乳癌になりました。

病院&病気ビギナーの初めての乳癌体験記

退院までのあれこれ

2011-11-27 | セカンドオピニオン~初めての手術入院まで
手術から2日目の朝。

主治医の先生の診察。

いろいろ質問考えていったものの、結局は病理結果が出ないとこういったことを聞いてもまだ意味ないなあ・・・と自分で気づいてしまい、傷を見ていただいて、退院後のアポをとらせていただいてさらっと終了でした。

「退院まで、もう先生とお会いすることはないんでしょうか?」とたずねると

「そうですね」と。

実際、そのあと退院するまでの間に、お会いしたのは、先生の部下(?)である若い先生たちだけでした。

ちょっと寂しかったなあ。

でも、きっとそういうものなんでしょうね。


そしてその際に、退院日もあっさり決まりました。

本当はその翌日、すなわち手術から3日目に退院してよかったようなのですが、その朝だと家族がこれなかったので、翌々日、手術から4日目に退院となりました。


それからやることって基本ないんです。

でも、こんなに大手をふって一日中寝ていられることなんてそうそう無いな、

栄養管理もされたゴハンも出てくるし・・・。

ということで、しっかり休ませていただくことにしました。


で、シャワーのお許しも出たので、お風呂場(シャワー)を予約。

その時点で、やっぱり傷跡を見ることはできてませんでした。

ものの本によると、初めて傷を見るときは、病院に入院している間がいいと。

確かに、精神的なショックであろうと、純粋に傷についての質問であろうと、一旦退院してからだと、なかなかプロに相談しづらいもの。

それなら、シャワーを浴びて、徐々に慣れながら、何かあったら看護師さんに相談しようと思いました。

ホント、ごはん以外のこの日の予定は、3つだけ。

■朝→診察(5分くらいで終了)
■午後→初シャワー
■夕飯後→友達がお見舞い

あとはSATC見てはウトウト・・・という一日でした。


その翌日。(手術から3日目。)

私の場合、ドレーンはなかったので、傷口に水(体液?)などがたまっていたので、午前中にレジデントの先生が水を抜いて下さいました。

またもそれ以外、お風呂しか予定のない一日。

正直その前の日あたりから、やや自分の時間をもてあましていた私。


そんな私を同部屋のお2人の患者さんが相手してくださいました。


お1人は、私より前から入院されている方。食事制限があってお菓子など食べられないそうで、私にお菓子をくださいました。

どうやってお返ししよう・・・食べ物などではいけないし・・・と考えた結果、その方が「足がむくんで、マッサージの方を呼びたいけれど呼べない」ということを知り、足をさすらせていただくことにしました。

足をさすりながら、海外で訪れた町のお話などきかせていただきました。

抗がん剤でつらい治療のさなかなのに、笑顔のたえない素敵な方でした。


もうお1人は、私より後に入院されてこられた方で、同じ主治医の先生だったので、向こうから声をかけられ、手術についてなど、質問されたのがきっかけ。

その方はアクティヴに病院内をいろいろ歩かれたようだったので、むしろ、その方と一緒に、病院内の患者用のスペース(散歩スペースや図書室など)を歩いて、「こんな場所あったんだわ!」と驚き。

退院前に行くことができてよかったな~と思いました。

同じ入院でもキャラクターによって過ごし方はやっぱり違うんですね。


入院最後の晩。

翌朝、私は退院。となりの彼女は朝手術でした。

「夜景見に行こうかと思うんですが、もしよかったら」とお声をかけたところ、「ぜひ!」ということで、夕食後に2人で病院内で夜景がきれいに見えるところにいきました。

そこで別の入院フロアーから同じように夜景を見に来ていた2人の女性と一緒になりました。

そのお2人が、窓の外を指差して「ほら、あそこにクリスマス・ツリーが」と。

その方向を見ると、夜の街の中、建物の間にちょこんと白く光るクリスマス・ツリーの上半分が見えました。

「ああ、ほんとだ、クリスマス・ツリーですね。早いなあ。もうそんな季節なんですね。」

「ほんとですね。」

そこはお見舞いの方との談話スペースだったので、それから4人でその部屋のソファーに座って、しばらくお話を。


病気のこと、退院のこと、たわいもない話題。そんなに長い時間じゃないのに、なんだか4人の間にも不思議な親しさがありました。

同じ入院仲間、という連帯感なのでしょうか。

ただ、患者同士の会話は、楽しい反面、私には自分自身に反省することになるものでもありました。

患者同士でも病状の深刻さは人それぞれ。自分の思わぬ発言で他の人を傷つけたくない、と思ったら、入院中、なんどか自分で自分の発言を振り返ってひやりとしたり、反省したことがあったのです。

それでも、そういった患者さんたちとの出会いや会話は、自分の心の中に深く残るものとなりました。


最後の晩は入院してから一番眠れなかった。

いろんなことが心の中をぐるぐると。窓の外の光がほんの少しさす暗い中で、ノートに書いたメモの一部。


****

病院は人生の交差点

私より病状が重い方たち。そんな中で皆さんよくしてくださってありがとう。

自分の今後。再手術になるリスク、放射線治療のこと。再発・転移への不安。
でもそのすべてをいっぺんに考えるのは無理。

世界がおだやかでありますように。

クリスマス・ツリーが見えた。

あたたかいメール。

お昼寝したからなかなか眠れない。

向かいの人のクリスマス・リース。

****


そして手術から4日目の朝。

朝食後、9時前に病院を退院しました。

手術の助手や何かをやってくださったレジデントの先生たちにもちゃんとお礼いえなかったなあと思っていたら、その朝にも回診があったので、ちゃんとお礼言えてよかった。

主治医の先生にはまた今後もお会いできるかもしれないけれど、こういった入院中のほかの先生たちはもう会わないのではないかと思っていたので。

看護師さんはホントにいろんな方がいらっしゃったので、結局最後の日にお会いした方だけ、お礼をいうことができました。



ちょうど私が病院を出る前は、前の日に病院内を案内してくれたとなりのベッドの方が手術に行く直前でした。


術衣を着た彼女と両手で握手して「がんばってね」「がんばるわ」と挨拶をかわしました。


彼女は私のことを見て元気が出たといってくれました。こんなにすぐ元気になるんだなと思ったと。



そして、私は退院したのでした。


実質6日間。短かったけれど、いろんなことを考えさせられた時間でした。

特に「家族」の大切さはひときわ身にしみました。



おそくなってきました。この続きはまた今度です。


今日も読んで下さってありがとうございます

































初めての手術後の夜~手術翌日

2011-11-27 | セカンドオピニオン~初めての手術入院まで
というわけで、朝手術を受けたその日。

夕方には家族に帰ってもらいました。

ずっといてもらっても悪いな・・・というのもありましたし。


その晩は・・・・。

実は正直大変でした~。そうとう辛かった~。二度と味わいたくないくらい。


しかしその原因は手術の傷じゃなかったんです。


それは腰痛。


とにかく腰痛がヒドい。

家族がいる間から腰痛がキテたので、そのときは横を向いて、家族に腰をポンポンたたいてもらったりしてました。

家族が帰った後、腰痛はとにかくヒドくなり。

身動きができない。

右胸を手術した私としては、体の右側を下にできないから、体の左側を下に横になるか、仰向けになるしかない。


夕方、手術のときの助手の先生が傷を見にいらっしゃり、そのあと、主治医の先生が。

主治医の先生は傷は見なくて、

「xxさん、傷の具合はいかがですか?」

とおっしゃるので、

「ああ、傷はともかく腰痛がヒドイです」と答えたら、

「ああ、そう、アハハハハ・・・」と笑いながら行ってしまいました。

私はモーローとしながら「どうして笑ってるのかな・・・」と若干憤慨しながら、去り行く先生の背中につぶやいていたような。

先生からすれば、「手術の傷」より「腰痛」を気にしてる時点で「大丈夫だな」というご判断になったんでしょうね。


手術前に綿密に(?)痛み止めのことを伺っていた私。

もちろん病室に移動してすぐに看護師さんに「点滴に痛み止め入れてください」と依頼。

なので、傷の痛みは大丈夫だったんです。


でも、痛み止めって腰痛には効かないんですね・・・・。痛みの種類が違うっていうか。



手術後すぐは、体温も下ってとにかく寒くて、電気毛布をかけてもらってガタガタしていた私ですが、晩になると熱もあがってきまして。

鎮痛のお薬と眠くなるお薬を点滴に入れてもらったのですが、隣のベッドの人のうめき声がけっこうなもので、眠れず。

隣のベッドの人は、シロウトの私でもわかるくらい、私よりずっと深刻そうなので、文句も当然言えず。

腰痛と熱に耐えながら「万が一次回こういうことがあるなら、この一晩だけは個室にしてもらいたい&腰痛対策考えたい」と考えていました。

正直あんなにナースコールするとは!

一晩で3,4回お呼びしてしまいました。

ナースさんにいらしていただいて、布団の位置を変えたりして、なんとか少しでも腰痛を~というのと、お水は翌朝まで飲めないものの、先生から「氷はOK」というお言葉があったので、カラカラの口を潤すため、「氷」をお願いしたりいたしました。

このナースコール。

実は、ガン患者の先輩と、医療関係者の友人のアドバイスのおかげで、勇気出しておせました。

2人とも「痛いとか苦しいとか、遠慮せずに、ナースコールするのだよ」と。


その晩はホントに10分、15分ごとに目が覚めて、

「朝6時になれば起床、なんとか早く尿管を抜いてもらって体を起こして座りたい」と願いながら耐えました。

本来は尿管を抜くのは、朝食後、すなわち9時頃の予定だったのですが、やっぱり尿管抜いて無いと、座れないので、私としては一刻も早く座って腰痛を軽くしたい!!と。

6時になり、看護師さんがいらっしゃったところですぐ相談。

すると、なんとか、朝食前、8時頃に抜いていただいてベッドのリクライニングをたてて、座ることができました。

座ってだいぶ腰が楽になりました~。ふぅ。

朝食は気分が悪くて殆ど食べられませんでした。そして脳貧血起こしたので、朝食はほどほどに、うとうとしていました。

その後、看護師さんがいらして体を拭いていただいて術衣からパジャマに着替え。

右腕を動かすのがこわかったので、お願いして髪の毛も2つに結んでいただきました。


やっぱり身支度が整うと、気持ちって落ち着くものですね

そうして、点滴をコロコロひっぱりながらもとの大部屋にリターン。

ベッドの背をたててもらって、よりかかってうとうと。

やっぱり疲れていたり(夕べ眠れなかったので)、熱が出たりしてましたが、その頃にはかなり落ち着きました。


夕方になって点滴が外れたら、さらに一段階元気に。

で、夕食後にガン友がお見舞いにきたときには、さらに元気に。

まさか手術翌日の夕方に友達と談笑できるくらい回復しているとは!!


その後、就寝時間近く、テレビを見てすっかりくつろいでいたら、肩をたたかれて振り返ったら、主治医の先生がいらしててびっくり。

イヤホンしてると人の気配って気づかないものですね。完全なフイうちでした。

そして「明日朝8:30、治療室いらしてください」と。


そんな感じで手術当日の晩~翌日は過ぎていったのでした。


手術前日の晩に戻ってから、手術翌日の晩までは無我夢中、というか、わわわーっと過ぎていった感じです。


この続きはまた今度です。

今日も読んで下さってありがとうございます












初めての手術

2011-11-26 | セカンドオピニオン~初めての手術入院まで
その朝はやってきました。

人生初めての手術!

ドラマなどで見た事あっても、それがよもや自分に起こるとは。

その朝、手術当日朝の入院日記にはこんなことが書いてありました。


*****

今日いよいよ手術です~
もう未知の世界。

1つ言えるのは、温存でも<局所麻酔:日帰り>じゃなくてよかったっていうこと。

回復的に無理でしょ、っていう

ちなみに私のいる大部屋 人の入れ替わりがハゲしい。
(その下にベッドと移動の図が書いてありました)

*****


・・・。

コワイとか、不安とか、っていうより、何がなんだかって感じだったんでしょうね。

ハイ。

それでもちょっと自分神経質になってるのかな・・・と思ったのは、

看護師さんが早めに(?)術衣をもっていらしたとき、ギリギリまで着替えたくないって思ったこと。

それと心配でなんどもお手洗いに行っちゃったこと。これから動けないなら・・・とか心配になりました。


そのうち家族が来て、貴重品などを渡して、手術室へ。


あの、ドラマでよく家族が手術室前のソファで心配顔で待っていて、

ドア上の赤いランプが消えて「手術が終わった」みたいになって、

家族が立ち上がって、先生が中から出てきて「無事終わりました」

みたいなものを思ってたんですが、違うんですね。

警察の取調べでカツ丼が出るっていうのと同じくらい違ってました。


私の手術した病院ではなんと手術室が30もあり(その全てが同時稼動するわけではないですが)入口は外玄関と中玄関みたいになっていたわけです。

で、家族は外玄関の前でバイバイ!となり、

私は中で待っていた手術ご担当の看護師さんたちに「こちらですよ」みたいに、案内され、中へ・・・。

そこは、大通りみたいな廊下があって、左右にばーっと手術室が列になっていました。

ある種、壮観!

それでそれぞれの手術室の上にまさにあの赤いランプが付いてたり、消えてたりしていました。

ちなみに私の手術した病院は朝イチの手術は朝8時半から。

ということで、私の手術<午前10時から>というのは2枠目くらいだったんですね。

なので、その大通りみたいな廊下に行ったときには、

すでに赤ランプ点灯中の部屋もいくつかあったような気がします。

手術って結構朝早くからやるものなんですね。


そして私は左列の何番目かの部屋に入室。

そこはほどよい狭さ(広さ)の手術室で、真ん中に手術台がありました。

で、看護師さんが「手術台に上って下さい」と。


ハイ、ここもドラマと違うポイント。


私、麻酔を他でやって、手術室には意識無くストレッチャーで運ばれて、誰かが手術台に乗せてくれるのかと思っていました。

でも実際には、自分で上がるんですね、元気な患者だと。


内心驚きと緊張のまま、仰向けに。


すると、麻酔の先生が左腕をしばって左手の甲にプスリと麻酔のための点滴の針をさしました。

「だんだん眠くなりますよ」みたいなことを言われたような言われないような。


手術室にはたしか男3名、女3名、計6名の人がいました。

主治医の先生
助手の先生 (アイソトープ注射してくれた人でした)
麻酔の先生
看護師さん3名

そういった人が私をぐるりと囲んで・・・と思ったら、主治医の先生の姿が見えなくて、

モーローとしながら「あの、xx先生は?」といったら、

看護師さんや麻酔の先生が「何か、伝えたいことが?」みたいに真剣に。

そこで私は「よろしくお願いしますって・・・いいたくて・・・」といいながら意識を失ったのでした

周りの看護師さんたちは「なーんだ」みたいにちょっと拍子抜けというか、和んでいたような気がします。

そして意識を失う直前、主治医の先生が左前方の壁際にリラックスして(?)白衣でよりかかっていたのを見たような気がします。

甘えん坊?気質の私としては、主治医の先生にも覗き込んでもらって
「xxさん、大丈夫、僕がしっかり切りますよ」って言ってほしかったなあ。

でも先生はクールにややかっこよく、壁際でリラックスなさっていたのでした。

うーん、つれない



次の記憶は天井だったかなあ。。。


「終わりましたよ」って言われたような。

でも、そこが回復室なら、そこから病室に移動したはずなのですが、その記憶は今では全く思い出せません。

はっきり意識が戻ってきたのは、病室で酸素マスクや点滴をつけていて、ベッドサイドに家族がいるあたり。

家族の話では、

手術は最長3時間、といわれていたが、実際には1時間35分くらいで終わったこと。

センチネルは2つとって、その両方にがん細胞はみつからなかったこと、など。


そのあとはグッタリだったのですが、

家族がいてくれたので、なにくれとなくどうでも良いことを話したり、

寝ている私をカメラで撮影してみたりなど、夕方までついてくれて、気がまぎれました。


手術前には、手術後はぐったり寝てるだけだから、家族は帰っていいと思っていましたが、実際には眠れなかったので、話相手をしてくれて本当によかった。

でも、何を話したかあんまり覚えて無いんですよね。何時間も話したのに。

唯一覚えているのは、テレビ誌に載っているドラマ評を読み上げてくれてたこと。


そんなホンワカな感じがありがたかったんですね。

そして家族は夕方には病院を後にし、私一人の時間がやってきたのでした。

それは実は、私の予想を超えるなかなかにツライ一晩となったのでした。


遅くなりました。この続きはまた今度です。

今日も読んで下さってありがとうございます

















手術前夜 ~手術前後の段取りが知りたい!

2011-11-25 | セカンドオピニオン~初めての手術入院まで
やっぱり月曜火曜と働きすぎて水曜日は寝たきりみたいになっちゃいました。
そして木曜、こんな時間に帰宅・・・・。成長ホルモンが~~~・・・。
ま、徐々にやっていきますね!


さて、まずは手術前夜のお話。



実は手術の前、外泊許可をいただいて家に帰っていた私。

病院に戻ったのは手術の前の晩、お夕飯前でした。




入院前に検査は終了、入院初日の書類手続きや説明もひとしきり終了。なので、手術前の晩はおだやかなものでした。

しかし!

心配性の私。手術前および手術後の段取りがいろいろ気になってしまい、看護師さんにお願いしてあらためて手術前後の段取りを教えていただきました。

以下は、そのときのメモです。 (★は後に得た追加情報)
あくまでも私の場合は・・・という一例としてご参照ください。


<手術前日にすべきこと>

■朝10時から手術だったので、前夜21時以降は飲食禁止。お風呂済ませておく。

■手術当日だけ、ナースステーションに近いお部屋に移動するので、一泊の荷物を準備する。しかし貴重品はお預けできないので、貴重品は、別途、家族に預ける算段をするか、貴重品入れに入れて、その鍵を家族に渡す。

■ちなみに私が用意したのは大体下記のようなもの。

*バスタオル 1
*体を拭くタオル 1 (手術後なので、お風呂代わりに朝看護師さんがお湯で拭いてくださる)
*手術翌日朝に着る着替え(寝巻き、パンツ、ホスピタルブラ)
*手術翌日朝に使う洗面道具
*手術翌朝のごはんに使うフリカケ
*体温計
*ティッシュペーパー
*コップと曲がるストロー(手術当日のうがい用。水が飲めないので、場合によってうがい。寝ながらなので、曲がるストローが必要)
*ミニ時計 (何時か知りたいので)
*S字フック (荷物かけるため)
*イヤホン+TVカード (TV見るなら必要)
*ベッドの柵にかける小物入れ(手作りのものを家族から借用)
   →★この小物入れ、超役立ちました。TVリモコンと携帯を入れておきました。
     ベッドの上は、気分が悪くてウネウネしちゃったので、ごちゃごちゃ。
     顔の横の柵にかけておいたら、すぐとりやすくてホント助かりました。

★用意しても使わなかったものとしては

*TV誌・・・読むほど元気じゃなかった
*めがね・・・かけるほど元気じゃなかった

また、手術の朝は術衣に着替えて移動なので、その際に着る紙パンツといつものスリッパは別枠です

あと、家族に渡す貴重品をまとめたり、貴重品をかぎのかかるところに入れたりする準備も別枠にて

★余談:次回ほしい!と思ったもの。

*腰枕!!

実は、手術で仰向け、部屋に移動しても仰向けで、腰に負担がかかったらしく、強烈な腰痛に襲われました。自分がよもやこんな腰痛もちだったとは!!

腰枕、というもの、まだ探したことがないのですが、腰の下に小さいクッションを入れられたら・・・と何度思ったことか。

腰の筋肉鍛えればこんな悩みないのかな。


<手術当日の流れとポイント>

6:00 起床 検温
        右気房に麻酔シール貼っていただく
        顔あらっても、化粧水などはつけないこと
       
8:45 アイソトープ注射を受ける(その治療室に移動)
     トイレすませておく

9:00頃 看護師さんが手術衣、手術帽をもっていらっしゃる
      →着替え、身支度(紙パンツ、ゴムで髪まとめる)

9:15頃? 30分までに手術室入りなので、看護師さんが呼びにいらっしゃる。

     *1泊分の荷物は看護師さんが1泊するお部屋にもっていってくださるので、
       バッグなどにまとめて分かりやすくおいておく

10:00~ 手術

手術後 約1時間後  回復室で麻酔さめるのを待つ。
           さめたところで1泊するお部屋に移動。
           ここで付き添い家族と合流。貴重品など受け取る。

<手術当日午後以降~>

*痛みが結構出てきたら

→ すぐナースコール。「点滴の痛み止め使って下さい」とリクエスト。
  点滴なので、即効性高し。

*腰痛

→ 必要に応じて腰の下に入れる枕リクエスト

*夕方?

→ 主治医の先生が傷の様子を見にいらっしゃる。
  (ここでいつから水分をとっていいか質問しておくと良い)

*うがい

→ 水分は先生のOKが出るまでとれないが、うがいはOK
  その際はストローを使用

*点滴(抗生剤)心電図モニター、酸素など 

→ 大体翌朝までつけていることが多い

*睡眠薬は20時以降?看護師さんに相談


<手術翌日>

6:00 起床 検温

8:00 朝食

朝食後  看護師さんと一緒に術衣からパジャマに着替え(体拭いていただく)
     ・ホスピタルブラするかどうか、ここで看護師さんに質問

昼ごはん前には元の病室に戻る

<そのほか>

*主治医の先生は一日一回傷の様子を見にいらっしゃる(5分程度、夕方?)
  → 退院のメドはこのときに先生に伺うのが良い。(手術翌日以降?)

*手術当日&翌日は比較的痛い。
 当日は点滴の痛み止め。翌日からは飲み薬の痛み止め。
 点滴の痛み止めは4時間ごと。飲み薬の痛み止めは6時間ごと。
 飲み薬の痛み止めの飲むタイミング例としては・・・
  (朝9時過ぎ → 午後3時過ぎ → 午後9時過ぎ など)

*手術翌日はなるべく歩く(体力回復、お通じのため)

*シャワーは手術の翌々日からOKの予定 → 看護師さんに確認のこと

*抗生剤の点滴は手術翌日の晩ないし、翌々日の朝まで


・・・とこのようなことを伺い、メモってようやく落ち着いた私でした。

どうすればよいか分かってないって不安なんです。

自分は何をすべきか、また、自分がどういう状態に置かれて、どういうことが起こるのか。少しでもわかっていると準備できてほっとしました。

もしこれから初手術を受けるという方がおられたら、
ぜひ看護師さんにお時間作っていただいて気になることをおききになってくださいね。

そして、病院によっても、患者さんによっても、いろいろ違うと思うので、私の例はあくまでも一例としていただいて、ご自分のケースはどうなのか、諸々あらためて担当看護師さんに確認なさってくださいね。


ちなみに、お話は別部屋で伺いました。

やっぱり自分のいる大部屋では長い話は他の方にご迷惑ですし、あまりに些細な質問が多くて皆さんをうんざりさせたくなくて・・・。

しかし、こんな細かいあれこれに懇切丁寧に対応してくださった看護師さんに深く感謝です

その方のおかげで、手術当日~翌日を安心して迎えられたのですから。


そして心もすっきりしたところで、睡眠薬をいただいて、ぐっすり眠ったのでした。



もう遅くなりました。それではこの続きはまた今度です。

今日も読んで下さってありがとうございます





















退院しました!

2011-11-22 | セカンドオピニオン~初めての手術入院まで
退院しました!


といいますか、実は退院したのは先週金曜日。月曜が手術だったので、手術後4日目でした。本当は木曜退院でも良かったみたいなのですが、諸々の都合にて金曜に。手術後3日目に退院許可が出るくらいなので、乳癌で手術したケースとしては、実に順調に回復&退院できたようです。感謝


手術も最大3時間といわれていたのですが、実際は1時間半ちょっとで終了。センチネルも2つとって転移が0。なので、リンパもとらず、ドレーンもなし。


病理結果を待たないといけないですし、放射線治療はもちろん待っているし、再発などの不安ももちろんありますが・・・まず1コ、波を乗り越えたような気がしております

いっぺんに考えず、目の前の波を一つずつ越えていくサーファーのような感じでやっていきたいです。

***


こんなライトな患者の私ですが、やっぱり手術後はずっと微熱が続いて、体調いまいちで、退院してからも家でずっと寝ていました。

が、昨日、月曜から仕事復帰!!!

いきなり満員電車に乗り、12時間くらい働いたら、やっぱりグッタリしてしまいました。そして明日も早く行って、バリバリ働かねば。

びっくりするくらい、仕事に戻っちゃってます。入院休暇中、ほとんど仕事しないで休養につとめていたら、やっぱり仕事たまっちゃってたんですね


でも、唯一、入院前と変えようとしていること。
それは生活時間帯を少しでも朝方にシフトしようとしてること

以前は終電常連で、寝るのは2時3時が当たり前だった私。
これからはせめて12時半くらいには寝たい。(今、ってことですね、今。)
今まで、成長ホルモンをないがしろにしすぎました。

ちなみに、ホスピタルブラをやめられない!と思っていたのですが、実はむしろホスピタルブラがわきの下の傷に擦れてイタタ・・・となってしまい、ユニクロの<ヒートテック・ブラトップ>デビューしました。快適、快適!私はジャストサイズだとキツいので、ワンサイズ上にてゆったりと。

ホールド力がゆるやかなので、駅の階段下りる際など、ちょっと胸に響く感じがして気になったけれど、その他のときは全く持ってノープロブレム。ネットで、「ユニクロ/ブラトップがいい」というご意見はチラホラ拝見しておりましたが、ホントですね。

ということで、スミマセン、この続きはまた明日。

明日から徐々に手術前後のお話を書こうと思います~

毎日寒くなってきました。
皆さんも過労&風邪には気をつけてくださいね!


今日も読んで下さってありがとうございます












初めての入院!

2011-11-13 | セカンドオピニオン~初めての手術入院まで
2週間ブログお休み、といったのに、なぜか今書いてます。

というのも、入院した翌日にすぐ外泊許可で家に戻ってきたからです。


ハイ、無事金曜日に入院いたしました。

ジャジャーン。

結局、恐れていた通り、仕事終わらず、なんとひさびさの徹夜!

徹夜のまま入院!


ひ~!


でも、やっぱり仕事のこと心配してたら来週ゆっくり休めないし、

戻ってきたときのことを考えると、いまやっちゃうしかないと。

体はおそらく疲れ果てていたものの、精神的にはすっきりしました。

入院当日の朝6時に帰宅し、お風呂入ったり、荷造りしたりしてホントギリギリでした。


*****


病院ではいつも外来しか来たことがなかったので、

病棟は初めて。

どんな感じなのかな~・・・と思っていました。


えーと。

見た印象は・・・ 「昭和」。

老舗病院のため、ややそういう感じで。

テレビの医療ドラマなどで見るモダンな感じというより、

「昔見たことある病院」な感じでした。


正直ベッド付近も、以前行ったことのある地方のビジネスホテルを思い出しました・・・。


あ、もちろん、庶民なので、大部屋です、大部屋。


旅行に来たわけじゃなく、治療なので、仕方ないかな、と思いましたが、気持ちはアガらなかったなあ・・・。


荷物をほどいて、パジャマ&スリッパに着替えたところで、今日はどうなるのかな???と。まったく予定を知らず。

朝、いらっしゃった看護師さんにいろいろお話を伺った際も、あとで主治医の先生からご説明が、というくらいで、それが何時かもわからず。

正直、予定がわからないのが一番気になりましたかね。

いや、やること他にないでしょ!

と思われるかもしれませんが、売店見にいこっかな!とか、ひたすら寝られるかな!とか。

でも先生の時間があったら、そこに合わせておきるかなとか。


旅行みたいにスケジュール表あったらいいのにな。

「終日フリー」とか。

「この日は午前検査、午後は各自で静養におつとめください」とか。


それだけでも知らされると、ぐっと気持ちも「準備」できるような。


さて、入院経験のある家族からは、

「病院なんてすぐ誰かきて落ち着かないよ」といわれていましたが。

ホントでした!


徹夜明けで、隙あらば寝たい!というモーローとした中でしたが、

私換算で、おそらく10人ほどは入れ替わり立ち代り「挨拶」「質問」
「説明」「サイン」などがあったかと。

以下、メモってみました。(やっぱりヒマ!?)


1)女性看護師さん:入院診療計画書 説明&同意のサイン、常用薬、病歴、アレルギーなど質問・・・以下これを「質問A」と呼ぶことにします。院内の軽いご案内と手術前に買っておくもののお話。(ホスピタルブラ、紙パンツ、ストロー1,2本)

2)女性薬剤師さん:質問A

3)男性麻酔科医師:麻酔の説明&同意のサイン、質問A

4)女性手術看護師さん : ご挨拶&手術前のあれこれご説明

5)男性医師3名 : ご挨拶

6)女性看護師さん : 夕方ご担当、ご挨拶

7)主治医の先生 → いらっしゃって、その後、先生のお部屋にうかがって、手術のご説明と同意のサイン

8)男性医師 → 輸血の説明&同意のサイン、質問A


これが大体午前11時から午後7時までの間にあったような。計10名の皆さま。

これにお昼ごはん&夜ごはん。ゴミの回収とか。


そういう方は「XXさ~ん、いかがですか?」の「さ~ん」くらいでもうカーテン開けておられるんですよね。


なので、たとえ寝て意識を失っていても、もう来ちゃう、みたいな。


そんな体験、正直初めてでした!

テレビの「寝起きドッキリ」(←懐!)を何回も受ける感覚ですかね。

「質問A」セットは多少内容に差はあっても大体は同じ。

お薬手帳を何度開いたことでしょう・・・。

あと、病気の経緯も2度聞かれました。

以前先生にお渡ししたエクセルをもう1度持ってきていればよかったです!


というか、こういう情報って共有されないものなんですね。

例えば朝の看護師さんのヒアリングが入力されて、それをその後の人が見て・・・とかにはならない。

むしろ、ケアレスミスを防ぐためにわざと何度も???


*****

<用意しておくと初日のあれこれ用にいいもの>

・発症~検査~入院にいたる経緯をまとめた表

  → これさえあれば、何度も説明しなくて済みました・・・。
    せっかくあったのになあ。

・下記もまとめて書いておくと、便利です。

  常用薬およびその使用頻度 
 (関連してその症状がおこる頻度、最後に起こったのはいつか)

  付属して「おくすり手帳」もあるといいですね。

  アレルギーのアレルゲン

  自分の既往症と家族の既往症

  
・・・あんまりまとめていくと、準備しすぎでカワイクない患者かしらん!?
でもいちいち「どうだったっけ?」という時間が省けます。


<あると病院ライフがちょっとだけ快適になる小物>

まだ1日しかいない私ですが、現時点で、あってよかったちょっとした小物など。


■S字フック

 これまた片野あかりさんのブログであったので、もっていきましたが、実際使える!
 院内移動時の小バッグなんかかけたりしてます。

■カワイイ手提げの紙袋

 これもS字フックにかけて。携帯充電器とか、マスクセットだとか、身の回りのちょっとした小物を入れとくと、ベッドサイドテーブル上がすっきり

■クリアファイル

 いろんな説明書やサインした書類などを入れるのに便利。ていうかむしろ無いと保存がしづらいかな。分けて入れたりしたい場合、2,3個あってもいいですね。

■小バッグ

 OLのランチ外出時の小さいバッグのようなもの。お財布とか、携帯とか、ミニタオルとか。院内移動に便利です~。

■枕カバー用のバスタオル

 お風呂用だったんですが、枕カバーにしたら快適快適。柔軟剤の香りっていいますか、いつもの匂いって落ち着きます。

■ポータブルDVDプレーヤー(ワンセグ付)

 私のようなテレビっ子。どんだけテレビカード(有料)必要なんだ、って思ってましたが、入院歴のある友人が貸してくれました。(感謝)持ってきてみたら、ワンセグだったので、テレビも粗い画像ながらバッチリ!

■お気楽なDVD

 DVDプレーヤーを貸してくれた友人がSATCのボックスセットを貸してくれました。それがすでに大活躍!SATCで正解。まるで親しい女友達が一緒にいるような気持ちだし、ファッショナブルだし、かつ笑えて、下ネタもありつつの。とにかくお気楽。ナイスチョイスでした。

■イヤホン

病院にもあったんですが、病院のものは片耳だけ。でもやっぱり両耳で聞きたい私は自分のイヤホンを延長コード的なものと持っていっててよかったです。


*のどの弱い私はこれに使い捨てマスクやのど飴も必需。病院の売店でも買えます。

*テレビ誌やフリカケもほぼ必需ですが、これも病院の売店で買えますので。

*確かにベッド周りは大部屋だとスペースも限られるので、もって行くものは最小限がよいと思いますが、私にとっては、上記のものが無いとストレスになっちゃうかも。


*****

あと、病院のパジャマ事情。

ネグリジェタイプは見たところほぼ皆無。(私はネグリジェタイプ+スパッツ)

大概は「ザ・パジャマ」っていう感じでピンク色とかのパジャマが多いです。

じゃなければ無印良品的なルームウェア。作務衣調の個性派の方も。


私の場合は、やっぱりパジャマ買ってよかった!

なぜって、さきほどあったように、次々に新しい人にお会いするわけで、顔はノーメイクで能面になっていても、やっぱり・・・お気に入りの洋服のほうが、気分良く&自信を持ってお会いできるから。

いつもの家パジャマだと、素になりすぎて、しかもだらしなく見えちゃう感じがして、気弱になっちゃいそうです。


実際、同じ病室にはもっと大変そうな先輩方もおられ、病院って病気の方の集まりなんだなあ・・・とあらためて実感。

そんなメロウな中、「お気に入りパジャマ」「かわいいタオルセット」などは気持ちアゲてくれました。


あと、驚いたこと。

みなさん意外と(?)お見舞いが多い。

私など、ほとんど友人にも言ってないし(ましてお見舞いに来てとは決していわず)、来たがってた家族にもまだいいから、と断ってしまったのに。

病院ってもっと孤独に・・・と思ってたのですが、結構お見舞い多いものですね。


あと、主治医の先生以外の先生たちに2人イケメンが。

それが気持ちアガらないんです。

イケメンだとむしろ腕が心配になる私って・・・。(←完全な偏見)


そのほかにも、病院のお箸が苦手だったりと、自分自身について「不思議発見」です。



まだ同部屋の方々とは会釈のみ。今後どうなるのやら?

といいますか、明日手術なのに、こんな時間までおきちゃいました。



最後に。

この病気が分かってから、私はほとんど泣いたことがありませんでした。

リアリティ無かったからかなとも思いますが。

そんな私がぐっと来た瞬間が2度ありました。

最初は、乳癌とわかった頃、夜中に目に涙をためた母親をみちゃったとき。

私がかわいそうで眠れなかったと。

思わずハグしちゃいました。ぐっときて。悪いなあ、心配させてと。

ただ、ちょっとおかしかったのは、眠れない母が読んでいたのが「らくらくホン」の説明書だったという・・・

なぜに、こんな夜中に、分厚い携帯の説明書を???


そしてもう一度ぐっときたのは、入院前日、会社の、唯一この件を話している友人(実は先輩)が「これ、あとでみてね」と紙袋を。

徹夜残業が終わるころ、開けてみました。

中には、お見舞いのすごくカワイイルームシューズと、カードが。

カードには、手書きで「GET WELL SOON また女子会しましょうね」といったようなことが。

そもそもDVDプレーヤーやSATCまで貸してくれたのに。こんなことまで。

何度も入院している人ならではの気遣いが沁みました。

先輩も忙しいのに・・・。やさしいなあ、と思ったら、涙が出ました。

病気がわかってから初めて泣いた日でした。




ではこの続きはまた退院後に、です~


今日も読んで下さってありがとうございます。


手術、行ってきます~




























入院前のあれこれ

2011-11-10 | セカンドオピニオン~初めての手術入院まで
やっと現在に追いつきました。

そう、今は入院までのカウントダウン。


ヘイ、入院!レッツ、入院!


などと空元気を出してみましたが、やっぱり気持ちは盛り上がらず


そんな気持ちを盛り上げるためにカワイイねまきを買おう!と決めて、先日精力的に買い物にまわったのでした。

またもクールな家族からは、

「数日しか着ないのに?」

「今回の入院だけだったら、家にあるのにすればいいのに」

と超現実的なご意見いただきましたが。



でも、今年の秋は洋服買わないから~!


とか


退院しても友達の家のお泊りなんかで着るから~!


などといろいろ言い訳をこしらえて、町へ!!


ちなみに術後の胸帯、っていうのも気になったんですが、


1)本でみたKEA工房に行こうと思った。
 が、予約制であり、かなり本格的であることに気づき、気が早すぎるかなと、とりやめ

2)ネットでみなさまのブログを見ると<高齢者用>とか<授乳用>とかのブラでも十分使えるし、病院の売店よりリーズナブル価格とのこと。そしてそれは「しまむら」や「西松屋」で売っていると。

しかし。残念ながら、高齢者のアンダーウェア売り場にも、授乳用アンダーウェア売り場にも普段縁がないから土地勘まるでなし。

頼りにしたい「しまむら」「西松屋」も近所にない・・・。

通販で買っても合わなかったら???

そして心配性の私としては、それらを買ったとして、実際先生に「これじゃちょっとあなたの場合は~」みたいになったらむしろ損に!?などとぐるぐる。

結果、時間もないからホスピタルブラでいいや!ということになりました。

しかも家に謎の「おやすみブラ」という前アキ・ワイヤレスのブラを発見。

まずはこの「おやすみブラ」もって行って、それで済めばいいな、ダメならホスピタルで。

と割り切り完了。



はい、そこからはパジャマに専念です。


といっても時間なし。買い物にいけるのは1日のみ・・・。


結果、下記2つを購入しちゃいました。ジャジャーン。


1)Tsumori Chisato Sleeps の前アキネグリジェ


2)PG GAUZE の同じく前アキネグリジェ


どっちも、私のセレクトポイントは「ねまきっぽくない」です。

仲の良い友人で、何度も入院している人がいて、
彼女には病気~入院、すべて話しているのですが、
その友人の

「ねまきだとね、病人っぽい気持ちになっちゃうからね。
 私は部屋着っぽいロングのワンピ着てた」

が、妙にココロにささり。


確かに、寝巻きっぽくないものだったら、うまくいけば病院外のコンビニやスタバにも行けちゃうかも!

などと野望も出まして。


ただ、やっぱり前がババっと開かないと、包帯などの処置にも看護士さん困っちゃうし・・・。


ということで、ネット口コミをもとにあたりをつけてから、実際の商品を見て決定。


1)は秋っぽい柄で、ホント普通の服みたい。
入院直後の元気なときとか、回復してきたらコレを!

2)は私が愛読している片野あかりさんのブログで知った「ガーゼ」専門店。
ガーゼだから肌触りがソフト~。手術後の弱った私をやさしく包んでくれそうです。
こちらは私が「これなら近くのコンビニとかも!」といったら、
店員さんが無口になりました。ちょっと無理みたいです。やっぱりパジャマにみえるかな。


乳癌で~とは言ってないんですが、売り場の人とのお話で「もうすぐ入院するので、いいパジャマを探してて」というと、みんなとても親切でした。


家で試着して気分



そして今日は友人が入院用にDVDプレーヤーとSATCの第1シーズン&第2シーズンのDVDセットを貸してくれました。


ありがたし・・・・。感謝です


最初、友人から借りっぱなしの「ドクター・ハウス」DVDセットを持っていこうかなと思ってたんですが、

「やめなよ~」と周りから。


確かに「ドクター・ハウス」は難病ばかり出てくる医療ドラマ。

「え、臨場感あっていいかなと思って」といったら、

「あなたがいいならいいけど、もっと軽いものにしたら・・・ あ、そうだ、ムーミンのDVDボックス貸すよ」


ムーミン・・・。


確かにムーミン・ワールドには癒されそう。


しかし結局、SATCに落ち着いたのでした。


完全に視点がずれてますね、私。


そうなんです、持ち物リスト書いていたら、家族に

「旅行準備みたい」と。


たしかにやってることは変わらない。。。。


まあ、こうやって少しでも盛り上がらない気持ちをアゲようとしている私なのでした。



しかし今一番の悩みは仕事が忙しすぎて、とても休める気がしない、ということ。

さりげなく「休むんで」と広めてますが、何せもともと忙しかったのに、6日間休むってかなりなんです。

いつも夏休みとかまとめて休んだとき、前の日は徹夜だった、とか、
海外でも毎日1時間くらいはパソコン開いて仕事してた、とか、
思い出しちゃいました。

今回はそれはヤバイでしょう・・・。


でもキケンな香りがひたひたと


ホントはブログ書いてる場合じゃないんでしょうね


ちなみに、私の場合、職場では直接の上司とその上司の2名だけにしか、乳癌のこと、および手術のことは言ってません。

直接の上司は1ヶ月ほど前に。相当驚いていました。

そして手術日程が決まり、お休み期間が決まったところでその上の上司に。
驚いていましたが、「今は乳癌もなおるからね」「お大事に」と。
さらに、上司の知人の乳癌体験者の方のことも話してくれて、
「何かあったら相談したら」と。思った以上にやさしかったです。

ホンネでは困ったな、とか何か今後の人事的に思うところあるかもしれませんが、
まずの報告で、2人がこの件を言わずにいてくれていること含み、感謝です。



ということで、入院します。


病院でも書こうかなと思ったのですが、自分のグッタリ具合がわからないので、やめておこうと思います。


なので、2週間くらいこれからブログお休み予定。

戻ってきたらまた病院話でもぜひ!



今日も読んでくれてありがとうございます。

行って来ます











病院を決めました

2011-11-09 | セカンドオピニオン~初めての手術入院まで
ここまで3つの病院、3人の先生にお会いした私。

家族に相談しました。

そうしたところ、やっぱり冷静な意見が。

詳細忘れましたが、確かこんなようなことだったと。


「2番目の先生は、つまり「セカンド・オピニオン」をやるってことで割り切ってその部分を対応したわけでしょう。3番目の先生は「自分がやる」ってやる気だった。それだけの違いでしょ。」


まあ、確かに。

ただ、仕事場に近いし、あなた自身がいいと思うんだったら、もうそのH病院でいいのではないか、と。

これからさらに4番目、5番目と病院をまわってもどうなのかなと。

100%の答えっていうのはどっちにしろ無いもの。


そこで私は3番目の病院にほぼ心を決めましたが、次回、先生に最終のお返事をする診察に、家族に来てもらうことにしました。

よく、ものの本には、なるべく家族と一緒に話を聞きましょう、と書いてありますが、実はそれまで私は全て一人でやっておりました。

理由は、家族も忙しいですし、正直ショックは受けていても、泣いて泣いて・・・みたいなことがなかったので、自分は比較的冷静だと思っていたからなのです。

しかし。

最後これでいいの??というとき、やっぱり家族に先生を見てもらいたかった。

それで家族が「この先生ちょっと」っていうなら、やめようと。


ということで、翌週、先生にお会いするとき、家族が同行しました。

そう、言い忘れましたが、このH病院ではI先生がプレパラートもみます、とおっしゃり、「これを診ないことには最終的な判断できませんからね」と。

それも私の好感ポイントでした。(家族いわく「やる気だからでしょ」ですが)


なので、先生とお会いしての最初のトピックは診断でした。


プレパラートでの診断は今までとかわらず。

ただ、先生の治療方針が「全摘」から「温存」に変わりました。

先生曰く、MRIの画像は病院によってクセがあるので、あのあと、よーくあらためて見て検討した結果、広がりは悪性じゃなくて良性の可能性もあるから、「温存」でやって「断端陽性」なら再手術しましょうと。

そう、最初のA先生と結果的には一緒のご判断になったのでした。

しかし違いがあるとしたら、温存とセットになってくる術後の放射線治療が、このH病院のほうが仕事場に近くて、通いやすいということ。

やっぱり5~6週間毎日平日通うなら、仕事場に近くないと仕事に支障でちゃうんです。それはやめる気のない私には大きな判断基準の1つでした。

家族の顔を見ると、「この先生やめたら」というニュアンスは全くありませんでした。

なので、「この先生&この病院にする」とそこで決めました。

その後、私は手術前の検査あれこれを受けるので、病院に残り、家族は先に帰りました。

そのとき、「どうだった?」ときいたら「いいんじゃないの」と。
後で詳しく感想を聞いたら

「体大きくて丈夫そうだし、体力ありそうだよね」

「え?それってホメてるの??」

「外科医としていいってことだよ」

「なるほど!」

「滑舌よくて言うことはっきりしてるよね。手術たくさんやってて慣れてるっていうか。」

やっぱり家族でも見るところって違うんですね!興味深かったです。

体が大きくて丈夫そうとか、私だったら考えもしなかったですもん。



検査あれこれが終わり、入院前、先生に会うのもこれが最後(すごいですよね、3度目に会うときはもう入院中だなんて!)というとき、

思わず別れ際に先生と握手して「どうぞよろしくお願いします」といったら、こころなしか先生は少し嬉しそうだったような。

ちょっと外人みたいになっちゃいました。ないしドラマ・・・。

ちなみに、最初の病院にどう報告するか、お伺いしたところ、

・プレパラートの返却は病院同士でやるので心配なく
・CDR類はあなたに返します
・あなたからはその病院に電話して「H病院で手術を受けることになりました、ありがとうございました」と連絡を入れるのがスマートでしょう

そして余談として(?)「あの病院がすごく忙しいのはよく知ってますから(注:たまたまA先生とI先生はよく知っている間柄でした!世間って狭い・・・)あなたが移ってもぜんぜん大丈夫だと思いますよ」と。

わざわざ説明時間まで作ってくれたA先生に申し訳ないな・・・という気持ちがここでちょっと落ち着きました。


なので、数日後、お電話を地元総合病院に入れたところ、看護士さんも慣れておられるのか、わりとさわやかに「了解しました、ご連絡ありがとうございました」と。

このあたりのマナー、ケースバイケースなのでしょうが、私の場合、こうやって病院が代わったのでした。

なお、その間、私は別の患者会の「おしゃべり会」にもお邪魔したのですが、こちらでI先生のお名前を出したところ、たまたま同じI先生にかかっている方や、お友達がI先生にかかっているという方と遭遇。

お友達が~という方が、「いい先生だと言ってましたよ」と。

これも安心感につながったのは事実です。生の口コミってありがたい・・・。

患者会、私は2つ参加させていただきましたが、どちらも生の口コミをおうかがいできた非常に貴重な場となりました。



ということで、病院決定。そして入院決定なのでした。

あとは入院予定日に向けて準備開始です。



でも人生初の入院。何をどれだけ持っていっていいやら。

またも試行錯誤が始まったのでした。


今日も遅くなりました。この続きはまた今度。

今日も読んで下さってありがとうございます

















2つめのセカンド・オピニオン

2011-11-08 | セカンドオピニオン~初めての手術入院まで
前回、初めてのセカンド・オピニオンに行った結果、最初の病院の先生と、2番目の病院の先生とで、意見に違いがあり、わからなくなった私は、2つめのセカンド・オピニオンを伺いにH病院に向かったのでした。

H病院は比較的仕事場に近い総合病院。

お願いしたのは、ネットや、患者会などでたびたびお名前をおききする、乳癌治療のベテランのI先生。

一説では、相性があう場合と合わない場合がある、というお話も耳にしていたので、大丈夫かな・・・と思いつつ向かいました。

前の晩、家族には「腕がいいなら、相性なんて気にし過ぎなくてもいいんじゃないの?」といわれていたワケですが、

気の小さい私の想像の中ではI先生は超ガンコ親父的なイメージとなり、冷や水を浴びせられる感じの予想で「きびしいのかな~、コワイのかな~、それとも気難しいのかしらん・・・」と、ちょっとばかり精神的な滝行に向かうような心境でした。

果たして、診療室の前で待っていると、前の患者さんと先生との楽しげな笑い声が聞こえてくるではないですか。

あれ??

気さく??

あれれ??

と、とまどっていると私の番に。

「おはようございます・・・」と部屋に入ると

I先生「今日はセカンド~で来たのね」とおっしゃってから、てきぱきと状況を確認。

家で、今までの経緯を<日付><場所(検査機関名・病院名)><診断・検査の概要>(例)XX日 XX病院  XX先生:針生検)をエクセルで表にまとめたものを持っていっていたのですが、それもパパっとご覧になって、「なるほど」。

*ちなみにこの経緯表、作っておいて、私の場合、超役立ちました!
 先生に経過を説明するのが見せるだけなので簡単でオススメです。

その後「じゃ、見せていただきましょうか」といってエコーをやることに。

そう、私の通っている地元の総合病院では、病院の決まりで「エコーの画像」はもらえなかったのです。でもA先生いわく「もしエコーみたい場合には、他の検査と違って簡単だから、その病院で見てくれますよ」と。

でも、前のG病院が画像診断だけだったので、「あ、エコーもやるんですね?」と少々びっくり。

I先生はテキパキとエコーで患部を確認。

そのとき、ふと気づいたのです。

今までの2人の先生は、2人とも私の胸を自分自身で診たことはなかったんだ、ということに。

A先生の場合は、後輩の先生がやったエコー画像を見てお話。
F先生の場合は、もって行ったマンモとMRIの画像診断でお話。

2人とも、自分では診ないままに治療方針のお話をされていたのだな、と。

もちろん、それが悪いということではないでしょう。

A先生の場合、信頼のおける後輩の先生がやっている分担制、F先生の場合、あくまでも「セカンド・オピニオンを聞きに来た」患者さんへ、病院で決まっているシステムにそってのご対応だったのでしょう。

でも、個人的に、ちょっと心が動いたのです。

I先生は自分でちゃんと診ようとしてるんだなと。

その後、テキパキ型のI先生のお話としては、「やっぱり範囲の特定が難しい。」
といいながら、サラサラっと3パターンくらい絵で手術の方法を描いてくださいました。

「あなたの場合、こういうやり方がありますね。」

その中で、リスクが高いけど美容としてよいもの、逆にリスク低いけど傷は大きくなってしまうものなど。

ここにもぐっと来たのです。「やる気があるんだわ、この先生」「引き出しが多いな」と。

I先生のお見立てでは「全摘、再建」と。そしてそのまま、私はその病院の形成外科の先生ともお会いして、再建用に胸に入れるティッシュエキスパンダーやシリコンともお目にかかることに。

展開が速い!!

しかし待てよ、私。ちょっと待て~、と自分に言い聞かせました。

一回頭を冷やして数日考えてから最終判断をしようと。

今のところ、最後のH病院、I先生がよさそうだけれど、ちょっと頭を冷やそうと。

そこでI先生に、「週末、家族と相談して、来週の診察時に最終決断させていただきます」とお伝えして、その日は終了したのでした。

ただI先生は非常に多忙なため、手術の日程は仮押さえしていただきました。

前評判でややお会いするまでは相性に若干不安を感じていた私でしたが、やっぱりお会いしてみないと分からないもの。I先生は私にとっては気さくな話しやすい先生でした。むしろ、その「治療熱心」な感じに好感を抱いたのですから、やっぱり相性って個人によるんですね。


さて、ここで3つの病院の中で決断するのか、あるいはさらなるセカンド~の旅に出るのか。


わずか1週間ほどを経て、私の病院選びもここでいよいよ佳境にさしかかったのでした。


この続きはまた今度です。


今日も読んでくださってありがとうございます















初めてのセカンド・オピニオン

2011-11-07 | セカンドオピニオン~初めての手術入院まで
初めてのセカンド・オピニオン。

向かったのは都心にあるG病院でした。ここは癌治療の拠点病院として力を入れているところ。

先日患者会で知り合ったEさんの主治医、F先生にお会いしに伺いました。

このG病院では、セカンド・オピニオンは画像診断だけ、ということになっているそうで、プレパラートは関係ありませんでした。

ものの本を読むと、

「セカンド・オピニオンと、それまでの診断で大きく異なることはまず無い。むしろ、最初の診断にナットクするために受けるのがセカンド・オピニオン・・・」というようなことが書いてありましたが、

結果、私にとってはいくつか気になることが。

1)術後治療のうち、現在のA先生は対側の癌を予防するためにホルモン治療5年間とおっしゃっていたが、このF先生はそれはやらない方針

2)温存だった場合、F先生は日帰り手術はあまりオススメしない

3)手術で切るところを図解してもらったところ、A先生とF先生ではっきり違っていた

などなど。

F先生いわく、「こういう風に、いろいろと方法がある、というのは逆に言えば、決定的な正解がないものなんですよ」と。

う~ん・・・。

正直、これでわからなくなってしまった私は、もう1つ別な病院でセカンド・オピニオンをさらに受けることにしたのでした。

なお、このF先生、普段は大変お忙しく、診療は1人5分とかになってしまうようですが、セカンド~だとじっくりお話ができるようで、この日は私が最後ということもあり、なんと1時間近くもお話を伺うことができました。

病院にもよるかもしれませんが、セカンド~は別枠、ということもあるんですね。

あと、セカンド~は通常3万円くらいかかる、といわれているようですが、このG病院では数千円でした。これまた病院によるんですね。



ということで、火曜日にG病院にセカンド・オピニオンを受けた私は、水曜にH病院に電話をし、木曜にH病院でさらなるセカンド・オピニオンを伺うことに。


この続きはまた今度です。



今日も読んでくださってありがとうございます