ときどき、
こんなことを考えます。
科学が発達して、
人の脳の中身(記憶とかそういったもの)だけを、
どんどん新しい「入れ物」に移植していくことができれば、
人はほとんど永遠に生きられるのかもしれない、と。
もしも将来、
そういった意味での永遠の命を手に入れる世代が現れるとしても、
少なくともぼくらはその世代ではない、と思っています。
たぶんそれは
ずっと先のはなし。
だからやっぱり、
ぼくらの命には限りがあるんですね。
あたりまえのことを言っていますが。
おそらく何十年か後には、
ぼくもぼくの周りの人も、
みんないなくなっています。
もしかすると明日かもしれないし、
数年後かもしれません。
ぼくたちは、いつか終わる命同士、
今こうして触れ合っているんですね。
限りある時間の一部でも、
ぼくと分かち合ってくれる人がいる、
ぼくと一緒に楽しんでくれる人がいる、
そのことが嬉しくてたまりません。
こんなことを考えます。
科学が発達して、
人の脳の中身(記憶とかそういったもの)だけを、
どんどん新しい「入れ物」に移植していくことができれば、
人はほとんど永遠に生きられるのかもしれない、と。
もしも将来、
そういった意味での永遠の命を手に入れる世代が現れるとしても、
少なくともぼくらはその世代ではない、と思っています。
たぶんそれは
ずっと先のはなし。
だからやっぱり、
ぼくらの命には限りがあるんですね。
あたりまえのことを言っていますが。
おそらく何十年か後には、
ぼくもぼくの周りの人も、
みんないなくなっています。
もしかすると明日かもしれないし、
数年後かもしれません。
ぼくたちは、いつか終わる命同士、
今こうして触れ合っているんですね。
限りある時間の一部でも、
ぼくと分かち合ってくれる人がいる、
ぼくと一緒に楽しんでくれる人がいる、
そのことが嬉しくてたまりません。