しゃべるりんご。

こひら りんごの個人(またの名を変人、天然、馬鹿。)ブログです。
卒論と就活と部活に明け暮れてます♪

りんごの寝言秘話!の巻。

2007年02月27日 23時40分34秒 | りんごの日記。
私には、いろいろクセがある。
その1つが、「寝言を言う」だ。
今ではあまり言っていない・・・はずなのだが、以前はいろいろ爆笑のネタになっていた。

たとえば、小学生の時には突然、はやっていたSPEEDの歌を歌い出したというのだ。
「はぁ~てぇ~しぃ~なぁ~い~♪♪」という声が聞こえ、母がまだ寝ていないのかと部屋をのぞくと、そこには私がいつも通りすやすやと眠っていたらしい。
よく、歌うことはあるらしいのだ。
いつかは忘れたが、突然英語の歌を歌い出したという。
私はそのたびに「わからんけん、録音しとってや~。」と言うのだが、私があまりに突然歌うので、録音するタイミングがわからないらしいのだ。
うぅ~ん、確かに。
私ったら、ちゃんと「今から寝言言いまーす」って言ってから歌ったりなんなりすればいいのに。

それまでは、私の寝言(寝歌?)を聞くのは家族だけだった。
だから、もしかしたら友達は半信半疑に思っていたかもしれない。
しかし、ついに私の友達の1人が聞くことになった。
よーこーと一緒の部屋で泊まったときである。
(ついでに言っておくと、前回のUSJのことを書いたときの「絶叫系大好き少女」のれいかだ。)
私は、断言する。
神に誓ってもいい。
寝言を言った覚えはない。
これは本当だ。
しかし、朝目覚めてみると、よーこーがやけにニヤニヤしている。
何かあったのかと思っていると、「りんご、寝言言よったよ~。」と。

・・・・・・・・・・・の・・・のぁー・・・。

よーこーの話によると、彼女が少し早く起きてボーッとしていると、横の私が叫んだという。
「うわぁ~ん!!」
はぁ!?ちょっとりんご!?と思い、れいかが振り返ると、もう一度つぶやいたらしい。
「うわぁ~ん・・・もうやだ。」

・・・。

・・・・・・・・・・・・・。

何が嫌だったんだろう。
寝言を言わせるほど、私を追いつめたのは何だったのか。
それは未だにわからない。
しかし、泣くほどというのは・・・。
まぁ、母によると私は寝言でよく絶叫したり、大泣きするらしいのだが。(・・・・・怖ッ!)

でもこのごろは熟睡(・・・というより爆睡?)しているので、心配はなさそうだ。

こひら姉妹と絶叫系!!の巻。

2007年02月25日 23時16分28秒 | こひら家事件簿。
昨日、「ジュラシック・パーク・ザ・ライド」のことを書いた。
それで思い出したのだが、私たちこひら姉妹と絶叫系の関係だ。

私と姉は何だかおもしろい。
見かけも性格もほとんど正反対だ。
服の趣味まで正反対で、2人並ぶと友達に間違えられそうな姉妹なのだ。
しかし、私たちは変な点でよく気が合う。
たとえば家で鍋をしたときには、2人で目を光らせながら肉を取り合う。(そのため、この2人の口数が少なくなる。)
そしてなぜか同時に同じことを言おうとしたりする。
私が何気なく鼻歌を歌おうとしたら、同じ歌を同時に姉が口ずさんでいたり・・・ということはしょっちゅうだ。

極めつけは昨日も書いた「絶叫系」。
私も姉も、乗れない。
2人でこういう話になると、「怖いよねー」とかなり意気投合する。
しかしまだ姉はラッキーな方である。
絶叫系に乗った数は、私より少ないはずだからだ。
私はあのUSJで懲りたにもかかわらず、友達の「よーこー(仮)」に誘われて今まで合計すると4回、絶叫系に乗った。
1度目はあのUSJ。
2度目、3度目は東京ディズニーランドの同じようなアトラクション「スプラッシュ・マウンテン」を誘われて乗ってしまった。
そのとき失神していないのが不思議なくらいである。
そして4度目はまたUSJ。
今度は、「あの『ジュラシック・パーク・ザ・ライド』には乗らんよね!?乗るんやったらあたしはおみやげ売り場で待っとるけん!え?危ないって?いや、ホンマに怖いんやって、あたし!!ね?この通り!大丈夫やって、横で待っとるけん!・・・ってゆーか、あたしなんか誰も襲わんて!っね?っね?と、得意の早口でまくして、よーこーを納得させることに成功した。
・・・しかし、「それならあの小さいジェットコースターに乗ろう!」とよーこー。
そりゃぁ小さいのは小さいけれど、絶叫系には変わりないのでは・・・と思ったが、まぁ大丈夫かもしれないし、こういうのから慣らしていった方がいいのかも、と思い直し、スヌーピーの小さな室内ジェットコースターに挑戦した。
・・・・・・・・・・・・・・甘かった。
小さくても、やっぱり絶叫系であることには相違なかった。
ゴォォォォ・・・という風を切る音が聞こえ、自分が特攻隊になって敵を破滅させに行っているような気がした。
その横でよーこーが、「あはははは・・・!」と楽しんでいる声を聞き、どうやったらそんなに楽しめるのかと疑問に思った。
わかる人がいたら、お願いだから教えてほしい。
それから降りたあと、よーこーは満面の笑みで言った。
「あぁ~おもしろかった。よしっ、もう一回乗ろう!!」
・・・・・よーこーが、死刑判決を下す裁判官に見えた。
だが、ここで受け入れてはいけない。
日本には、三審制というものがあるのだ。
必死にまた早口でお願いして、もう1人の絶叫系嫌いの友達と一緒に残ることになった。
よーこーは、もう1人の絶叫系大好きな友達ともう一度乗ってきた。
うぅ~ん、すごい。
よくあれだけ体力がもつものだ。

だから、私と姉はUSJのアトラクションの話題になると、「E.Tアドベンチャー」の話しかしない。
あれだけ平和なアトラクションが、他にどこにあるのだ。
スリルはいらないから、ロマンを求めようよ、ロマンを。

これからも、絶叫系には乗らないんだろうなぁ・・・と思う。
私を絶叫系が大好きに変えられた人には、拍手を送る。
・・・いや、拍手だけじゃ足りない。
また考えておこう。

りんご、夢を見る・・・☆★の巻。

2007年02月24日 23時44分04秒 | りんごの日記。
私はよく、夢を見る。
それも、ぼやけてなどない、妙にハッキリとした夢なのだ。
という訳で、これまでに私が見た変な夢を記しておこうと思う。

ある友達は、モノクロの夢しか見たことがないらしい。
しかし私の夢は、全てカラーである。
・・・あぁ、モノクロで思い出したが、前にものすごく怖い夢を見た。
それは、私が小学生の頃の夢だ。
いつもの通りに普通に下校していると、前方に変なものが見えた。
それが、巨大イモムシなのである。
直径は約3メートル、全長は約7メートルもある、かなりの巨体だったのだ。
ここまで鮮明に覚えているのはなぜか、と疑問に思うかもしれないが、試しに見てみれば、きっとわかるだろう。
忘れようとしても、忘れられないのだから。
その巨大イモムシが近づいてきて、私の目の前を通り、また遠くに消え去るまで、私は夢の中で呆然と立ちつくしていた。
私は、目の前でうにょうにょと巨体を一生懸命動かすその巨大イモムシを、ハッキリと見たのである。
「気持ち悪さ」よりも、「怖さ」の方が勝っていたように思う。
その後、起床した私はこれは何かの暗示なのかと思い、部屋にある占いの本の数々をひっくりかえし、隅から隅まで夢占いのページを読んでみた。
だが、「巨大イモムシが現れる夢」なんて項目はなく、結局わからないままだった。

もうひとつ、私が見た怖い夢がある。
これも小学生の時で、修学旅行でUSJに行った数日後だったような気がする。
それまで、私はいわゆる「絶叫系」に乗ったことがなかった。
でも、「ジュラシック・パーク」の映画は大好きだったし、乗ってみようと思い、人生最初の「絶叫系」に挑んだのである。
「ジュラシック・パーク・ザ・ライド」という、ラストに25メートル真っ逆さまに落ちるという、非常にスリルのあるアトラクションだ。
・・・え?感想?
うぅ~ん、まぁ言ってしまえば・・・死ぬかと思った。
ついでに言っておくと、あまりの怖さに首がすくんで寝違えたようになってしまい、数分「痛いぃ~!」とうめいていた。
しかし、あのティラノサウルスは私の首を寝違えさせるだけでは飽き足らず、何と無礼にも、私の夢の中にまでダイブしてきたのだ。
私は夢の中で、ある深い深い谷間にいた。
誰もおらず、ひとりたたずんでいると、地響きが聞こえてきた。
そして・・・・・ヤツがやってきた。
鋭い牙を光らせ、目を大きく開け、こちらにせまってくる。
私は必死で逃げた。もう死にそうなくらいに走った。
そうしている間に、起きていた。
案の定、汗だくになっていた。
あぁ、何て無礼な恐竜だったんだ、勝手に人の夢に出ておいて。

さて、これから最後の特大の夢をご紹介しよう。
「特大」と言うよりは、「特長」と言った感じなのだが。
そしてキャストはこれまたすごい、あの有名なハリー・ポッター達なのだ!!
いつだったか、私は夢の中で、かなり怖い中年男性に追いかけられていた。
なぜかもわからず逃げていると、目の前に一台のワゴン車がとまった。
その中にはハリー、ロン、ハーマイオニーとあの3人がそろっていたのだ。
「早く乗って!」とハリーが言い、私はお礼を言って車に乗る。
となりにはハーマイオニー、運転席にはロン、そして助手席にはハリーが乗っていた。
ついでに言っておくと、普通の車で、普通の車道を通っている。
そしてなぜか学校に車をとめ、校舎にあいた小さな穴に入れと言う。
はぁ!?と思っていると、あっという間に3人とも入ってしまった。
意味がわからないうちに私も入っていた。
なぜか中は広い部屋になっており、なぜかハーマイオニーが鍋で何かを煎じていた。
そして「ここなら大丈夫よ」と彼女が言った矢先、あの男性が窓から顔を出した。
しかし彼には入れないらしい。
するとその男性は「よし、バジリスク、おまえが行け!」と叫んだではないか。
ハリポタに興味のない人のため言っておくと、バジリスクは有名な・・・いわゆる毒蛇である。「ハリー・ポッターと秘密の部屋」の映画を観ていただくと、その怖さがわかるだろう。
私が身がまえていると、その「バジリスク」とやらがやってきた。
・・・・・映画で観たものより、恐ろしいものが。
何と、その蛇はピンクのスケルトンだったのだ。
鮮やかなピンク色で、何だかかわいらしささえ覚えるほどだった。
それが目の前でうにょうにょと巨体を一生懸命動かすのだ(またかい)。
そしてそれに追いかけ回されながら、私はまた汗だくで目を覚ますのだ。
あの夢は、何の暗示だったのか。
未だ持って不明である。

しかし、ティラノサウルスや蛇やイモムシなど、嫌いなもの(怖いもの?)が夢に出てくることもあれば、ハリー達など大好きなものが夢に出てくることもある。
本当に謎だ。好きなものなら、毎日でも出てくれていいのに。
あぁ、でも私はよく見ているではないか。
本当に幸せな夢を、よく見る。
私の夢は、極端すぎるのかもしれない。
でも、どちらも怖くて、悲しい夢ばかりだ。
そりゃぁ、ティラノサウルスは、怖い。
かといって、本当に幸せな夢を見たときも、私の心が晴れることはない。
その夢での幸せと、今の現実を比べて、よけいに自己嫌悪になるばかりだ。
それなら、いっそ怖い夢を見続けた方がいいのかもしれない。
このごろ、私はそう思っている。

・・・・・このブログのネタにもなるしね

こひら家夫婦再び!の巻。

2007年02月21日 18時31分09秒 | こひら家事件簿。
こひら家の母は、「教育ママ」と評判なのはほぼ毎回書いてきた。
・・・そう、私は毎日このネタを書いているようなものなのに・・・。
なぜネタが切れないのだろうか。
これからも、母の鬼母っぷりがつきない限りは私の辞書にネタ切れという文字はないだろう・・・。

さて、実を言うと母と今さっき、言い争っていたのだ。
原因は私がTVを見ながら勉強していたからなのだが。
しかし、そのときの母のセリフがすごかったので紹介する。
私「でも、数学なんかTVでもつけとかんとテンションあがらんのに。」
母「高校に行ってそれで通用すると思ってるの!?」
私「・・・・・(だって・・・。)。」
母「数学は特に、やり直しが大切でしょう!?」
ここまでは普通だが、その次の母のセリフが・・・。
「あのね、一度解いてわからんかった問題は、何度でもやり直さないかんのよ!わからんかったら、そのわからんかった問題に何でもええけん-あぁ、蛍光ペンか何かがいいわね・・・とにかく目立つペンで-印をつけるんよ、丸って!大きく丸よ!それから、どんなに考えてもわからんかったら、お父さんでもお姉ちゃんでも誰にでも聞かんかい!そのくらいはせないかんよ!そうやってね、何度も何度もくりかえして解くんよ!何度も何度もできるまでやるんよ!そのくらいはせんとね、高校なんかではついていけはせんのんよ!!わかった!?
私「・・・・・(す・・・すごいぞこの母。うわぁ、これは今度のブログのネタにせないかん。)。」
母「返事はっ!?」
私「・・・・・ねぇ、もう一回言ってくれる?さっきの。(メモとっとこ。)」
母「ふざけとんの!?」
まぁ、こんな感じで、メモはあまりとれなかったがすごかったのである。
30センチも離れていない目の前で、あれだけのセリフを一度もつっかえずに、それもかなりの大声で言ってのけたのだ。
どうしてただの専業主婦なんかになったのだろう。
少しばかりそんな思いが頭をよぎる。
しかし、母が「ただの専業主婦」になってくれていないと、私はこの世に生まれてこなかったと言うことになる。
おぉ、怖い!!
やっぱりありがとう、教育ママ!!
母も母なら父も父。
あれだけ穏やかな父と、この鬼母が・・・と思わないこともないが、やっぱり人間、自分にないものを求め合うのがサガってものなのだろうか。
(「サガ」という意味があまりわからないが、何となくカッコいいので使ってみた。)
ちなみにどんな占いでも、いい結果が出たことがないという2人である。
だから、世の中の占い信者さんの中で、恋人との相性が悪くて不安におちいっている人はまず心配ない。
ハッキリ言って、こひら家の夫婦はラブラブだからだ。
たぶんこの2人は、おじいちゃんおばあちゃんになってもこのままだと思う。
「おい、ばぁさんや」「はい、じいさん」なんて、マンガにあるような関係になっていること間違いなしだ。
こひら家のすばらしい母と、すばらしい父に拍手!!

りんご、勉強会をする!の巻。

2007年02月19日 21時12分07秒 | りんごの日記。
昨日、友達が家にきた。
何しにって?もちろん遊びに来たわけではない。
私たちは、天下無敵の受験生なのだ。
と言うわけで、私の家で勉強会(?)をすることになったのだ。
友達は、このブログによくきてくれる「りょうか(仮)」だ。
英語が苦手なので教えてほしいと言うことだったが、はたして私に人を教えられるのか、少し不安になった。
そこで、母に救いを求め、困ったときは「助っ人」として助けてくれるように頼んでおいた。
いつもは教育ママで不満に思うときもある母だが、こういうときには力を貸してくれる、とても頼もしい母なのだ。

しかし、私の意に反してその「助っ人」さんは、最初から座っていた。
我が家のリビングのコタツに、りょうか、私、母が入る。
うぅ~ん、これでは何が「助っ人」なのかわからない。
そしてさっそく勉強会が始まったが、最初から母はぶっとばす。
すばらしい教育ママ旋風を吹きあらす。
りょうかが必死で考えた答えを聞き、笑顔で「うん、違うね。」と即答。
お願いだから、私に教えるときいつもする「鬼母モード」にはならないでくれ、と必死に願った。
ちなみに「教育ママモード」のうちはまだ大丈夫である。
これがあまりにできていないと、格が上がって「鬼母モード」になり、怒声と罵声の入り混じったすごいお説教となる。
私の場合、慣れているのでへりくつを言って何とかごまかす。
たとえば、以前の口げんか(?)はこんな感じだった。
母「何でこんな問題がわからんのん!?前に一度解いたやろ!?」
私「何でって言われたかて、人間誰しも忘れることはあるんじゃって先生言よったもん!」
母「それとこれとは話が違うやろ!」
私「違わへんて!この世の全てのことはつながっちょるんじゃきにー!!」

↑これは私が煮詰まったときによく使う、「方言作戦」その1である。(ちなみに高知弁・・・のはず。)

母「意味わからんこと言わんの!だいたい、いーっつもコタツで勉強するけん寝てしまうんやろ!?」
私「そっちの方が話違うやん!コタツいうたら寝るためにあるもんよ。うん。」
母「違うやろー!あんたのためにリビングにコタツ置いたんと違うんよ!?」
私「へぇ~、今初めて知ったわそんなこと。勉強になったわ、ありがとう。」
母「何がじゃぁーっ
・・・・・とまぁこんな風に、するりと母の怒りをかいくぐるのである。
参考までに言っておくと、「方言作戦」のその2は「~じゃけぇ!」の広島弁、その3は「~だべさー!」の青森弁、その4は「~やねん!」の大阪弁である。
まぁ、大阪弁と言っても河内弁の「いてこましたるぁーボケェー!!」みたいに恐ろしいことは言っていないので安心していただきたい。

まぁ、そんなこんなで時間は過ぎ、りょうかは無事こひら家から脱出することができた。
りょうかはとても喜んでくれていたが、私はあまり・・・というかほとんど役にたっていなかったので、ちょっと肩身がせまい感じだ。
りょうかが今度くるときは(わからないけど)、もしかすると「鬼母モード」になるかもしれない。
そのときは、ヘッドホンを持ってきた方がいいと思う。

みなさんも、こひら家にくるときはぜひヘッドホンをご用意いただけると安全である。

りんごと姉はボケコンビ!?の巻。

2007年02月18日 23時29分25秒 | りんごの日記。
私には一人の姉がいる。
今は一人暮らしをしているが、たまに帰ってきたときには我が家にさらに爆笑をもたらしてくれる、すばらしい姉だ。
その他にも、私と姉は何だかおもしろいコンビだと思っている。

今日、友達と話していて、浜崎あゆみの話になった。
あゆと言えば、あのでっかいおめめと独特な声が思い浮かぶ。
以前、姉が帰省していたとき、あゆの「JEWEL」を鼻歌で歌っていたことがあった。
私「でもさ、あゆって声を全部鼻にかけて歌っとるよね。」
姉「確かに。鼻濁音ってやつかな?」
と言うわけで、鼻にかけて2人で歌ってみたが、微妙だった。
そこで姉はひらめいた。
姉「わかった。鼻つまんで歌ったらええんよ。
うぅん、何で今まで気がつかなかったのだろう。
大発見をした私たちは、鼻をつまんで歌ってみることにした。
私・姉「きゃなしくぅぬぁんかぬぁ~いのにぃ~、なみだがぁこぉ~ぼれぇ~たのはぁぁ~♪♪」
うん、いい感じである。
しかし、何だか最後のフレーズだけ違和感を感じた。
私・姉「ぼくのとぁい~せつぅ~なたぁ~ぁから、ものぉ~♪」
と言うところである。
そこで私がひらめいた。
私「あっ、そうや。ちょっと聞いとって。
  ぼくのとぁ~い~せつぅ~なたぁ~ぁから、まなぁ~♪♪ってどやろか?」
完璧である。
私は自分のひらめきに、少しばかり感動した。
皆さん、これはオススメである。
かなりの確率であゆに近づくことができる。
今度、カラオケに行ったときは、ぜひ試していただきたい。
鼻をつまみながら歌えば、あゆの曲はほとんどカバーできる。
まぁ問題点と言えば、つまみすぎて鼻が痛くなることである。
まぁまぁ、そこのあなた。
「誰がそんなことするかぁ!!」なんて言わないで、一度試してもらいたい。
ほら、鼻つまんでーいち・にの・さん・はい

ね、あゆっぽいでしょ?

ちなみに私は生まれてこのかた、カラオケというものに行ったことがない。
忙しいのと機会がないせいもあるが、正直言うと我が家にはあまり必要ない気がする。
TVでフォークソングが流れると必ず熱唱しだす父。
私がCDで「オリノコ・フロウ」をかけると必ず歌い、おまけに踊りだす母。
妹が横で勉強しているにもかかわらず、はやりの曲を歌いまくる姉。
一番苦手な教科の勉強中にもかかわらず、それにつられて歌いまくる私。
すでに家がカラオケボックス状態だ。
・・・・・どうなっているのだろう、この家族は。
でもやっぱりカラオケには行ってみたい。
春休みの目標のひとつである。
(↑・・・・・ショボくね?)


こひら家母三度目・・・って何度出れば気が済むんだ!の巻。

2007年02月17日 18時21分33秒 | こひら家事件簿。
こひら家の母は「教育ママ」だと書いたが、その「教育ママ」っぷりがまだまだあったので付け加えておく。
世の中のお母様方必見である(ウソ)。
そういえば、今日何気なく「このブログって検索したら出てくるのかなー」と思ってYAHOO!で「しゃべるりんご。」と検索してみたら、何と一発で出た。
ちょっと感激した。
しかし、おそらくは「しゃべるりんご。」なんて変なブログタイトルをつけている人がそもそもいないのだろうと思う。
嬉しいような、自分が変人なだけなのか・・・。

さて、前置きはこれくらいにして、いよいよ本題に入るとしよう。
私は、夜眠る前に落書きしたり、マンガや雑誌を読むのが習慣になっている。
教育ママには「夜眠れないときは、勉強の本でも見てなさい!」と言われているが、学校の宿題と勉強と母からのお説教に疲れた体がやっと休めるというときに、私が「眠れない」というそれだけの理由でまた知識をぶちこむなんて、あまりにもむごい仕打ちではないか。
私はそんなことはできないのだ。
自分の身は自分で守らなくてはならない。
・・・と言いながら、私は毎日母の説教をかいくぐりながら、肌に悪そうなスナック菓子をたらふく体にぶちこんでいる。
そして翌日の朝、鏡を見て悲鳴をあげるのであった。
・・・おぉっと、話題がそれてしまった。
だから私は、母の言うことも聞かずに、眠れないときはコソコソとマンガを読んでいた。母はそんなこととも知らずに、娘が勉強の本を読んでいると信じながら、一階で食器洗いをしているという訳である。
そして私は眠くなると、マンガを枕元に置いて眠りにつくのだった。

・・・・・・・・・・しかし。

こひら家母、またの名を「鬼母」、そして私の友達からは「教育ママ」と恐れられる我が母が、それを見逃すわけがなかったのである。

ある朝のこと。
いつものように2階ですやすや眠っていた私は、ケルティック・ウーマンの癒される歌声と、目覚まし時計のそのかわいらしい風貌に似合わずかなりうるさいベル音と、一階からでも十二分によく響く母の怒声で起きあがった。
のろのろと着がえていると、何だか部屋に違和感を感じる。
あれ?と思い、よく部屋を見渡して、私はハッとした。

・・・・・昨日読んでたマンガがない。

いくら探してもない。
これはもしや・・・と思い、母に聞いてみることにした。
「ねぇ、私のマンガ、知らん?」
「・・・あぁ、あれ?隠したよ。
「・・・・・・・・・・・・はぁ!?」
母の方が、一枚上手だったわけである。
おかげで私はテレビもマンガも、時にはCDまで制限される中で、勉強に没頭させられることとなったのであった。

しかし、その「テレビ禁止令」で私の道連れになってしまったのが、父である。
う~ん、父には何の罪もなかったのだが、私がいつもテレビのあるリビングで勉強していたので、私の勉強中には父もテレビは見てはいけないと言うことになったのだ。
・・・え?私が自分の部屋で勉強すればいいって?
まぁ、それはそうなのだが、2階は寒いし、1階の方がわからない問題があったときにいろいろ聞けて便利なのだ。
・・・まぁ、一番の理由はリビングにコタツがあるからなのだが・・・。
だから父は、自分のノートパソコンで(私が映像を見れないように)TVを見、さらに音が漏れないようにヘッドホンで聴いていた。
私はその静寂の中で勉強に集中することができたが、ときどき父が見ているのが感動ものドラマだったり、映画だったりすると、となりからすすり泣きが聞こえてびっくりすることがある。
特にこの前借りてきたDVD「明日の記憶」では、もう涙がナイアガラの滝状態だった。
昨日の最優秀主演男優賞をとったときの渡辺謙さんのスピーチでも涙ぐんでいた。
(余談だが、さっきこのパソコンで「わたなべけんさん」と打ったら、「渡辺県産」と出てきた。・・・・・ないだろ、そんな県。)
私も映画は大好きなので見たいのだが、今は時間がない。
・・・うぅ~ん。

長くなってしまった。
全く、こひら家のネタはいくら書いても尽きぬようだ。
・・・しかし当の本人は、このことを知っているのだろうか?
想像するだけで身の毛がよだつのでやめておく。


こひら家母再び・・・!!の巻。

2007年02月15日 17時56分12秒 | こひら家事件簿。
私は最近、ケルティック・ウーマンという歌手のCDを購入した。
トリノオリンピックで金メダルをとった、荒川静香選手を覚えているだろうか?
彼女がエキシビジョンで舞った曲が、このケルティック・ウーマンの歌う「You Raise Me Up」なのである。
女性5人のユニットなのだが、声がまずキレイだし、もうかなり良い感じだ。
そして勉強中にそのCDを聞いているという訳なのである。

先日も聞きながら勉強していたのだが、変なことが起こった。
勉強の合間に、ふぅと息をついて顔を上げる。すると・・・。

・・・・・・・ん?

私の目がおかしいのか、それともうちの母の方がおかしいのか。

その時かけていたノリノリの洋楽曲、「オリノコ・フロウ」に合わせて母が踊っていた。
それもかなりノリノリである。
母に言わせてみると、自分の所属している合唱グループで、今この曲を歌っているらしい。
まぁ「踊り出したいような気持ち」という表現は聞いたことがあるが、実際に踊る人は初めてだった。
しかし、母の天然ボケは今に始まったことではないので、冷めた風を装う。
私「・・・お父さん、どうしよう。変なオバサンがいるよ。」
父「それは幻覚だね。放っておきなさい。」
私「そっかぁ、あたしついに幻覚が見えだしてしまったんやなぁ・・・。」
父「見ない見ない。よけいに見えてくるよ。」
母も母なら父も父である。
私と父は、母がボケたときは必ず上のような会話をしている。
ポイント(何の?)は、ポーカーフェイスで言うこと。(だから何の?)
こうすれば、非常に「冷めた」感じになる。(何のために?)
最初は見るたびに爆笑していたが、最近では慣れたもの。
父なんてもっと慣れているだろう。
こひら家は、日常会話がコントなのか。

う~ん、何だか大阪みたいである。
↑行きたいな。今年は父が家族旅行に張り切っているので、そこでもまた事件が起きそうである。
またその事は報告するので、気長に待っていただきたい。
(いやまだ行くことすら決まっていないのだが・・・。)




りんご、風邪が長びく・・・の巻。

2007年02月11日 17時52分22秒 | りんごの日記。
なぜだろう。

なぜなんだろう。

私は今、非常に謎なことがある。

2週間前から、私は風邪をひいている。
そして治りかけの時、またぶり返し、最近父にまで菌をうつしてしまった。
・・・そう、父が風邪をひいたのは私よりも後なのだ。

なのに。

なのに。

どうしてもう治ってるんだろう。

体力の違いか、それとも抵抗力の違いか?
あぁ、どっちにしろこの差は大き過ぎはしないだろうか。
こっちはぶり返したとはいえ2週間もひいている。
なのに父は薬を少し飲んだだけで、何と3日で治してしまった。
うぅ~ん、恐るべしこひら家の父よ。
・・・いや、私がただ単に治りにくいだけなのか?
でもいくら何でも2週間はないだろう、2週間は!
もうずーっとシュンシュン鼻をかみ、ズルズルすすり、ゲホゲホ咳をして我慢してきたって言うのに・・・。
ハッキリ言うと「いいかげんにしてくれ!」
けれど、まぁ私の生活態度に風邪菌くんが怒ってしまったのかもしれない。
早寝早起き、頑張ってしよう・・・。
(でも怒ってくれるということは、この風邪菌は良い菌なのでは・・・?)

うぅん、しかしパブロンも咳止め薬もトローチも金柑のど飴も試したのに・・・。
やっぱり万能薬はないということだろうか。

しょうがない、もう少し頑張ってみるとしよう。

こひら家母登場!!の巻。

2007年02月09日 18時00分36秒 | こひら家事件簿。
こひら家の母は、ハッキリ言って「教育ママ」である。
娘がテスト前ともなればその教育ママっぷりはさらにすごいことになる。
特に長電話には厳しい。
長くなってくると、電話の横で無言の重圧をかけてくる。
だから私はいつも「ごめん、お母さんがうるさいから・・・」と言って電話をきる。
「鬼嫁」ならぬ「鬼母」である。

遊びに行くときも、たいてい口を出してくる。
ときどき他の家がうらやましくなったりする。
まぁ、世話焼きなのがもともとの性格なのだろうと思う。
けれどいつも私の話をよく聞いてくれ、大人のアドバイスをくれる、人生の先輩だ。
分からない問題があったときには必死に考えてくれる。
母が分からないときには、父や(帰省している時は)姉も手伝ってくれる。
そしてみんなが必死に問題を考えてくれているその横で、私はのんきにチョコレートを食べている。(おい!)
ちなみにチョコレートは、母が買ってきてくれた合格祈願用の「キットカット」である。
母はそれ以外にも、「ハイレルモン」などを買ってきてくれた。
父も「ゴー・カック(オー・ザック)」やサクランボ味の「キットカット」や桜梅味の「ポテトチップス」を買ってきてくれた。
これで合格できなかったらまさに「骨折り損のくたびれもうけ」だ。(・・・いや、「太り損」か?)

そしてこのごろ、母はまた教育ママっぷりを見せた。
私はそのころ、家のトイレのドアの裏に、歴史の年表(語呂合わせで覚えられるもの)を貼って覚えている。
そしてその年表を覚え、次に何を貼ろうか迷っていた時だった。
私が学校から帰ってくると、母がごそごそ何かを書いている。
何だろうと見てみると、小さな白い紙に英語の熟語を書いている。
私「え?何それ。」
母「ん?もちろんトイレに貼るのよ。
今まで、受験生が自分で年表を貼るのは聞いたことがあるけれど、その親が貼るのは聞いたことがなかった。
う~ん、すばらしき我が母よ。
娘の合格のためには労力を惜しまない、すばらしい(ある意味)人である。