少し古い話ですが、今年の8月に黒田寛一が死去しました。なんといってもその業界(←どの業界だ)では伝説の人なので、新左翼ウォッチャー(?)の私としては何やら感慨深いものがありました。
最近、早稲田文学が出しているフリーペーパー『WB』Vol.06_2006_09に面白い記事があったので紹介します。
黒田寛一と網野善彦、意外なつながりでした。
※画像は黒田寛一。結構貴重では。
<元革マル最高幹部>黒田寛一氏死亡 公安当局の調べで確認
過激派「革マル派」の最高指導者、黒田寛一元議長(78)が今年6月下旬に埼玉県内の病院で死亡していたことが、公安当局の調べで分かった。黒田元議長は同派が結成された1963年から最高幹部で議長を務めた。96年の政治集会で、議長を退くことが表明されたが、その後も最高指導者として組織を指揮していたという。
(毎日新聞) - 2006年8月10日12時10分更新
革マル派・黒田前議長が死去 辞任後も強い影響力
過激派「革マル派」の実質的指導者である黒田寛一前議長(78)が6月下旬に埼玉県内の病院で死亡していたことが関係者の話で10日分かった。
黒田前議長は昭和38年に日本革命的共産主義者同盟(革共同)が分裂して革マル派が結成されて以来議長を務めた。平成8年に辞任後も強い影響力を及ぼしていた。
昭和42年以降は集会などに姿を見せず、演説は録音テープで流したり代読されたとされ、消息は謎に包まれていた。
産経新聞(2006/08/10 11:47)
最近、早稲田文学が出しているフリーペーパー『WB』Vol.06_2006_09に面白い記事があったので紹介します。
黒田を麻原とアナロジーしてみるのは、黒田が旧制高校以来の網野善彦(歴史学者)の友人であり、その網野は中沢新一の叔父さんであり、中沢新一の『虹の階梯』(平河出版社)はオウム真理教の必読文献で……といった連想ゲームによるばかりではない。(すが秀実「たのしい革命(6)」)
黒田寛一と網野善彦、意外なつながりでした。
※画像は黒田寛一。結構貴重では。