竜の護る島
日本よりはるか彼方、インド洋に浮かぶ孤島の物語。
その異郷の地にて伝え聞いた話しでございます。
青く広がるインド洋に浮かぶその島には、太古の昔、この大地から1匹の竜が生まれました。
竜は、動物とも神とも異なる存在ではありますが、この島の護り主となり、この緑の大地に抱かれ、豊かな自然とともに暮らしておりました。
ある時、豊かな大地を求めた人間たちが、インド洋の荒波を越え、命からがらこの島にたどり着きました。
その航海は厳しく、体力のない年寄りや、女、子どもはほとんどが命を落としました。
この島にたどり着いたのは、男たちと、何とか航海を乗り切った少女一人だけ‥‥。
そしてその島で少女は竜と出会ったのです。この少女には特殊な能力が備わっており、竜とコンタクトをとれたただ一人の人間でした。
航海中、両親と祖母を失い、たった一人になった少女の寂しさと、何者にも交わることなく、島の大地と自然を護ってきた竜の想いが共鳴しあったのでしょう。
少女との交流は、ずっと孤独の中に生きて来た竜の波動に癒しと愛を与えました。
この竜が唯一心を開いたのが、この少女だったのです。
しかし、この島にたどりついた人間たちは、自ら生きていく為に、島の自然を切り開いていきました。
そんな姿を見て、竜は人と自らが交わり生きていくことは出来ないと感じました。
竜は偉大なる力を備えておりますから、人を滅ぼすこともできました。
しかし、深く深く思い悩んだ末、竜は人を滅ぼす道ではなく、この島がこれからどのような姿になっても、偉大なる自然の恩恵を賜れるよう、自らその身を滅ぼし、この島の大地に宿る道を選びました。
竜は天に昇り、龍神にもなれる定めも捨てて、この島の大地に自らの血を注ぎ、永遠に島を護る決意をしたのです。
例えその形を変え、失われるものがあったとしても、それが新たな者の生きる場になるものであれば、それも必要な変化だと悟ったのでしょう。
何より自らに深い愛と、心を通わせる喜びを教えてくれた少女にとって、最高の環境で生きてほしいという想いが強かったのです。
少女は泣きながら、必死に止めました。
少女にとっても竜は唯一、心を許せる存在。
しかし竜の決意は固く、自らの喉を掻っ切って、血を流しながら島の上を飛び続けたのです。
少女には、竜の苦しさ、傷みが手に取るように分かりました。
何度も「やめてください」と叫びました。
やがて竜は力つき、全身傷つき、血だらけになって少女の元へと戻り、ばったりと横たえました。
少女は竜の体をさすりながら、ずっと泣いておりました。
すると竜は、少女を見て微笑み、大きく一呼吸すると、その最期を迎えたのです。
少女の傍らで最期をとげた竜の表情は、苦悩ではなく、穏やかなものでした。
神上がりをする前に、自らの意思で身を滅ぼした竜には、神力は与えられません。ただひとつ許されるのは、自らの血を注いだ大地と、その地に住まう者を護ることのみ。
自ら滅することで、少女を護ることを選んだ竜。
その後、少女は竜の想いを人々に伝えました。
少女の話を聞いた人々は、自らの行いを反省し、やみくもに自然を切り開くのではなく、可能な限り、自然と共存していく道を歩み始めたのです。
そして少女は、その竜の波動が宿る大地に護られ、生涯豊かで幸せな人生を送りました。
少女がやがて天に召され、その魂が輪廻転生を繰り返していく中、竜の波動は、この島の大地に留まりながらも、ずっと少女のことを想っていました。
それは長い長い生涯の中で、唯一心を通じ合わることができた人間なのですから。
そして今もこの島の自然は護られ、竜はこの地の守り神として祀られております。
インド洋に浮かぶ、異郷の島には、その身を滅ぼした竜の想いが大地から今も沸き起こり、島全体を優しく包み込んでいるのでございます。