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現代英雄の仕組み

2011-07-07 | 雑記
さて、いきなりもう動画を貼り付ける。毎度の続きである。


第十九夜




物騒な話だが、アメリカではこういうゲーム(プレイヤーキャラの姿が映っていない形のものだが)が、軍の資金で開発、無料運営されているそうだ。

米軍の訓練紹介というやつで、これでやっていける体力がありそうなら、軍においで!というわけだ。上のゲームみたいに、異形の化け物を相手にするわけではない。


中国でも同じように、そういうゲームが作られているそうだ。もう出ているかもしれないが、詳しくは知らない。



ところで、情報源は分からないのだが、不穏な話がある。


そういうゲームを普段からしていた米兵は、作戦行動における敵兵殺害などに対する抵抗が少なくなる、という話だ。

回りくどく言うのは辞めて簡単に言おう。「人を殺すゲームをやっていると人を殺すのがなんともなくなる」というわけだ。


最近は、「人そのもの」を殺すのは風当たりが悪いので、ゾンビになったりしている。やたらゾンビゲームが流行って(特に海外のゲームだが)いるのは、偶然ではないと思われる。


散々ゲームをやってきて、そういう話が出たら否定してきたのが自分の立場であった。別にゲーム業界に勤めているわけでもないし、知り合いが働いているわけでもない。

ただ、ゲームは悪くない、と信じてきただけであった。


それならば、対象を殺害するゲームでなければよいだろう、と思われるだろうが、実はそんな簡単な話ではない。


ゲームの簡単な流れを言えばこうなる。

提示された目標を、指定された行動で、指定の時間内や指定の得点圏で持って攻略した時点で、目標達成とみなす。


実際、上記の「人を殺すゲーム」というのも、この形なのである。言うまでもなく、TVで流されるスポーツなどもまったく同じである。



「人を殺すゲーム」を普段やっていた人間が、殺人に対する抵抗を覚えにくくなる、というのはつまり、人を殺す疑似訓練を行っていたから、というだけではないといえる。

軍隊の、というより社会の仕組みとすらいえるのだが、命令に対して服従するのが下部構造に所属する場合の存在意義といえる。上からの命令は絶対だと当たり前に思うならば、「人を殺せ」と命令されて抵抗を覚えることはなくなる。


さて、簡単なゲームの流れというのをもう一度振り返るとしよう。

まず、目標の提示。某ヒゲ男のやつなら、さらわれた姫を助けに行くと。なんでさらわれたのか、というか何で自分がいくのか、という疑問は持つ持たないは別として、語られることはまずない。語られる事になったとしても、「主人公」が動く動機を一方的に提示されるだけになるだろう。

次、指定の行動及び、時間内に攻略すること。某ヒゲの男ゲームは、最近のは知らないが、カウントがあって、その時間が0になると、プレイヤーキャラが死亡する。なんで死ぬのか、という突っ込みはどうでもいいが、そうなる。
行動といえば、敵を踏んづけて倒す、というのもある。踏んでも踏まなくてもいいが、敵なので踏んでよい、というわけである。踏めない、踏みにくい敵もいるが、そういう話ではない。そうやって敵を避けつつ倒しつつ、ゴールを目指して突っ走るわけだ。

指定の得点圏は、この場合はプレイヤーのリトライ可能数を使い切らないで攻略する、という意味でもよいだろう。点数や取得アイテムによるリトライ数の増加、というのも考えられる。


では、当てはめなおしてみよう。

提示された目標(敵を殺害せよ)を指定された行動(まあ色々)を指定された時間内(即座にやれば誉められるだろう)と得点圏(百万人殺せば英雄だろう)で持って攻略した時点で、目標達成となる。

達成された目標というのは、作戦行動(つまりは上の都合)の達成と、被支配者の人間性の破壊、という意味で二重になされたといえる。


それはでも、軍隊と戦争を行っているところででの話だろう?と思うだろう。

ちらっと書いたが、上に「社会の仕組みとすらいえる」と書いてあるのを見出せるだろうか。


こちらが示した枠組み(ゲームの流れ)自体は、それほど練りこんで考えたものではないので、柔軟性に欠けているだろう。だが、世の、またこれを読んでいるあなた自身の現状を当てはめて考えてみると、何か見えてくるかもしれない。何も見えなかった、というのも別に構わない。こちらが提示した枠組み自体を疑えばいい。では、また。

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