あかない日記

写真付きで日記や旅行・趣味を書き留める

モロッコ紀行 132 マラケシュ

2017-04-25 | 海外・モロッコ紀行

 

 マラケシュのシンボル「クトゥビアの塔」

 

ベルベル語で「神の国」を意味するマラケシュは
モロッコのほぼ中央 南にオート・アトラス山脈を挟み
サハラ砂漠に対した
位置にある。

標高450m  66万人が住み 
モロッコ 第4の都市として

フェズに次いで 二番目に古い街でもある。

また 赤土の日干しレンガで造られた家並みが
赤茶色に見えることから

「赤い町」とも呼ばれている。


11世紀後半 最初のイスラム国家
ムラービト王朝の都と定められ

商業・経済・学問の中心として繁栄してきた。


度重なる王朝の栄枯盛衰のドラマを見てきた
メディナと呼ばれる旧市街は

世界遺産に登録されている。

主な見所は「バビア宮殿」
「サード朝の大廟墓群」「アグダル庭園」など

また 公開処刑場でもあった
「ジャマーア・エル・フナ広場」は

ユネスコの無形遺産に登録されている。

 

 

 

 

 

 

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モロッコ紀行 131 クトゥビアの塔

2017-04-24 | 海外・モロッコ紀行

 

  

マラケシュ市内に到着
早速 クトゥビアの塔を見学。

東西2km 南北3kmの城壁に囲まれたメディナは
世界文化遺産に指定されており

その西にそびえるクトゥビアは
高さ77mの美しいミナレットで
マラケシュのシンボルとなっている。

サハラの玄関口の見張り番のように建ち
西側イスラム世界で最も美しく
均整の取れた傑作といわれている。

1147年ムアヒッド朝の創始者
アブド・アル・ムーメンによって着工されたが

メッカに向いていないとして 中止になってしまった。

1199年 ラバトのハッサンの塔でも触れた
ヤクーブ・エル・マンスールによって建て直された。


なお 「クトゥビア」とは
アラビア語の「本屋(写本屋)」のこと、

12~13世紀にかけモスク周辺に
写本屋が集まっていたことから名付けられ

キャンバスには羊皮紙が用いられていたそうだ

 

 

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モロッコ紀行 130 COP22

2017-04-23 | 海外・モロッコ紀行

 

 

地球温暖化対策を話し合う

国連気候変動枠組み条約

第22回締約国会議(COP22)が

ここモロッコ・マラケシュで開催されるという。

半月後の11月7日から18日まで開催で

その準備真っ最中の会場脇を通過した。

2020年以降 197カ国・地域の国が参加する

「パリ協定」が発効して初めての会議になり 

政府関係者や非政府組織(NGO)ら

約2万人が参加するそうだ。

 
今回は実効性がある協定にするための

ルール作りが本題になり

15日からは閣僚級会合とパリ協定の

第1回締約国会議(CMA1)が始まるとのことだった。



当方も帰国し 会議に関心を持っていたが 


期待されていたパリ協定のルール作りは

無事にスタートすることが決まり。


また 2017年の次回COP23は

世界で最も深刻な温暖化の脅威に

さらされている国の一つ フィジーが

ホスト国となることが決まったとニュースされた。

 

(テレビニュースから)

 

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モロッコ紀行 129 ゴルフ場

2017-04-22 | 海外・モロッコ紀行

 

  

車窓からは マラケシュの町に近づいたことが分かる。

  突然 ゴルフ場の大きな看板が現れる。

当方 モロッコでゴルフとは 結び付かなかったが 

この国では サッカーよりも歴史は古く

充実したコースと施設が完備しているそうだ。

前国王ハッサン2世は 自らゴルフを好むとともに

ゴルフを中心とした観光誘致を目的に積極的に働きかけ

世界各国のVIPを招き プロアマトーナメントなどを開催した。

さらに富裕層だけではなく

一般市民にもゴルフを奨励し

モロッコ国内でのゴルフを盛り立てたことから

ラバト カサブランカ マラケシュ ワルザザートなど

各地の重要都市にはゴルフ場があり


それに付随してホテルやリゾート施設が整う。

今は 世界中のプロやゴルフファンの注目を集めており

 ゴルフを中心としたツアーも組み込まれているそうだ。

 

 

 

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モロッコ紀行 128 教育制度

2017-04-21 | 海外・モロッコ紀行

 

 

ツアーバスは 
マラケシュに向かってさらに下って行く。

途中の町で 学校帰りの生徒たちを見る。

モロッコの教育制度は
日本と同じ 6-3-3制で
小学校は 義務教育になっている。

大学へ進学する生徒は  高校3年生で
大学入学資格試験(バカロレア)を受験する。


学校は 月曜から土曜まであって
8時~11時 14時~18時。


給食はなく 昼食は 
各自自宅に戻って食べることになり

低学年の子どもは 母親が迎えに向う。


安息日の金曜も学校はあり
午後は15時からと 
昼休みが長く
土曜は午前授業のみになっている。

また 9月入学の2学期制が採用され
1学期は 9月~翌1月
2学期は 2月~6月までとなっている。

教育言語は アラビア語やフランス語で行われている。

義務教育は無料で 
送迎用の車も用意されているようだが
特に農村部の就学率が低く
国全体の就学率を
50%を超えるぐらいに
引き下げているという。

 

 

 

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モロッコ紀行 127 交通取締り 

2017-04-20 | 海外・モロッコ紀行

 

 

資料によれば これほど厳しい取り締まりは 
スピード違反だけではなく 他に理由があった。


政府は観光に力を入れており 
観光客を安全安心して
無事に旅行してもらうためからという。

観光バスは 会社組織で運行管理者を置き
規則を順守しているからなのか

捕まっているのは ほとんどが自家用車で
観光バスが捕まっているのは見なかった。


個人や少人数ツアーの場合は
個人的な旅行業者を利用となり
 普通車の利用となるが


その場合 旅行業登録証を携帯しているか
 加えて 乗客の病気やケガなど

不足に事態に備えて 常備薬を備えているか 
また その薬等の有効期限を調べるため
取り締まりをやっているという。

違反すれば 登録免許取り消し 
高額な罰金を科せられるのだそうだ。


こんなことからも
ベルベル人仲間の助け合い? があった。

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モロッコ紀行 126 スピード違反

2017-04-19 | 海外・モロッコ紀行

 

 

前回 ベルベル人の地位について触れたが
そのことを我々も知る場面があった。

ツアーの幹線道路のカスバ街道やそれに接続する道筋では
さかんにスピード違反の取り締まりが行われていて
その現場をいくつか目撃することができた。

近年のモロッコは 観光に力が入って
重要な観光資源になっている。

その観光ルートは フェズとマラケシュを結ぶカスバ街道筋と
その周辺がツアーの目玉になっている。


その観光地は アトラス山脈やサハラ砂漠などで 
どの場所も ベルベル人の土地になるのだが

ベルベル人は ベルベル語を話す人間しか信用しないため
この地で観光するにはベルベル人に頼らざるを得ない。

このことから モロッコの観光業は
ベルベル人が担うことになったという。

 我々のバスもすれ違う車から 何度かパッシングを受け
取り締まりをやっているとの合図を受け
手前でスピードを落とすことがしばしばあった。

取り締まる側は 公務員つまりアラブ系から守る

観光業仲間ベルベル系の助け合いの現れだった。


 

 

 

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モロッコ紀行 125 ベルベル人

2017-04-18 | 海外・モロッコ紀行

  (フェズ市内で)

前回 ベルベル人が話題になった。

モロッコの民族構成は
大きくアラブ系とベルベル系に分かれる。


前にもふれたが

モロッコは 8世紀にイスラム(ウマイヤ朝)に
征服されて以来
現在まで
アラウィー朝の後裔であるムハンマド6世を

元首とする立憲君主制であることから
アラブ系人が この国を支配し 
重要都市部で暮らしている。

一方のベルベル人は この地の原住民だが
「ベルベル」という呼称は 
7世紀に東方から侵入してきたアラブ人が

意味の分からぬ言葉をしゃべる異人を
野蛮人あつかいして呼んだ名称だ。


7世紀以降 ベルベル人はアラブ人に追われて
アトラス山脈や その南の砂漠地帯で
カスバを構成して 暮らすようになった。

このことから ベルベル人は
モロッコでは 6割を占めるが

社会的には “被支配” の
立場にあるという。

 

 

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モロッコ紀行 124 ジェラバとねずみ男

2017-04-17 | 海外・モロッコ紀行

   

 

ベルベル人というと
モロッコに伝わる民族衣装「ジェラバ」がある。

本来は ベルベル人の男性用向け衣装だが 
イスラム教からみると 
モロッコ女性の肌の露出を抑えた伝統衣装として
近年 高いファッション性を持った服装として
一般女性にも人気がでている。

また 映画『スター・ウォーズ』で
ジェダイ が着ていた衣装もジェラバとも思えるが
近年のコスプレにも人気があるようだ。

ジュラバは フード付きのコートで
夏は日差しを避け  冬は寒さから身を守ってくれる。
フードをかぶると その後姿は 
水木しげるの漫画『ゲゲゲの鬼太郎』に出てくる
「ねずみ男」を連想させると 添乗員と話していたが
 当方は パジャマを連想した。

 先のメルガー砂漠のラクダ引きの連中は
皆このジェラバを着用していたが

砂漠の寒暖の差 また日中の日差しを
避けるためにも 有効であるようだ。

また 町中でも見かけたが 
モスクでも着用が許されているという

 

 

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モロッコ紀行 123 アフガンオイル 2

2017-04-16 | 海外・モロッコ紀行

 

 

アルガンオイルは 美容用品だけでなく

健康や美容の維持として食用にも適し

2001年「スローフード大賞」を受賞して

今 脚光を浴びている。

 女性客で混む美容用品棚の脇に

アルガンオイルの試食コーナーがあり

 こちらは 男性に人気があったようだ。


蜂蜜 食用のアルガンオイル 

アルガンオイルと蜂蜜とアーモンドの混ぜたもので

パンも用意されている。

早速 端からパンにつけて食べてみたが

どれも サラッとして美味しかった。

食用としては 

直接1日あたり大さじ1杯を目安に摂る。
ドリンクに混ぜて飲む。
サラダドレッシング また ジャムとして使用する。

などと いろいろな方法で摂取でき 

オリーブオイルの倍以上のビタミンEが 

加えて 豊富な栄養成分が

たっぷりと含まれているそうだ。

 

   

 

 

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モロッコ紀行 122 アフガンオイル

2017-04-15 | 海外・モロッコ紀行

 

 

「ティシュカ峠」を下り 
途中にある「アルガンオイル」の店に案内される。

店に入ると 地元ベルベル人の婦人たちが

殻のついたアルガンの実を石でたたいて中身を取り出し
隣では実を臼でひいてオイルを搾油する作業を見せていた。

説明では 100kgの実からわずか
1~2リットルしかとれないという。


アルガンオイルは モロッコの南西部に生育する
広葉常緑樹アルガンの種子から採取される油で

ベルベル人の間で食用油やスキンケア 
化粧用のオイルなどに利用されてきている。


近年は「モロッコの黄金」と呼ばれ美や健康に役立ち

その効果はオリーブオイルの
約2倍ともいわれ注目されるようになったという。

なお 作業や品物を流ちょうな日本語で
説明する女性がこんな所にもいたのは驚く。


また 今までモロッコを巡ってきて 
女性の働くのを見て 活躍する場面が多いと感じたが。




 

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モロッコ紀行 121 ティシュカ峠

2017-04-14 | 海外・モロッコ紀行

 

 

ツアーバスは アトラス越えの最高地点

「ティシュカ峠」に到着

ここで 撮影ストップ。

カスバを形取った 大きなモニメントがあり

標識には 標高2260mとある。

この峠「風の峠」とも呼ばれ 難所になっている。

周囲には 休憩所 売店などあったが

天気は良くても 標高と風で 寒さを感じ

早々に 車内に戻ってしまった。

 

 

 

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モロッコ紀行 120 アトラス山脈越え

2017-04-13 | 海外・モロッコ紀行

 

 

集落「アイト・ベン・ハドゥ」の見学を終え

バスは 今日の目的地 約200km先の
「マラケシュ」に向かう。


しかし 途中 壁のように立ちはだかる
アトラス山脈を越えていかなればならない。

アトラス山脈は 北から
リーフ・アトラス 
モワイヤン(中間の)・アトラス
オート(高い)・アトラス、

アンチ(小の)・アトラス と連なる。

その中で オート(高い)の名のとおり
オート・アトラスは 険しい山々が
連なっている山脈だ ここを超えていくのである。


バスは 次第に高度を上げ 
振り返れば 来た道は
“蛇行” の字のごとく蛇のように見え

次第に立木もなくなり 岩とガレキの山へと
アトラスの景色も変化していく。

そんな中 未だ道路は工事中 
ガードレールもなく 運転を誤れば谷底へ・・・

まもなく 雪が積もる季節を迎えるため
急ピッチで 工事は進めているようだが。

ガイドの説明では 冬場のツアーは雪のため
迂回しなければならないことも しばしばあるので
前日まで 天候には注意するという。

日本のスキーバス事故を思い出すような
険しい道をさらに進む。

 

 

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モロッコ紀行 119 映画「モロッコ」

2017-04-12 | 海外・モロッコ紀行

  

第41位 映画「モロッコ」1930年・米国)は
日本では 初めて日本語字幕が付された
トーキー作品としても知られている。

 物語は
モロッコに駐屯する独国 外人部隊の米国兵士
トム(ゲイリー・クーパー)は女たらしで

次々に女を変えていたが ある日酒場で
歌姫アミー(マレーネ・ディートリヒ)と出会い恋に落ちる。

しかし 隊の上司が妻とトムの関係を知ったことから
懲罰の意味でトムは最前線に送られることになる。
別れを告げるためにアミーの前に現れたトムだったが
金持ちの紳士ベシエールが彼女に求婚していることを知り
彼女の幸せのためにとその場を後にする。

ベシエールと婚約することになったアミーだったが
トムが負傷したと聞き 急いでトムが入院している病院に向かう。
しかし トムは怪我は仮病だった。
アミーはトムと再会するが 
トムは再び戦地に赴くことになっていた。

部隊を見送るラストシーンでは
アミーは 部隊に付き従って行く女たちの姿を見て
その女たちとともにトムを追う。

トムがリンゴをかじるシーンは
アダムとイブの禁断の果実を暗示し 

また鏡台に口紅で「Good Luck」の文字と
ディートリヒの美しさが
印象に残る。

 

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モロッコ紀行 118 映画「アラビアのローレンス」

2017-04-11 | 海外・モロッコ紀行

 

  第14位に映画「アラビアのロレンス」(1962年・英国)

 アカデミー作品賞 監督賞 撮影賞 編集賞 
美術賞 音楽賞 録音賞の 7部門を受賞している。

物語は エジプト シリア ヨルダンと
アラブ地方が 舞台となっているが

映画の撮影は もっぱらモロッコで行われ
ここアイト・ベン・ハッドゥも ロケ地に使われたという。

物語は

 第一次世界大戦時代のアラビアで 
実在のイギリス軍人ロレンスが アラブ独立運動に
生涯をかけた波瀾の人生を描いている。

あらためてDVDを見て 広大な砂漠が主舞台で
 変化にとんだ場面や様子は 
先に体験してきたメルズーガ砂漠を思い起こさせる。

しかし 当方には どこで撮影した砂漠かは
 分からないが 映画を楽しんでいる。


 

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