていたのだが、そのうちに妙な痂皮を形成するようになった。これ…マズイんぢゃね?受診だなぁ
と思っていたある日、何気に触った背部に直径1センチ弱の腫瘤を2つ確認した。翌日受診に出かける際、左の
口唇にもまだ小さいが腫瘤をひとつ発見。
細胞診ではひまん細胞腫らしき形態にもみえるがはっきりしないとの所見。
ただし、額のものと背部および口唇のものは同じ性質でない可能性が高いとのこと。いずれにせよ多発性なので
外科的切除が望ましく、切除腫瘤を病理にかけることで特定診断をつけることに。
仮に多発性のひまん細胞腫であるならば、予防的脾臓摘出も視野に入るが、あまり腎機能が良くないもじゃに
長時間の麻酔は望ましくないし、ひまん細胞腫でなければ余分な侵襲を与えることになる。そこで今回は
表在腫瘤切除および病理検査のみをオーダー。
術前の毛刈りをしてみたら背中の腫瘤が+2個され計4個になったが、ope自体は問題なく経過、終了。
病理には3か所 ①額 ②口唇 ③背部 提出。

術後のもじゃは、けっこう痛々しい姿だった。
  

額の創部は、眼瞼上部ということもあり大きめの栄養血管を巻き込んでいたらしくじわじわと出血が
続いていたとのことだったが、帰宅後は目立った出血なく経過。
本人は戻れたことにホッとしたのか、ケージinでもスリスリゴロゴロのゴキゲンさん。
しかしとにかくエリカラが苦手でゴハンがまったく食べられない。額の創保護の観点から外すわけにもいかないが
食べられないのでは創治癒にひびく。仕方ないのでエリカラ一時オフ。ゴハンを食べさせて、トイレを済ますまで
見守り(笑) それからカラーを装着し直して、点眼+眼軟膏+抗生剤内服→ケージにin の流れで数日。

眼軟膏を塗布すると一時的に前脚が右眼付近に行くけれど、それ以外はほぼノータッチ。背部創は舐めないように
即席の術後服(といえるか?笑)を着用させて現在、基本的にカラーはオフ。
創が大きいのと、位置的な問題で抜糸までもう少し時間がかかりそうだがなんとか乗り切れそうでホッ。

病理検査の結果は…まぁあまりよくはないが、想定内ってとこ。
ただ割と珍しいものだったらしく、院長自ら「いや~勉強しちゃったよ」と。
額のものと背部+口唇のものは、別の病理組織診断がでた。
①額 ウイルス感染性腫瘍 →ボーエン病(表皮内ガン)に関連する前ガン状態 
②背部+③口唇 肉芽腫性皮膚炎
                           ☆興味ある方、詳細はこちらから  どぞ☆

今回一応切除は済んだので、今後額の腫瘍が再発するか、他で発生するか要観察。
なんでも老齢の猫に多く、顔や頭部が好発部位なのだそう。まーさーにー。

外の子たちを保護し始めて10年。若かった子たちも飼い主同様老いの領域。
トランスフェルラ酸にガーデンアンゼリカ、今度はPQQと飼い主も脳の老化を遅らせることに必死…つか
こればかりはなんとかサプリメントの範疇でで押しとどめたいw
とにかくとにかく、保護猫たちとお庭番たちを全員見送るまではボケられんし、死ねんわー笑

老猫と老飼い主。支え合いボチボチ春を待つ。


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どんどん暮れていきます…

2015年12月27日 | つれづれの日々
どう切り出すべきか…しばし考えたけど、どーにも思いつかないので何事もなかったように書き出してみる(笑)
つか、ココを覗いてくれてる方がいるのかどうか、そこが怪しいとこだけど(苦笑)

時間が過ぎるのは早いもので、もう今年も年の瀬。特にここ2年の早さと中身の濃さは、もうちょっと
お腹いっぱいな感じ。イイ勉強をさせてもらってると思いたいけど、ぼけボケの頭には若干詰め込み杉だな。

5月に回復期病院へようやっと移ったオヤジから、6月後半に突然「もう退院するから!」と電話。
本人も相手の病院もキレまくりで、即日強制退院。しかしアパートに帰るしかないわけで、担当CMや
施設に多大な迷惑をかけ、その日のうちにとりあえずのサービスを整えてオヤジを送還。
でもCMさんたちがいい人でねぇ…てか、めっちゃ同情された?「あとはもう僕らがやるから、娘さんは
極力関わらなくていいよ、もうね、この人大変なヒトだから…」って。あはは。やっぱそんな感じ?(爆)
まぁ、そうはいってもトラブリューなヤツなわけで、なんだかんだで保証人関連の連絡は入ってくるけど。
とりあえず、気ままにやっているらしい…。あの夏のくそ忙しかった、私の貴重な休日を返してくれ!!

そんなオヤジとは正反対に、叔父はサービス付高齢者住宅での生活を着々と整え、ネットを駆使して
家具から食品まですべて調達。今では週3回のディでの昼食以外は、自分で調理までしている。
自立の意識が高いことが、サービスを使ってもらって「見守りたい」スタンスの施設側と多少の軋轢を
生んでしまうこともあるけど、そこはねー譲れるとこは譲って、主張もして…のオトナの対応しつつ。
介護事業も商売だからな、利益が出なくちゃどうしようもない。でもそこにいい意味で迎合しない
担当CMの原理原則主義の真っ向勝負を、ちょっと離れてニヤニヤ観察している今日この頃。

さて私はといえば、どうにもこうにも無限バタバタループから抜け出せない。
私的関係のものもあるけど、大半は仕事関係。お前らみんなクビだーーーーーーーっ!!と関連各所に
怒鳴り込みたい。予定変更・計画変更当たり前。しかも変更のお知らせが前日夕方とか下手すりゃ当日。
もう、予定の連絡とか計画の提示とかいらねーんじゃねーの?行き当たりばったりで!と書け!!
…で、結果その調整のために連日残業www
すべてが患者さんたちを巻きこんじゃう問題なわけなので、適当に…って事は出来ないしね。
底なし沼的なこの日々に終わりが来るのか、すでに諦め感大。   なんだかなぁ~。
    阿藤快さん、以前うちの店にも取材に来てくれた。TVで見るまんまの気さくなヒトだったなぁ…。合掌。

ブログをさぼりまくっている間に、ロコちゃんの近況が届いていた。すっかり遅くなってしまったけど…
ロコちゃんは元気に毎日を過ごしているとのこと。






大きな変化が無いので(笑)報告することが無くて…と里親さま(笑)
でもメールにあった「飼いネコとはベッタリでなくとも、幸せな時間をもてることを学びました」という言葉が
なによりとても嬉しい。
ロコちゃん、これからもおだやかに、楽しく、のんびりね。

ロコちゃんをはじめとするたくさんの子たちが生まれ育ち、どこからか流れ着き暮らした「藪」
その藪の餌場を7月半ばにcloseした。

最後の藪っこ「なな」はどうやら正規の餌場を近隣に確保しているらしく次第に足が遠のき、1~2回/月に
現れるかどうか…。新年早々に茶トラの「お嬢」を保護してからは、猫の姿をほとんど見かけなくなった。
多い時には20匹近い子たちが集結していた藪が嘘のように静かになり、その役目を終える日を迎えた。
案外アッサリ、サバサバと迎えたその日。でも佐野元春も歌ってるじゃない?終わりははじまりって。
「お腹を満たし、命をつなぐこと」から「おだやかに、命をおくること」それが私の次の仕事なんだよね。

FVRの後遺症でブヒブヒのぶち。コンベニア注射とネブライジングを行いながら過ごしていたが、8月の終わり
少し体重が減ったし…と依頼した検査で BUNとCreの軽度上昇が認められた。腎保護のため抗生剤を
コンベニアから変更し対応したが、翌日から急激に状態が悪化。唾液様物の嘔吐を繰り返し食欲廃絶。誤飲も
疑われたが、生化学検査の再検でBUN・Creが前回の3~4倍と急上昇していることが判明。緊急入院となり
静脈点滴を開始。数日後なんとかデータが改善した時点で退院。以後通院と自宅での皮下輸液を続けている。
なかなか食欲が戻らず、療法食への移行が出来なかったが、こういう時に多頭飼いはいいね!(笑)若い子たちの
「なになに?それ、うまいの??」というがっつき姿勢がぶちを鼓舞するのと、またVETにお願いして導入した
フォルテコールもカラダを楽にしているのかな?今はロイカナの腎サポ+腎サポスペシャル+シニア飯の3種
盛を負けじとガツガツやっている。おかげで減少を続けていた体重もなんとか下げ止まりそう。
これから先、緩やかな下降線。覚悟を決め、その着地が静かで優しいものであるように飼い主が頑張るのみだ。


       

ぶちの様子が低空ながら安定してきたころ、今度はちびの具合が悪くなった。
以前から喘息様の咳込み発作やくしゃみ発作を起こすことがあり、受診をしたこともあるのだが、明らかな
データ異常は無く、X-Pは大暴れしてしまい撮影できなかった。その後悪化する様子も無く過ごしていたのだが
夜勤明けの最高にぼんやりした判断力でも、その日の呼吸は恐ろしく異常だった。
いびき様の呼吸が断続的に続き治まらない。急ぎ受診してみたものの血液データは問題なし。抗生剤注射後
帰宅したが変わらず。再受診でなんとか撮ったX-P上、肺野に慢性的な炎症所見が拡がっているが可視出来る
範囲で鼻咽頭に問題となるような所見なし。CTを撮りたいところだが、呼吸状態が悪くてセデーションは危険
と判断。よって治療は2択。炎症性によるものかもしくは見えない部分に腫瘍が存在するのか…抗生剤か
ステロイドか…。ステロイドを使えば確実に肺炎は悪化するので、まずは抗生剤を選択。強めのものを確実
投与する必要があり、数日の入院。結果X-Pはかなりきれいになったものの呼吸状態は変わらず。初めのうちは
なんとか食べることが出来ていたが、次第に食欲低下→廃絶傾向となり、強制給餌を行っても体重減少が著明に
なった。なんとか詰め込みたくても、鼻閉が有るからうまく嚥下できず、かえって呼吸状態を悪化させるので
可能な範囲で手早く、カロリーを!と必死だった。
額周囲の変形はみられないが、抗生剤への反応が見られないこと、喉頭鏡で開口させると異常音が消失するが
しかし明らかな軟口蓋下垂は認められないこと等々から、やはり可視外になんらかの腫瘍性病変が有ると判断
すべきでは?とVET。
プレドニン10mg/日+コンベニア+強制給餌+皮下輸液のセットで気合を入れて開始。
今度は手ごたえあり!しだいに異常音は減退していき、プレドニンの効果もあり食欲も戻ってきた。そして
現在プレドニンを5mg/日へ減量+コンベニア継続し経過観察中。今のところ問題なく過ごせている。今後まだ
減量できるか、コンベニアが切れたらどうなのか…気は抜けないがなんとか眠れる夜が戻ってきたところ。

どんな病気でも辛いけど、呼吸が苦しいのは本当に見ていて切ない。
ゴハンが苦くなるとかわいそうなので(笑)ステロイドのみペーストフードに混ぜて強制投薬中。とりあえずまだ
私は嫌われていないらしいのが救い…。

そのほかの子たちは…私の記憶に残る限りではなんとか変わらず過ごしてる。
まさおがぽぽのすけにこっぴどくやられて流血し、慌ててびよいんに担ぎ込んだことがあったけど、BWは
6キロ超。傷よりそっちに驚いたwwww ぽぽに怯えて食べれてないなら気の毒だが、食ってるならオケだ。



      

あとは、ぽぽのすけがもうちっと…でいいから、お利口になってくれると嬉しい。すごく嬉しい。

      
               ぽぽのすけ@ちょりす


こうしてしろりん家の2015年はアクセル全開のまま暮れていくのでありましょう。

本当にご無沙汰続きでありましたが、今年もお世話になりました。
来る(2015年←あら、やっだー!!これ×ね)2016年はもう少し存在感をアピールできるよう頑張りたいと
思います。
みなさま、よいお年を!!
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おひさしぶりでつ…(恥)

2015年06月22日 | つれづれの日々

        
もはやなんとご挨拶したらよいのか…もう初夏ですな…。
季刊としてもなりたたない、こんなブログを変わらず訪ねてくださる皆さまに感謝。
そして、メールやお便りをくださった皆さま。お返事もできず本当にすみません。たくさんご心配をおかけしました。
こんな体たらくでありますが…日々なんとかやってます。

年が明けたら少しは時間が取れるかな…と思ったのもつかの間、叔父の老健での集中リハ3か月はあっという間に
過ぎ、その後の生活の場を弟と探し回り…。そしてなんとか3月に引っ越し。サービスを検討、追加し、短時間リハ
なんてものも組み込んでようやく形になったかな…の頃、次の事件が勃発。
以前書いたので事情は割愛するけど(笑)独居している実家のオヤジが腰椎破裂骨折で入院。自由という言葉を
はき違えた本人からいつものように、そして当たり前のようにヘルプの連絡…。
叔父の一連の流れを「イイ勉強になったな」と思えたら、「じゃ、忘れないうちに復習ね!」ってかっorz
      

      
オヤジの次なる移動場所=回復期病院に受け入れをお願いして歩く途中で一息いれた焼津の海。
海は叔父の事故の日、ボートを回収に行って以来だな…。陽射しはキツイけど風が気持ちいいねえ。
ま、なんだかんだ言っても自分が元気なのが幸い。
あの有名なフレーズ 暗いと不平を言うよりも…の気分でやるしかねぇ。…っつうわけで、顔を見る気にも
ならんオヤジの洗濯物を取りに行き、置きに行く日々が進行中。次は居宅介護の手筈を整えねばーーー。


さて、4月にはじいさんの1周忌も滞りなく済ませ、毎年観そびれてるお寺の「うこん桜」もついでにじっくり鑑賞。


 以前ほどには参加できなったけど、たまにはたけのこも掘った(笑)
他所様の竹林の恩恵をいただく野原にマツバウンランの群生。ひろがるうす紫色の絨毯。

      
護国神社の命日祭に足を運んだ。戦後70年の今年、いろんな意見が飛びかってるけど、高齢化した遺族、そして
孫やひ孫世代の幼い子たちが参拝する姿を見ながら、皆ただただ大切なヒトたちを守りたくて逝ったのだなと
あらためて想った。
  
本殿に続く回廊。雨降りだったので初めて通った。 そして本殿前の大きなかや吊。来年はくぐってみるかな。

そうそう、年末に藪に現れたシャーシャーの茶トラ女子。オペに運ぼうと思ったら耳カット有。それなら
まぁゴハンをあげて…と思っていたら急激にスリッスリへ。
茶トラと茶白は私たちの不安の種。輪禍に遭う確率がなぜか多いのだよ。で、そんなにスリッスリなら…と
募集予定でゲトしてみたら、再度の手のひら返しならぬしっぺ返し?未だシャーシャーガールなんだけど??
ものすごい猫被ってたとしか思えない(爆)ほぼ手づかみで身柄確保したんだが。
そんなに家に入りたかったんだろうか?…で、まだ@保護部屋。もちろんうっすぃ~と一緒に(苦笑)
  
この2匹、はたして我家から巣立つことができるのか??ものすごい期待薄感否めない。

お庭番たちもかわった。春先に蓮くんがプィっと姿を消し、キジ白のでかちょびもいつの間にやら
こなくなった。今はちょびことかいせんくん そしてミミとココの4匹が定番メンバー。
相変わらずかいせんくんはトラップケージを設置すると姿を消すがww でも庭に現れた時よりも数段状態が
よくなり、今ではこのあたりを牛耳っている模様で、たまにゆきちともめているw あーなんとかしなくてはっ!

      
相変わらずボーイズラブラブなMNコンビ。
もじゃはもうかなり長いこと消化器サポート(可溶性繊維)を口にしていないが、排便状態NP。便の性状と回数で
たまにウェットを足し、水分調整をすることでコントロールできている。あとはニッキさんのスプレーがなぁ…。
こっちは全くアンコントロール。

      
この暴れん坊もアンコントロールw ねこ鍋にきっちりおさまり、カラダじゃなくアタマ冷やせ!と言われる始末。

…とここまで書きあげるのに約1か月。私はかつて本当に毎日ブログを書いていたのか?と自分が信じられない。
どこまでダラダラ書き続けるかわからないので、いったんUP(笑)

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つれづれなるままに

2014年12月31日 | つれづれの日々
今年も本当に終わり。いろいろあった1年…久しぶりに勤めに出て凹んだり後悔したり、
たぶん…私もしてたんだろうけど。次から次へと状況が変わって、よくわからないままに
ひたすら今日まで突っ走ってしまったという感じかな。
まだね、諸々手付かずなこともあるんだけど、とりあえず病気もせず一年完走した自分に拍手。
誰もしてくれないから自分で自分に拍手しとく(爆)
ただまあね、今になってわかるのは「若い時の苦労は買ってでもして」おくべきだということ。
毎日毎日質問攻めにされ、わからないなら触らせない等々先輩Nsに言われたなぁ。
なんて意地悪なことばかり言うんだろう、聞くんだろう、教えてくれたっていいじゃないか!と
よく思ったもんな(苦笑)
でもそうして身に付いたものは忘れてない。今になって私を助けてくれている…とわかる。
もっともね~当時の私が不出来だっただけで(爆)苦労してたのは先輩Nsの方かもしれないけどww
そして、店に携わっていた20年間もまた今、大きな経験値となってくれていると思う。
2005年の秋にスタートした猫との関わりも2015年で10年。たくさんの猫友さんとのご縁を
猫たちが繋いでくれた。右も左もわからず勢いだけで始めたTNR、多くの先輩方が全国から手を
さしのべてくださったこと…本当に本当に嬉しかった。病気の子の不安を抱えて、それを相談しあえる
猫友の存在がどんなに心強かったか。そしてその体験のひとつひとつが、今また私の「在り方」と
なっていること…新しい場所に立ってみて、ただただ平凡に過ごして来たはずの自分の人生も
いやいや、わりと捨てたもんでもなかったんぢゃね?と思ったりする年の瀬…すでに瀬過ぎてるがww

今年もお世話になりました。来る2015年も何卒よろしくお願い申し上げます。




昨年末にしっぽが逝き、夏にはぎんちゃん、そして行き倒れの子を送った。お庭番として暮らしていくと
思っていたトラが春先に姿を消し、ぼくちゃん・ギニーも程なく姿を見せなくなった。
理由も行先もそれぞれ…でもさよならの多い一年でもあった。

…そしてもうひとつのさよなら。

夏の初めごろ、くろくろちゃんが節外リンパ腫と診断され闘病中と連絡をいただいた。
里親さまは可能な限りの手を尽くして治療を試みてくださり、くろくろちゃんもよく頑張ってくれた。
でも病魔はその手を放してはくれず…11月9日虹の橋を渡って行ったのだそう…。

      

2006年11月 我家の庭で兄妹猫たちとお庭番をしていたくろくろちゃん。この画像、里親募集サイトに
掲載したものだと記憶している。



保護後は、ひとまわり上の兄猫「ロコ(当時モコ)」といつも寄り添っていた。

そんな控え目な彼女が本当の家族を得て、少しずつ少しずつ変わっていく様子が本当に嬉しく
どれほど励まされ、何度背中を押してくれたことか…。



くろいふわふわの天使は、そのかぎしっぽに幸せをひっかけて運んできてくれた と里親さま。
でも最初に彼女のかぎしっぽに幸せへのカギをひっかけてくださったのは里親さまなんです。
本当にありがとうございました。くろくろちゃんのご冥福を祈ります。

くろくろちゃん2014-1


くろくろちゃん2014-2


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師じゃないのでもう走りまくりww

2014年12月06日 | つれづれの日々
このままの勢いで行くとたぶん…いやおそらく…きっと?何も書かずに終わるであろう12月。
まだまだ人生下っ端なオイラはすでに走り回ってますが、変わらずマッタリ生活なぬこたちでも…。

Mサイズのベッドにぽぽとゴローがぎうぎう。息苦しい。。。


リビングドアの上に設置したステップから下々を見下ろすぽぽやん。降りろや!お前がそこにいると
ドアが開かんわ!


今日もたくましいミミちゃん。シニアになったけどまだまだ飛ばしてますわ。


もうすぐ我が家にやってきて1年の一歩。とうとう良縁げとできず…orz


最近、若い衆に押され気味に見えるくぅ姐さん。でも攻撃力は実は健在。


姐さんとモメナイ術を心得ているまさお。みんなに伝授せえよ。


流れ流れてやってきたかいせんくん。こんな格好してるのに未だゲトできず。なんでー?


夏、網戸を突き破り2F猫部屋から転落逃走したゴロー。1W後、勝手口から無事帰還。やれやれ。
お外はつらかったにゃ…。噛み傷だらけで投薬される始末w


あたしの嫌いなものは「ぽぽ」です!!のちび。


そんなぽぽにも好かれるリーダーぶち。鼻の具合がいまひとつで1~2回/月の抗生剤注射と
点眼点鼻が欠かせないけど、食欲旺盛、元気元気!私の毛布を横取りするのが日課。


なんかいろんなことがあった1年。いいことも悪いこともホントいろいろあったな。
これから変わっていくだろうこと、変わっていかなくちゃいけないこともまだまだたくさん。

でも、ま、なるようにしかならんでしょうよ(笑)ってことでお気楽に、でもそこそこ図太く
行こうと思う次第。
目標は ↓

白菜の畝の中に、どう見ても白菜じゃないものが…。繰り返される間引きの中で生き残り
大きく育ったコイツ。この強運と力強さをマジ見習いたい。

しかし…いったい何なのか?巷ではサニーレタスじゃね?と噂されているらしいが
サニーレタスなど一度も撒いた事はないのだよ…。謎。
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牛ねこ「うっすぃ~」オペ済みました…そして…

2014年11月06日 | TNR
最近仕事で手放せないもの…それがコイツ↓
          
数種類の薬が1包化されてる薬袋から、特定の1種類を抜くという作業が投下されることがままある。
外包装が無いわけなんで、タブに刻印されたマークとか数字とか見ながら…ね、目的の薬を探すわけよ。
ある程度の年代になった人にはわかってもらえると思うが…見えんのよ!!そのマークも数字も!!!
日中の自然光の下でなら若干見えやすいけど、日暮れあとの室内、蛍光灯の下じゃね、ほんっとに!(怒)
偶然にも同じ年齢の同僚とふたり、「見えないねー」「困ったねー」っていつもこそこそ(爆)
そしたら彼女がある日「これ買ったからもうアタシは大丈夫!」って言うのさ。その日夜勤だったオイラは
さっそくお願いして一晩貸してもらったわけ。もうね、サイコーよ。見えるってすばらしい♡大活躍よ。
で、夜勤明けですぐにポチった(爆) もう手放せない。今年最高の買い物。←書いててちょっと淋しいw

夏前から我家の庭はやけに♂ぬこパラダイスと化している。
どうやら蓮くんとミミちゃんの「おあがんなちゃい」による集客(猫)効果らしい。
なんだか小忙しくてなかなか以前のようにはいかないが、そう言ってもいられず重い腰をあげることに。

最初はぶっ飛んで逃げまわってたうしねこ。でも実はかなり懐こい子。頭の大きさに比べてカラダが
小さくお腹がポッコリ。元々は大きい猫なのか?ふくらんで見える顔…頬から頸部にかけてがちょっと
気になってもいたので、とりあえずゲト。
小さな子だと思っていたけどBW4.3㎏。5~6歳程度。見た目の印象より重量があり&若いらしい(笑)
気になってた頸部と腹部は…丁寧に触診してもらったが固く触れるものも無く、脂肪だろうとの所見。
…ということでいつも通りにオペを依頼。

が、途中気になってちょっと連絡を入れたら、VETもちょうど連絡するところだったよーと、あら偶然。
私がなんだか気にしていたし、少し血液凝固に問題が有りそうなので…と検査をしてくれたそう。
そしたら体重のわりに貧血しており、血小板も数はあるが幼若なものが多かったとのことで一報を
入れてくれるところだった。なので追加でコンボテストをオーダーしてみた。

トラブルなくオペ終了。夕方お迎えに出向いた私を待っていたのは、スタッフに抱きかかえられて
愛想を振りまくうしねこの姿だった(爆)
「かわいくて~もうね、人気者でしたよぉ!」「この子はイイ子ですよ~」云々…
たくさんの子をopeに運んできたが、抱っこされて帰ってきた子はみみなしたまちゃん以来じゃね?
でもたまちゃんはかわいいって言ってもらえてなかったしな(苦笑)

んで、気になっていた…というか、9割がた覚悟してたコンボテストの結果は、Felv(-) FIV(-)(喜)
PCVも30%ちょい…というところ。3種ワクチン接種。耳カット(右)。創出血なし。
帰宅してケージへ。
           

お気に入りのクッション持ち込み(笑)
           
若干麻酔からのリバースが悪いのか、後肢のふらつきがあるがまずまず元気。
私の姿が見えると啼きだすが、見えなくなるとピタッと啼き止み、華麗に湯たんぽを使いこなす。一晩様子見。

翌朝。トイレには大量のしっことすんばらしいうんP。ケージ内もきれいなまま。
本人はいたってゴキゲンで「メシくれーメシくれー」術後だし…という私のココロ遣いをガン無視し
差し入れたごちそうウェットには目もくれず、我家定番のドライをガツガツ。途中で思い出したように
「ヨシヨシしてくだせえ」と私にスリスリ(爆)本来のキャラ復活かっ!ひぃぃぃぃ…
      
      検査上問題ないし、この調子でゴハンを食べれば貧血も改善するだろうしね…。

                     
                     
                     
                     
      
      でも、また藪っこのデリバリへ行く私を追いかけて県道を渡るんだよね、この子。
      けど…リリースするつもりで耳カット入れたんだよ。
      元気なうちは外で頑張ってもらわないとね。自分で自分の首絞めてどーする?
      わかってるんだ。でもでもでも…






      

      牛ねこ「うっすぃ~」オペ済みました…そして…まだ保護部屋に居ます(爆)

  室内養殖してデータ改善、もうちっと見栄えが良くなったら(笑)新しい家族さがしをはじめてみるつもり。

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ご無沙汰しとります…生きてるよぉ!

2014年09月06日 | つれづれの日々
やだ…ちょっと、もう、9月!!
異常気象に振り回された感のある日本列島。比較にならないちっちゃいレベルだけど
オイラもいろいろww
4月末にじいさんが逝き、なんやかんだでホッとしたのもつかの間、5月の末に母方の伯父が
脊損で入院・オペ。7月にオイラの勤める病院へ転院…日々のリハビリとスプリングバランサーの
おかげで2か月間の食事介助から今朝めでたく解放された次第。ま、まだまだ先は長いけどね。
ああ、そうそう。8月の半ばに病棟移動にもなり、新しい職場で3週間。さすがに毎日
帰宅後へたり込んでたわww そんなわけでまたまたご無沙汰っす。なんとか生きてたよ(笑)

猫たちにもいろんな変化。
仕事に出るようになってダンナが殆どの猫家事をこなしてくれてるわけで。感謝。
猫たちもそのへんの事情はすっかり飲みこめたらしく、ダンナの帰りを待って、ゴハンを
催促している様子。
古参のお庭番「ミミ」は以前から店の中にこそっと侵入してゴハンをねだったりしていたが
最近では当たり前のように家の中に入っていて、先日は座敷の仏壇の前で香箱組んでいてワロタw
いやぁ、じいさんあの世で怒ってんだろうなぁ(爆)つか、猫怖かったらしいからヒーヒー言ってるかも。
そろそろ猫トイレ設置してみるかな?と思案中。
そして庭にはなんだかねーやたらたくさんぬこが来てんのよ。しかも♂ばっか。
どうやら蓮が「おあがんなちゃい」をしてるらしくてさ。。。ちょびこに激しく嫌われ、ミミ姐さんに
怒られ、始終ひっくり返されてる根性なしの(笑)蓮なので、少しでも味方を増やそうって魂胆かっ?


顔~体幹のプリントがちょびことそっくり、でも顔デカ(爆)な白キジ。


疥癬(+)な白地多めの白キジ。

あと 鈴つきカラーしてる牛ねこ。どうも骨盤もしくは両下肢になにか障害が有りそう…動きは悪くないけどね。
最初は飼い猫だろうと思ってたけど、だんだん薄汚れていくんだよね…おまけにすっごい腹減り状態。遺棄?

この3匹を蓮が順番に「おあがんなちゃい」している。

未だミミ姐さんに認めてもらえない「蓮」↑

その上に、藪からシャムミックスが「メシ、まだ?」と遠征してくるのでなんか♂ばっかで暑苦しい。
なにせ時間が無くてオペが滞っているのもめちゃめちゃ心苦しく…とりあえず絶賛オペ前養殖中。
もうちょっと時間ができるはずだったんだけどなぁ…なんでだーーーーーーーーー!!鋭意努力のみ。


こうやって新顔さんが現れる中で消えていく顔も。

数年前からの顔見知り(オペ済)の子が、8月の35℃越えが続いた深夜、階段下にうずくまっていた。
私の後を追ってなんとか勝手口までは歩いてきたが、そこでへたり込んで動けなくなった。
最近たまに顔を出しても量を食べられなくなってきていたし、かなり痩せてきていた。そして多量の
飲水。おそらく腎不全が進んできているのだろうと思っていたがカラーをしている子でもあり…顔を
見せた時にはキドニーケアのフードを食べさせること位しかできなかった。
へたり込んだその子を触ると、恐ろしく熱い!極度のるい痩状態!脱水したカラダに連日の高温で
熱中症を起こした?
冷却ジェルとアイスノン、そして水を背負わせて一晩。朝にはなんとか持ち直し、食欲も回復。
衰弱した分を取り返そうとするかのように食べるようになった。カラーを外してみたが連絡先の
記載が無く…。が、この様子ならリリースすれば自宅へ帰れるかな?という楽観に反し、昼過ぎ再び高熱。
多飲多尿さらに著明。…結局、我家で輸液による腎不全管理と体力回復を図ることになった。

我家に猫が集まっていることを近所の猫飼いさんたちはご存じなので、脱走猫や行方不明猫が出た場合
大抵一報が入ってくる。…が今回はそれも無いまま。

3日ほど経過して、発熱はほぼ収まり食欲も回復。しかし熱中症でさらに大きなダメージを負った腎臓は
もう限界を迎えていた。
次第に食べられなくなり、入れても入れても輸液が足りないくらいの多尿。けれどるい痩と貧血による
心肺機能への影響も出始めたため、1回輸液量も控えざるを得なくなり、その分を回数で補てん。
少しはカラダが楽になるのがわかってたのかな?保定いらずの輸液生活。キドニーケア系の
モノがなにも喉を通らなくなってからも焼きカツオならなんとか食べられた。
かつてかるびがそうだったように、失禁が始まって、歯ぎしりが始まって、覚悟を決めた後もカニかまなら
僅かずつだけどうれしそうに食べられた。そうしてすべての力を使い果たして、先日我家の子として
旅立った。

元気になってくれれば嬉しかったけどね。でもこれも何かの縁なんだよね。きっと。
お骨はまだ手元にある。
近いうちに、歴代のお庭番たちが眠る棚に収めようと思っている。

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ぎんちゃん、またね!

2014年07月29日 | 口腔内トラブルとケア
気づけば7月も終わり…。
静岡の気温が体温を超えた日、ぎんちゃんが夏空へ上っていった。

骨と皮になったぎんちゃんと出会った夏から2年。保護してから1年4ヶ月。
長くはないけど、でも濃かったな…って思う日々。

進行していく病態だからね、ずっと同じじゃいられないよ。そこのところは覚悟してね。って
VETから言われてたし理解してた。だからケアは先回りしようと思ってた、追い越せないなら
せめてぴったりくっついて行こうと思ってた。でも今回はぎんちゃんに置いて行かれちゃったなぁ。

少しずつ食べ方が変わってきていた。量もムラが多くなり、次第に減っていった。
投薬量を調節して対応していたが6月の後半、ヨダレの量が増えてきたところで受診。
ステロイドを増量+インターフェロンで一時もち直したが、以前のようなステロイドの
切れ味は得られず…。
相談の上、ステロイドからNSAIDsに変更していただいた。胃薬と併用しながら投薬。
痛みは取れたらしく、カラダのあちこちをグルーミングする姿が戻ってきた。ヨダレも
止まった。…でも食欲がまったく出ない。嘔吐があるわけでもなく下痢しているわけでもなく。
再度病院に駆け込み投薬と輸液。でも変わりなく…。
日々細くなっていくカラダに我慢できなくて7月初め、強制給餌開始。若干の抵抗は
有ったけれど次第に給餌する方もされる方も息があってきたというか…そこそこの量が入る
ようになり、便の状態も良好…このまま体力が戻れば食べられるようになるかなって思ってた。
でもね、2年前ガリガリのカラダにヨダレダラダラでも食べよう!生きよう!って目をギラギラ
させてたぎんちゃんはもう帰ってこなかった。

口腔内色が悪くなり、皮膚から次第に赤味が消えていくのが見て取れた。貧血の進行に
消化吸収がついていけなくなってきているとわかった。
強制給餌したゴハンをすっかり嘔吐してしまった日、もうやめようね…って思った。
ぎんちゃんの様子が、ぶらっきぃやちゃっぷと同じだったからね。彼らに教えてもらったからね。
ここから先は「頑張らせないこと」が私のしてあげられるすべてだと。

口渇でせつなくないように水を背負わせること、手持ちの酸素濃縮器を使うこと。
ぎんちゃんが好きな温度を選べるよう敷物を工夫すること。そして、必要以上に触らず見守ること。

夜勤入りの日、お気に入りだったケージ上段へ自力で上れなくなり、敷物を下段におろした。
ぎんちゃんって呼ぶと顔をあげてくれた。これが最期になっちゃうかな…。お別れかな…。
でも翌朝、大急ぎで戻ってきた私をぎんちゃんはちゃんと迎えてくれ、そしてそれから最後に残った
スイッチのいくつかをひとつずつoffしていった。


あの夏、もう生きていないと思っていたぎんちゃんが再び現れて。なにか食べてくれないか…と
たくさんの缶詰開けたっけなぁ。
ようやくちゃっぷさんのミルクを飲んで、ウェットを食べ始めた時嬉しかったなぁ。この子は助かるって
思ったな。
   
トロトロに伸ばしたウェットしか飲めなかったけど、少しずつカラダが丸くなり、ようやく保護出来た時
体重が4.3㎏になってたのは驚いた(笑)

けど、一番うれしかったのは、オペ&口腔処置後初めて焼きカツオやシーバをおいしそうにガツガツ食べる
ぎんちゃんを見た時だなーやっぱり。

だから、お花と一緒にたくさんのゴハン持たせた。
   
ちょっと重かったかな?(笑)みんなで分けるんだよ~。

ホントはね、できることならもっといろんなもの、まだまだたくさん食べさせてあげたかった。

できなくて、ごめん。

    

ぎんちゃん。一緒に暮らしてくれてありがとう。いつかまたね。
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