東京さまよい記

東京をあちこち彷徨う日々を、読書によるこころの彷徨いとともにつづります

奴坂

2011年06月29日 | 坂道

奴坂下 奴坂下 奴坂下側 奴坂下側 前回の阿衡坂下は、また、奴坂の坂下でもある。阿衡坂下をそのまま東へ直進すると、奴坂の上りとなる。坂下側では緩やかだが、左に緩やかにカーブするあたりから次第に勾配がきつくなる。カーブしてからすぐに坂上に至る短い坂である。坂上を右折しちょっと歩くと御薬園坂の坂上である。

坂上左手に小さな公園(本村公園)がある。近くの自動販売機で買ったペットボトルでのどを潤しながらここで一休み。

何年か前に今回と同じく新坂の方から来てこの坂を上り、短い小坂ながらなかなか風情のある坂で好きになった覚えがある。そのときの印象と今回の坂下の風景がちょっと違っているようである。もっと庶民的な感じがしたような気がする。住宅が新しくなったためのようである。やはり東京は変貌がはげしい。ここに限ったことではないが、いまさらながら感心する。坂巡りをはじめて数年しか経っていないのに、もう変化があらわれている。

奴坂上 奴坂上 奴坂上 奴坂上 坂上に来てなんか足りないと思ったら、標柱が立っていない。下の3,4枚目の写真は、昨年(2010)1月に撮ったものであるが、このときは坂下から見て坂上右角にちゃんと立っていた。かなり老朽化していたようなので新しいものに取り替えるのだろうか。標柱には次の説明があった。

「やっこざか 竹ヶ谷の小坂で谷小坂、薬王坂のなまりでやつこう坂、奴が付近に多く住んでいた坂の三説がある。」

横関は、三説のうち、薬王坂のなまり説をとなえているが、正確には、この坂名を京都から借りてきた説。京都市の北部、左京区の鞍馬から静原へ行く途中の坂に薬王坂というのがあり、やっこう坂といったが、いつの間にか、やっこ坂となまって、奴坂とも書くようになった。そばにあった薬王堂が坂名の起因である。江戸麻布の御薬園坂は御薬園のそばの坂であった。薬園には薬師がつきもので、この麻布薬園には栄草寺とよぶ薬師堂があったが、ここへ西の方から上ってくる小さな急坂が奴坂である。ただし、京都のように薬王坂→やっこう坂→やっこ(奴)坂と転訛したものではなく、薬師堂前の坂なので京都の鞍馬の奴坂と薬王坂を連想してそのまま奴坂の名を借りた、ということらしい。

『御府内備考』の本村町の書上に次のようにある。

「西の方にこれ有り登り十二間幅三間里俗奴坂と唱候古来この所に竹ケ谷ツと申す場所これ有候この谷の小坂ゆえ谷ツ小坂に御座候文字書違え奴と当時の者認め候」

竹ヶ谷(たけがやつ)の小坂→谷ツ小坂→奴坂の転訛説は『御府内備考』からきているようであるが、『麻布区史』の編者はこの説を疑問視しているとのこと(石川)。

奴が付近に多く住んでいた説は、なにから来ているか不明。

奴坂上 仙台坂上から奴坂上へ向かう通り 奴坂上標柱(2010年1月) 奴坂上標柱(2010年1月) 近江屋板江戸切絵図に、前回の記事のように、坂名はないが、坂マーク△が見える。坂の両わきに、丁とあり、その南側に称念寺、北側に遍照寺がある。戦前の昭和地図には奴坂とちゃんとのっている。

上記のように1年半ほど前の冬に、この坂に来ている。このとき、がま池の方からやってきて仙台坂を下ろうとしたが、奴坂が近いことに気がつき、ついなつかしくなって、ここに寄り道をしたのであった。そういう気分にさせる坂である。

二枚目の写真はその途中の通りである。この通りは、直進すると、やがて右手に、本村公園、奴坂上が見え、御薬園坂を下り明治通りに至る。 ここは、いわゆる高台にあるにもかかわらず、昔風の商売屋の建物などが並んでいて庶民的で下町風になっている。がま池の方から来たのでなおさらそういう感じを受けたのかもしれない。規模は小さいが高輪の二本榎通と似た雰囲気がした。通りの建物を冬の弱い西日が照らしている。冬の夕暮れ前午後四時ころであった。 

奴坂下 奴坂下釣堀 奴坂下釣堀 奴坂下釣堀(2010年1月) ところで、奴坂下を左折(阿衡坂下を右折)すると、左の写真のように、細い下り坂がまっすぐに南へ延びている。ここを下っていくと、突き当たりが、意外なことに釣堀である。衆楽園というらしい。何人かの人たちが釣り糸を垂れていた。

この細い坂は下りに向かって右が小学校で、左が住宅で昔ながらの雰囲気がある。奴坂下のかつての風情がこちらの方に残っている感じである。地図を見ると、釣堀の東側が称念寺のようである。

右の写真は、上記の1年半ほど前に来たときに撮ったもので、営業終了後のため釣り人がいなく、ちょっとさみしい雰囲気が漂っている。白い猫がぽつんと座っている。
(続く)

参考文献
横関英一「江戸の坂 東京の坂(全)」(ちくま学芸文庫)
山野勝「江戸の坂 東京・歴史散歩ガイド」(朝日新聞社)
岡崎清記「今昔 東京の坂」(日本交通公社)
石川悌二「江戸東京坂道辞典」(新人物往来社)
市古夏生 鈴木健一 編「江戸切絵図 新訂 江戸名所図会 別巻1」(ちくま学芸文庫)
「嘉永・慶応 江戸切絵図(尾張屋清七板)」(人文社)
「古地図・現代図で歩く戦前昭和東京散歩」(人文社)
「大日本地誌大系御府内備考 第四巻」(雄山閣)

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