国鉄があった時代blog版 鉄道ジャーナリスト加藤好啓

 国鉄当時を知る方に是非思い出話など教えていただければと思っています。
 国会審議議事録を掲載中です。

消えた引き込み線 本州化学への鉄路

2016-08-15 23:46:18 | 国鉄思いで夜話
和歌山市にはオークワと言う地元のスーパーマーケットがありますが、実はその敷地を横切るように鉄道の引き込み線がその昔ありました。

今では、殆ど面影が残っていませんが、航空写真をみると何となくこの辺に鉄道がとおっていたのかなと思わせてくれます。

丁度、オークワ本部のビルがある向かい側に本州化学と言う工場があります。
ここに原料を運ぶ、もしくは製品を搬出するのでしょうね。1日2回ほど走っていたようです。
私が記憶しているのは、15時頃だったと思いますが、引き込み線から引き出されたタンク車が小さな機関車に引かれて和歌山操駅まで走っていくのが印象的でした。

本州化学

当時の国体道路は今と比べるとこの付近はまだまだ田畑も多く、広い道を遮るように大きな踏切が道路を遮るようになっていました。
バーではなく、上からロープが下りて来るイメージです。

現在沖斎場がある辺りを線路が横切っていました。

ただ、こうした引き込み線の列車は1日1本程度ですので、踏切信号機と呼ばれる信号機が踏切に設けられてありました。

引用元 http://law.jablaw.org/br_railroad

踏切信号があれば、一旦停止しなくてもよいのはご存じの通りだと思います。
私も、この引き込み線を走る列車は1階しか見たことが無いのですが、移動機ではなく、本州化学で保有している機関車だったような気がします。

今となっては、当時そんな線路があったことを示すのは、オークワ駐車場の一部にその痕跡を残すだけとなりました。


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コメント
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