壮心の夢 - 感想

2011年02月27日 | 本 - 日本の歴史
壮心の夢 (文春文庫)
火坂 雅志
文藝春秋


戦国時代を舞台にした火坂雅志の短編集。火坂雅志は2009年のNHK大河ドラマ『天地人』の原作者でもありますね。

本書『壮心の夢』に収録されている作品は以下の通りです。

■うずくまる

戦国武将の荒木村重を描いた短編。荒木村重は「摂津の小土豪として生まれながら、摂津一国を切り取り、三十八万石の領主となった叩き上げの戦国大名」です。

織田信長に仕え、軍団の一翼をになう重要なポジションにありながら、突如信長に反旗をひるがえしたことでも有名です。

荒木村重は、信長軍との長期にわたる籠城戦の末、一族や家臣を見捨てて城から逃げ出し、敗北しました。城内に置き去りにされた一族や家臣は、信長によって惨殺されたといいます。

ひとり生き延びた村重は、その後、天下をとった秀吉に茶道の教養を評価され、御伽衆(取り巻き、ブレーンのようなもの)をつとめるようになります。

これは、そんな村重の晩年を、小鶴という遊女の目線から描いた小説です。小鶴は、村重のいびつな情欲の対象となります。その情欲の奥にあるものは、何なのか。村重の儚い思いを知ったとき、小鶴は涙が止まりませんでした。切なさが沁みる作品でした。


■桃源

戦国大名・赤松広通が主人公の短編小説。戦国時代で最高の頭脳をもった学者・藤原惺窩の目を通して、異色の戦国大名・赤松広通の人生が描かれています。

藤原惺窩は赤松広通を高く評価し、「赤松広通以外の武将は、是ことごとく盗賊であった」とまで言いました。

2人が出会ったのは、お互いがまだ10代のころ。そのとき赤松広通は「私には、生涯をかけて為してみたいことがあります」と、壮大な夢を語ります。彼の夢とは、桃源郷の実現です。

「いくさや争いごとのない、民が安んじて暮せる国」を作ることです。夢の実現に向けて、藤原惺窩と赤松広通は手を取り合います。

しかし。赤松広通の人生は、とても意外なきっかけで理不尽に幕を閉じます。人生って何なんだろうと、読み終えてしばらく呆然としました。


■おらんだ櫓

戦国武将・亀井茲矩が主人公の短編小説。亀井茲矩はドロッとした強烈な野心を抱く人物として描かれています。人を押しのけ、ひたすら自分の野心に忠実に生きます。自分の野心のためなら、あらゆるものを犠牲にします。

が、ある出来事をきっかけに亀井茲矩は「わしは、今まで何をしてきたのだ」「おのれの人生は、いったい何だったのか」と途方に暮れます。彼もまさか、順風満帆の人生の最後に、自分がそんな言葉を吐こうとは、思ってもみなかったのではないでしょうか。


■抜擢

これといった手柄を立てていないのに、5000石からいきなり30万石の大名に出世した、木村吉清という戦国大名の数奇な運命を描いた作品です。

「世に、これほど出世した男もめずらしい」という冒頭で、まず秀吉のことかな、と思いました。でも違うんですね。木村吉清のことでした。

秀吉は自分の実力で出世をしました。でも木村吉清の場合は、ちょっと事情が違います。彼は「たいした実績もなく、きわだった才腕が一切ないにもかかわらず」、豊臣秀吉の鶴の一声によって大出世を遂げます。これには本人も周囲もビックリです。

木村吉清の妻・お亀は、この抜擢には裏があるということに、やがて気付くんですが、吉清本人はすっかりその気で舞い上がってしまいます。

みごとに油断している吉清を見ていると、こっちがハラハラしてしまいます。そういう意味では、スリル満点でした。オチもいいですね。本当に数奇な運命をたどった人物だと思います。


■花は散るものを

蒲生氏郷の死後、その死を不審に思ったイタリア人の家臣が、死の真相をさぐっていく話です。氏郷を毒殺したのは誰なのか? 豊臣秀吉石田三成伊達政宗など、次々と“容疑者”が浮かんできます。


■幻の軍師

性格が災いして哀れな最期を遂げた戦国武将、神子田正治の物語です。神子田正治は軍学の天才で、秀吉に請われて臣従するようになりました。しかし功名心が強すぎる性格が災いして、最後は悲惨なことになってしまいます。

竹中半兵衛黒田官兵衛をもしのぐ才能があると言われながら、力を発揮することなく消えていった神子田正治。秀吉の華やかな出世物語の、暗い側面を見たような気がします。


■男たちの渇き

若き秀吉の出世にはずみを付けたのが、有名な「墨俣の一夜城」のエピソードですよね。その伝説の立役者となったのが、蜂須賀党です。その首領といえば、もちろん蜂須賀小六。そして副首領が、この短編の主人公である前野長康です。

前野長康は秀吉に頭を下げられて、「墨俣の一夜城」の築城を手伝います。それがきっかけで秀吉に仕えるようになり、その後は、秀吉の出世にともなって自身も出世を重ね、10万6000石の大名になります。夢のような栄達でした。でも長康は心に渇きを覚えます。

出世の先に何があるのか、どんな人生の結末が自分を待っているのか、長康は知る由もなかったのでしょうね。無常です。本書のタイトルにもなっている『壮心の夢』という言葉は、前野長康が読んだ漢詩からとったものだそうです。


■冥府の花

自分の人生を、「秀吉という強烈な個性の持ち主によって作られ」、しかも「秀吉によって壊された」人々がいます。木下吉隆もその一人でした。『冥府の花』は、木下吉隆が流罪となって薩摩に移り住んだあとの日々を描いた小説です。

木下吉隆は、秀吉の妻ねねの遠縁にあたる木下家に生まれ、「人生のすべてを秀吉の天下取りのために費やして」きました。しかし「豊臣家の跡目争いに巻き込まれて」失脚し、薩摩に流されます。

「わしの人生とは、いったい何であったのだろうか」と物思いに沈む吉隆でしたが、流された薩摩の地で一人の女性と出会います。吉隆は自分が自分として生きられる場所を見つけました。見つけたと思っていました。でもそれは「秀吉によって壊された」人生の、延長でしかなかったのでしょうか。

タイトルの『冥府の花』とは、ダチュラ(朝鮮朝顔)のこと。花は美しく、香りは甘いのですが、根や葉を服用すると幻覚が見え、死に至ることもあるそうです。吉隆と女性は、あえてダチュラの葉を噛み、「かるい幻覚に酔いながら」交わりをもつようになります。吉隆の人生の最後に花をそえたこの女性は、吉隆にとってまさにダチュラそのものだったのかも知れません。


■武装商人

「おのれの力によって、天下を動かすほどの大商人になりたい」と野心を燃やした今井宗久。そんな宗久の姿を描いたのが小説『武装商人』です。

今井宗久が商売を始めたころ、多くの商人は米を扱っていました。宗久は、今さら米を売買しても既存の商人を追い越すことはできないと考え、「もっと別の商売」を模索します。

そして彼は、元手がほとんどかからず、しかも需要が絶えることのない商品を見つけました。その切り口は、現代でも十分参考になるような気がします。

宗久は「わずか四年」のうちに、「二十代半ばの若さ」で「一生食うに困らぬほどの財」を手に入れました。若くして成功をおさめた宗久は、「あきないでの天下取り」を目指し、商業都市・堺へと乗り込みます。

ところが。宗久を待ち受けていたのは厳しい現実でした。堺には強力なライバルが多く、宗久は失敗を繰り返して大損。やがて蓄えも底をつきます。しかし、これで終わる宗久ではありませんでした。

今井宗久は商売の基本をこう語ります。

1、相手をよく知ること。

2、人のやらないことを進んで行うこと。

宗久はこの信条どおりに商売をして、成功をおさめます。注目したいのは、このセオリーを商売以外にも応用したことです。それが結局、さらなる商売の成功にもつながっていきました。

あの織田信長は、若いころから天下を意識して、すべての行動をその一点に集約させて生きてきました。今井宗久にも同じ匂いを感じます。パワフルで、ときどきグロテスクで、つい見とれてしまうバイタリティが、この作品の宗久にも宿っています。


■盗っ人宗湛

『盗っ人宗湛』は、博多の豪商・神屋宗湛の盛衰を描いた短編です。本能寺の変といえば、戦国史をゆるがした大事件ですが、このとき、神屋宗湛は本能寺に宿泊していました。

宗湛は行きがかり上、変事の混乱にまぎれて、本能寺の宝を盗み出してしまいます。宗湛が盗んだのは「遠浦帰帆」という掛け軸でした。この出来心が後々、宗湛の人生に暗い影を落としていきます。


■石鹸

石田三成の恋を描いた短編です。石田三成には「唯一の弱み」がありました。女です。三成の恋の相手は、摩梨花という女性です。

じつは三成には、摩梨花の父を死に追いやった過去があります。2人はそれを知らずに出会い、恋に落ちてしまいます。

三成は石鹸が好きです。石鹸は無駄なものを洗い流してくれるからです。三成は「女は無駄だ」と考えています。女に耽溺することは「男としての仕事に支障をきたす」と考えているのです。そんな三成が恋に落ちてしまう。すべてを理で割り切ろうとする三成が、このときはじめて、筋の通らない思いに苦悩することになります。

ちなみに。三成が死に追いやった、摩梨花の父というのが、前野長康です。本書におさめられている短編『男たちの渇き』の主人公です。こんなふうに他の短編と登場人物が重複していると、作品世界の立体感をより楽しむことができますね。


■おさかべ姫

姫路城の妖女おさかべ姫にとりつかれて苦しむ池田輝政の物語です。ある夜、池田輝政は太閤豊臣秀吉から、姫路城にあらわれる美しい女の妖怪の話を聞かされます。それが、刑部(おさかべ)姫です。

池田輝政は「秀吉のいつもの法螺話であろうと、なかばあきれて聞いていた」のですが、それがただの法螺話でなかったことを、やがて身をもって思い知ることになります。


■天神の裔

大坂冬の陣のあと、徳川家康は豊臣方をだまして大阪城の堀を埋めました。このとき、徳川軍の中でたった一人だけ、この卑怯な埋め立てに反対した男がいました。それが主人公の菅道長です。

彼には、ライバルとも同僚ともいうべき男がいます。野崎内蔵介です。

菅道長が「乱世に咲く一輪の白梅のような生き方」をつら抜くのに対し、ライバルの野崎内蔵介は「この世は筋の通らぬことだらけじゃ。いちいちそれに目くじらを立てていては、生きていくことができぬ」と割り切り、現実的な生き方をしていきます。そんな2人が交わした最後の会話が、印象的でした。


■老将

戦国武将・和久宗是の活躍を、伊達家の若き武士・桑折小十郎の視点から描いた小説です。

慶長17年の春。奥州伊達政宗の領内に、年老いた武士がやってきました。和久宗是です。城下の者たちは「どうせ、関ヶ原くずれの食い詰め牢人だろう」と嘲笑します。

はじめは小十郎少年も和久宗是のことを侮っていました。しかし、次第に老人のことが好きになり、尊敬しはじめ、傍らにいることを誇りに思うようになっていきます。僕も、この老将が好きになりました。

じつはこの和久宗是こそ、伊達政宗や真田幸村らも尊敬する「天下に隠れなき武者」でした。

戦国の男たちの夢、渇いた心、出会いと別れをつづった本書ですが、短編集全体のラストを飾るのは“戦国最後の戦い”大坂夏の陣です。やはり大坂夏の陣は、男たちの最後の散り場所だったんですね。この戦いで老将は「天下に隠れなき武者」であることを証明します。命をかけて。

解説の細谷正充さんは、「こういう物語が読めるからこそ、生きている甲斐がある」と絶賛しています。


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