前回、伊藤章大阪大学体育学部教授・同陸上競技部部長の研究結果と、
川本和久福島大学陸上競技部監督の重要視するポイントの一つから、
短距離を速く走るためには
・接地している支持脚の膝の角度を変えない、キック時に膝を伸ばしきらない
・骨盤は立てて、前傾させ過ぎない
という2点が重要なことが提示されることを紹介しました。 ※1
ところで、私は、この2点については、
『世界陸上第2日(8/16)の感想とスプリント技術について』の後半部分で
指摘していました。
>9秒台の世界でより速く走るポイントは、
>以前のエントリーでは、地面を離れる際の足首が伸び切らないことをあげましたが、
>同時に膝が伸び切らないことも加える必要があります。
>さらに、膝はもっとも後方にある時でも、
>骨盤の直下より後ろにいったら直ちに前に運ばれなければいけません。
もちろん、キックで「膝を伸ばし切らない」ということ、
「足首を伸ばし切らない」というポイントについては、
伊藤章氏はじめ日本陸上競技連盟のバイオメカニクス班による
研究結果の発表(1990年代前半)を参考にしています。
しかし、足首については大学時代(1979~1983)に山西哲郎先生によって、
膝についてもカール・ルイスの出現によって気付かされていました。 ※2
骨盤については、直接「立てること」とは書いていませんが、
上の引用文で「(膝を)骨盤の直下より後ろにいったら直ちに前に運」ぶという理由は、
膝は骨盤に対してあまり後ろに行けるほど可動域が大きくないので、
膝が後ろに行き過ぎると骨盤が大腿骨に引っぱられて前傾してしまうからです。
それを避けて骨盤を立てておく事を、大事なポイントとして意識していますので、
川本氏の発言に共鳴したわけです。
左の2枚の写真は、今年の世界陸上ベルリン100m決勝のボルトの写真です。
左の写真では、右脚が地面を離れる瞬間にも
膝が伸び切っていない事を表しています。
右膝は最も後ろにある瞬間でも、
骨盤が前傾し過ぎない程度にしか後ろにいっておらず、
上体が真っ直ぐに起きています。
また、左脚のももは高く上がっている事も見て取れます。
真ん中の写真では、地面を蹴った左脚が
素早く身体の下に引きつけられている様子を写しています。
また、接地に向かう右脚の足首を視ると、
直角に近い角度で下りてきている事がわかります。
また、骨盤から頭までがほぼ垂直に真っ直ぐ立っている事、
骨盤が前傾しておらず従って腰が反っていない事も注目されます。
右の写真は、同じく世界陸上ベルリンでの写真ですが、
これだけは200m決勝の直線に入ってからのものです。
ここで、驚くべきは右脚が接地直前だというのに
左脚の膝がすでに身体の真下から前方に引き出されつつある事です。
しかも、左膝は深くたたまれ、
左足の踵は(お尻よりも下方の)左脚ハムストリングの付け根付近に
位置しています。
接地の時点では、左膝は骨盤の前にまで移動し、
左膝は伸び始めているでしょう。
(真ん中の写真、1レーンの選手の接地直後の姿と比較して下さい。)
このことが、接地時間の短縮、右脚キック時の左膝の高い前方への突き出しを
可能にするのだと思われます。
前掲の『世界陸上第2日(8/16)の感想とスプリント技術について』で
>この接地する側の脚と、身体の前に運ばれてくる反対の脚の膝とが
>身体の重心のラインよりも前で交差するのが、
>動きのタイミングとしては良いのです。
とか、
『全速力と全力は違う! 世界陸上ベルリン2009』の注(※2)で
「脚を身体の前で捌く」とか書いたのは、こういう動きの事だったのです。
こうした世界トップスプリンターの傾向はカール・ルイス以来続いています。
※1 短距離を速く走るための2つのポイント
伊藤章氏は、「速く走るために、腿を高く上げる必要はない」
という意味のポイントも上げていたが、
速く走るにはももを高く上げる方が有利であるという私の個人的な見解から、
本文ではポイントからは外した。
※2 山西先生とカール・ルイス
『陸上競技人 山西哲郎先生 3(恩師 山西哲郎先生 その6)』を参照されたい。
(この記事は、私の別ブログ『感覚派アスレティックトレーナー 身体と会話する日々』の2009年10月14日の記事を転載したものです。)