澤 竜次『ブルジョワの午後』

黒猫チェルシー澤 竜次のブログ。

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時には昔の話を②

2017-09-09 03:17:01 | 日記

久々のブログ更新になるけど、まずは告知を。





既に発表されている通り、いよいよ今月9月22日23日24日に黒猫チェルシー結成10周年企画3Days@新代田Feverが開催される。











最初で最後の特別な3日間。
絶対に楽しんで帰って貰うのでよろしく!


これに来ないで一体何に来るんだ、行くんだ。

という話だ。







そう言えばと前回の記事の終わりの一文を思い出し、放ったらかしにし続ける事も面倒臭いので、無理矢理がっちゃんについて書き記す。






じゃあ、書くのも面倒臭いし読むのも面倒臭いけど、ここからは前記事の続きを。

















渡辺の初ライブを観終え、雑な口調で渡辺をバンドに誘った後神戸マージービートからスーパーカブに乗って家路へ急ぐ俺は、早速色んな妄想を膨らましながら暗い夜道の怖さを吹き飛ばすように、覚えたての外道とザ・スターリンの曲を歌いながら帰った。






そして後日、がっちゃんに連絡をする。



実はがっちゃんには黒猫チェルシーを組む以前からちょくちょくまた一緒にバンドをやろう、という連絡をしていた。
しかしことごとく断られるので、諦めていた頃だった。

何せ、中学2年の時に絶交した仲だから。





がっちゃんと俺は幼稚園からの幼馴染だ。
そして小学5年生の時、俺とけーちゃんと3人でバンドを組んだ仲間である。

3人は同じ地域のサッカークラブに所属していて、練習の帰りに俺がけーちゃんを誘い、最低でももう1人は必要だから「音楽興味ある人〜!」と叫んだらがっちゃんだけが寄って来たのだ。

そして3人は小学校の図書室に集まり、バンドの結成を決めた。


小学校生活の中で出会った色んな友達と、山で秘密基地を作った時より、自分達しか知らない(と思い込んでいた)場所で拾ったエロ本をこっそり持ち帰った時より、修学旅行の夜に好きな人を聞き出し合った時より、どんな時よりもワクワクした。


そして後にリードギターとキーボードが加入し、【CRAZY】という5人バンドになる。

クリスマスに小学校の体育館を貸し切って初めてのワンマンライブを行ったり、コンテストに出てわりと良いところまで行ったり、色んな人に面白がられた。

その当時の事は長くなるので割愛するけど、きっと今後何十年経っても薄れる事のない、濃すぎる約3年だった。




そして中学2年の俺の誕生日に、俺とがっちゃんは溜まりに溜まった鬱憤を晴らして絶交を告げ合い、それ以降中学時代は会話をする事は無かった。
リードギターとキーボードもバンドを辞めて、残った俺とけーちゃんは同級生をベーシストとして迎えてバンドを続ける。


高校に入り、早くも将来への焦りや不安、オリジナル曲のクオリティの低さ、など色々頭を巡り純粋に楽しめなくなり、何か始めないと俺の音楽人生は終わる、と思っていた。
大した苦労も知らない癖に、学校など周囲が作る周期にこのまま流されてたまるか、という焦りが気持ちの中に溢れ返っていた。

そして当時のバンドは止めようと思った。




そんな頃、先述の渡辺の初ライブがあったのだ。


そして何故に執拗にがっちゃんに連絡をしていたか。

それは、俺らと別の高校に進学した彼がラグビー部に入って半年で辞めたと聞いた事や、俺よりも音楽の才能がある癖に音楽をやらないなんて勿体無いと思ったからだ。
他に対等に一緒にやれる人間は俺とけーちゃん以外いないし、俺が誘うしか無いと思った。

何度かさまざまなメンバーで打診した後に、最後のつもりで「俺とけーちゃんと高校で出会った面白い奴とパンクバンドを一緒にやろう。」と誘ったら、了承してくれた。


そして高校1年が終わった春休みに、俺の実家に4人が初めて集まった。




「えっと、この人が、がっちゃんです。」

「あっ、初めまして。」

「えー、この人が渡辺です。」

「ああ、初めまして。」




大した会話もせず、出かけた。


少し家から離れたコンビニにジュースとポテチを買いに行った。


そして初めてスタジオに入る時は、まずストゥージズの「Search And Destroy」を合わせようと提案して、別れた。




初スタジオの日、「Search And Destroy」を合わせた瞬間、「これはイケる。」と思った。

しかし後日、がっちゃんが「初ライブで僕は辞めたいと思う。」と言って来た。

「やっぱりか。」とだけ思い、深くは問いたださなかったし説得もしなかった。

高校生なんて、もう将来が現実になってくる時期だったのだ。



初ライブは、地元のお祭りだった。
「桜祭り」という、渡辺以外の3人の地元の春祭りで、中学生の頃から俺らは常連だった。
出演し始めた当初は町内放送のスピーカーから俺の歌のマイクの音声だけが流れるという、苦情必死の町中カオスな音響環境だったが、後に改善されてPAシステムが導入された。

しかし依然として来場者は主に、老人と小学生だ。

「Search And Destoroy」の演奏中、小学生がステージ(というか広い石段)の前を笑いながら横切った。
「これじゃあイケない。」と思った。


ライブ後がっちゃんが、「やっぱりもうちょっとやってええかな?」と言って来た。

俺は意表を突かれたような嬉しいような、でも照れ臭くて、「もちろん。うん、やろうや。」とだけ言った。




それが運命の分かれ道だった。

他にベーシストを入れる選択肢はまるで有り得なかったから。


そうしてライブハウスへ繰り出して行き、初めてライバルと思えるバンドと出会ったり、色んな運命的な事が起こり続く。








バンドをやっていると、一寸先には必ず常に闇か光がある。


光が続くと眩し過ぎて周りが見えなくなるし、闇が続くと目も慣れてしまって、そんなに光ってもいないはずの光さえも眩しく感じてしまう。


10年、やり続けて来て良かったと思う気持ちばかりでは無い。


でも一つ一つ思い返すと素直に愛おしくて、10年続けて来てこうして振り返る今は少なくとも正しいと思う。


一寸先が闇でも光でも、もはや全然大した事とも思わないし、どちらにしても堂々と無邪気な自信を持っていれば何とかなる。


この先も続く限りは面白い事を存分に振り撒きまくるのでよろしく。






これより以前の話はまた、と書こうと思ったけど面倒臭いので自粛する。





終わり。
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時には昔の話を。

2017-06-10 01:44:26 | 日記
2月に黒猫チェルシーのニューアルバム「LIFE IS A MIRACLE」を発売して、そのツアーが先日終わった。
各地ツアー、それからリリースイベントなどにも足を運んでくれた皆さん、本当にありがとう。
5ショット撮影も照れ臭かったけど、楽しかったなあ。
燃え尽きた。



俺セレクトのツアー会場BGMはこんな感じ。





・「No More Fighting Cats, OK?」/Des Ark
・「Bumblebeee」/Kasabian
・「Ignoreland」/R.E.M
・「Frivolous Tonight」/XTC
・「Charlotte's Room」/Martin Newell
・「No Tomorrow/Suede
・「I'm All Over It」/Jamie Cullum
・「Drive Me Down」/Velvet Crush
・「I Don't Want Control Of You」/Teenage Fanclub
・「Let's Be Other People」/The Wonder Stuff
・「Turn It Up」/Blur
・「Moonage Daydream」/David Bowie
・「Wake Up」/Arcade Fire
・「Dear Prudence」/The Beatles
・「The Diary Of Horace Wimp」/Electric Light Orchestra
・「Play The Game」/Queen
・「Teenage FBI」/Guided By Voices
・「This Charming Man」/The Smiths
・「Life on Mars?」/David Bowie




良い曲ばっかりでしょ。
こちらも楽しんで貰えたなら幸い。




そしてツアーでも言って来たけど、黒猫チェルシーは今年の3月で結成10年を迎えた。
恥じらいも誇張もなく、ただただ「10年か。」という気持ち。
「もう10年か。」でも「まだ10年か。」でもない。
大々的に言っていないのはそういうメンバーの気持ちもありつつだけど、勿論意識はしている。


あとだいぶ時間が経ったけど、ちょうど結成10年の時期に開催した3月21日の神戸マージービート&バックビートのビルでの黒猫チェルシー企画、1週間前の告知にも関わらず来てくれた全ての皆さん、急な誘いにも関わらず出演してくれた皆さん、それから今はマージーを離れて別の仕事をしているにも関わらず、細かい所まで気を遣って協力してくれた柴藤さん、本当に本当にありがとうございました。



俺らにとっても大切な日だったので改めて。





言葉にし尽くせないけど簡単に説明すると、マージービートとバックビートは黒猫を結成する前から俺とけーちゃんは中学時代から前のバンドで出演していて、バンド活動の拠点のほぼ全てだった。

黒猫結成後、初めてライブをした場所もバックビートだった。
日テレの「音燃え!」という番組への応募を薦めてくれたのも当時バックビートの店長、西山さんだった。
後のデビューのキッカケ。

協力してくれてバーカウンターも担当してくれた柴藤さんは、黒猫を組む直前に俺が高1の時にけーちゃんとやっていたCrazyという前のバンドをやっていた時にあのビルの店員として働き始めた。
その後高2で黒猫を組んでからは、柴藤さんがブッキングを担当するようになり、当日出演してくれたクワレアルギ筆頭にあのビルでの交友が一気に増えた。
あの企画に出演してくれた人達は皆その頃から知っている。
メンバーやバンドが変わったり、形が変わったりはしているけど。

柴藤さんがいなければ当時神戸のあの界隈のバンド達の盛り上がりは絶対にあり得なかったし、刺激しか無かった。
俺らも刺激を与える事に必死だったし。

そう、黒猫結成のキッカケもあのビルだったな。

俺らが上京して2年程経った頃、柴藤さんがマージーを離れると連絡をくれた。
当時マージーでは女王蜂やキュウソネコカミが出演していた頃で、女王蜂の噂はよく聞いていてライブも当時初めて観た。
勿論ブッキングが全てとは言わないけど、あのビルに集めて引き合わせる役割は柴藤さんだし、常に面白いバンドが集まる事に感動していたし、誇りに思わせてくれた。
もっと頑張らないと、とも思った。
でもそんな柴藤さんが離れてしまう事が本当に寂しかったし、どうなってしまうんだろうと思った。

それでも、その後もマージーやバックビート、スタークラブで特別な企画がある際には柴藤さんが関わってくれて、黒猫含め当時のバンド達が集った。


なので、あそこは特別な場所なのだ。








そして、久々のフルアルバムを作り終えてツアーも終え、ようやく自分達の手から色んな人の手にアルバムが渡っているのだという実感を得ている。

正直、もっと買って欲しいし買われるべきだけど。
しかし少なくとも、本気で大切に聴いてくれる人達がいるという事を肌で実感出来た事が純粋に嬉しかった。
こういう風に悔しさとか怒りよりも、前向きに考える事を覚えた俺は、どうだろうか、くだらない大人になりつつあるのか。
誇っているけど。

4年半前はこんな事感じられなかった。「HARENTIC ZOO」は素晴らしいアルバムだけど、あの時の自分は色んな事を消化し切れていなかった。
それに、思い返せば当時の黒猫に4年半後なんて無かった。


もっと言えば、結成した10年前には10年後なんて、まっさらさらに無かった。



ここまで書いて、回想に走るか話を進めるか迷ったのだが、回想してみようと思う。
結成してから10年が経ったし、色々頑張った事だってちょっとはあるし、多少のノスタルジーに付き合ってくれたって良いでしょう。

このブログはそういうもので良い。















10年前。


元を辿れば俺が入試目前で兵庫県立伊川谷北高等学校から、兵庫県立鈴蘭台高等学校へと志望校を変えた時点から始まる。

志望校を変えた理由は、一瞬は憧れたブレザー制服が急に嫌になったという事と、仲の良い友達が一緒の方が楽しそうだと思ったから。

仲の良い友達の中の1人は黒猫チェルシーのドラマー、けーちゃんだ。



無事試験に合格したのち、けーちゃんを含め小中学生の頃から仲良しの3人が同じクラスに配属された。

入学式当日、体育館の場所が分からず入学式に遅刻した俺は、その後の学校生活も遅刻及び早退、及び欠席を繰り返し、その堂々たる姿勢を評価され、何と学年最優秀生の称号を授かり、2年間をもって誰よりも早く卒業する事になるのだが。



その短い期間で仲良くなった、あまりにも少な過ぎる友達の中の1人が、黒猫チェルシーのボーカリスト、渡辺だ。




入学式から数日後、けーちゃんと三宮のイシバシ楽器へ出向いた際に何となく見覚えのある色白で猫背の猿みたいな人物が、挙動不審にギターの弦を物色している現場に遭遇した。
どうやら同じクラスの人物だ、とけーちゃんの耳打ちで知る。


その人物こそが、渡辺である。




同じクラスにいても特に会話をするような仲でも無く関わりが無かったが、けーちゃんがすぐに親しくなっていた。


その事を俺はあまり良くは思っていなかった。


何故なら俺は、小中学生から仲の良い2人とそれまでと同じように、バカみたいな事で小さく盛り上がっていられればそれだけで良かったからだ。
というより、それしか楽しみが無かったから2人に新しい友達を増やされると1人で居る時間が増えるので、都合が悪かったのだ。

残念ながら、俺らの高校には軽音楽部が無かった。

なので、ロックを演奏したい俺達生徒諸君は軽音楽部を新たに創設すべくあらゆる先生達に直談判したが、結局実現出来ずに日々その事について愚痴を垂れていた。
その中に、渡辺がいた。



ただ1つ、「ギター部」というエレキギター禁止のフォークギター部があった。



念の為にいうがこれは、2000年代も中盤を過ぎた時代の話だ。



そして、ロックをやりたい連中はそのギター部を乗っ取って軽音楽部へと変えるべく、渋々入部する。

不思議な事にギター部は、エレキベースは許され、エレクトリックアコースティックギターをアンプに繋いで鳴らす事は許されていた。
ドラムは学園祭以外は禁止なので、練習では雑誌を積んだ自作のドラムセットで演奏していた。



もう一度言うが、これは2000年代も中盤を過ぎた時代の話だ。


その後渡辺は、”日本版ビッグバンズ”という名のバンドをギター部の連中と組み、人生初めてのライブを行う事になる。

ドラムはけーちゃんだった。

会場は、神戸マージービート。
高校生限定のコンテストイベントだった。


そのバンドのメンバーはけーちゃん以外は皆初めてのステージだった事もあり、正直全く期待せずに観に行った。
友人としての付き合いで。
乗り始めたばかりのスーパーカブで、神戸の片田舎から三宮まで。



ライブ直前のサウンドチェックは、聞き慣れたドラムの音と緊張したギターとベースの硬い音。

そこへ渡辺が、見馴れたステージの真ん中へ立つ。
メンバーは全員、学生服を着ている。




「ダサい。安直過ぎるやろ。」




と思った。


しかし、真ん中に立つ渡辺は足を開いて目をひん剥いて堂々と歌っている。
普段は何を喋っているのか分からないような奴だったのに。

曲もスリーコードで分かりやすい。


次第に俺は略奪心を覚えた。
これで俺がギターを弾けば、”完璧”だと。

3ピースバンドをやっていた俺にとってステージの真ん中に立つ渡辺の姿は、あまりにもしっくり来て最後のパズルのようにはまったのかもしれない。



ライブが終わった直後、隣に居た同じくギター部に所属する友人に、



「俺、渡辺とバンドやるわ。」



と宣言した。



ライブハウスを出ると、螺旋階段で汗を拭く渡辺が見えた。
そこで俺は、




「お疲れさん!バンドやろうや!」






と3階に向かって言った。



すると、その言葉に応えるように渡辺は精一杯、











「°##&?=🎶¥×%$\○♪*%#℃¥€♬+!!」










と言ってくれた。







俺はスーパーカブのエンジンを掛けながら、新たなバンドへの想いを巡らせ、ニヤニヤと笑みを浮かべて走り出した。


























と、始まりはこんな感じだった。





結成10周年イヤー、まずは小ぢんまりと祝いつつ、盛り上げて行こうと思う。


誰にってわけじゃないけど、ありがとう。



ちなみに本文にがっちゃんだけ出て来てないけど、付き合いが長過ぎて書くと長くなるので、また気が向いたら。









それでは、おやすミッドナイトシャッフル。
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LIFE IS A MIRACLE

2017-01-09 16:29:53 | 日記
あけましておめでとうございます。
去年は新しい事など色々やっているうちに、あっという間に終わったなあ。


秋頃にTwitterを再再再開した。
アカウントは→ @sawaryuji1211
フォローよろしく!


黒猫チェルシーのニューアルバム『LIFE IS A MIRACLE』が来月2月22日にいよいよ発売される。
実にフルアルバムは4年半ぶり。
昨夜ちょうどマスタリングを終えたけど、この素晴らしいアルバムが世に放たれる喜びに溢れている。
待ってくれていた人達には本当に長い間、あっちこっちと定まらない俺らも含めて、ずっと観てくれていて感謝しかない。
しかし、何と言っても1番待ち望んでいたのは俺ら自身であり、はち切れる程胸を張っているので、とにかく期待して聴いて貰いたい。

ツアーも激アツメンツの対バンとワンマンで10箇所回るので、こちらもよろしくね。






今年も更に気持ちを込めて、吸いとられる程に死ぬ気で弾く。
人生を賭けている自分と、生活を賭けて観に来てくれる人達に対して演奏するのならば、それは当然だから。

今年もなにとぞ!
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銀河新年。

2016-01-18 22:17:55 | 日記
あけましておめでとう。
今年の正月は神戸の実家でゆっくりと過ごした。
上京以来こんなに長く過ごした事は無かったな。
約2週間。
というのも、1月11日に神戸の成人式で演奏させて貰う事になっていたからである。
NHKの番組やイベント、それからレコーディングして配信もされている「しあわせ運べるように」という、阪神淡路大震災以降に神戸の学生(勿論俺らも含めて)が歌い継いで来た歌を歌う為に。
思い入れが強すぎるし、当初は色々悩んだけど色んな場所で演奏させて貰って、やって良かったと思っている。
まさか成人式で演奏するだなんて思ってもみなかったが。
しかも震災時に産まれていない初めての新成人の前で。
何か感じてくれたなら幸いだ。



正月に母親と祖母と行った淡路島にて。
寿司めちゃくちゃ美味かった。



実家のトイプードル、ぷうすけ。
今回はイヤホンを2つ噛みちぎられた。




東京へ帰る車中でデヴィッド・ボウイの訃報を知った。
信じられないし、ニューアルバムをリリースして、”69”歳を迎えた途端に死んじゃうなんて悪い冗談だとしか思えなかった。
今回のアルバムの1つ前の「The Next Day」が発売された当時俺もコメントを寄せさせて貰うにあたって初めてサンプル版を聴いた時、デッキの前から動けなかった。
デヴィッド・ボウイを聴き始めてから初めてのリアルタイムのニューアルバムで、しかもあの内容。
リアルタイムでデヴィッド・ボウイの新たな名盤を聴いている、という感覚で嬉しくて堪らなかった。
格好良い、美しい、奇妙、優しい、などなどロックスターに抱く理想を書き出していけばデヴィッド・ボウイへ行き着くわけで、憧れずにはいられない存在だった。




寂しい。もっともっと歳をとった声が聴きたかった。






今更ながらスターウォーズを観に行ってきた。
新しいシリーズとして第2弾も早く観たいと思ったし、すごく楽しめた。
色々「ん~。」と思う所はあったけど、それらをひっくり返しながら楽しまさせるような流れは、アホみたいな言い方だけど「流石だなあ。」と思った。
俺みたいにまだ観ていない人もいると思うので感想などは書かないとして、また仲の良い人達とゆっくり語り合おうと思う。



黒猫チェルシーのニューシングル「グッバイ」のリリースが迫ってきた。
久しぶりのリリースで、2月3日に発売するので本当に買って欲しい。
曲は勿論、ジャケットも初回のDVDも含め、めちゃくちゃ良い内容なので。

黒猫チェルシー 『グッバイ』MV ティザー映像~ビンタ連発ver.~



2月からのツアーも売り切れ寸前の会場が出て来ているみたいなので、お早めに。





今度FAIRY BRENDA(Vo.Gt澤竜次、Ba西山達朗、Dr大谷ペン)の2016年1発目のライブがあるので是非とも。
まだ観たこと無い人もどんどん来てね。
新しい曲も作ったり色々計画したり、ガンガンやってるので。

2016年2月15日(月)
【場所】SHIBUYA LUSH
【タイトル】
『Beat Happening!渋谷R&R PANIC!MAX!』
【出演】
LOA+A
Vianka(札幌)
FAIRY BRENDA
ジャンプザライツ
memento森(神戸)

【時間】
OPEN:18:30/START:19:00
【価格】
前売:¥2,300/当日¥2,500(+1Drink)
※高校生以下は\1000円+1Drink

取り置き予約はFAIRY BRENDAのTwitter @FAIRY_BRENDA 宛てにリプライか、メールinfo.fairybrenda@gmail.comにて受け付けます。




そういえば先日お客さんから誕生日プレゼントで頂いたMartin NewellというソロアーティストのCDがめちゃくちゃ良かった。
冬にピッタリなので皆さんも是非。

The Greatest Living English Man/Martin Newell




昨日から雪が降ったりと寒いので、皆さん体調に気をつけて。








スマスマ始まった。
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ロン毛の大将放浪記。

2015-09-21 03:10:05 | 日記
先日はlittle voice&黒猫チェルシーツアーで神戸、能登へ。

神戸の会場、神戸マージービートは我々黒猫チェルシーは結成当時高校生の頃から大変お世話になっているライブハウスで、出演するのは久しぶりだったけど、ホーム感丸出しな心地良さがあるので毎回落ち着きすぎないように気をつけている。
数年前に辞めて今はいないけど、当時ブッキングを担当していた柴藤さんも来てくれて、久しぶりに会った。
黒猫チェルシーやクワレアルギ、踊ってばかりの国などなど、その辺のバンドが仲良くなって輪になって盛り上がれたり、その後も色々続いて行ったのは柴藤さんが当時無茶な事も沢山してくれたからと言っても過言では無いと思う。
そうして高校時代入り浸り、沢山の友達と出会ったライブハウス。


実家で久々に再会したぷうすけ。




能登では初めてツアーで旅館に泊まり、1日空き日があったので散策した。
と言っても俺は洗濯物が溜まっていたので、半分はコインランドリーを探す旅と洗濯を待つ時間に費やしたが。
輪島と言えば昔観た芦屋雁之助の「裸の大将放浪記」を思い出す。
何故か輪島の回だけビデオでも何度も観て鮮明に覚えていて、頭の中では「野に咲く花のように~♪」とヘビーリピートされるので何とか「さあ駆け出そうよ~♪」に変換して街を徘徊した。
さすがに街全体がまれ一色で、渡辺は老若男女から「高志」と沢山の人から声を掛けられたらしい。
俺も小学生にジロジロ見られたので、まさかと思ったが、「髪長っ。」と嘲笑されていただけだった。
小学生のある日の帰り道でのちょっとした刺激、夕飯時家族団欒での小噺に加担出来たかと思うと、髪が長くて良かったと思った。

美味しいものも沢山食べた。

ウニ。


ブリ。



会場の七尾5spotは、イカしたジャズバーだった。
会場にステージが無いのは高校2年の時に出演した奈良レイブゲート以来だったが、楽しかったなあ。

七尾5spot




そして長旅から帰り、安定のこってりを。




先日は渋谷O-Eastで日清のイベントだった。
OKAMOTO'Sもねごとも、イベントで対バンするのは約5年ぶり。

という事でライブ後、同い年、同期デビュー、同事務所の3バンドで。



18日は江古田BuddyにてRock'n'Roll Closet Partyに、渡辺と2人編成で出演した。
憂歌団の木村さんと、HARRISの清野さんと共演。


2人編成。







終演後、共演した木村さんと清野さんと、主催者の田村さんと。


木村さんとも沢山話が出来たし沢山良い話が聞けた。
鋭い目で話をされた後、必ずギャグを言ってクシャクシャっと少年のような目で笑ったり、「ええよ」や「面白いよ」、というポジティブな言葉が口癖の木村さんが大好き。
音楽は、その瞬間瞬間をいかに楽しむかが大事だという事を改めて感じた夜だった。

アンコールセッションでは、黒猫も『猫Pack』というアルバムでカバーさせて頂いた憂歌団の「嫌んなった」と、「上を向いて歩こう」を皆でセッション。
感激した。




25日は東京スターラウンジでlittle voice&黒猫チェルシーのツアーファイナル。
little voiceは一先ず見納め。
来られる方はお楽しみに。
色んな縁によって色んな形で音楽が出来たり、最近また沢山感じた。


それではまた。
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