道端を歩くわたしの脇を、自転車に乗った小学校低学年くらいの女の子が、
「すみません」
と、後ろから声を掛けて、追い越して行った。
そして、その先の横断歩道で信号待ちをしている母親の自転車へと、追い付いて行った。
まだ小さな女の子が、徒らにベルを鳴らすのではなく、「すみません」と声を掛けたことに、わたしは感心した。
そして、あのまだ若い母親の“躾”のほどを、好ましく思った。
学力ば . . . 本文を読む
ここまでずっと失敗談ばかり聞かされて、いい加減イヤになってきたでしょ?
はっはっは。
だから、初めに言ったじゃないですか。
…はい?
ああ、福間美鈴さんですか?
いまでもお友達ですよ。
彼女は現在(いま)では、一人前のスタイリストとして、東京で立派に仕事をしています。
では、ですね。
これまでずっと“残念な”お話しばかりしてきましたから、最後にこんなエピソードを付け加えて、お仕舞い . . . 本文を読む
「この仕事、私はとても好きなんですけど、たぶん素質がないんでしょうかね…。教わった技術がなかなかその通りに出来なくて…。先輩は焦らなくていいよ、って言ってくれるんですけど、まるで応えられない自分が悔しくて…」
福間美鈴さんはコーヒーカップを見つめたまま、下唇を噛みました。
「それで、いつもお店が終わった後に、外でカットモデルになってくれそうな人を探しているんですけど、私見るからに下手くそに見え . . . 本文を読む
「おどり、と云うとダンスとか…?」
「いえ日舞…、日本舞踊、ですね…」
「ああ…」
福間美鈴さんは、スゴイ…、という目でわたしを見ました。「和モノのほうなんですね」
わたしは、女優を目指しているはずなのに、それを堂々と人前で言えない自分が、情けなくなってきました。
しかしわたしは、この日事務所を解雇されて、女優志望であることを公けに示すものは、もはや何も持ってはいないのです…。
. . . 本文を読む
カットをしている時の彼女の目は、真剣そのものでした。
声を掛けられないくらいに。
でも、とても素敵な目でした。
そして髪を扱う手つきは、とてもインターンとは思えないほど、鮮やかなものでした。
美容師に髪を触られて、初めて「心地好い」と感じました。
一時間後、彼女はわたしの希望通り、一時間前とは全く違う高島陽也を、鏡に映し出しました。
「いかがでしょうか…?」
彼女は鏡越しにで . . . 本文を読む
「……!」
わたしはゾッとして、慌てて柵の内側に身を引きました。
そして、声を掛けてくれた人を振り返りました。
それは、わたしと同い年くらいの女性でした。
もしこの女性が声を掛けてくれなかったら、わたしは既にこの世にいないはずの人に誘われるまま、眼下の高速道路へと、転落していたことでしょう。
「あの…、どうなされたんですか?」
その女性は、わたしが何をしようとしていたのかを承知 . . . 本文を読む
それから一ヶ月くらい経つと、ようやく気持ちが落ち着いてきました。
で、「TOKYO温度」のDV云々Dのことが気になってきたので、試しにキャロットカンパニーのHPを開いてみました。
しかし、それについては、全くアップされていませんでした。
それどころか、所属タレントのコーナーが、削除されていました。
彼らはあの後クビになったのか、或いは自分たちから愛想尽かして出て行ったか…。
そのどち . . . 本文を読む
この「TOKYO温度」は…、ですから笑い過ぎ…、この自主制作映画は、実際に日本各地の町興しイベントへ持って行って、そこで上映する、…はずでした。
少なくとも、最初に磯江氏がわたしたちに説明したコンセプトは、そうでした。
そして、舞台挨拶にわたしたちを登場させて、ミニトークショーへと持っていく、そんなことも熱っぽく語っていました。
ですからわたしたちは、当然一方で町興しイベントの企画も進行し . . . 本文を読む
またそれか…、とわたしは内心ウンザリしました。
イベント企画会社としてはそこそこらしいですが、本業なる映像屋としては、しょせん下請けレベルでしかないこの男に、果たしてどれだけギョーカイの芯(ピン)に力を持っているのやら…。
なんといっても、その役者が出世するもしないも、結局は事務所とマネージャーの“押し”の強さに掛かっているわけですから。
そうですよ。
当人の実力なんて、関係ないんです。
. . . 本文を読む
二十五歳―
世の中の女性のタレント志望が、そろそろ焦りだす年齢でもあります。
あと五年で三十代、もう“若い”と言える年齢ではなくなってくるわけですよ、あのギョーカイでは。
十代後半から二十代前半が、タレントとして最も光り輝く時期―なんて考えるタイプのコは特に、
「何とかして結果を出さなきゃ…!」
といった傾向が顕著で。
それでいろいろなことやって、結局は失敗に終わるんです。
そのま . . . 本文を読む
その人とは、翌朝の朝食バイキングで、初めて会いました。
向こうから声を掛けてきたんです。
「お食事中に失礼ですが、昨日、宴会場のステージで、舞踊ショーをやっていた方ですよね…?」
と。
「はい…」
誰だろう、劇団ASUKAの追っかけかしら、と思いながら返事をすると、その人は自分はこういう者です、と名刺を差し出しました。
それには、
“キャロットカンパニー代表 映像作家 磯江寿尚” . . . 本文を読む
とりあえず、
「飛鳥武流は都合により本日は休演させていただきますが、代わりに一座の若手花形が、ワンマンショーで勤めます!」
という触れ込みでいくことにしました。
担当者の男は名前について、「お客はどうせ分からないのだから“飛鳥琴音”を名乗ってしまえば」、と言いましたが、わたしはキッパリ、高島陽也でいく、と答えました。
もっとも彼は、わたしが女なのに“はるや”なんて男名前を名乗っているもの . . . 本文を読む
車寄せに付けたトラックへ走って行く運送屋さんの姿を見ながら、わたしはなぜあの人がいきなりこちらへ寄って来たのか、やっと理解しました。
とんでもない人違いをしてくれたものです。
普通だったら、ここでイヤーな気分になるところです。
しかし本来の「琴音さん」は、もうこの世にはいないのです。
そのことが、わたしを複雑な思いにさせました。
何とも言えずにチャバコをを振り返ったわたしに、それま . . . 本文を読む
ホテルのレストランで朝食を済ませて、部屋へ戻ってTVをつけながら、東京へ戻る支度をしている時でした。
未明に山梨県内の中央自動車道下り線で、沿道の山から大岩が落下して安全柵を突き破り、ちょうどそこを通り掛かったワンボックスカーに直撃して車は大破して横転、乗っていた、
「劇団座長・飛鳥武流こと山田武さんと同乗者の男女四名は病院に運ばれましたが、間もなく全員死亡が確認されました」
と云うニュー . . . 本文を読む